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メシドール③・帰ってきた母親

 生徒会でのひと悶着があった夕方、わたし達がジャンヌの馬車でオルレアン邸へと戻ると先客がいるようだった。そのため玄関前に馬車を止められず、少し離れた位置に一時停車する。クロードさんが身を乗り出して前の様子を伺った。


「どなたかが先に帰られているようです。如何なさいます?」

「別に丁重な出迎えを受ける為に帰ってきたわけじゃあないんだから、ここで降りましょう」

「畏まりました。少々お待ちを」


 ジャンヌのお伺いを立てたクロードさんは主の意向を聞いて下車し、ジャンヌへと手を差し出した。クロードさんに支えられながらジャンヌは下車、わたしは自分一人で地面に着地する。ジャンヌは特に前方を気にする様子も無く歩みだした。

 前に停車していた馬車の側面にはオルレアン家の家紋が描かれているけれど、外装は見た事が無い。見栄えを重視した豪奢な作りではなく長旅にも耐えられる頑丈な構造になっている。少なくとも王都内の移動では決して使わない代物のような気がする。


「あたっ」

「? お嬢様?」


 馬車の方によそ見していたら前を歩いていたジャンヌにぶつかってしまった。ジャンヌったら急に立ち止まるんだもの、さすがに気付けないよ。クロードさんも訝しげに眉をひそめたのだけれど、ジャンヌはわたし達を気にする様子も無く前方をただ茫然と眺めていた。


 馬車から使用人に手を取られて降り立った淑女は、わたし達の接近に気付いて視線を向けてきた。途端、顔を輝かせるように満面の笑顔を浮かべてこちらへと足早に近寄ってきた。両腕を大きく広げて。あまりの勢いにさすがのジャンヌもたじろいだ。


「ジャンヌ、カトリーヌ! 会いたかったわ~!」

「お、お母様!?」


 そのまま淑女、お母様は右腕でジャンヌを、左腕でわたしを抱き寄せた。突然だったものでどう反応していいか分からず混乱してしまう。オルレアンの地でならまだしもここは王都のお屋敷。さすがにお母様が望むようにジャンヌの妹だって振舞いは出来ない。


「おかえりなさい、お母様」

「うん、ただ今。元気そうで何よりよカトリーヌ」


 それでもわたしはお母様の帰宅を出迎える。素っ気なく突き放すような演技はわたしには出来なかった。心配していた周りの反応だけれど、意外にもオルレアン側の使用人やミセス・マヌエラ以外の同僚も特に気にする様子が無かった。はて、どうしてだろう?


「おかえりなさいませ、お母様」

「ジャンヌも元気そうね。この前より美しくなったんじゃない?」

「まあ、お母様ったらお上手ですね。外で長く話すのも何ですし、早く中に入りましょう」

「そうね。ここに来るのも本当に久しぶりだわ。十年以上ぶりかしらね?」


 玄関扉が開かれた先でお母様を出迎えたのはなんとオルレアン公とジゼル奥様だった。厳格な面持ちをさせたお二人はとてもお母様の来訪を歓迎しているようには見えなかった。むしろ「何で帰ってきた?」とばかりに批難しているようにすら感じる。


「エルマントルド、帰ってくるなら文の一つでも寄こしてこい」

「あらジョルジュ様、一週間ほど前に手紙を送った筈でしたけれど、読んでいらっしゃらないの?」

「ここ最近忙しかったからな。見逃した手紙もあったかもしれない」

「相変わらず仕事の虫なのですね。少しは骨休めしないと参っちゃいますよ」


 微笑を湛えるお母様の反論にオルレアン公は、一応わたしのお父様らしいんだけれどそう呼ぶ気は今の所一切無い、開き直るだけだった。本人にもお母様を蔑ろにしている自覚はあるみたいだけれど、無礼を疑った謝罪の言葉ぐらい口にすればいいのに。


「ごきげんよう、ジゼル様。またお会いできて嬉しく思います」

「御無沙汰しております、エルマントルド様。オルレアンからの長旅お疲れ様です」


 そんなオルレアン公から視線を移したお母様はジゼル奥様に優雅に挨拶した。奥様もまた毅然とした態度で会釈する。正室と側室による仁義なき戦いでも勃発するかとはらはらしたのだけれど、意外にも見た目上は穏和に会話が成されていく。


「いつ頃までこちらに滞在を?」

「んー、宮廷舞踏会が終わるまではいようと思うのだけれど、構わないでしょうか?」

「問題ございません。サビーネ達も喜ぶでしょう」

「……ジゼル様」


 すると、お母様はジゼル奥様へと歩み寄られその手を取った。その表情も社交辞令で張り付かせる笑顔ではなくて、純粋に喜び……いや、感謝を前面に押し出しているようだった。優しく包み込まれた手に、その表情に、ジゼル奥様はぎょっとなさった。


