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テルミドール⑨・お泊り会

 その日の夜はオルレアン家一行の来訪を歓迎する晩餐会が開かれたらしい。


 アランソン公のワンマンショーになるかと思ったら別にそんな事は無く、会話を絶やさないアランソン家の子供達は皆個性あふれる人達ばかりだったんだとか。よそ者のお母様やジャンヌにも親切で、ちょっと無遠慮な父親とは似ても似つかなかったそうだ。


「しっかり者の嫡男さん、頼もしそうな次男、言葉づかいは乱暴でも乙女心満載な長女、魔法に憧れる末娘、ってかなり個性あふれる面々だったわよ」

「でも嫡男さんは学園卒業済みで次男様も長女様も学園に入学するのは来年だよね。多分わたしは関係しないままかな」

「……そうね。勝負はこの一年で付いてしまうもの。彼らの出る幕は無いわね」


 ちなみにオルレアン家の侍女としてやってきたわたしは当然晩餐会には参加していない。お母様とジャンヌの付き添いはマダム・ドロテーに任せてクロードさんとわたしは別室で食事を取った。晩餐会の様子は終了後に部屋に戻ってきたジャンヌから聞いただけだ。


「そう言えばカトリーヌについては色々と勘繰られたわよ。ただのカトリーヌとして傍に置いているのはお母様の娘、私の姉妹で闇を抱えてしまっているからか、ってね」

「……やっぱり疑われちゃうよね。それで、お母様はどう答えたの?」

「偶然でしょうってしらを切ったわ。アランソン家の方々も特に追及してこなかったし。あの様子だとアルテュール様が仰ってたように常識を闇の魔法でいじられているように思えるわね」

「闇の申し子って忌み嫌わずに家庭内の事情に過ぎないって納得するように、か」


 結局晩餐会にアルテュール様は参加しなかったらしい。と言うかあれからずっとイングリド様が寝ていらっしゃる部屋から出てこないんだとか。悲観に暮れているのか絶望しているかも看病していたメイド達を追い出して二人きりで閉じこもっているせいで分からないそうだけど。


 真相を教えない方が良かったって思う反面、今のうちに伝えてあの方が抱いている怨みが少しでも和らぐならって願いもある。彼の想いは私にも代弁できないけれど、今は色々と感情がぐちゃぐちゃだろうからそっとしておいた方がいいとは分かる。


「そう言えば、閣下から面白い提案があったわね」

「……それ、何か嫌な予感がするんだけれど?」


 思い出し笑いを浮かべたジャンヌだったけれど目までは笑っていなかった。それだけでもアランソン公が何を血迷った事を言い出したのか容易に想像出来てしまう。


「ただのカトリーヌを妻として迎え入れたい、ですって」

「全力でお断りします」


 妻に? アランソン公の? お母さんより年上だろう中年男性と? わたしより年を重ねた子供がいる相手と? 貴族社会ではありえる話かもしれないけれど、一般庶民の常識からしたら考えられない。いくらなんでも横暴が過ぎる。

 不愉快って気持ちが表に出ていたのか、ジャンヌは違うと首を横に振った。


「アランソン公閣下本人じゃあなくて嫡男様か次男様によ」

「えっ? わたし達より年下の次男様だったら百歩譲って分かるとしても、嫡男様の年齢なら婚約者がいらっしゃるんじゃあ?」

「他家から娘を貰って欲しいって申し出は山のように受けているらしいんだけれど、嫡男様ったらやんわりと断っているらしいの」

「貴族の婚姻って政略的な事情もあるから本人の意思より家の事情が勝るんじゃあないの?」


 結婚した後に育む愛だってある、ってどこかの小説で書いてあった。嫡男は家を更に発展させる妻を迎え入れ、次男以降は男子のいない家に婿養子に行くか別の道を歩み、女子はお家の為に他家に嫁いでいく。家の都合に合うなら恋愛結婚も許されるだろうけれど……。


 ジャンヌはわたしの疑問に対して鈴を転がしたように笑った。


「それがね、ここの嫡男様ったらこのお屋敷の使用人と愛し合っているんですって」

「へ?」

「だから正室として迎え入れるし親切にはするけれど、側室として娶る予定の使用人と以外愛し合う気はないんだって豪語してね。今の所それを許せる器の大きい貴族令嬢とは会っていないんじゃあないかしら?」

「……それを聞いたわたしが返事二つで頷くと思っているのかな?」


 なんて男気溢れる方なんだ。愛を貫くって格好いいよね。けれどわたしが当て馬、お飾りの公爵夫人になるなんてまっぴらごめんだ。大体いくらわたしが公爵家の血を引いていても身分は嫡男様が愛している使用人より下の可能性が高い。無茶が過ぎるって思うな。


 それに次男様にって、公爵家の跡取りでもない相手が貴族でいられるのはせいぜい一代限り。後は何らかの名声を経て新たに土地と爵位を貰う以外道は無い。愛も無いのにそんなおぼろげな未来に娘を託すほどお母様も愚かじゃあないと思うんだけれど。


 って言うかそんな扱いされるって分かっておきながらわざわざわたしを公爵家に呼び戻して嫁がせる必要があるのかなあ? オルレアン公爵家の格上って王家ぐらいしか無いし、別にアランソン家に嫁がせる程地位的にも資産的にも困っていないし。


「それで、お母様はどう返事したの?」

「勿論ご冗談をってまともに相手しなかったわよ。尤も、今のお母様だったら例えやんごとなき王家の方から求婚の許しを求められても跳ね除けたでしょうね」

「どうして? ジャンヌに続いてわたしが嫁げば王家との結びつきが更に深まるのに?」

「折角十数年間幻にまでみた娘と再会できたんですもの。そう易々とは手放さないでしょうよ」


 ……そう言ってくれるのはとても嬉しい。わたしは愛されているんだって喜びが沸き上がってくる。さすがにジャンヌみたいに公の場からお母様の娘としては振る舞えないけれど、それでもお母様の愛に答えたいって想いは強かった。


