テルミドール④・悪役令嬢と打ち合わせ
「ふぅん、私のいない所でそんな愉快な語り合いがあったんだ」
「愉快だなんて……」
アルテュール様との予期せぬ遭遇があった日の夕方、いつも通りにオルレアン邸に出勤したわたしはジャンヌに今日の出来事の一切を明かした。ジャンヌは僅かに目を細めながら紅茶を軽く啜り、軽く舌を舐める。琴線に触れたのか、妙に仕草が艶めかしい。
アルテュール様はわたしにだからこそ自分の全てを打ち明けてくれたんだろうけれど、わたしはジャンヌだからこそ一部始終を晒す。このままアルテュール様ルートに突入しても待ち受けるのはジャンヌの断罪。それだけは絶対に避けなきゃいけない以上、悪役令嬢との摺り合わせは必須だ。
「じゃあ彼女は前回と同じく学園に転入してくるって訳ね。またカトリーヌが彼女と結託して私を陥れないか用心しないと」
「そんな。ジャンヌを裏切る気なんてこれっぽっちも無いよ」
「本当に?」
「本当だって。今のわたしにはアルテュール様よりジャンヌの方が大切だから」
それにしてもメインヒロインが悪役令嬢と結託して各攻略対象を蔑ろにしている、なんてチーフプロデューサーが知ったら怒髪天でしょうね。それだけでも爽快なんだけれど、やっぱり最後まで悪役令嬢には逆転劇を演じきってもらいたいんだ。
「それにしてもまさかアルテュール様が闇属性だったとはね。どうりで変な時期に姿を見せてきたわけだわ。けれど前回は片鱗すら見せてこなかったのにどうして今回はカトリーヌに打ち明けてきたのよ?」
「多分わたしが闇属性だって以外に公爵令嬢だったかもしれないって真実が発覚しなかったからだと思う。ずっとあの方は舞台裏でしか闇属性魔法を使わなかったんじゃあないかな?」
「そうか! 自分と同じ境遇、公爵家で生を受けたって所が重要だったのね」
「でもまさか会って二回目でそんな重要な真実を教えてくれると思わなかったよ」
この展開の速さは『双子座』アルテュール様ルート以上だ。なのでこの先の夏季休暇明けにどんな展開が待ち受けているかは私にも予想が付かない。単に前倒しになるだけなのか新規イベントが発生するのか、わたしが動かない以上はアルテュール様のさじ加減一つって所か。
ジャンヌは手にしていたカップを皿の上に置き、手を自分の口元へと持っていった。更に眉間にしわを寄せて少し目線を下に落とす。待てよ、と何か考え込んでいるみたいだ。思考に埋没する事僅かな間、ジャンヌはわたしへと視線を移してきた。まつ毛が長いから流し目も美しい。
「……アランソン家の方々は今の時点でアルテュール様の手の内なのよね?」
「そうアルテュール様も語っていたけれど、実際は闇の申し子の彼が公爵令嬢として振舞っていても違和感を一切感じないように意識を覆しただけだと思う。自分に心酔させる程の洗脳はしてないんじゃないかな?」
「ん? ちょっと待ちなさい。どうしてアルテュール様の二人称を彼って言うの?」
「あ」
しまった。まだアルテュール様から女装の理由は教えてもらっていないし、ジャンヌも女装したままの彼しか知らないんだった。ここでごまかしたところで激しい追及が来るか、悪役令嬢がメインヒロインに疑念を持つかだ。素直に打ち明けるしかないか。
「アルテュール様は殿方だよ。宮廷舞踏会の時は女装」
「嘘ぉ!? 彼女が男性!?」
ジャンヌが声を挙げて飛び上がるのも無理はない。わたしだって前世の私に疑問を投げつけたいぐらいだもの。それぐらい公爵令嬢としてのアルテュール様は完璧だった。きっと宮廷舞踏会に参加なさった誰もが欺かれたに違いない。アランソン公の隠し子は女子だって。
「いや確かに女性にしてはふくよかさは足りなかったわよ。きっと胸も詰め物をしていたんでしょうね。けれど逆に男らしさだって全然無かったじゃないの。髭も無いし声変わりもしてない、顔立ちも悪く言えば中性的だったもの」
「大半を暗闇の中で過ごしたアルテュール様は育ちが悪いんだと思う。貧民街にもたまにそういった男か女か分からない子がいるから」
って尤もらしく語ったものの本当かどうかは分からない。公爵家できちんと栄養を取っていたら急成長するのかな? もしかしたら魔法で容姿を偽っているだけかもしれない。私世界で言う宦官は性が抜けて中性的になるって聞いたけれど、まさかね。
「どうしてアルテュール様は女装しているのかしらね?」
