メシドール②・生徒会に呼び出された
「やあカトリーヌ。今回の試験は上位十人に入ったそうじゃあないか」
「お褒めに与り恐縮です、殿下」
早速わたしの好成績を聞きつけたらしい王太子様がわたしを生徒会室に呼び付けてきた。生徒会室には会長の王太子殿下、副会長のアンリ様。それから早速庶務を任されているクレマンティーヌ様とピエール様がいらっしゃる。他の方は関係無さそうだから割愛ね。
『双子座』だと結構簡単に出入りできるようになるここも今のわたしには無縁とばかり思っていたのに、思わぬ油断がこんな結果を招くなんて。今後はもっと気を引き締めないと。そんな感じの思惑を悟られまいとわたしは笑顔を作って一礼させた。
「知っていると思うけれど、学園での学期ごとの成績上位十名は宮廷舞踏会に参加する決まりなんだ。ほとんどの場合上位十名は幼い頃から教養を受けた貴族階級の子息が占めるんだけれど、たまにこうして一般市民枠の生徒が優秀な成績を収める場合もあるんだよね」
「これは貴族階級の生まれでなくとも優れた能力があるなら華やかな場に立つのは当然だとの建国の父のお言葉に由来します。おめでとうマドモワゼル・カトリーヌ、貴女には参加する資格がある」
「勿体ないお言葉です」
うん、知ってる。
どうして宮廷舞踏会なんて開くか? 勿論ただ贅沢をしたいからでもないし、華やかな貴族社会を誇示する為でもない。主に国の内外に王国の繁栄をアピールする為と、近隣諸国との繋がりを深める二通りの狙いがある。なので諸外国の使者を招待したり、外国の王族が来る場合だってある。
そんな国の威信をかけると言って過言ではない晴れ舞台には貴族と言えどもおいそれと参加出来ない。財力、権力を持って栄える家、国の歴史を支える由緒正しい家に限られる。当たり前だけれど貧民の使用人風情じゃあ会場入りだって不可能でしょうね。
けれどそんな一大イベントにメインヒロインを参加させるために設定したのがこの『国の将来を担う優秀な人材を招く』って例外だ。多くの貴族がこの宮廷舞踏会に参加するために学園に通う子に優秀な成績を取るよう教育を施すので、競争率は極めて高い。
なお、この上位十名の枠、ジャンヌやクレマンティーヌ様のように特にこれと言って根回しもせずに参加出来る公爵家や侯爵家の子息令嬢が取っても別に補欠とかは無い。おかげで成績優秀者の枠で参加する人はあまりいないんだとか。
「けれど宮廷舞踏会は国王陛下を始めとして王国を担う方々が参加する至高の舞台。学生服は元より街で売っているような貧相な正装は相応しくない。かと言って名のある職人に仕立ててもらうには膨大なお金が必要なんだよね」
「そこで、学園の費用より捻出してマドモワゼルに相応しい正装を仕立てるように致します」
で、貧民出身のメインヒロインが晴れ舞台でドレスを着れるようこんな至り尽くせりな制度まである。国中の貴族の子が集うこの学園の財力だからこそ成し得るんであって、わたしの家どころか貧乏貴族の家の子が宮廷舞踏会に無理に参加しようとしたら最後、財政破たんするでしょうね。
この宮廷舞踏会に向けての準備イベントでは生徒会面々の好感度を結構大きく上げられる。ドレスを仕立てるのもそうだけれどアクセサリー選びも付き合ってくださるし、化粧の仕方やダンス、マナーまでメインヒロインに手取り足取りで教えてくださる。
「折角ですが辞退させてください。大変申し訳ございません」
まあ、勿論わたしは王太子様方に付き合う気はさらさら無いんだけれど。
深々と頭を下げたわたしに王太子様は少しの間目を丸くさせたけれど、すぐに人を安心させるような優しい笑顔をわたしに向けてくださった。
「カトリーヌ、残念だけれど宮廷舞踏会への参加は命令なんだ。よほど体調が優れなかったりしない限り不参加は認められないよ」
「いえ、そうじゃあありません。参加はしますけれど正装や装飾を学園側で準備していただく必要が無いんです」
「そうは言ってもカトリーヌの家で準備出来るとはとても思えない。施しを受けるのは嫌かもしれないけれど、ここは割り切ってもらえないかな?」
「いえ、それも違います。オルレアン家が全て準備するって言ってくださったので」
また悪役令嬢の仕業か、とは言うなかれ。攻略対象が複数人集う生徒会でのイベントは極力回避していかないと。ジャンヌと対策を練ったら妙案を提示してくれたのでそれに有難く乗っからせてもらった。生徒会の出番なんて無いから。
アンリ様が根掘り葉掘り懸念事項を問い質してくるけれど、全部オルレアン家が何とかするって答えておいた。何で公爵家がそこまでするんだってピエール様が仰ってきたので、使用人と言えども公爵家に籍を置くに相応しくあれって方針からかも、って適当に答えておいた。
「……それは、ジャンヌが言い出したのかな?」
「はい、ジャンヌ様の配慮が発端になります」
