テルミドール⑥・到着後のくつろぎ
「よく来てくださったオルレアン夫人、そしてジャンヌ嬢。我々アランソン家一同は貴女方の来訪を歓迎しましょう!」
「突然の申し入れにもかかわらず受け入れていただきましてありがとうございました、閣下。本日より少しの間お世話になります」
数日の旅路の末にわたし達はアランソンに到着、その足でアランソン家のお屋敷を訪問した。
玄関先でわたし達を出迎えたのはなんと当主のアランソン公ご本人だった。相変わらず豪快な笑い声を挙げて気さくにこちらへと歩み寄ってくる。お母様とジャンヌは慇懃に一礼する。二人の背後でも私を含めたオルレアン家のメイド三人も主人に倣って頭を下げた。
「ようこそ遠い所からおいで下さりました。騒がしい屋敷ですがゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
アランソン公の隣でお母様の応対をしたのは現アランソン公爵夫人。お母様のご友人のイングリド様は側室で、こちらの方は正室なんだそうだ。アランソン家についてはアルテュール様の家族構成以上の情報は私も決めていないから、公爵夫人とは完全に初対面になる。
年はお母様より一回り上かしら? ただジゼル奥様以上に疲れが顔に現れているように見える。ただ、背筋正しく規律する姿はお母様やジゼル奥様とはまた違った厳格さがあって、淑女のお手本として絵画に残ってもおかしくないって印象を抱いた。
にしてもつい数日前に王都の学園でお会いしたアランソン公と遠く離れた地で再会するなんて思ってもいなかった。もしかして学園見学が終わってすぐにアランソンに帰郷を? 療養中のイングリド様のお見舞いが目的だったのにアランソン公と遭遇するって事は……。
「ところで公爵閣下方が帰省されているとは思っていなかったのですけれど、静養の為でしょうか?」
「ええ、そうですな! 毎年この時期になりますと家族親族がアランソンに戻って団欒して過ごすようにしておるのです。一族が結束するいい機会なので続けておりますぞ」
やっぱりか。じゃあ『双子座』でもアルテュール様ルートのみで片鱗しか明かされない、やり直しているジャンヌも情報を耳にしただけの惨劇、アランソン家の者が次々と命を落とす悲劇が、今正にこれから起きようとしている……?
ジャンヌも同じ考えだったようでわずかにこちらの方へ視線を移してきた。普段微笑を湛えるジャンヌの面持ちは深刻なものになっていた。ジャンヌは唇の身を動かして「直ね」とつぶやく。わたしも軽く頷いて返事を返す。
「では私達はお邪魔だったのではありませんか? 言っていただけたら日を改めましたのに」
「何、儂らアランソン家と貴女方オルレアン家は共に王国を支える御三家。交流を深めたいと思う気持ちは儂らも抱いていますぞ」
アランソン公は出迎えで整列していたメイド達にこちら側の荷物を持つよう命じるものの、お母様が丁重に断った。最低限の身の回りの世話は連れてきた侍女にやらせると理由づけて。現にお母様とジャンヌの荷物はわたし達三人で手にしたままだ。
アランソン公は遠慮と受け取ったようで特に気にする様子も無く、メイド達にわたし達を来客用の部屋に案内するように命じた。命令されなかったメイド達には普段の業務に戻るように命じ、それに従って一様にかしずいたメイド達はその場を離れていく。
「オルレアン夫人はうちのイングリドと古くからの友人だと聞いております。アレもオルレアン夫人の顔を見れば喜ぶでしょうな!」
「……ええ、喜んでもらえたら私も嬉しいです」
お母様、明らかに優雅な笑顔が引きつりましたね。そんなにアランソン公がイングリド様を自分のモノだと誇示するのが気に入らないの?
部屋割りはお母様が単独で、わたしとジャンヌが相部屋、マダム・ドロテーとクロードさんが相部屋になっていた。わたしはてっきりお母様とジャンヌが個室で侍女三名が相部屋になるって思っていただけに意外だった。
どうして侍女見習いでしかないわたしがクロードさんを差し置いてジャンヌと一緒に? 宮廷舞踏会でのジャンヌそっくりな令嬢もどきの姿に引っ張られたとか? それともまさか、わたしの真実を察したアルテュール様がアランソン公にそうさせた……?
