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テルミドール⑤・旅行に行こう

「……いえ。干渉する気は今のところ無い、かな」


 あいにくわたしは正義の味方じゃあない。アルテュール様が復讐鬼に成り果てる前に止めようなんて思わないし、むしろアルテュール様の境遇を考えればアランソン家の末路は当然の報いとまで思えてしまう。アランソン公方を助ける義理は無い。


 そもそもアランソン公爵夫人はアルテュール様にどうにか出来ないのと同じでわたしにもどうにもならない。アランソン家が手を尽くして治る見込みが無いなら、いくらわたしがお母様に無理を言ってオルレアン家の力を借りたって救えやしない。


 だったらこの一件は最初から関わらない方が賢明――。


「ねえジャンヌ、ちょっと話いいかしら?」


 三回のノックの後にクロードさんが開いた扉から姿を現したのは、真面目な表情をさせたお母様だった。夕日で茜色に輝く室内の窓辺でティータイムを楽しんでいたジャンヌの方へとお母様は歩み寄られる。

 いつもはのんびりで要所は締めるって感じのお母様は、どういう訳かこの時は焦りが見て取れた。ジャンヌにとっても意外だったみたいで目を丸くして固まっている。そんなわたし達を余所にお母様は足早に近づかれ、わたし達を交互に見渡した。


「夏季休暇中の予定を確認させてもらったんだけれど、直近の二週間は特に急ぎの用事は無いのよね?」

「え? ええ。招待を受けた夜会に参加しようかと返事をしたためている最中なぐらいで、今のところは……」

「じゃあ二人とも私に付き合ってもらえない? ちょっと友人のお屋敷まで遠出したいのよ」

「構いませんがどちらまで?」


 友人の家に遊びにかー。私もわたしも気軽に友達の家には遊びに行ったけれど、当然貴族なのだからそんな感覚で突撃訪問なんて出来っこない。訪問日時の先触れだってドレスや装飾のコーディネートも必要。それに遠出って言うぐらいだから王都から出る可能性も高いし。

 まあこの間の宮廷舞踏会と違ってわたしの身分から考えたら従者としてジャンヌに付いて回るだけで十分の筈だから気楽でいいか。国王陛下にすらただのカトリーヌだって紹介した以上、ジャンヌと同じ扱いだと変に誤解を招くだけだし。


「アランソンまでよ」


 そんな些事が吹っ飛ぶ程の衝撃を受けつつ、わたしとジャンヌは同じ顔を見合わせた。


 ■■■


「……ねえカトリーヌ」

「……なあにジャンヌ?」

「本当、どうしてこうなったのかしらね?」

「わたしも全く想像してなかったかな?」


 わたしは進行方向とは逆向きの下座に、ジャンヌは進行方向に身体を向けた上座に腰を落ち着けていた。ジャンヌの隣ではお母様が窓から外の景色を眺めている。聞くと車酔い対策なんだそうだ。車輪の衝撃がそのまま室内まで襲ってくるものだから仕方がない。


 わたし達は今、馬車に揺られて長旅をしていた。わたしとジャンヌの問答はこれで何度目だろう? 多分もうまともに数えられないぐらいは愚痴をこぼし合った筈ね。だってまさかアランソンへ突撃する破目になるなんて思いもしなかったもの。


 王都からアランソンへはオルレアンより長い距離を西南西に進む必要がある。私世界なら車とか鉄道で数時間って距離だけれど、馬車の旅だと二泊三日ぐらいかかる。それでも王都に近い地方都市の為に人の往来はそれなりに多く、街道には宿場町も点在している。


「気分が優れないようでしたらすぐに申し付け下さい。直ちに停車させますので」

「ありがとう、クロード」


 クロードさんは運転座席で馬の手綱を握って御者を務めている。本来クロードさんは侍女なのだから御者を務めるのはおかしいのだけれど、馬車を一台にするべく兼任してもらっている形だ。尤も格好は普通にオルレアン家のメイド服だから違和感ばりばりだけれど。


「奥方様、今のところは順調です。日暮れまでには次の宿場町まで到着するでしょう」

「それは良かったわ。引き続きお願いねドロテー」

「畏まりました」


 クロードさんの隣ではマダム・ドロテーが辺りを見渡している。マダム・ドロテーはお母様付きの侍女で、お母様がオルレアンにいた頃からお母様の世話をしていた。お母様が王都に移ってからも故郷を離れて付き従っている。

 侍女なのに車で言う助手席に座るのは盗賊等が襲ってこないかを警戒しているからだ。馬車の作りからして貴族が乗っているのが丸分かりな上に乗員は女性ばかり。護衛の姿も見えない以上は鴨がネギを背負っているようなものね。


 治安が比較的まともな王都ですら頻繁に犯罪は起こる。私世界ぐらいの治安維持組織を求めちゃあいけない。特に都市部や自警団が組織される街、村と違って街道沿いなんて目や手が届きにくい。現状は護衛を雇うか集団で目的地に向かうとかで自衛するしかないのよね。


「本当、安全で快適な旅路ね……」

「? ジャンヌ?」

「カトリーヌには二回目って言えば分るでしょう?」

「……っ」


 そう言えば、『双子座』での悪役令嬢の末路の中には追放の途中で野党の襲撃に遭う展開もあったんだった。国に背いた悪役令嬢の傍には護衛を兼ねていたクロードさんもいなかっただろうし、暴力にされるがままだったんだと思う。

