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メシドール⑨・お誘いは悪役令嬢から

 発覚したら処刑まっしぐらな闇の申し子との邂逅は何とか大事にならずに済んだ。わたしは恐怖で身体を震わせていたお母様を一旦会場の壁際まで連れて行く。給仕に対してグラスに水を注いできてもらうようお願いをして、しばし賑やかな光景を眺める。


 会場内のバックミュージックは全て生演奏。けれど決して貴族方の交流の邪魔にならないようにゆったりとした曲調を奏でている。食事はわたしは当たり前ながら私だって目にした事の無いような様々な皿が並んでいて非常に豪華。きっとワインもその道のプロが粋を凝らした一級品だろう。

 『双子座』製作の際に宮廷舞踏会イベントの背景を目にした時は凄いと思った。アニメ化された際に目の当たりにした場面は圧倒されるばかりだった。ところが実際に体験したらどう? 莫大な製作費をかけた欧米の映画すら色褪せるぐらいの素晴らしさじゃあないか。


 豪華絢爛。わたしは今正に権威と繁栄の只中にいるんだ。


「ごきげんようカトリーヌさん。楽しんでいまして?」


 感慨するわたしに声をかけてきたのはクレマンティーヌ様だった。取り巻き……もとい、ご学友を引き連れた彼女は多くの貴族令嬢、淑女が集ったこの場でも薔薇だかの花が咲き誇るような美しさがあった。それでいて堂々としており自信を湛えている。


「はい。お陰様で雰囲気を味わわせてもらっています」

「それは良かったですわ。きっと今日と言う日はかけがえのない経験になると思いますの」

「こんなにも素晴らしい一日ですから、きっとそうなるに違いありません」


 わたしはお母様を安心させるために抱き寄せていたのもあって、失礼ではあるけれど会釈だけで許してもらいたい。案の定取り巻きの方々は無礼な態度を咎めようとなさったものの、クレマンティーヌ様が手で制した。


「ところでそちらのご婦人の顔色が優れないようですが、どうかしましたの?」

「いえ、久しぶりに皆様の前にやってきたものですから、緊張なさっているんだと思います。少し休憩していれば良くなるかと」

「そうですの? なら良いのですが……」


 そんな彼女は心配そうに俯くお母様の顔色を窺った。クレマンティーヌ様の親切心を無下にするようで心苦しいのだけれど、さすがに先ほどの出来事は彼女に説明できない。わたしは適当な理由を口にするものの、さすがに通用している気配が無さそうで、怪訝な表情は崩れない。


 そんなクレマンティーヌ様はじっくりとお母様の顔を観察して、ようやくお母様がどなたかを思い出したみたいだ。驚きと焦りが入り混じっていて、取り繕う余裕もなくなってしまっていた。て言うか、お母様とクレマンティーヌ様って会った事あったんだ。


「エルマントルド様!? お、お久しぶりでございます!」

「久しぶりですね、クレマンティーヌさん。ジュリエッタ様のようにお美しくなられて」


 慌てて深くお辞儀をするクレマンティーヌ様にお母様は微笑む。取り巻きのご令嬢お二人は全く事情に付いていけないようでお互いに顔を見合わせる。それでもお二人もクレマンティーヌ様に倣ってお母様に対して一礼をした。


「いつ頃こちらに?」

「まだそんなに日数は経っていないわ。最近ようやく落ち付けたものだからこっちに戻ってきたのよ。今日が久しぶりの顔出しなのよ」

「体調がよろしくないようでしたら部屋を用意していただきますから、どうかお休み下さい」

「いいのよ、大丈夫。むしろこうして話している方が気分が紛れるから」


 ようやく給仕から受け取った水を手にしたお母様はそれを口に運んでいく。確かにアルテュール様と相対した直後より顔色や唇に紅色が戻って来ている。クレマンティーヌ様も引き下がらない構えだったのだけれど、そんなお母様の様子を見てご自分を納得させたみたいだ。


「……分かりましたわ。けれどどうか無理をなさらずにご自愛を」

「ええ、ありがとう。優しい子に育ってジュリエッタ様もさぞ誇らしいでしょう」

「そうでしょうか? お母様は事ある度にわたくしに……いえ、何でもありませんわ。それよりおば様、まさかカトリーヌさんに衣装を提供なさったのは……」

「ええ、私よ。さすがにジャンヌでも他人の分を準備するなら貸し与えるぐらいしか出来なかったでしょうから」


 クレマンティーヌ様はお母様との談話を弾ませたものの、次第にその面持ちは真剣なものとなっていく。辺りを窺って随伴していた貴族令嬢お二人に少し引き下がるよう頼んでから、お母様へと距離を縮めてきた。


「エルマントルド様。ジャンヌ様といい貴女様といい、似ているだけでカトリーヌさんをそこまで溺愛なさるのはおかしいですわ」

「あら、ジャンヌはジャンヌでカトリーヌはカトリーヌよ。確かに外見は似ているかもしれないけれど、二人はそれぞれでちゃあんと今を生きているもの」

「ですがおば様……!」

「心配してくれてありがとう。けれど、ジャンヌも私も単に道楽でカトリーヌを弄んでいるんじゃあないから安心して」


 いくらわたしがジャンヌと似ていたって、いくら優秀な成績を収めた特待生だからって、過保護すぎるんじゃあないかって。単に貴族夫人の酔狂からか? それとも王太子様の婚約者になったジャンヌの影武者を育てる意図が? 彼女の口調からは本気でお母様を按じているのが分かる。

