テルミドール⑪・デートイベントもどき
その日はアランソンの街の中をジャンヌと一緒に見て回ることにした。
ジャンヌはちょっと美人な町娘って服装に着替え、わたしもジャンヌに合わせて普段着より質のいいツーピースに身を包んでちょっと洒落た帽子を被った。自分でこんな上質な服を用意できる訳もなく、やっぱりお母様からの贈り物だけど。
護衛として同行するクロードさんも今日ばかりはオルレアン家指定のメイド服じゃあない。街中のおば様方が着ていらっしゃるような超が付くぐらい野暮ったい地味服になっていた。……そのせいで腰のベルトにぶら下げた二振りの剣が異様に目立っていたけれど。
「お嬢様方に声をかけようとする下賤な害虫は私が駆除いたします。どうか安心して今日一日をお楽しみください」
「クロードったら本当は刃物の投擲の方が得意なのに見た目重視で仰々しい装備してくるのよ。言わなかったら身の丈ほどある大剣を背負ってきたでしょうね」
ぱっと思いついたのが一振りで猪だろうと牛だろうと一刀両断する巨大な剣だった。鉄の塊を背負って街中を練り歩く構図は物騒この上ない。人が大勢いる中ならせいぜい今ぐらいの武装が丁度いいのかな。それでもクロードさんが傍にいるだけで安心感が全然違う。
アランソンの街並みは同じ国内でも王都やオルレアンの街とも趣が違って実に面白かったし楽しかった。クロードさんの睨みもあるせいか邪まな考えを持つ男性には見向きもされなかった。……何回かクロードさんがナイフを投げていたみたいだけれど、気が付かなかった事にしよう。
多分三人の中で一番乗り気だったのはジャンヌだ。彼女は雑貨屋や陶芸店など色々なお店をはしごして様々な品を物色し回っていた。そのどれもがオルレアン家御用達の一級品とは程遠い、庶民も良く出入りする街中の普通の店舗だった。
オルレアン公爵家で生まれ育ったジャンヌは欲しい物には困らなかっただろう。服だって装飾だってわざわざ出向かなくても店に注文を出せば送り届けてもらえるだろう。職人を有名な料理人だって列に並ばなくても呼びつければ事足りた筈だ。
「莫迦ねえカトリーヌ。私が思いもよらなかった私の興味を惹く品はいくらでもあるものよ。それに実際に店頭に並んでいる方が欲しくなる場合もあるでしょう?」
「あー、成程。凄く良く分かる」
ネット通販より本屋とか服飾店に足を運んだ方が購買意欲は湧くものだ。フリーマーケットでも商店街でもデパートでも、ずらっと展示されている雰囲気が好きだし。思わぬ掘り出し物を見つけた時なんてぐっとしたいぐらいだものね。
「けれど色々なお店を見て回るにしては買う物は少ないんだね」
「美術館に行くのと気分は一緒よ。物には困っていないんだから、一目見て気に入らなければ別に無理して買おうとは思わないわ」
とは言えジャンヌは結局自分の為に本を一冊と銀細工の花瓶を買っただけだった。旅行先で持ち運びに苦労する荷物を抱えてもしょうがないし。業者に運ばせるって手も無くもないだろうけれど、物欲があまりないジャンヌがそうしてまで購入したい品物が無いみたいだ。
「大体そう仰るカトリーヌだってあまり買っていないじゃないの」
「自分の懐事情と家の大きさを考えたらあまり色々とは買えないよ」
かく言うわたしも買ったのはちょっとお洒落なインテリア用品一つを買うだけに留める。本は高すぎるし服は持っている普段着とお母様が下さったドレスで十分すぎるぐらい間に合っている。化粧品何それ? 必要最低限、機能性に重点を置いて物は揃えるべきよね。
「ねえねえカトリーヌ! クロードったら凄く似合っていると思わない?」
「はい、いい感じだと思いますマダム・クロード。格好いい女性の方って憧れます」
「勘弁してください……」
むしろジャンヌもわたしも付き添っていた護衛兼侍女のクロードさんを右に左に引っ張り回して着せ替え人形にしていた。「イマイチ」の一言で一蹴したり「素敵!」と大はしゃぎだったり。クロードさんの洋服とか靴の方が荷物としてかさばるぐらいだった。
「食事は適当な飲食店に入りましょう。酒場も昼間は軽食を出しているんでしょうし」
「さっきから思っていたんだけれど、ジャンヌって街中歩き回るの結構慣れてる?」
「お忍びで何度か街を練り歩いたぐらいよ。街の人達の雰囲気を読んで同じ目線で接していたらどうにかなるものでしょうよ」
