メシドール⑧・公爵家は洗脳済み
アルテュール・ダランソン。彼女……いや、彼は裏ルート解放で初めて表舞台に姿を現す。
裏キャラは三人共学園の学生じゃあないので、『双子座』で出現させるには基本攻略対象の好感度を低く抑える以外にも各所フラグやミニゲームクリア等様々な管理が必要になる。しかもどれが裏キャラに関わるフラグなのか初見では全く分からなかったでしょうね。
見事裏キャラ出現フラグを立てて公爵令嬢として出現するアルテュール様の立場はメインヒロイン寄りにもなれば悪役令嬢ジャンヌ寄りにもなる、所謂引っ掻き回しキャラだ。生真面目なのにややポンコツな気質なせいかしらね。
そのアルテュール様が実は女装していて、最後の攻略対象だったと判明したのは『双子座』が発売されてから大分経ってからだったかしらね。裏キャラに関する公式側の情報暴露は大分後のムック発売の時だったし。
では、どうしてアルテュール様は女装なさっていたのか?
それは――。
「カトリーヌ様。少しよろしいでしょうか?」
王太子様とジャンヌと別れたわたしとお母様は舞踏の時間までの間挨拶を続けていた。ところがその最中、先ほど互いに名前だけを送り合った相手、わたしが今日最も避けたかったアルテュール様が声をかけてきた。
彼は貴族令嬢顔負けな気品あふれるカーテシーでわたしに会釈してきた。
「アルテュール様、お止めになってください。わたしめは庶民、貴女様は公爵家のお方。そのように丁寧に扱われる者ではございません」
「あいにく私は誰に対してもこんな感じですので、どうかお構いなく」
アルテュール様は少し言葉を崩してきている。わたしも迷ったのだけれど言葉に甘えさせてもらう。さすがに個人的感情は仕舞い込むべきだろう。わたしは一般庶民でアルテュール様は公爵令嬢、袖に振るなんて恐れ多い。
しかし無数にいる貴族の中でどうしてごく少数紛れ込む市民階級、それもわざわざわたしに声をかけてきたんだろう? ……って、考えるまでもないか。彼への反応がジャンヌと合わせてただ二人だけ違っていたんだもの。逆に興味を惹いたか?
「どうやら先ほどの挨拶の何かがカトリーヌ様の気分を害したと見受けます。私に何か至らなかった点でもあったでしょうか?」
「い、いえ。あまりの身分の差に気後れしちゃっただけです。貴女様には何も非はありません」
「ですが、私を目の当たりにした瞬間からだったように見えました。初対面だった筈ですし、私が何かを思い起こさせたのですか?」
「き、きっとあまりに上品な姿に圧倒されたんじゃあないかなって、その……」
妙な所で鋭いな。彼を観察眼が良いキャラに設定したのは他でもない私だけれど、実際自分自身が体験すると驚いてしまうし警戒してしまう。その宝石も色褪せる程に輝く瞳がわたしの全てを暴き出してしまいそうで。
「先ほど父上も仰っていましたが、あちらにいらっしゃるジャンヌ様と見分けがつきません。初対面の際はさぞ混乱したのでは? 片やオルレアンの公爵令嬢、片や王都の平民でしたっけ」
「よく言われます。偶然って凄いですね」
「偶然、ですか。成程、そうとも考えられなくもありませんが……」
アルテュール様は思う所があるようでわたしから視線を外してややうつむき加減になる。とは言ったってここは社交の場。彼が何を疑っていようと人の目が多い舞踏会でそこまで大胆な行動には出てこないだろうし、適当に切り上げてしまえば……。
そんなわたしの考えが甘かったと痛感させられたのは、そのすぐ後だった。
「……少し失礼します」
「えっ――?」
アルテュール様は腕をやや後方に引いてから手の指を開く。彼の手の平に収束していくのは……って、まさか――!
アルテュール様は引いた手をわたしへと突き出した。
わたしは思わず手を上げて自分の頭部を庇う。
アルテュール様の手は遠くてわたしには届かなかったけれど、彼が手の平から発した『攻撃魔法』はわたしが展開した『防御魔法』に阻まれ、霧散した。
『攻撃魔法』、それは周囲には漆黒の静電気のように奔って見えただろう。
『防御魔法』、それは周囲には漆黒の小型の盾で防いだように見えただろう。
わたし達は互いに闇の魔法で攻防を繰り広げたんだ。
しまった、との後悔の念が浮かぶ。けれど今のわたしには周囲を気にする余裕が全く無かった。わたしの視線は目の前に佇む最後の攻略者に釘付けになっていたから。お母様が後ろで何か言っていたようだけれど上手く理解できない。周囲の賑わいも雑音に聞こえる。
わたしに攻撃を仕掛けた張本人、アルテュール様は最初は驚いて目を見開いていた。けれど次第に喜びを露わにして満面の笑みを浮かべた。反対にわたしは愕然としてしまう。だって、彼と言葉を交わそうとした時点で既にわたしの手から最善の解は滑り落ちていたんだ――!