「育った環境が関係しているんじゃあないかな? ジャンヌは知らないだろうけれど、貧民街とかって男子より女子の方が生存率が高いんだ」
「あー、女子の方が男子より早い年齢で急成長して体力が付くから、医学が関わらないと女子の方が生き残りやすいのね。外的要因を除けば」
「だから男子も女子のように成長してほしいから途中まで女子の格好をさせて育てる文化もあるの。いわば験担ぎの意味が強いと思う」
これも完全に私の知識を動員した憶測に過ぎない。実際の所アランソン公爵夫人が何を意図していたかは謎だけれど、劣悪な環境の中で育ってもアルテュール様に生き延びてほしいって想いがこもっているんだとしたら? とても欺いているとか悪趣味だなんて言えない。
「じゃあ幽閉から抜け出してもなお公爵令嬢として立ち振る舞うのはどうしてかしら?」
「これも多分だけれど、アルテュール様は母親を除いて誰も信用していないからだと思う」
「ふぅん、成程ね。態度だけじゃあなくて見た目や性別すら偽って、相手を推し測っているのかしらね? 見た目に騙されるようなら上辺だけの付き合いだけで十分だとでも?」
「アルテュール様が殿方として公の場に現れる時はきっと……人を試す必要が無くなってからじゃあないかな?」
あまり想像したくないけれどアルテュール様の周りの人間が全て闇の魔法で洗脳されたら? 逆にメインヒロインのように自分の全てを受け入れてもらえる運命の人に出会えたら? そうしたら自分を偽る必要が無くなるんじゃあないかな?
『双子座』だとアルテュール様専用ルートで彼は男子の転入生として再登場する。舞踏会で公爵令嬢として現れた彼の変わりようにファンは驚いたとか何とか。幸か不幸か夏季休暇序盤の今日時点だとそうなる可能性が高いと言わざるを得ない。
って、良く考えたらアルテュール様が男性だって話で盛り上がるのは完全に脱線状態だ。
「ジャンヌ、何かわたしに聞きたいんじゃあなかったの?」
「ん? ああ、そうそう。アランソン家の方々はアルテュール様の意のままって話ね。だとしたらアランソン家を襲う夏の惨劇って、もしかしてあの方の仕業なの?」
「夏の惨劇? まだ夏も始まったばかりなのに……」
わたしからジャンヌの話題を蒸し返してみたら彼女の潤った桃色の唇から奇妙な単語が紡がれた。アランソン家の夏の惨劇……しかも襲うって未来形で語ったのだから、現時点ではジャンヌだけが体験したこの夏の出来事かしら? アルテュール様に関係する設定って言ったら……。
暑中、アランソン公爵夫人が息を引き取る。
残暑、アランソン家は数名を除いて怪死。
二学期始め、公爵となったアルテュール様が転校。
「……っ!?」
「へえ、面白いわね。カトリーヌってこれも知ってたんだぁ」
驚嘆を隠しきれなかったわたしにジャンヌは口を小さく三日月にして微笑んだ。慌てて取り繕おうとしたってもう遅い。と言うかわたしの頭の中はわたしの失態なんてどうでも良かった。ようやく蘇ってきた私の知識に遅いって罵倒したい衝動に駆られた。
思い出した! そうだった!
復讐心に燃えるアルテュール様もアランソン公爵夫人が生きている間は自粛した状態なんだった。決定打は公爵夫人の死去。引き留める人が、愛を与える者がいなくなった彼はいよいよ怒りと憎しみからまず助けを出さなかったアランソン家の者に鉄槌を下すんだった。
表向きは発狂だったり自害だったり急病だったりで、決してアルテュール様は罪には問われない。証拠もないのに一体誰が信じる? 一つの時代に一人生まれるかも分からない闇の申し子が自由自在に魔法を行使出来て、アランソン家を自滅させただなんて。
けれどこの一件、『双子座』だと後でアルテュール様が罪の告白の形で明かすばかりで事前には決して防げない。だってその時点だと宮廷舞踏会で顔を合わせた程度。彼との本格的な付き合いは夏季休暇が明けてからだもの。
「で、アランソン家夏の悲劇があの方の仕業だとして、カトリーヌはどうするつもり?」
「どうするって……アルテュール様を糾弾するか?」
「違うわよ。まだ起きてない事件の罪を考えたって仕方がないでしょうよ。未然に防ぐつもりかしらって聞きたいの」
わたしは少しの間熟考して、今後の自分を左右する方針を口にした。
「……いえ。干渉する気は今のところ無い、かな」
お読みくださりありがとうございました。