 お母様はそんな彼女の疑問に微笑みながらも答えになっていない回答を返した。さすがに事情を洗いざらい説明する事は出来ないけれど、それでもその気持ちは受け取りたいって想いに溢れる優しい口調だった。


「出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございませんでした」

「いいのよクレマンティーヌさん。今は内緒の事情でもいつかきっと貴女も知る事になるでしょうから」


 クレマンティーヌ様はまだ何か言いたそうだったけれど、次には優雅な笑みを浮かべて一礼する。既に不満と疑念はおくびにも出ていなかった。お母様はその件は早くも終了とばかりに「ところで」と話題を区切った。


「そろそろ舞踏会で最も映える舞踏の時間になるけれど、クレマンティーヌさんには素敵なお相手がいらっしゃるの?」

「はい。わたくしも貴族として生を受けた女ですから、家が決めた婚約者もおりますの。彼がわたくしを真っ先に誘ってくださる筈ですわ」

「そう、どうか婚姻を結んだら私にも祝福させて」

「是非。きっと母も喜んでくれます」


 ダンスの時間は宮廷舞踏会イベントで最も盛り上がる場面になる。優秀な成績を収めたからって後ろ盾もなく参加したメインヒロインに対して一緒に踊りませんかって誘ってくるんだ。他でもない、現時点で最も好感度が高いキャラがだ。

 余談だけれど踊っている最中の一枚絵は各キャラ分用意したのよね。しかも攻略対象のレイヤーだけ変える省エネ仕様じゃなくて全員分構図を変えるぐらい凝ったし。私の無茶ふりをイラストレーターも良く叶えてくれたものだ。


 その誘いはメインヒロインに対する庇護欲と恋愛感情が入り混じった結果の行動なのかもしれない。それでも婚約者をさし置いて真っ先にメインヒロインに手を差し伸べた行為がきっかけで物語は転換期を迎える。


 そう。単なる話し相手、学友でしかなかったメインヒロインと攻略対象の関係は、この日を境に次第に深まっていくんだ。


 尤も、攻略対象と極力接点を持たないようにしたわたしの場合は誰も誘ってこない筈ね。……いや、もしかしてアルテュール様になっちゃうかも? 貧乏娘と公爵令嬢が手と手を取り合って優雅に踊る様もきっちり描写していたから。


 だからわたしは観客の一人として皆さんが躍る様子を眺めて……。


「カトリーヌ、まずは一曲私と踊ってくれないかしら?」

「へ?」


 ――いられなかった。

 物思いにふけっていたわたしを現実世界に引き戻したのは他でもない、ジャンヌだった。わたしと同じ顔、同じ身体つきをさせた彼女は純白の長手袋に包んだ手をこちらへと差し伸べてきていた。その顔に絵画に描写されるような微笑みを張りつかせて。


「あの、ジャンヌ? どうしてわたしを誘うの?」

「カトリーヌったら放っておくと他の殿方と踊りかねないもの。なら私から声をかけたっていいでしょう?」

「王太子様はどうするの? ジャンヌこそあの方と真っ先に踊るべきじゃあ……」

「良いのよ、あんな移り気なお方は放っておいたって。私はカトリーヌと踊りたい、それじゃあいけないかしら?」


 移り気って随分とばっさりと言い切ったものだ。いや確かに王太子様が悪役令嬢の味方のままでいるルートなんてどの攻略対象とも仲良くならないノーマルエンドぐらいしかないけれど。出発の時の弁じゃあないけれど、やっぱり悪役令嬢の方が固執するべき婚約者を蔑ろにしているよね。

 って言うか、この場面でジャンヌがわたしを誘ってきたって事は、ジャンヌが今一番メインヒロインに対する好感度が高い? それともあまりに脱線しまくったせいで『双子座』の本筋がはるか彼方になってしまっているのかしら?


 けれど、何故か悪くない、むしろ嬉しいと考える自分がいて、思わず苦笑してしまった。


「ええ、喜んで」

「ふふっ、じゃあ行きましょう」


 わたしはジャンヌに手を差し伸べる。ジャンヌはわたしの手を取って会場の中央へと向かっていく。曲が流れて皆が踊り出す。周りの反応が気になったのは否定しないけれど、わたしの瞳はただジャンヌの瞳を写し、ジャンヌもまたわたしをただ見つめていた。


「周りがどう思おうが気にする必要は無いわ。私は私で、貴女は貴女だもの」

「うん、そうだね」


 こんなにも大勢がいるのに、二人だけの世界がここにはあった。

 奇しくも私がメインヒロインと攻略対象の絆を描写する為の比喩表現だったのに、まさかわたしがそれを体感するなんて。それも悪役令嬢のジャンヌが相手で。


 けれど確かに今のわたしは幸せだった。この絶妙な関係がそのまま続けばいいのに、って思ってしまうぐらいに。

お読みくださりありがとうございました。

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