「防御しましたね、私の洗脳魔法を」
「まさかこんな場所で仕掛けてくるなんて思ってもいなかったから……!」
「突然の蛮行はお許しください。しかしどうしても私は確認したかった」
「……一応聞くけれど、一体何を?」
「――貴女が私と同じだって」
同じ。わたしと同じくアルテュール様が闇属性の担い手だって事実をか!
光の魔法が主の代行者の証、聖者や聖女だと崇められるのに対して闇の魔法は主に仇名す悪魔の証、忌み子だと迫害される。主の教えが全てな世界観な王国だと魔女狩りに遭って火刑が良い所、誕生させた家族ごと異端審問って名目の拷問を受ける可能性も十分考えられる。
父親のオルレアン公がわたしを秘密裏に亡き者にしようとしたのも、お母様がわたしを手放して自身の記憶を改ざんしたのも全部わたしが闇の申し子だから。今は落ち着いているけれど、この真実が発覚したらわたしは処刑、オルレアン家はお取り潰しになってもおかしくない。
「……洗脳? そんな事が出来る魔法なんて聞いた事無いけれど?」
わたしの前に一歩踏み出たのはお母様だった。先ほどとも違った凄みで低く鋭く声を発してアルテュール様を警戒する。お母様は今の一瞬のやりとりで分かったんだろう、アルテュール様がわたしと同様に闇の申し子なんだって。
既にわたしはお母様の背をわずかに追い抜いていたけれど、それでもわたしを庇うお母様の背が大きく見えた。けれど同時にお母様が気丈に振る舞って恐怖を隠そうとするのも感じ取れる。恐れは多分、わたしに不幸が舞い降りないか心配だからか。
そうしたお母様の剣幕にもアルテュール様は全く動じる気配が無い。その佇まいは王者の風格すら感じさせるほどに威風堂々としていた。
「あります。現に私はこれを駆使してようやく日の目を拝めたのですから」
「駆使って、まさか――!」
「ええ、既にアランソン家は私の手中にあります」
「な、んてことを……」
お母様が息を飲む声が聞こえた。わたしも私の知識で分かっていたけれど、実際にアルテュール様の口から語られると衝撃を隠せない。
わたしが死亡扱いで公爵家追放、生んだお母様が隠居を強いられたのと違って、アルテュール・ダランソンは母親共々幽閉させられた。彼は日光が射し込まない牢屋同然の部屋で育った。その中で闇の魔法を自然と少しずつ会得していったんだ。
彼は初めは見張りの兵士やメイドを手中にした。そして機を見計らって脱出、先程お会いしたアランソン公や公爵夫人、嫡男を始めとした自分の家族を次々と洗脳していった。今ではアランソン家の誰もが彼を普通の家族として扱っている。
……否、表向きそう振舞うよう命じているんだ、アルテュール様が。
だって闇の忌み子として生まれた自分はともかく何の罪もない母親に監禁の苦しみを味わわせた者達を許せる筈が無い。怨み憎しみ怒りを抑えて自分の居場所を構築する、この宮廷舞踏会はその重要な工程に当たる。
「そちらのエルマントルド様、そして国王陛下方の様子から察しました。カトリーヌ様、貴女は私と同じだったのですね」
「アルテュール様……?」
「私は一人ではなかった……。それが分かっただけでも十分です」
彼は一瞬天上を仰いでから再びわたしへと顔を向け、嬉しそうに微笑んだ。分かった。分かってしまった。いきなり洗脳魔法を仕掛けるなんて強行手段に打って出たのも全部寂しさの為。彼の想いはこの一言に集約されるんだって。
それでも出会ったその日にこれって急展開なんてレベルじゃない。十中八九この調子だとわたしとアルテュール様は無関係じゃあいられない。むしろアルテュール様ルートに突入したって考えてもいいぐらいだ。こんな事態は私の想定をはるかに超えている。
「今宵はここまでといたしましょう。いずれ場を改めて語り合えれば」
お互い今日は何も見なかったし何も聞かなかった事には? って聞きたかったけれど到底承諾してもらえるとは思えない。彼は今の公爵令嬢な見た目通りお淑やかに一礼をさせるとドレスをふわっとさせながら踵を返し、その場を後にする。
「カトリーヌ……」
「大丈夫だよ、お母様。まだ問題じゃあないから」
心配そうにわたしを見つめてくるお母様にわたしは力強く返事した。現にちょっと早く互いの真実が発覚しただけで不利にはなってない。アルテュール様が自分から暴露大会を開くとは到底思いえないし、なら彼への対応次第で何とかなる。
とは言っても内心不安だらけだし、前途多難になりそうで思わずため息が漏れた。
お読みくださりありがとうございました。




