プレリアール⑩・案内
「そうそうカトリーヌ、私の事は遠慮なくお母さんって呼んでもらえる?」
「あの、そうはいきません奥様。わたしは……」
「ジャンヌもその方がいいと思わない?」
「ええ、私も遠慮なくバルバラさんをお母さんって呼びたいですから」
「だって。さあ、遠慮なく呼んでくれていいのよ?」
「お、お母、様?」
「きゃーっ! ジャンヌ今の聞いた? 本当のカトリーヌが私をお母様って呼んでくれたのよ!」
「そうですね、お母様」
朝食を終えたわたし達はエルマントルド様……いや、わたしもこの方をジャンヌに倣ってお母様と呼ぼう。お母様直々にオルレアン邸の案内を受けていた。お母様が先頭で案内してジャンヌがわたしの傍らで補足説明をしていく。
お母様は一つ一つの部屋の中に招き入れて事細かに説明をしてくれた。調度品やカーペットがどうとか家具や寝具はどんな職人に作らせたか、いつもどんな客人がやってきてどの使用人がどんな手並みの仕事でこのお屋敷を維持しているか、とか。
「……不思議よね。私にとってはカトリーヌは昨日まで確かにここで過ごしていたのよ。けれどみんなの様子を見ていれば分かるわ。幻の中だったんだ、ってね」
「お母様……」
行き交う使用人は誰もが満面の笑顔でわたしを案内するお母様を見て仰天していた。今までお母様の妄想でしかなかった公爵令嬢を本当の公爵令嬢が連れてきたんだから。ある日誰もいない方向に語りかけていた公爵夫人の相手が現れたら誰だって驚くよね。
「でも大丈夫。今日正真正銘のカトリーヌと再会できたんだもの。これから一生懸命挽回すればいいんだものね。だって今は手を伸ばせば抱き付けるぐらい近くにいるんだもの」
「お母様、時と場所をお考えになってくださいね」
「んもうジャンヌったら、意地悪言うんだから」
オルレアンでの公爵邸には公爵家の者がいつ帰ってきても問題ないように各々の個室があった。さすがにオルレアン公やジゼル奥様方の部屋には入れてもらえなかったけれど、ジャンヌやお母様の部屋には入れてもらえた。
さすがにジャンヌの部屋には生活感があまり見られない。それでも王都のお屋敷にある彼女の部屋と大体同じ雰囲気って感じる。宝飾品は極力抑えて家具、壁紙、絵画等に趣向を凝らしているようだけれど、さすがに蔵書ははるかに少ない。こっちでは読書をして過ごさないのかな?
「そうそう、実はこのお屋敷にはカトリーヌの部屋もあるのよ」
「えっと……それってもしかしなくても、お母様が一緒に過ごしていた夢の中の?」
「そう言わないの。まずは行ってみましょう。実は私も入るのは初めてなのよね」
ジャンヌの部屋の隣に位置していたカトリーヌの部屋は間取りこそジャンヌの部屋と同じだった。けれど内装は単にあちらと同じにはなっていない。壁紙の色合いだとかカーペットの模様とか傾向は似ているんだけれど何処となく違っている。
何と言うか、こっちの方がわたしの好みに近い。額縁に飾られる朝日に照らされる街並みの絵はわたしが好きな人がいる風景画だ。寝具はベッドも枕もやわらかめで押すと簡単に沈む。カーテンや絨毯の柄、色合いも落ち着いた雰囲気になっている。
「あら、どうやらカトリーヌのお気に召したようで。ここにいる間は使ったっていいのよ」
「ええっ? 畏れ多すぎる、かな?」
「ほらカトリーヌ、ちょっと腕伸ばして。あら、この服も丁度いいみたいね」
「あうう」
ジャンヌはクローゼットの中からドレスを一着出してわたしに当ててきた。首から手首まで丁度いい長さで、多分腰回りの細さに目を瞑ったらピッタリなサイズだと思う。双子の姉のジャンヌが参考になるからってこうまでわたしに合うなんて。
ちなみにわたしとジャンヌは双子の姉妹って言っても育った環境も口に入れてきた食事は全然違う。なのに背丈も体格もほとんど変わりないのよね。私がそうデザインしたって言ったらおしまいだけれど、現実として反映されているならやっぱり驚き物だよね。
ただ、ここが本来お母様の意図していたように、カトリーヌはここで過ごしていたならジャンヌの部屋よりもっと生活感があってもいい筈だ。筆記用具とか本とか手紙とか。コレだけでもやっぱりこの部屋の主は幻だったんだって分かる。
この部屋を常に使えるように整えるメイド達の心境はどうだったんだろう? いや、そもそも存在しないカトリーヌをいるって扱う屋敷の者達はお母様の奇行を見て見ぬふりをしていたのか、それとも付き合っていたのか?
