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プリュヴィオーズ⑤・王立図書館へ

「カトリーヌお嬢様より命を受けてオルレアン家の手の者が欠かさずブルゴーニュ伯爵令嬢の動向を監視していますが、特に彼の者に変わった様子はありませんでした」


 王立図書館へ向かう馬車の中、御者を務めるクロードさんからの報告を受けていた。焦ってしまい頭から抜け落ちていたのだけれど、王立図書館司書ダミアンと出会った日にリュリュにそれとなくアルテミシアの様子を探って欲しいって命じていたんだった。


「アルテミシアがシャルル殿下と接触したりは?」

「いえ、もしそうしていればカトリーヌお嬢様にご報告しています」

「じゃあシャルル殿下がアルテミシアとどこかで遭遇する機会は?」

「ブルゴーニュ伯爵令嬢はそれなりに社交界へと姿を見せていました。その際王太子殿下が参加していた夜会もございましたから、何度か同じ場にはいたようです」


 クロードさん曰く、その際アルテミシアはアンリ様やピエール様方と話を弾ませていたらしい。他にもブルゴーニュ伯に連れられて他の貴族に挨拶を交わしたり、親しくする貴族令嬢方と談笑したり。けれど王太子殿下には最低限の礼をするだけだったんだとか。


「舞踏会での彼女の様子とかどうやって確認していたの?」

「私を始め爵位は低くとも貴族の家の者は何名かおりますので。私や彼女達が聞き耳立てても王太子殿下とはさして会話もありませんでした」

「……王宮で開かれた聖誕祭の時は?」

「報告によればやはり同じだったようです。魔法を発動した兆候どころか触れられるまで接近してはいなかったんだとか」


 シャルルに異変が起こった聖誕祭にアルテミシアが何かを仕掛けたのは間違いない。けれど怪しい動きが確認出来ない中で一体どうやって害を成したのかはさっぱりだ。さすがに遠距離からでも効果を及ぼせるだなんて考えていたらきりがないし。


「全ては当番を決めていた私めの責任でございます。私が聖誕祭の日に見張っていれば何かしら尻尾を掴めたかもしれなかったのに……っ」

「そんな、クロードさんは何も悪くないよ。オルレアン家に務める使用人は一流の人ばかりなんだから」

「相手が一枚上手だったとしてもこの屈辱と悔しさは拭い去れません。お嬢様を嘆き悲しませた。それだけでも私は首を括らねばなりません」

「失態だと感じているとしても挽回してもらいたいかな。他でもないジャンヌのために」


 命で償うのは半分冗談だと受け止めておこう。本気だとしたらジャンヌへの追い討ちになってしまう。そこまで読めないクロードさんとはとても思えないし。ともあれもう一度聖誕祭でのアルテミシアの動向は洗い直す必要がありそうだ。


「カトリーヌお嬢様。それについて一つ私より案がございます」

「……続けて」


 クロードさんは先ほどまでの悔しさを全く感じさせない低く重い口調で伺いをたててきた。怒気と殺気が入り混じった鋭い声は私を震撼させるには十分だった。そして、彼女が発してきた進言はわたしが考えてもみなかった一手だった。


「ブルゴーニュ伯爵令嬢を暗殺してはいかがでしょうか?」


 アルテミシアが犯人なのは間違いない。なら彼女を亡き者にすれば彼女がシャルルにかけた魔法の効果も切れてシャルルは元に戻るんじゃないか? 確かに魔法効果の解除よりそちらの方が手早いし確実ね。

 けれどわたしと私双方の感覚と常識が人を処理する選択肢をどうしても与えなかった。


「……クロードさんの事だから証拠を何一つ残さず処理出来るんだよね?」

「それでは状況的にオルレアン家が疑われてしまいます。毒を仕込むなり不意の事故に見せかけるなりやりようはいくらでもございます」

「いや、やっぱりそれは最後の手段にしておきたいと思うんだけれど、駄目?」

「何故です? お嬢様が味わった嘆き悲しみと屈辱の報いは受けてもらわねばなりません」


 その意見には激しく同意するけれど何も流血沙汰を起こす必要は無い。向こうが悪役に転じて人の恋路を邪魔しているんだ。何もわたし達まで悪役令嬢紛いの悪意を振りまかなくたっていい。わたし達はあくまで礼儀正しい対応を取ればいい。


「アルテミシアにはぎゃふんと言ってもらわないとね」

「ぎゃふん、ですか? それは一体……」

「ざまあみろと言ってやりたい、って言い換えてもいいかな」

「ざまあみろ? 申し訳ございませんが聞き慣れぬ単語です……」


 そう、ぎゃふんとざまあね。前者は私世界の擬音だし後者も汚らしい言い回しだからクロードさんには理解出来ないでしょう。悪役令嬢が逆転して本来勝利が約束されたメインヒロインが破滅する。そんな痛快劇を表した言葉だものね。