王太子様は普段の穏和な様子が鳴りを潜め、険しい表情をなさって立ち上がった。それからわたしの横を通り過ぎると生徒会室の扉を開け放つ。その先の廊下にいたのはわたしを待つジャンヌで、風に揺れる髪を片手で押さえていた。
「これはこれはご機嫌麗しゅう、愛しの王太子殿下」
「ジャンヌ、今日はちょっとはっきりさせようか」
ジャンヌは王太子様に気付くと微笑を張りつかせたまま恭しく一礼した。洗練されたカーテシーは正に貴族令嬢が手本にするべきって思うぐらい流麗だった。逆を言うと本来恋い焦がれる筈の王太子様に向ける婚約者の様子とは到底思えない素っ気なさを感じた。
王太子様が生徒会室に入るよう促したのでジャンヌは傅きながらわたしの傍らに立った。堂々とした様子で余裕があり、更に優雅でもある。容姿端麗の方々が揃う生徒会室の中に一輪の華が咲いたようにも感じた。
「カトリーヌへの宮廷舞踏会に向けての準備は君が全部するって?」
「一目瞭然ですが私とカトリーヌは体型が良く似ていますから、私の着ていない正装を回せます。装飾品も私の物で問題ないでしょう。礼儀作法や踊りの方も私が責任をもって教育致します」
と公爵令嬢は仰っているけれど、実際はお母様が妄想カトリーヌの為に揃えていた一式をわたしに使ってしまおうって企てている。なお、その発想の出所は他ならぬジャンヌだったりする。わたしだったら借りようだなんて図々しくて思いついても実行には移せなかったと思う。
ただ、一から十までオルレアン家で面倒を見るって宣言をするジャンヌにピエール様はおろか王太子様まで不快感を露わにしていた。あまりに単なる貧民でしかないわたしだけに対して過保護だからかな?
「一個人への贔屓はいずれ歪みを生み出す。ジャンヌだってそれは分かっているんだろう?」
「私にとってカトリーヌはその他大勢の一人ではありませんから、王太子殿下のお言葉は当てはまりません」
「オルレアン公ともここ最近話をしたんだけれど、カトリーヌについてはあくまでジャンヌの裁量に留まる程度で好きにすればいいって考えみたいだね。宮廷舞踏会の準備はその範疇を超えていると思うけれど?」
「お母様が後ろ盾になってくださりますのでご安心を。私と見間違うばかりの令嬢にしてみせましょう」
いやいやいや。そんなわたし、目立ちたくないんですけれど? ジャンヌの事だから単に開き直ったんじゃなくて考えがあってなんだろうけれど。
お母様、エルマントルド公爵夫人の名が出て生徒会室にいた誰もが驚きを露わにした。さすがにお母様が妄想に憑りつかれただなんて表ざたになっていないにせよ、静養中とは伝わっている筈。そんなお母様が再び表舞台に? って驚愕が手に取るように分かる。
「ジャンヌ様、ちょっとお待ちになってくださいまし。おば様が後ろ盾ですって?」
その中でクレマンティーヌ様だけが違う反応を見せていた。彼女の驚きには喜びも入り混じっているみたいだ。
「ええ。私の母、エルマントルドも快調に向かっていますので、次の宮廷舞踏会には参加すると思いますよ」
「そう、でしたの……。もし事前にお会いになるのでしたらわたくしめがお会い出来るのを楽しみにしております、と伝えていただけます?」
「勿論問題ありません。伝えておきましょう。きっとお母様もクレマンティーヌ様やおば様とお会い出来るのを楽しみにしていると思いますよ」
「それはわたくしのお母様も同意見だと思いますわ」
ううむ、さすがにお母様とクレマンティーヌ様の母親の関係がどうだったかまでは決めていない。もし繋がりがあるんだとしたら私の想定を超えた繋がりになる。創造主の私すら知らない未知の絆、出来事、過去だなんて胸が躍ってしまうわね。
王太子様はなおも納得してないご様子で、憮然としたままジャンヌを見つめていた。一方のジャンヌはいつものような佇まいのままで、責めるような王太子様にも全く動じていない。
これだけ見ても既にジャンヌが『双子座』の悪役令嬢から遠く離れつつあるんだって分かる。悪役令嬢だったら婚約者たる王太子様に睨まれたら激しく動揺しただろうし。
「どうしてジャンヌはそこまでカトリーヌに尽くすんだい? 確かにジャンヌと瓜二つだから気になるのは分かるんだけれど……」
「あいにく、それを王太子殿下にお話する義務も義理もございません」
「ジャンヌ……!」
「ただ、そうですね……。あえてこの場の皆様に私が宣言するとしたら……」
ジャンヌは制服のスカートをふわっと翻して優雅に一礼する。しかし王太子様、アンリ様、ピエール様……つまり攻略対象三名に向けた眼差しはとても鋭いものだった。そして次に紡がれた決意と執念に満ちた一言は、宣戦布告も同然だった。
「王太子殿下方に私のカトリーヌはお渡し致しません。よしなに」
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