「いいんじゃない? 別に私は気にしないわよ。むしろ夜通しで貴女と一緒の時間を過ごした事が無かったから、中々貴重な体験かもね」
わたしが侍女部屋に自分の荷物を運び入れようとしたらジャンヌの鶴の一声でそのままになってしまった。遠慮しようと考えが頭に過ったんだけれど、許可って言うよりむしろ命令に聞こえてしまったわたしに拒否権は無かった。
「急な来訪者に対して用意した客室にしては中々じゃあないの」
「そうは言ってもジャンヌの部屋よりも豪華だと思うんだけれど?」
「別に目の保養をしたいなら自室じゃあなくたっていいもの。自分の部屋でぐらい静かに寛ぎたいし、要所を締めればいいのよ」
ジャンヌの荷物から服一式をクローゼットに入れていく。しわになったら手入れが大変だものね。化粧品は化粧台に、下着は箪笥に、本や日記帳それに筆記用具はテーブルの上に置いた。自分の荷物を部屋の片隅に追いやろうとしたらジャンヌが自分の部屋同然にしろって釘を刺してきた。
「二人きりの時は別にオルレアン家の侍女として振舞わなくていいわよ。カトリーヌの思うようにしていればいいわ」
「何かぼろが出そうになったらちゃんと指摘してくれるならいいよ」
一仕事終えたところでジャンヌは椅子に腰を落ち着けた。わたしが距離を離して控えているとジャンヌが憮然とした表情で真向かいの席を指差した。あ、やっぱり座らなきゃ駄目なのね。メイド服を着込んだわたしが公爵令嬢と相席する奇妙な構図の出来上がり。
水がポットで用意してあったのでとりあえずはカップに注ぎ込んでジャンヌへ差し出した。ジャンヌは紅茶のように少しずつ味わって飲むんじゃあなくて呷るように一気に飲み干した。しかも空のカップをまたこっちに差し出してきたので再び水を注ぎ込む。わたしも一服しよう。
「にしても、まさかアランソン家の方々が一堂に集う場に来る破目になるなんてね。今日この時間を過ごすのはこれで八回目だけれど、こんなの初めてだし吃驚よ」
「わたしもばったり出くわすなんて夢にも思わなかったかな」
「もしかしてアランソン夏の惨劇に私達も巻き込まれるんじゃあないかしらね?」
「ううん、まだそれは無いと思う。お母様が仰っているイングリド様がまだ存命だから」
イングリド様をお救い出来ればアルテュール様も凶行を思い留まるかもしれない。絶望しないかもしれない。逆を言うと期限はそれまで。イングリド様が亡くなられたらアルテュール様の復讐心はわたし達まで及ぶ可能性が高い。
「カトリーヌとお母様の情報を照らし合わせるなら、このアランソンのお屋敷でイングリド様は静養なさっているのよね?」
「多分それだけじゃあなくて、アルテュール様とイングリド様が幽閉されていた部屋もこの屋敷のどこかにあるんだと思う。治療の為に必要でももう王都までの長旅は無理だろうし……」
王国の中枢の王都なら選りすぐりの医者も多いし、治療や回復に優れた魔法の担い手もいる筈だ。それでも地方都市アランソンに滞在しているんだから、そう言う事なんだと思う。衰弱していると車に乗せられただけでも堪えるし。
程なく、クロードさんが入室してきた。するとクロードさんはジャンヌにお伺いを立ててから部屋の中を手際良く隅々まで確認していく。更には窓を開けて外の景色がどうなっているのか、間取りの関係上外からの侵入が可能か、を逐一自分の目で確かめていった。
「カトリーヌ、部屋の中に何か違和感は?」
「いえ、特にありませんでした。何かしらの魔法の痕跡は無いと思います」
「なら現時点は特に問題なさそうですね。ひとまずは安心しました」
大袈裟とは言うなかれ。侍女兼護衛のクロードさんはジャンヌの身を守る事が最重要の使命。如何なる場合も想定して用心に用心を重ねるのは臆病じゃあなくて慎重と評するべきかしらね。クロードさんの様子から伺うにこの客室は及第点のようだ。
頼もしいクロードさんの仕事にジャンヌは満足そうに微笑んだ。クロードさんも驕る事無く表情を変えずに恭しく一礼を取った。
「いつもありがとうねクロード。貴女がいてくれるおかげで私は毎日安心していられるもの」
「恐縮です。それとお嬢様、間もなく公爵閣下ご指定の時間が近づいております」
「あらもうそんな時間なのね。じゃあ早速懸念を解消してしまいましょう」
アランソン家のお屋敷に到着したのが昼過ぎ。夕食を取るにはまだ早い。各自客室でくつろぐぐらいなら一刻も早くイングリド様を見舞いたい。そんなお母様の意向を聞き届けて最初にわたし達はイングリド様とお会いする事になっている。
奇跡が起こればイングリド様を救えるかもしれない。そんな僅かな望みに縋りながらもわたし達は客室を出立した。
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