「それはジャンヌの能力があっての芸当じゃあないかな……?」
ジャンヌがはしゃいでいる姿はせいぜいちょっと裕福なお嬢さんって感じにしか見えなかった。この街中でも全然浮いてなくて、高貴なご令嬢だとは誰が勘ぐれるだろうか? まあ、さすがに上品っぽさは隠しきれていなかったから人目に付いてはいたけれど。
「むしろカトリーヌの方がぎこちないように見えるんだけれど、普段こういったお買い物はしないの?」
「こういった賑わった商店街は一般市民の中でも衣食住が安定したそれなりに裕福な人が来る場所だから。わたしはせいぜい友達に連れられて見て回ったぐらいかな?」
昼食は本当にジャンヌが適当に店を選んでメニューに書いてある品を適当に頼んだ。待っている間にジャンヌは店内での他の客の会話を盗み聞きして面白おかしく説明してくれた。後はお店の料理についての感想を言い合ったり、お互いの皿から料理を少し分け合ったり。
「ああ、そう言えばメインヒロインさんは攻略対象の方々とこんな事をやっていたわね」
「……あの、ジャンヌ? 何をやっていらっしゃるんでしょうか?」
「はい、あーん」
ジャンヌはスプーンで料理を掬い取ってこちらに差し出してくるじゃあないか。しかもご丁寧にジャンヌ本人もわたしにそうしろとばかりに口を少し開いてきている。湯気が立っていて汁もたっぷり含んでいて、何だかとても美味しそうに見えてしまう。
「……あーん」
「なぁんちゃって。ごめんなさいねぇカトリーヌ」
「ああっ!?」
わたしが顔を近づけて口に運ぼうとしたら、スプーンを急旋回させて自分の口に料理を運びやがりましたよこの悪役令嬢! たまらず大声を上げてしまったわたしを許してもらいたい。食にも困ったわたしの家庭事情においてこれは宣戦布告と同義なんだからっ!
「お止めなさいお二人とも。はしたない」
「あたっ」
で、最終的にはクロードさんに苦言とセットで頭を叩かれましたとさ。合掌。
「ところでカトリーヌ。こういった飲み方ってどう思う?」
「……ジャンヌ、わざとでしょう。それともメインヒロインに対する当てつけ?」
「どちらの意図もある。一番はカトリーヌの反応が可愛いくて面白いからかしらね?」
食事を食べ終えて一服しようと飲み物を頼んだのは良いけれど、運んでこられたのは何故か二つ。クロードさんには普通にグラスに注がれた水で、わたしとジャンヌの前にはちょっと大きめの器に入ったジュース。麦わらストロー二本が刺さる構図はひょっとしなくても、だ。
「ほら、早く飲みましょう。私一人でこの量飲んじゃったらお腹が膨らんじゃうわ」
「少し肉付きの良い女性を好む男性もいるみたいだけれど?」
観念してわたしはテーブルに置かれたジュース入りの器に身体を寄せて麦わらストローに口を付けた。間を置かずにジャンヌももう一方のストローから飲み始める。クロードさんから注がれる視線は微笑ましさとドン引きが合わさって複雑怪奇なものだった。
仕事の邪魔だからって髪を編み込んだわたしと違ってジャンヌはそのままカーテンのように髪を流しているからか、垂れる髪を手でかき上げていた。個人的に見ていてぐっとくる仕草だったから私も意識して何度も繰り返し、最終的にくせになってしまったんだっけ。
「……これ何度かメインヒロインに見せびらかされたけれど、思っていた以上に顔と身体が相手と近づくものなのね」
「素敵な男性とやるなら胸が高鳴るかもしれないね」
「あら、じゃあ私とだったら?」
「楽しい、に尽きるかな?」
その場もノリも勿論あったと思う。けれどわたしの回答は嘘偽りの無い正直な気持ちだ。
こうして一緒に過ごしているとジャンヌは普通の女の子にしか思えなかった。高貴な公爵令嬢として厳かに振舞う様子より楽しそうに笑う彼女の方が本当のジャンヌじゃないかって感じるぐらいに。
……いや、多分どっちも彼女、ジャンヌ・ドルレアンとしての姿なんだろうな。
そんな風にじっと見つめていたら、わたしの視線に気づいたジャンヌも私を見つめ返してきた。
「あらカトリーヌ、私の顔に何か付いているかしら?」
「パンの破片が頬にちょっと」
「嫌だわ。取ってもらえる?」
「じゃあ失礼して……はい、取れたよ」