「……ぷっ。あっはははははっ!」


 それを聞いていた隣のジャンヌが大笑いを挙げた。それまでシャルルからの無情な言葉と突き放しで傷つき茫然自失としていたジャンヌが、だ。これにはわたしどころか御者を務めていたクロードさんまでジャンヌへと視線を集中させた。

 ジャンヌはひとしきり笑うと目じりの涙を指で拭った。


「そうね。泣いたり悲しんでいる暇なんて無かったのね。泥棒猫におしおきしなきゃいけなかったわね」

「……ええ、そうですね。仰る通りです」

「それから私の身も心も奪っておきながらあっさり誘惑されたあの方の横っ面を引っぱたいてあげないといけなかったわね」

「……うん、そうだよ。そうしなきゃ」


 そしてジャンヌは前に垂れ下がっていた髪を優雅に両手でかきあげた。まだ心は傷ついたままだろうに今の彼女からは微塵もそうだとは感じられなかった。それぐらいいつものジャンヌ、余裕を持って笑みをこぼす公爵令嬢に戻っていた。


「では参りましょうか。ここからが反撃よ」

「……うんっ」


 わたしは歓喜に満ちたままで思いっきり頷いた。


 ■■■


「やあ。来る頃だと思っていたよ」


 王立図書館。建物の大きさから扱う書物の数などどれを挙げても王国内で最大の規模を誇る。本を先人達の記録とするならここは正に叡智の結晶。扱っていない知識など無いとすら断言出来る。そう、一つの時代に一人いるかいないかの神の奇蹟を讃えられる光の魔法でも。


 そんな佇まいに圧倒される暇も無くわたしとジャンヌは一直線に館内を突き進んでいく。今はまだ昼にもなっていないのに学園の制服を着たわたし達はどうも目立つらしく、周囲の視線が集まるのを否応なしに感じ取った。


 で、広大な図書館の一角で目的の人物を探す為に何人もの館員や司書に声をかけまくった。わたしったら本来そんなに人に声をかける方でもないんだけれどね。そんな事は言っていられない。右に左へと図書館内を移動してようやく目的の人物に出会えた。 


「お久しぶりです、ダミアンさん。早速ですがお聞きしたい事が」


 図書館司書ダミアンは返却された本を本棚にしまう作業を中断してわたし達へと身体を向けた。わたし達の急な来襲にも全く驚いた様子を見せず、むしろこの事態を予測していたように落ち着き払っていた。まあ、そうでなければ先月わたしに忠告しに来ないのでしょうけれど。


「あいにくだけれど君の望む書物はまだ返却されていない」

「……っ!」


 ダミアンさんはわたしが全てを語らずとも望んだ、しかし同時に望んでいなかった答えを提示してくる。すなわち、アルテミシアが借りていった光の御子に関する禁書についてを。やはりアルテミシアは手元に置いたままにしておくつもりか。


「でも王立図書館の本の貸し出し期限は最大でも一ヶ月でしたよね? 既に過ぎていますよ」

「あいにくある程度は延滞してもこちらからは返却を求めるぐらいしか出来ない。ああ、勿論王都外に持ち出そうとするならその限りではないけれどね」

「……それだと借りっぱなしな人も出るのでは?」

「一ヶ月経っても返されないなら強制執行に踏み切る権限を王立図書館は持っている。それは例え貴族だろうと王族だろうと例外じゃない」


 一ヶ月。ダミアンさんがオルレアン邸に来訪してきてから今日までを踏まえて貸し出し期限一ヶ月を差し引くと、残り一週間か。まずはアルテミシア……と言うよりブルゴーニュ伯爵家と事を荒立てない堅実な手は打っておくべきか。


「確か王立図書館は貸し出し中の本の予約が出来ましたよね?」

「ああ。返却された本の確保とそれを連絡する対応は出来る。するかい?」

「勿論です。確か予約札に自分の名前と連絡先を記入するんですよね。いただけますか?」

「あいにく君はあの禁書を借りる資格が無い」


 一瞬怒りで頭が沸騰した。けれど何とか堪えて冷静になろうと努める。そう言えばこの前も言っていたっけ、禁書は光属性のアルテミシアだからこそ借りられたって。闇属性のわたしは無縁の代物。けれどそれは何ら問題ではない。


「では私はどうかしら?」

「勿論歓迎しよう」


 だってこちらには正真正銘神より奇蹟を授けられた光の御子ジャンヌがいるから。

お読みくださりありがとうございました。

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