~黄昏の猫魔導師~
ー地軸計ー
地軸が一回転すると一回転する円盤には目盛りがあり、大きい方から24分割、6分割、10分割となっている。つまり24時間計の時計。
「ひょえあぁ~?! 」
まさに素っ頓狂な声が聞こえてきたのは黄昏の国、極楽王城の一室からだった。
「陛下、何事です?! 」
声に驚いた老婦人が飛び込んで来た。そして、ベッドの上に見慣れぬ少女を見つけた。
「女王陛下の寝室に忍び込むとは怪しい奴。何者です?! 」
「はぅぁ~ 」
老婦人の剣幕に少女は怯えていた。
「婆や、違うの。彼女は、その… 特異点なの。」
少女と婆やの間に別の少女が割って入った。その少女の言葉に婆やは額に手を当てて首を横に振った。
「陛下… あれほど声を出して召喚術の練習はしないように申し上げたのに… 。」
「だって式典にぶっつけ本番なんて不安だったんだもん… 。」
婆やは顕現調書を取り出すとベッドの上の少女へと近づいた。
「蘭蘭、16歳。付与能力は… 猫魔導師? …とりあえず間違いありませんか? 」
「は、はい。」
婆やが首を傾げたのは猫魔導師という言葉に聞き覚えが無かったからだ。
「こちらに御座しますは黄昏の国、極楽王城が城主、デュシス・アナトレー女王にあられます。私は先代ヘスペリス様より、お仕えしております乳母のエウノミアと申します。」
「ひょ、ひょえ~ 」
少女には何が何だか、さっぱり分からなかった。
「婆や、蘭さんが困ってるじゃない。あ、あたしの事はデューシーって呼んでね。」
「えっ?! でも女王陛下… 」
「そうです、他の者にも示しがつきませんっ! 」
「女王のあたしが、いいって言ったんだからいいの。婆や、しばらく席を外して… そうだ、召喚の儀が無くなっなっちゃたんだからスケジュールを立て直してちょうだい。」
「ですが陛下… 」
「はいはい、お小言は後にしてちょうだい。」
そう言ってデュシスはエウノミアを部屋から追い出した。
「ごめんね。改めまして、あたしは極楽王城の城主のデュシス。さっきも言ったとおり、デューシーでいいわ。」
「あ、えっと、うちは蘭蘭いいます。みんなは蘭々って呼んでます。」
「じゃあ蘭々、この世界について説明するわね。」
こうしてデューシーは三国と召喚理由について、アマテラスが朱鷺坂にしたのと、ほぼ同様の説明を行った。
「で、これが貴女と一緒に顕現したアイテム。どっちも可愛いデザインだよね。」
そう言って渡されたのは、朱鷺坂の銃同様、蘭々にはMMORPGで見慣れた猫耳付きのフードと猫の手の形のステッキだった。
「ひょ、ひょっとして、ここゲームの中とか? でも、極楽なんてワールドもサーバーも聞いた事がなか。アプデとか聞いとらんし… 。H.N.じゃなくて本名で呼ばれたし… よう分からん。」
今度はデューシーが首を傾げた。
「ゲーム? サーバー? アプデ? 変換ミスかな? 」
「何か違うみたいやなぁ。夢とか? 」
蘭々は自分の頬をつねってみたが、痛いだけだった。
「あかん、夢ちゃうわ… 。」
「なんか… あたしと波長があったのかもって納得した…。」
「へっ? 」
どうやら、蘭々の様子にデューシーは自分と近しいものを感じていた。
「ところで、猫魔導師って何? 」
この世界に来た時点で付与された能力について、召喚した側が召喚された側に尋ねるのも妙な話しだとは思ったが、デューシーからすれば、最大の疑問点であった。
「えっと… 猫しゃんに化けたり、猫しゃんと、お話ししたりとかばい。」
「なんか… 初めて女王として、天国との同盟強化を考えたわ。まさか、あたしが外交考えるなんて… 婆やっ! 婆やっ! 」
その声に扉を開けてエウノミアが入って来た。
「追い出されたり、呼ばれたり、忙しい。」
「はいはい、お小言は後。式典のスケジュールは? 」
「召喚の儀を装魔御披露目の儀に差し替えて、予定どおり行います。」
「装魔? 」
「特異点の事。さっきは外の世界から来た貴女へ説明だったから特異点って言ったけど、この国では装魔って呼んでるの。」
きょとんとしている蘭々を他所に、デューシーはスケジュールをチェックした。
「大至急、天国に式典の招待状を出してちょうだい。」
「そんな急に、おっしゃられても、先方にも都合があるでしょうに…。」
「いいから。来れなくても、これをきっかけに会談に持ち込むわ。向こうも天帝が交代したばかりだから、いいチャンスのはずよ。」
「そういう事でしたら、承知いたしました。」
エウノミアは一礼をして下がっていった。自分が召喚だのだから蘭々に罪はないが、猫に化けたり、話せたりが地獄の装魔を防ぐ役に立つとはデューシーには思えなかったのである。