 そんな悲惨な最期と比べたら今はお母様もいるしクロードさんもいる。退屈ならこうして語り合える相手もいるのだから確かに安全で快適な旅って言えるわね。……良好な境遇がこれからも続いていけば、そう私も切に願うばかりだ。


 と、馬車が急加速しだした。激しく揺れる馬車の壁に寄りかかりつつ何事かとわたしは後ろを振り返った。窓から見えるクロードさんが手綱を激しく振るっていて、マダム・ドロテーが助手席を立ち上がっていていた。


「クロード、一体どうしたの?」

「賊がいるようなので振り切ります。しばらく運転が荒れますがご容赦の程を」


 マダム・ドロテーはいつの間にか弓を手にしていた。背負った矢筒から矢を取り出して弓を引き絞る。一連の動作は私がテレビとかで目にする弓道とかアーチェリーと違って優雅さも無駄も無く実戦的。機能美に近いって言えばいいのかしら?

 言葉通り矢継ぎ早に射る姿は勇ましく、揺れる馬車の上でも一切ブレが無い。左右は林が広がっていて視界は良くないのに、マダム・ドロテーは一方向じゃあなくて四方八方へと次々と新たに狙いを定めている。馬車の中からだと全然確認出来ない物陰に隠れる賊を射ているのかしら。


 不意に馬車が揺れた。慌てて体勢を保とうとするわたしは座席と壁にそれぞれ手をついて踏ん張る。ふとジャンヌとお母様に視線が向くと、ジャンヌは怯えた表情でお母様に縋りつき、お母様はジャンヌを安心させようと腕で包容していた。


「お母様……」

「大丈夫よジャンヌ。全部マダム・ドロテーとマダム・クロードに任せていればね」


 前回までを語ったジャンヌは何処か達観していたけれど、いざ同じような状況を再現されたら悪夢のように蘇ってきた……のかな? 何度繰り返したって破滅の記憶が彼女を苦しめるんだとしたら、やっぱりメインヒロインの立場になったわたしはどうにかしてあげたいと改めて誓いたい。


「賊は退けましたから少しずつ速度を落としていきます」


 やがてマダム・ドロテーは辺りを警戒しつつも助手席に腰を落ち着けた。クロードさんも疾走していた馬達を落ち着かせるように手綱を捌いていく。振動していた馬車の中もようやくこれまでと同じようにがたがたと揺れる程度に収まった。


 クロードさんとマダム・ドロテーは今回の襲撃未遂についておさらいし、今後どのようにしてジャンヌやお母様を守ればいいかを語り合う。騎士団を随伴させるのか少数精鋭で固めるのか、大半の賊風情ならどうにでもなるけれど、本腰を入れて誘拐を目論んできたら……。そんな風に様々な課題が出てくる。


「奥方様。非礼を承知でお尋ねしますが、何故この時期にアランソンへと赴かれるのですか?」


 緊張で張り詰めていた馬車の中の空気を和らげるためか、マダム・クロードが窓越しにこちらを見つめてきた。お母様はジャンヌを抱きかかえたままで人差し指を顎に当てて若干考え込む。

 言われてみたらお母様がどうしてアランソンへ赴くのか全然聞いていなかった。久しぶりにアランソン公とお会いして嫌悪感を抱いていたのに? わたしより悲惨な境遇になったアルテュール様が気になったから? 多くの疑問が思い浮かんではそのままだったんだっけ。


「私とジュリエッタ様の学園時代の同級生でアランソン公閣下に嫁いだ令嬢がいるとはマダム・ドロテーも知っているわよね?」

「ええ、存じています。あの方、イングリド様は奥方様ともジュリエッタ様とも良好な関係を築かれていましたから」


 その話は確か宮廷舞踏会でお母様の口から聞いた。

 この時代、というかこの王国では裕福な身分は一夫多妻制が当たり前になっている。とは言ってもせいぜい数人、アランソン公は好色家なのか知らないけれど結構多くのご令嬢を娶っているんだとか。その中の一人がお母様のご友人、なのかな?


「折角私は立ち直れてジュリエッタ様とも再会出来たんだし、久しぶりにイングリド様とも会いたくなったのよ」

「この間の宮廷舞踏会ではお会い出来なかったのですか?」

「ええ、彼女の姿は見られなかったわ。聞いたら今病で寝込んでいるんですって」

「……それは聞き及んでいませんでした。言われてみればここ数年、ジュリエッタ様のご評判は耳にしてもイングリド様については何一つ噂されていませんでしたね」

「だからまだ手が空いているうちに彼女を見舞いたいなぁ、って思ったの」

「左様でございますか。つまらぬ質問を致しました」


 いくら公爵夫人だからって側室であればあまり目立たないのも仕方がない。とは言えこれっぽっちも現状が社交界で語られないのはおかしい。そう、例えば噂にならないぐらい表舞台に姿を現していないとかでもない限りは。


「この間会ったアルテュールって子、イングリド様によく似ているのよ」

「えっ?」

「だから私ね、イングリド様が心配なのよ。酷い目に遭っているんじゃあないかって」


 お母様が外を眺めながらつぶやいた一言はわたしを驚かせるには十分だった。


 じゃあまさか、お母様のご友人ってアルテュール様の母親?

 本来この夏に亡くなる筈の淑女に会いに行く?


 ……正直、多難な予感しかしなかった。

お読みくださりありがとうございました。

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