~誰か為に~
「盗み聞きとは感心せぬな。装魔だからといって思い上がらぬ事だ。それとも、ただの泥棒猫か? 」
その猫は冷徹な視線を送るミハエルと対峙しても毛を逆立てて、臆する気配は無かった。
「ほう、実体ではないにせよ、肝は据わっているのか、ただの恐いもの知らずか。確かにデュシス女王はクロムの召集を命じてはいない。だが、先代ヘスペリス女王急逝によって即位したばかりの世間知らずの姫君に地獄からの襲来を防げようものか? 我等六煌将は国を守る為にクロム帰還は必須と考えている。天国の朱鷺坂や地獄のアントリオンに比べデュシス女王の召喚した貴様の何と頼りない事か。それに引き換えクロムは二人に引けを取らない実力の持ち主を二人も招いている。今、国の為に必要なのは無能な女王ではなく有能な召喚師なのだよ。」
「デューシーは急に女王になったのよ。経験も知識も足りないかもしれないけど。それを支えるのが貴方たちじゃないの? 」
「平時ならば、いざ知らず戦時下において、そのような悠長な事は言っておれないのですよ。国が無くなれば王など何の意味も無い。」
「そこまでっ!」
同時に2つの声が飛んだ。それは黒夢とアステルだった。
「この非常時に極楽同士で争っても仕方ないでしょ? 」
アステルの口調は優しかったが、視線は冷たかった。
「ねぇ、あんた、女王に喚ばれたって事は風の旅団の猫魔でしょ? 」
「えっ? あ、はい。」
急な明日香の質問に猫の蘭々は戸惑ったように答えた。
「今、クロノスんとこに、黒雪姫… うちの団長が向かってるから。着いたら、ちゃんと話ししといてね。」
「えっ!? あ、うん。」
「って事で、団長がここに居ない以上、黒の旅団はいかなる状況であろうと三国平定まで黒夢を守り抜く。これが黒の意志だからっ! 」
明日香はミハエル相手に一歩も退く様子はなかった。
「黒の意志… 何者の意見にも染まらぬという事か。いいでしょう。今日のところは引き下がります。今度は団長殿のいらっしゃる時に伺います。引き揚げるぞ。」
六煌将が立ち上がったところで雪兎がティーセットを持って入ってきた。
「おや、せっかくお茶をお淹れしたのに、もうお帰りですか? 」
「またの機会に。」
それだけ言うとミハエルたちは拠点を出ていった。
「ふぅ、疲れたぁ~ 」
張り詰めた緊張の糸が切れたのか、明日香はその場にヘタり込んだ。
「お疲れ様です。私の淹れた粗茶と、お嬢様の焼いてくださったクッキーです。」
「白美神… 美子ってお菓子作りなんかするんだ? なんか意外~。」
「あぁ、普段はやらないやらない。」
「それって大丈夫なんでしょうね? 」
美子の素振りに明日香は不安を覚えた。
「大丈夫大丈夫。白魔スキル、回復アイテム生成だから。アイテム説明欄の『白魔導師の生成する回復食料は美味である。』って設定に初めて意味とありがたみを感じたよ。」
それを聞いて明日香も安心した。ゲーム内スキルが、この世界で有効なのは身を以て確認していたのだから。




