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メシドール⑤・玄関での見送り

 『双子座』で宮廷舞踏会イベントを発生させた場合、その段階で一番好感度が高い攻略対象がメインヒロインの相手を務める。例えば舞踏会会場までの送迎を買って出てくれるので、愛しの王子様こと攻略対象がメインヒロインに向けて手を差し伸べるシーンは結構な人気を誇る。

 攻略対象には王太子様にとってのジャンヌみたいに家が決めた婚約者がいるのだけれど、右も左も分からないメインヒロインを放っておけないって言ってくださるんだ。舞踏会会場でメインヒロインと攻略対象が優雅にダンスを踊るシーンは『双子座』前半部の山場の一つね。まあ、その分本来の婚約者や悪役令嬢の反感を買って後々の悪意に拍車がかかるんだけれど。

 ともあれここでも攻略対象への好感度は調整出来るから、別の攻略対象ルートに行きたい場合は上手く立ち回ってもらいたい。本格的な夏を迎えると学園も夏季休暇に入るし、残暑を迎えると専用ルートに突入しちゃうので、最後の挽回の機会でもある。


「カトリーヌ。悪いんだけれど今日は私、シャルル様と一緒に行かなきゃいけないの」

「別にわたしに伺う必要は無いんじゃないかな? だってジャンヌは王太子殿下の婚約者でしょう?」

「それもそうなんだけれど……。ああ、カトリーヌの事はお母様に頼んでいるから安心して」

「いいの? お母様だって旦那様のお相手を務めないといけないのに」

「そっちは今まで通りジゼル様に任せるからいいんですって」

「お母様がいいならいいんだけれど……」


 で、メインヒロインの立場の筈のわたしは見事に誰からも誘われなかったとさ。どの攻略対象とも接点無いんだから当然だけれど。むしろジャンヌとお母様がわたしをどうしようかと悩むぐらいもうわたしはオルレアン家にお世話になりっぱなしになっちゃっていた。


 宮廷舞踏会当日。その日は早いうちに王太子様がオルレアン邸にいらっしゃった。やんごとなき血筋のお方が臣下の家に足を運ぶ構図はどうかと思うのだけれど、殿方がご令嬢を迎えに行くのが通例になっているんだそうだ。


「迎えに来たよジャンヌ。今日はさすがに俺に付き合ってくれるよね?」

「あらシャルル様、それでは私が普段貴方様を蔑ろにしているように聞こえますが?」

「この数か月間君の興味は全てカトリーヌに注がれていたからね。俺を見ない君に不快な気持ちを抱いたのは正直自分でも意外だったよ」

「それは何よりです。完璧でしたら私なんかではとても貴方様と釣り合いませんもの」


 そんな会話をさせながら王太子様はジャンヌを連れて先に出発なさった。さすがに王族を守る近衛兵が馬に跨って二人の乗った馬車を警固している。さすがに治安が良い王都でも賊が紛れ込んでいる可能性も捨てきれないし、用心に越した事はないだろう。


 ジャンヌを見送った後はいよいよわたしが準備する番だった。慣れないわたし一人じゃあ到底出来ない作業をお母様付きの侍女が手際よくこなしていく。髪を編み始めた侍女の指がくすぐったかったり、化粧をする筆が気持ち良かったり。

 コルセットが女を窮屈に縛り上げる拘束具とはよく言ったもので、お腹周りが結構苦しい。私の世界で偉大なる服飾デザイナーが廃したくなった理由が良く分かるわね。あいにく幼少期から絞っていたジャンヌとはそこだけ結構違いがあったりする。


「これが、わたし……」

「ええそうよ。これがカトリーヌ、私の自慢の娘よ」


 そうして準備を終えて鏡の前に連れてこられたのだけれど、その先にいたのは普段のわたしじゃあなくて公爵令嬢ジャンヌにしか見えなかった。透き通ってきめ細やかな肌、整った端正な顔、うっすらと紅をひいた唇はいつになく瑞々しさを覚えた。

 身にまとうドレスや靴は公爵家御用達の名のある職人による至高の逸品。『双子座』だと学園生徒会から援助を貰って宮廷舞踏会に出ても恥ずかしくない仕上がりになるけれど、それはあくまで市民階級だから許される下限値辺りだ。ここまで着飾れる選択肢はゲーム中には無い。


