テルミドール②・予期せぬ遭遇
「ジャンヌ嬢! こんな所でお会い出来るとは思いませんでしたな!」
中年貴族ことアランソン公は気さくに手を振ってわたしの方へと歩み寄ってくる。
わたしがジャンヌだって勘違いするのは分からなくもない。普段の学園生活からわたしとジャンヌが互いに歩み寄って外見を似せているから。で、ジャンヌは公爵令嬢でわたしは貧乏娘。真っ先に思い浮かぶのがジャンヌであっても不思議じゃあない。
けれどさあ、やんごとなき公爵令嬢がわざわざ長期休暇中の学園の図書館で一人寂しく勉強とか読書に励むのかって疑問を抱かないのかしらね? まあ、それを差し引いてもわたしって選択肢が出てこないだけなんでしょうけれど。
「お久しぶりです、閣下。お変わりがなく何よりです」
わたしは席から立ち上がって優雅に一礼させる。お母様に徹底的に仕込まれたおかげでそれなりに貴族令嬢っぽい振る舞いは出来るようになった。アランソン公の勘違いを正す義理はこれっぽっちも無いので放置する。
「で、何故わざわざ学園に?」
「あら閣下。勉学には勉学に、読書には読書に適した環境を整えるべきと思うのです。学園の図書館はうってつけなもので」
「成程、そう言った考えもありですな」
自宅学習って色々と雑念が入ったりして没頭出来るまでに時間がかかるのよね。静かで涼しくて誘惑も無い環境ってなったら休暇中の図書館が最適なのよ。丁度受験生が予備校の自主室で参考書とノートを広げるみたいにね。
どうやらジャンヌの真似は上手くいっているらしくアランソン公はわたしを疑う気配が無い。と言うか何度もわたしと顔を合わせている筈の教員すら騙されているっぽいし。公爵令嬢として敬ってくるような態度に違和感を禁じ得ない。
「それで閣下はどうしてこちらに? 確かアランソン家の方で学園に入学する年頃の方はいらっしゃらなかった記憶がありますが」
「それがですな、これまで病弱で表に出てこれなかったこの娘を夏明けに入学させようと思っていましてな。儂が通っていた頃と何か変わっていないかこの目で確かめようと思ったわけですぞ」
「おいくつになられたんですか?」
「ジャンヌ嬢と同じ学年ですから入学すれば同学年ですな。仲良くしてやってください」
アランソン家は嫡男は既に卒業済み、続く次男と長女は来年入学する予定で、末娘は当分先……って設定だった。本来次男だったアルテュール様は嫡男と次男の間になる。だったら嫡男入学時に下調べしたんじゃあ?って気にもなったけれど、些細な疑問は飲み込む事にした。
って言うかアルテュール様は公爵令嬢として学園に入学されるのか。裏ルート三つのうちメインヒロインに興味を抱いた彼のルートの場合のみ男性として姿を現す筈なんだけれど。まだ夏季休暇明けてないから現時点で突っ込む部分じゃあないかな。
「ああ、学校を案内していただいている最中でしたね。わたしったらとんだお邪魔をしてしまいました」
「おっと、こちらこそ読書の邪魔立てをしてしまい申し訳ない。そろそろお暇させていただくとしよう」
と言うかわたしはこれ以上アランソン公と親交を深める気は毛頭無い。そろそろ彼らにはご退場願おう。アランソン公も豪快に笑い声を挙げながら踵を返す。彼らを案内していた教員も従者のように公爵閣下に続く。
なのに、肝心のアルテュール様はこちらを見つめたまま動こうとしなかった。
「父上、私はご令嬢と少し話していきます。少し時間を貰えますか?」
「む? お前がそう言うなら別に構わんぞ。儂はしばし図書室の中で時間を潰すとしよう」
「ありがとうございます。終わりましたら私の方から声掛けいたしますので」
アランソン公は教員にしばらく図書室の入口付近で待機するよう命じてから奥の本棚へと姿を消していった。直角になるぐらい腰を折り曲げてお辞儀をして、早足で入口へと向かっていく。大テーブルの傍にはわたしとアルテュール様が相対するのみとなった。
吸い込まれそうなほど深い色を湛える瞳がわたしを見つめている。わたしはどうもいたたまれなるのだけれど、視線をそらすわけにはいかない。可能な限り平然を装い、公爵令嬢ジャンヌのように余裕を持った微笑みを湛える。
「つい先日の宮廷舞踏会以来ですね、アルテュール様」
「ええ、そうですね。ところで一つお聞きしてもいいでしょうか?」
「構いません、何でしょうか?」
「どうしてジャンヌ様だとご自分を偽ったんですか?」
……っ。迷うことなく断定してきたわね、この攻略対象者っ。
「あら、どうしてわたしをジャンヌではないとお思いになるのです? どこからどのように見てもわたしは……」
