メシドール⑦・彼女は攻略対象者
アルテュール様の登場に国王陛下を始めとしてその場の一同は騒然となった。それだけ公爵令嬢に扮した彼は人を惹きつけてやまなかったからだ。きっとわたしも事情を知らなかったらジャンヌとはまた違った魅力を覚えて見惚れていたに違いない。
「カトリーヌと申します。よろしくお願いいたします」
わたしは他の皆さんとは全く違った動揺を何とかひた隠しにしながら微笑みを顔に張り付かせ、慇懃に礼をする。わたしが動いたのをきっかけにお母様もアルテュール様に挨拶をし、他の陛下の周りで談笑に華を咲かせていた方々も名を名乗っていく。
「いやーしかし噂には聞いていましたが正にジャンヌ嬢と瓜二つですな! 先程挨拶しましたがジャンヌ嬢も美しくなられて、さぞオルレアン公も鼻が高いでしょう。王太子殿下が羨ましいですな!」
「お褒めに与り恐縮です、公爵閣下」
お母様は社交辞令とばかりにアランソン公のお褒めの言葉を受け止めると、陛下に断りを入れた上でわたしの手を取ってその場を後にした。厄介なアランソン公を陛下や王妃様に押し付けた形になってしまっているけれど、そうしてでも距離を置きたかったみたいだ。
「相変わらず現アランソン公は……。先代もかなりの曲者だったけれど、自分の本性を巧妙に隠すぐらいには賢かったのに」
「閣下はエルマントルド奥様をご存じない様子でしたか?」
「十年も顔を見せていなかったから忘れたんじゃないかしらね。私やジュリエッタ様は幸いにも良き夫に恵まれたけれど、私の同級生の中にも現アランソン公へと嫁いだ令嬢がいたから……。あまり良い感情は持っていないの」
現アランソン公が視界から消えてもお母様の不快感は収まりそうになかった。お母様は他の方々へと挨拶しようとせず、突っ切るようにして歩みを進めていく。他の方々と談笑していた娘のジャンヌと王太子様の方へと。
「エルマントルド様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「王太子殿下、ご挨拶申し上げます。日頃のご活躍は遠くオルレアンの地でもお聞きしております。ところで先ほどアランソン公閣下がいらっしゃったとお聞きしましたが?」
王太子様は未来の義母になるお母様を笑顔で迎えたけれど、お母様は先ほどまでと違って焦りと苛立ちが現れていた。そして挨拶もそこそこに本題を切り出す。どうやら王太子様もあまり良い印象を抱かなかったようで、浮かべていた微笑みがわずかに曇った。
「ご安心ください。ジャンヌへの無礼な言葉はこの私が許していません。どうかエルマントルド様は気になさらずにこの舞踏会をお楽しみいただければ」
「ありがたいお言葉ですわ、殿下。久方ぶりにお会いしたと言うのにとんだ醜態を晒してしまいましてお詫び申し上げます」
「とんでもない。現アランソン公は良からぬ噂も聞いています。貴女様が危惧なさるのも当然。私は今後シャルルがいるからジャンヌは安心だと貴女様から思われるよう奮迅するのみです」
「痛み入ります、殿下」
それでも王太子様は嫌悪感を露わにせずにお母様へと優しい言葉をかけられた。さすが王太子様は学園内の貴族令嬢の何割もが憧れる殿方だけあって紳士的だ。それと王太子様が現時点でもジャンヌを守ろうって言ってくださる事にも感動を覚えたりする。
そんな会話が織り成される中、王太子様の傍らで笑みを見せていたジャンヌがわたしの腕を掴んで自分の方へと引き寄せてくる。彼女はまず「私を見ているようよ、カトリーヌ」って耳元で囁いてきた。言い方が少し色っぽくて何だかくすぐったかった。
「で、どうだった?」
「えっと、アランソン公? ちょっとしか話してないけれど、軽率な発言が多かったかな」
「そうじゃあないわ。彼女、アルテュール嬢の方よ」
「……別に。お互い名乗り合っただけだったし」
わたしは彼女に対する率直な感想を述べた。同性から見ても目を奪われるかもとか、見麗しいかも、みたいな当たり障りのない答えなんてジャンヌは求めてない。別にアルテュール様がどうであってもわたしには関係無い。そう正直に口にすればいい。
ところがジャンヌは多くの方々が輪を作る中心にいるアルテュール様の方へと警戒心と敵意を露わにさせていた。おかしい。ジャンヌだってアルテュール様とは今日が初対面の筈なのに。事前の会話で何か思う所でもあったのかな?