わたしはジャンヌの頬に付いたパンくずをつまみあげて自分の口に運ぶ。こんな破片でも少し味が出て美味しい。ただお腹を膨らませられればいい乾燥しきって固い雑多なパンと違って料理と呼ぶに相応しい味わいだ。
と、ここまで無意識のうちにやってしまったものだから、とんだ事をしでかしたって気付いたのはジャンヌが目を丸くして口を一文字にさせて驚きを露わにして来てからだった。恥ずかしいのかパンくずが取れた方の頬に手を振れて、わずかに頬を紅色に染めてくる。
そうだったよ。別にテーブルとか床に落ちようが三秒ルールどころではなく平気で食べていたわたしの食生活と貴族としてお上品な食生活を送ってきたジャンヌは全然違うんだった。気付いて思い出したけれどメインヒロインはそうやって攻略対象を何人か驚かせたんだっけ。
「な、舐め取ってもらっても良かったのよ?」
「そ、それは婚約者の王太子殿下にお願いしてください」
「んもう、つれないの」
慌てたのはわたしばかりじゃあなくてジャンヌもで、冗談を言い合って妙な空気をごまかした。それでもまだジュースが残っていたものだからお互いに相手の視線と仕草を強く意識しつつも何とかジュースを飲み干す。その間沈黙が二人の間に漂った。
何だこれ。公爵令嬢の買い物の付き添いじゃあ決してない。悪役令嬢の我儘に振り回される従者の訳がない。わたしはてっきり良くても女の子友達と楽しむショッピングみたいな感じかなあって思ってたんだけれど、それも違うみたいだ。
まるで、ジャンヌとデートしてるみたいじゃあないか。
「今日は楽しかったわね。思いっきり遊んじゃったもの」
「うん、そうだね」
「クロードもたまにはこんな日があっても良かったでしょう?」
「はい。とても有意義な時間でした」
わたし達はアランソンへのお屋敷の帰り道を歩む。夏だからまだ日は昇っているけれど、手巻きの懐中時計を見ればいつの間にか丁度いい時間になっていた。楽しい時間は本当にあっという間に過ぎ去ってしまうものね。本当に楽しかったしもうちょっとだけって名残惜しさもある。
アランソンへはイングリド様のお見舞いを名目にやって来たから、わたし達の滞在期間は明日の朝まで。そうなったらここともお別れだ。滞在時間より移動時間の方が長かったけれど、来たかいは十二分にあったと確信できる。
けれど今日を終わらせるにはまだ早い。わたしにはまだ一つ疑問があったから。
「ねえジャンヌ」
「なぁにカトリーヌ?」
「どうして今日はメインヒロインと攻略対象方の付き合いを色々と再現しようとしたの?」
「んー。そうねえ」
ジャンヌは両腕を軽く広げてわたしの目の前でくるりと一回転回った。スカートがふわっと浮いた。それは傘が広げられた様に見えて、花が咲き誇る様子も連想させる。ジャンヌが止まるとまた何事も無かったかのように落ち着いた。
「どんな意固地な攻略対象でもメインヒロインにかかったら骨抜きにされちゃうのよね。だから攻略対象共より先にこの私がメインヒロインをかすめ取ってやるって感じかしらね」
いや、確かにそんな思惑があったのは事実なんだろう。じゃあなかったら攻略対象とメインヒロインのときめきイベントを再現しようとなんて微塵も考えなかっただろうし。事実今日の出来事は私の想像を超える衝撃体験の目白押しだったし。
「あと実際付き合ったらどんな気分なんだろうって疑問もあったから」
「実際にって、メインヒロインと付き合ったら攻略対象がどう懐柔されるのか?」
「失敗しちゃった。だって今私の目の前にいるのはメインヒロインなんかじゃあない。カトリーヌなんだもの」
「……っ! そう、だね」
ジャンヌはやや前のめりになってわたしの顔を覗き込んで、朗らかに笑いかけてきた。わたしの驚き顔を拝めて満足したのか、一瞬歯を見せてまた前の方に向き直った。拍子で揺れたジャンヌの髪がやや傾きかけた太陽に照らされて麦畑のように黄金色に輝く。
ねえジャンヌ、貴女はわたしをメインヒロインじゃあなくカトリーヌだって言ってくれたけれど、今のジャンヌだって私が筆を躍らせて生み出した悪役令嬢から大分離れているのよ? 自分の作品の中でキャラクターが自然に動いている、なんてものじゃあない。生き生きとしているんだ。
メインヒロインではないわたしと悪役令嬢から抜け出たジャンヌ。わたし達二人の行きつく先……互いに幸せにしたいものだね。
お読みくださりありがとうございました。