「……ジャンヌにしか見えません」

「そりゃあそうよ。育った環境が違ったって双子の姉妹ですもの」

「貧民には過ぎた装いな気しかしないんですけれど?」

「勿論必要最低限なぐらい無難にもまとめられたわよ。けれど私が誰もが見惚れるカトリーヌを披露したかったの」


 学園の上位成績者として参加するわたしはオルレアン家のメイドでもある。私が学園内のどの貴族令嬢にも勝るとも劣らない姿になる分には、公爵家の名に恥じない見た目にならなきゃいけないって一応の大義名分がある。ただ一つ懸念がある。


「ここまでジャンヌと酷似しているのはまずいんじゃあないですか?」

「でも学園でだってお互い容姿を似せているんでしょう?」

「同年代の子が揃った学園と社交界じゃあ年齢層が全然違います」

「やる事は同じよ。あくまでカトリーヌとジャンヌは稀にいる他人の空似。ジョルジュ様だってそれで押し切る気満々だったでしょう?」


 やっぱりその方針で行くんですね、お母様。と言うか旦那様はわたしの正体を薄々察しているみたいだった。お母様はこちらにいらっしゃった初日と同じようにジャンヌの妹カトリーヌはいないって押し切ったままだろうし、旦那様も追従なさるだろう。


 丹念に創り込まれたドレスを身にまとったわたしはお母様と一緒に玄関へと足を運んだ。丁度出発なさろうとする旦那様とジゼル様、そして手を引かれるサビーネ様方ご子息とご息女の姿があった。わたしが思わずかしずこうとするのをお母様が手で制する。


「行ってらっしゃいませ、ジョルジュ様。また後ほど」

「突然戻って来て宮廷舞踏会で復帰したいと言い出しておいて学園特待生のお守を買って出るとはな」

「長く離れていましたから、重圧を感じないこの役が今の私には適任です」

「……まあいい、お前の好きにしろ」


 お母様が優雅に一礼なさったのでわたしも倣ってお辞儀をした。旦那様はそんなお母様を一瞥してジゼル様方に先に馬車に乗るよう促した。それから旦那様も……と思っていたら、何故かわたしへと視線を送ってきていた。


「カトリーヌ」

「……ふぇっ? は、はいっ!」


 まさか呼びかけられるなんて思わなかったから声が裏返っちゃった。思わず下げた頭は結構な角度になっていて、ドレスを着ていなかったらつま先が見えていたに違いない。


「私にとって我が娘ジャンヌと妻エルマントルドがそなたに抱く拘りやそなたのジャンヌと似通った容姿はどうでもいい。ましてやそなたの出自がどうであれ、事が荒立たないのなら興味が無い」


 薄々そうだろうとは思っていたけれど、直に旦那様から意見を窺うのは初めてだった。分かってはいたんだけれどあまりにお母様と違う扱いなので、少し寂しさを感じてしまった。そうしてくれた方がわたしには都合がいい筈なんだけれど、どうしてだろう……?

 旦那様は「だが」と続ける。


「そなたは平民でありながら学園生徒と我が家の使用人を両立させ、特待生として学業をこなしている。そして今宵は宮廷舞踏会に招待される程となった。それほど優秀な者が我が家に関わりある事、身分の垣根を超えて誇りに思う」

「旦那様……」

「これからも娘ジャンヌや妻エルマントルドの傍らにいてやってくれ。二人にはそなたの存在が必要なようだ」

「……っ!」


 そこにいたのはオルレアン公爵ではなく一人の父として、一人の夫としての男性だった。わたしに優しく語りかけてくる姿はとても大きくて包容力があった。命令とも願いとも取れる旦那様の発言は果たして優秀者へのものだったか、それとも……。


「謹んでその役目、お引き受けします」


 わたしは首を垂れる。旦那様の願いはわたしの願いとも一致しているのだから。


 旦那様は満足げに頷くと待機していた馬車に残り込んで一足先に舞踏会会場へと出発した。わたしとお母様はその姿が見えなくなるまで見送る。それから次にわたし達が乗る予定の馬車が玄関前に姿を見せたのだけれど、お母様は動こうとしなかった。


「エルマントルド奥様? 馬車が来ていますが……」

「はあ……ジョルジュ様、やっぱり素敵だわ」


 いや、正確には旦那様に見惚れていた。恍惚とも言える表情をなさっていて、先程の余韻に浸っているようだった。

 そんなお母様の想いは十分に分かる。だってわたしもあの時の旦那様からは父親らしさを感じたからだ。


「お父様、か」


 わたしは今まで旦那様を実の父親だって認識していなかったのだけれど、さっきのやりとりをきっかけに覆りそうだ。

お読みくださりありがとうございました。

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