……いや、考えるのはよそう。もう通り抜けた過去の話だ。
「それでジャンヌ、今日はこっちでどう過ごすつもりなの?」
「昼食を取ったらカトリーヌにオルレアンの街を案内しようと思うのだけれど、どう?」
「うん、分かった。お願い出来る?」
「ええ、任せて」
午前中はお茶会でゆったりとした時間を過ごし、昼食も家族との団欒で楽しい時を送れた。普段わたしが家族と過ごす感覚と同じでいけたから特に緊張はしなかった。まあ、さすがにここにオルレアン公方が加わるとしたららここまで落ち着けるとはとても思えない。
オルレアンの街の散策は御者兼護衛のクロードさんを除けばわたしとジャンヌの二人きりで行われた。お母様も付いていきたいって仰ったんだけれど、さすがに今まで半ば夢の世界にいたお母様にはやる事が沢山あるってジャンヌの意見で渋々お留守番になった。
「果たしてジャンヌ・ドルレアンは最終的にどうするつもりなのか。そう考えていたでしょう?」
「……っ!」
オルレアンのお屋敷を出た馬車の中で、辺りの景色を眺めていたジャンヌはわたしへ視線を移さずに語りかけてくる。あまりに的確にわたしの用心を見破ってきて思わず警戒心を露わにしてしまった。そんなわたしにも気分を害さずにジャンヌは笑みを絶やさない。
「カトリーヌが公爵家の娘だってお母様が知ったのは私が初めて断罪された時だけね。つまり、メインヒロインの素性が明らかにされた場合のみ。それもメインヒロインが王太子殿下からの求婚を受けた後にね」
「じゃあお母様は知る機会が無かったんだ」
「今回私はそれを大幅に前倒しした。夢幻から舞い戻ったお母様がいつまでもオルレアンに留まる理由も無い。直に王都へと帰還なさるでしょう」
「もしかしたらこれから毎日会えるんだね」
勿論それだけには留まらない。オルレアン公の正室の帰還は社交界にも大きな影響を及ぼすに違いない。どう事態が転ぶかは私にも分からない。ただ一つ断言出来るとしたら、お母様は確実にジャンヌとわたし双方の味方になるって疑いの無い点かな。
「今の私は別にメインヒロインに悪意を振りまいていないのだから、王太子殿下を始めとした殿方からの敵意は受けないでしょう。けれど私の運命が主によって定められていたなら、少しでも緩和したいって願うの。お母様の後ろ盾があればそれが叶うわ」
「そんな打算だけで動いたみたいに言わないでよ。お母様を想っての行動でもあったんでしょう?」
「……そうね。いつまでもメインヒロインの幻影に捉われたお母様を救いたかった。そんな個人的感情が無いって言えば嘘になるわね」
「今回の旅の目的はそれでいいじゃない。寂しいよ、自分自身すら駒として扱って物事を進めていくなんて」
そして確かに言えるのは、今日ジャンヌはお母様を救ったんだ。今後それをどうジャンヌが生かしたいのかは今口にした思惑からかもしれない。それでもこの結果は変わらないんだ。親子の絆を取り戻したって暖かな結果は。
「わたしは、ジャンヌには幸せになってほしい」
「あら、それは嬉しいわね。私だってカトリーヌには……」
「その幸せがジャンヌの不幸に繋がるんだったら要らない。でもね、だからってわたしは捨て駒になるつもりも復讐の果てに破滅するつもりもないから」
「へえ、カトリーヌったら私が報復するかもって思っているのね」
可能性が捨てきれないだけだ。けれどあえて口にする必要は無いかな。さすがにわたしには自己犠牲の精神は無いし我が身も可愛いし。前回で散々メインヒロインへの黒い思いを吐き出しきったと断定するにはまだ早い。
「それでも、わたしとジャンヌは今同じ道を歩いてるよ」
メインヒロインと悪役令嬢が肩を並べて、なんてかなり奇妙な流れだけれど、今は一緒だ。
「……そうね、よろしくね。お互いに頑張りましょう」
ジャンヌが軽く微笑んだ、わたしも笑い返した。
願わくばこの道が私も知らないエンディングに繋がっている事を。
お読みくださりありがとうございました。