「いえ、貴女の弁を借りるなら、どこからどう見ても私にはカトリーヌ様にしか思えません。父上が思い違いをする程似ているのは認めますが、仕草や雰囲気など違いを挙げればきりがありませんよ」
些細な違いを見抜いてくるとは恐るべし観察眼。いや、確か私は彼を直感が鋭いキャラって設定した筈だから、まず違和感を感じてから後付けで根拠を探し回った感じか。わたしがまだ公爵令嬢として振舞うには未熟なのかアルテュール様が鋭いのか、判断に迷うな。
とは言ったもののこれ以上ジャンヌに扮するつもりは無い。あわよくば彼らがわたしをジャンヌって勘違いしてスルーしてくれれば事が荒立たないって算段からそう振舞っただけだから。トリックが暴かれた推理小説が幕引きなのと同じだ。
「あら、少し誤解なさっているようですけれど、わたしは何もジャンヌだと自己紹介した覚えはありません。アランソン閣下が勝手に誤解なさっただけですので」
「でしょうね。だから私もあえて父上の誤解は解きませんでした」
「そう、ではオルレアン公爵令嬢ではないただの貧民娘であるカトリーヌに何のご用がおありでしょうか?」
「それはまだ続けるんですか?」
きつい一言に言葉が詰まる。まあ、確かにジャンヌを演じる必要はもう無い。わたしは観念して両手を軽く上げながら椅子に腰を落ち着けた。わたしがアルテュール様に隣の椅子に座るよう促すと、彼もドレスのスカートを押さえながら着席した。
「同じ年だったんですね。じゃあアルテュール様が入学なさったらわたし達は同じ学年ですか」
「ええ、どうやらそのようですね。教室も同じになったら喜ばしいです」
「学ぶ環境としては最高です。アルテュール様もきっと気に入られるでしょう」
「初体験ですから何もかもが目新しく新鮮です。有意義に過ごせればと思います」
アルテュール様は椅子を動かしてこちらへと身体を向けた。わたしも思わず再び手にしていた本をテーブルに置き直し、やや身体を捻じってアルテュール様を見つめる。
「今日は周りに誰もいません。是非カトリーヌ様のお話を聞かせてほしい」
「わたしのですか? あまり聞いても面白くないですよ?」
「構いません。きっと私にとっては羨ましい程輝いている筈ですから」
「そうですか。では……」
アルテュール様の重い呟きは聞かなかった事にして、わたしは自分の身の上話を掻い摘んで披露した。とは言ってもわたしが実はオルレアン家の娘だったとは暴露しない。わたしの家はどんな感じで今どんな風に過ごしているか、等に留める。
「素敵な家族と過ごされたんですね」
「はい。わたしの掛け替えのない家族です」
アルテュール様の微笑みに少し陰りが見えたのだけれど気づかないふりをした。本来前世の知識が無ければわたしは彼の真実を何も知らない筈だ。ならここでわたしが彼を思って辛そうな表情を見せるのは不自然だ。何も知らないふりをしないと。
「それで、いつ気付いたんですか?」
「気付くって、何に?」
「自分がオルレアン家の娘だと」
……。そこまでの推理は別にあまり難しくない。わたしが何も知らないままだと判断するにはあまりにわたしとジャンヌは似すぎている。
『双子座』ではメインヒロインと悪役令嬢は双子姉妹なのに服装、姿勢、髪型、雰囲気等あらゆる要素が全然違う。現に表は王太子様ルート、裏はアルテュール様ルート以外はわたしの真実は発覚しないままで終わる。
なのに今回は初っ端から互いに容姿を瓜二つにしちゃっているし、友達以上に親密な関係を築いている。更にオルレアン家に奉公しているし、挙句の果てにお母様と母娘同然の絆を結んでしまっている。もうわたしがジャンヌと双子姉妹だとは疑う余地無しでしょう。
「入学してすぐにジャンヌが打ち明けてきました。わたしもとある事情で薄々は分かっていたので、むしろジャンヌの方も知ってたのかって驚きの方が強かったですね」
「……怨みは無いんですか?」
「怨み?」
「本当だったらジャンヌ様のように貴族令嬢として華々しい生活を送っていたでしょう。もしかしたらカトリーヌ様の方が王太子様の婚約者になっていたかもしれない。羨ましいとは思わないのですか?」
アルテュール様は真剣なまなざしでわたしに質問を送ってくる。けれどこの問いかけ、多分単にわたしに興味を抱いたからのものじゃあない。きっと判断材料にしたいんだろう、わたしと自分の境遇を照らし合わせて、今までの運命に納得できるかって。
だからわたしは、嘘偽り無く素直に答えるだけだ。
お読みくださりありがとうございました。