 あとは食事がどうだったとか余興として長女の演奏会が催されたとかで大変賑わったんだとか。普段は別の食卓で食事を取る側室方もこの日は同じテーブルだったんだとか。アランソン公が無礼講を宣言したものだから、色々と本音や日頃の不満を聞けて楽しかったとジャンヌは語った。


「そう言えばカトリーヌと出会ってからもう何年も経つけれど、こうして一緒に寝るなんて初めてね」

「何年もって、それジャンヌだけでしょう? わたしはまだ数か月間だけだよ」


 話し込んでいたら夜も更けてきたので就寝の準備に入る。


 侍女としてのわたしがジャンヌにイブニング・ドレスとショールを脱がせて薄手の白い絹のネグリシェを着せていく。レースとか袖のループとかサッシュ・ベルトとか、私世界だと美術館の絵画でしかお目に描かれない格好。夏でも貞淑に肌の露出は控えめ。折角だからドレスとショールはアランソン家の方々に洗っていただこう。


 ちなみにわたしはこんな豪華な内装とは決して吊り合わない質素な寝巻。普段通りの半袖短パンで寝易さだけを追求した格好……にしたかった。わたしの荷物を物色したお母様がジャンヌと同じようなネグリシェに交換していなかったら。


「あら、似合っているじゃあないの。可愛いわよ」

「そう、かな? なんだか落ち着かないよ」


 麻の寝巻と絹のネグリシェじゃあ着心地が全然違う。鏡の前のわたしは思った以上にジャンヌに酷似していて、本当にわたし自身を見ているのか疑いたくなってくる程だった。自分で自分の頬に手を触れてようやく鏡の前の公爵令嬢っぽい女子がわたしなんだって思い知らされる。


 寝具はシングルベッドが二つ。って言っても一つが私世界で言うビジネスホテルのダブルベッドぐらいの大きさがある。よっぽど寝相が悪くない限りは夫婦や親子が一緒に寝ても十分な広さがあるって言って過言じゃあないだろう。多分わたしの家族だったら姉妹全員で枕を並べるな。


「ちょっとカトリーヌ。どうしてそっちに行くのよ?」

「どうしてって、ジャンヌはそっちで寝るんでしょう?」


 いよいよお休みなさいってなって部屋の灯りを消して回り、枕元の袖机の燭台だけが照らす状態にする。で、いざベッドに入ろうとしたらジャンヌに手を取られた。僅かに首を傾げたわたしが驚く暇も無いままでジャンヌはわたしを自分の方へと引き寄せた。


 わたし達二人の身体が同じベッドに投げ出される。向かい合わせの状態で。あまりにも距離が近くてジャンヌの吐息がわたしの頬を撫でる。わたしに触れるジャンヌの身体は湯浴みをしてから随分経つのにまだ温かくて、心臓の鼓動が感じられた。


「折角だもの。一緒に寝ましょうよ」

「……いいの? わたしと一緒で」

「勿論よ。私がカトリーヌを間近で感じていたいから」


 燭台の蝋燭を消した。真っ暗となった室内をわずかに照らすのはカーテン越しの月明かりだけ。それでも真正面で身体を横にしたジャンヌがわたしをじっと見つめているのは分かる。あまりに熱い視線だから変な気さえ起こしてしまいそうだ。


 不思議だけれど、鏡で見なれた筈の顔が全然違って感じられた。


「初めて出会った時は単に少し似ているってぐらいしか思わなかったわ」


 ジャンヌは声を落としてわたしに語りかけてくる。きっとそれはわたしが経験していない前回までの話、つまりメインヒロインに対しての振り返りだ。


「貧乏人の小娘が王太子殿下に取り入って寵愛を受けるなんて、って今まで抱いていた誇りと自信が打ち砕かれるのを感じたものよ。しかも私と血と肉と魂を分け合った姉妹ですって? 何でそんな奴がいるんだ、って全てを恨んだものね」

「で、最後に負けたのはこの私。あれぐらい破滅って言葉が相応しい経験は無かったわ。それから手を変え人を変えたけれど、結局行きつく先はメインヒロインの幸福と私の失墜。私は神に見放されているんじゃあないかって絶望しそうになるぐらい」

「でもね、次第に王太子殿下を始めとした殿方とか自分自身より、メインヒロインを意識している自分に気付いたのよ。憎悪や愛情を超えた感情を抱いて、メインヒロインに興味を持つようになった、って言えばいいのかしら?」

「前回はそれでメインヒロインを私のモノにしたのだけれど、アレは駄目ね。メインヒロインはメインヒロインのままでいないと魅力が損なわれちゃうもの」

「そうして、今までと全然違ったカトリーヌ、貴女が私の前に現れたのよ」


 言い切るとジャンヌはわたしに向けて微笑んだ。わたしが何かを言おうとしたら指を当ててきて黙らせた。ずるい、自分だけ言いたい放題でわたしには何も喋らせないで。わたしだって色々とジャンヌには言いたい事がいっぱいあるのに。


「おやすみなさい、カトリーヌ。明日からもまたよろしくね」

「……うん、おやすみ、ジャンヌ」


 どきどきはしたけれど別に興奮して眼が冴えたりもせず、わたしもジャンヌも普通に寝付いた。朝目覚めたら自分の顔が目の前にあってすぐに意識が覚醒しちゃったのは内緒だ。あと普段は美人って感じのジャンヌが寝ぼけながら目を擦って「おはよう」って言ってくるのが凄く可愛かった。

お読みくださりありがとうございました。

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