 そして、あろうことかお母様はジゼル奥様に深々と頭を下げた。


「今までジゼル様にばかり負担を押し付けてしまっていてごめんなさい。それからジャンヌをここまで立派に育ててくださって本当にありがとうございます」

「エルマントルド様……!? お止め下さい、私に頭を下げるだなんて……!」


 その想いを赤裸々に語るお母様にジゼル奥様はたじたじになっている。控えているメイド達使用人も上手く取り繕えているけれど驚きがにじみ出ているのが分かる。ジャンヌにとっても意外だったみたいで、目を見開いて二人を見つめていた。


「ジゼル様には迷惑をかけてばかりだったけれど、これからは私も力になりたいのです。あと今まで私達って全然接点無かったと思うのですけれど、それも改善出来ればいいなあって」

「お、落ち着いてください! そんな急に幾つも仰らないで……!」


 慌てたジゼル奥様は掴まれていない方の手でお母様の肩に手を添えて、下げられていたお母様の上半身を起こす。お母様はジゼル奥様をじいっと見つめて離さない。ジゼル奥様は困った様子で視線を彷徨わせていたものの、やがて意を決したようで微笑みを顔に張り付かせた。


「勿論ですわエルマントルド様。思えばお互いに誤解があったかもしれませんし、今日をきっかけにして親睦を深められればと」

「まあ、ジゼル様からそう言っていただけるととても嬉しいです。互いにジョルジュ様の伴侶として支え合っていければと思います」


 あくまでも表向きの友好関係を築こうとする気配があるジゼル奥様と違って、お母様は心から親交を深めようとしているみたいだ。おかげで線引きをしようとするジゼル奥様の方へと全く気にせずに歩み寄るようにも見えて面白い。

 そんな二人の様子にオルレアン公は特に表情を変えずにただ眺めるばかり。ある程度の所で旦那様は軽く手を挙げてお母様を出迎えるために玄関ホールに整列していたメイド達を解散させた。


「ではお母様。また後ほど」

「ええジャンヌ。今日はゆっくり語らい合いましょう」


 お母様の後方で静観していたわたし達にも視線を送ってきたので、邪魔にならないよう距離を置きつつお母様を横切る。旦那様が口火を切ったのはわたし達がその場を去ろうとした丁度その時、呟くように発した言葉は淡々としていながらもわたし達に十分に聞こえる程凛としていた。


「エルマントルド。お前が現を抜かしていたカトリーヌは連れてこなかったのか?」


 カトリーヌ、それはわたしを手放してからお母様が一緒に生活していた夢幻の住人。お母様が片時も離れず過ごしてきたカトリーヌが同行しているか尋ねたのは、未だに妄想に溺れているのではないか、との危惧とか懸念からか。ジゼル奥様も心配そうにお母様を見つめる。

 そんな二人の視線を浴びたお母様はきょとんと首を傾げ、一瞬だけわたしへと視線を移す。それから再び旦那様へと向けた。そしてお母様が次に仰った一言は見事なカウンターで返したとばかりに鮮やかだったし、同時にオルレアン家を激震させるものに違いなかった。


「ジョルジュ様にはカトリーヌが今この場にいるように見えますか?」


 旦那様はわずかに驚きを見せたものの、やはりわずかにわたしやジャンヌへと瞳を動かしてから再びお母様を見つめ、首を横に振った。

 質問を質問で返したから0点、とはどの作品の言葉だったっけ? 純粋な疑問とばかりの声色にはどれだけの思惑が込められているのか計り知れない。ただ一つわたしが確信出来るとしたら、お母様はこの鮮やかな一手で一つの事象を確定させるつもりなんだろう。


「いや。何処にもおらんな」

「ではそういう事なのでしょう」


 つまり、ジャンヌの双子の妹で闇の担い手、生き別れの公爵令嬢カトリーヌはこの場にはいない、って。ここにいるわたしはただのカトリーヌ。稀によくいる他人の空似。貧弱一般人って事なんだろう。


 オルレアン公は「そうか」と一言残して踵を返した。ジゼル奥様も旦那様とお母様やわたし達を交互に見つめ、すぐに後を追う。ジャンヌは満足げに頷いていて、クロードさんもミセス・マヌエラ、それからお母様がオルレアンから連れてきた侍女達はお母様に感心している様子だった。

 そんなお母様は頭を垂れながら旦那様方を見送っていたけれど、その顔には「勝った」とばかりに不敵な微笑が浮かんでいた。

お読みくださりありがとうございました。

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