「彼女、夏季休暇明けに学園に転入してくるのよね」
「えっ?」
アルテュール様が学園に転入してくる展開は王太子様を始めとした基本攻略対象者専用ルートでは決して起こらない。基本攻略対象者の好感度を抑えてミニゲームを高得点でクリアしつつ、専用フラグを立てて裏キャラ攻略の最低条件を満たさないと宮廷舞踏会に姿を見せなかった筈だ。
現状は基本攻略対象者を蔑ろにしているし学園での成績も高水準を維持できている。よくよく考えたら一応裏ルート突入フラグは満たしているのか。けれどジャンヌのやり直しを振り返ってもこの展開になりようが無かった筈なのに、どうして起こるだろう未来の出来事を彼女が?
「ふぅん、そう。彼女と関わる気も無いのね」
「ど、どうしてそれを……!?」
「傍目で見ても他の鼻の下を伸ばした殿方とまるっきり反応が違ったもの」
「あうう、分かりやすかったかな?」
そんなわたしの内心を見透かすようなジャンヌの言葉に驚きを隠せなかった。まるでアルテュール様を知っているような口ぶりに。けれど、次のジャンヌが口にした事象は更にわたしを驚愕させるのには十分すぎた。
「前回のメインヒロインとも全然異なっていたしね」
「っ!?」
前回って、学園入学と同時に拉致監禁の上で拷問して挙句命を奪ったってR-18G展開の? だったら入学初日に全部運命が決まっちゃっていてアルテュール様が出現しようもない。それなのにどうして……とまで混乱して、一つの可能性に行きついた。
まさか、ジャンヌはメインヒロインの命を奪った後も続けたのか?
ジャンヌが主より授かった奇跡、光の魔法でメインヒロインを生き返らせて。
わたしの看破にジャンヌは満足そうに微笑んだ。この場が二人きりだったら拍手も送ってきたかもしれない。
「ご明察。死んだメインヒロインさんを蘇らせて、私の言う事なら何でも聞くお人形さんみたいにしちゃったのよ」
「……メインヒロインに近寄る攻略対象を避けさせるため、かな?」
「けれど、アイツが現れて全部覆された。どうしてかメインヒロインの味方をしてくれちゃってね」
「そ、そうなんだ……」
きっと前回のメインヒロインは痛みと苦しみを味わい、けれど魔法で回復されて楽にもなれず、挙句死による救済も許されなかった。メインヒロインは完全に悪役令嬢に屈し、誰も惑わさないように振舞わせたんでしょう。死にも勝る辛い経験がメインヒロインをそう変貌させた。
ところが七回目のジャンヌは思わぬ展開に直面したんでしょうね。裏キャラの登場の条件を満たしたのは前回が初めてだったみたいだし。で、裏キャラがメインヒロインの味方をしてジャンヌは予定調和で断罪されて破滅した、と。
尤も、ジャンヌはアルテュール様を公爵令嬢だって思っているみたいだから、前回経験したのは三人いる裏キャラの内、アルテュール様以外のルートだったのかな? でなかったらわたしと攻略対象の接近にジャンヌはもっと深刻な表情をさせていただろうし。
「ああ、ちなみに前回メインヒロインが結ばれたのは彼よ」
「……誰?」
「カトリーヌが目指している職場のやり手らしいけれど?」
「まだ職場見学なんてしてないから分からないよ」
ジャンヌが忌々しそうに指し示した先にいたのはやや大人びた殿方だった。年もわたしどころか学園最上級生の王太子様より少し上かしら?
そんな彼はわたしが目指している文官職で働くエリートで、名はラウール。学園生活で攻略対象を無視して文官への道をひた走っていると裏の攻略対象である彼が宮廷舞踏会イベントで突然降って湧いてくる。貴族でありながらワイルドな彼は基本攻略対象とはまた違った大人の魅力があって、年上好きで男らしさを求めるファンには中々人気があったっけ。
多分メインヒロインに攻略対象達を避けさせていたら彼で躓いてしまったか。婚約者のいない彼と悪役令嬢は接点が薄いから一番マシな最後になるシナリオの筈なのだけれど、メインヒロインの身も心も虐げた前回の悪役令嬢にはさすがにラウールも堪忍袋の緒が切れたか。
「じゃあカトリーヌは彼と知り合う気は無いと?」
「それは学園卒業後でもいいかな」
「アルテュールとは?」
「関わり合いたくない」
わたしの答えにジャンヌは「そう」とだけ答えたけれど、彼女は安堵の色は隠しきれていなかった。実際わたしもこのまま接点を持たないままでいたい。
けれど、うん。多分そう上手くは行かないと思うな。裏キャラ登場フラグを立てた以上、大なり小なり裏キャラとは接点が出来てしまうし。特にアルテュール様とは学園でも顔を合わせなきゃいけないし。真に試される時にどうするか、かな?
「カトリーヌ様。少しよろしいでしょうか?」
……けれど、まさかすぐ後に呼び止められるとは思わなかった。
他でもない、アルテュール様に。
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