~狐狩~
地獄におけるサマエルの勢力は急速に拡大していた。その権力を誇示する為に巨大にして美しくも禍々しき居城を築き上げさせた。伏魔殿である。その玉座にサマエルは座していた。
「お気に召したでございましょうか? 」
いつものように鬼祷師が平伏して迎えた。
「うむ。」
サマエルは一言だけ発した。無言で頷いても平伏している鬼祷師には伝わらないからである。天国の不夜城、極楽王城に引けを取らない城は求心力を高めるには有効に働いた。ヨミにつくかサマエルにつくか、迷っていた者の多くが伏魔殿に馳せ参じた。魔召石の数が限られ、魔石には依り代が必要となる。その意味では頭数は戦力に直結する。そして六禍戦をベースに、鬼炎峰の代わりに焔鬼を据え鬼祷師を加えて軍を七つに再編成した。そして、その軍を束ねる一人、猟鬼にサマエルは命令を下した。
「狐を… 狩れ。」
それを聞いて猟鬼は首を傾げた。
「狐… ですか? あの狐の半面の? 」
「いや、白狐は捨て置け。奴は当面、游がせておいて問題はない。標的はクロノスの遣い魔だ。」
「クロノスの? 」
実のところ、サマエル軍勢としては砂の旅団と共に極楽に攻め込んだ鬼道衆しか陽子の姿を認識していない。その鬼道衆にしても朱鷺坂の衝撃が強すぎて覚えている者など居ないかと思われた。
「クロノスの遣い魔? あの化け猫と連んでいた小生意気な女狐だろ? あぁ、覚えているとも。」
それは砂の旅団にいた筈の鬼宿だった。
「よくアントリオンを裏切る気になったな、スコルピオン? 」
猟鬼の言葉には皮肉が込められていたが鬼宿は気にも留めていなかった。
「あんたらだってヨミを裏切ったんだ、お互い様だろ? それと志田の付けた、けったいなコードネームとやらはやめてくれ。」
砂の旅団は鬼道衆と共に極楽へ攻め入った仲ではあるが、その時の志田の態度を快く思わぬ者も少なくなかった。無論、鬼宿には何の罪も無いのだが。
「くれぐれも我らの足を引っ張らぬようにな。」
「俺はサマエルの方がヨミより面白そうな事をさせてもらえそうだから、こっちについたんだ。せいぜい、つまらない事をしないでくれよ。」
「八鬼衆崩れめが偉そうに。」
「その八鬼衆だの旅団だのと括られるのも気に入らなかったんだ。俺は俺。俺こそが俺の絶対値だ。覚えておきな。」
鬼宿と猟鬼は反目しながらサマエルの前から出て行った。
「サマエル様、鬼宿にあのような振る舞いを許してよいのでしょうか? 」
「よい。あれでよいのだ。」
鬼祷師はサマエルの考えを量りかねていた。




