~黒の旅団(前編)~
ここは極楽の森の中。一人の少女が目を覚ました。少女は朦朧とした意識の中、聞こえてきた川のせせらぎに誘われるように歩きだした。
(み、水ぅ…喉、渇いたよぉ…)
だが少女は水を掬おうとして水面に映った自分の姿に驚いて飛び退いた。そして、あらためて自分の服装を確認した。
「な、なんで私、アバターの格好してるの??? 」
「お、目を覚ましたようだね? 」
声をかけて来たのは見慣れない服装の女性だった。その後から見覚えのある格好の少女が薪を抱えてついてきた。
「まさか黒鬼士!? 」
「あ? あぁ。ただ、この世界じゃ『鬼』は地獄の者を連想するとかで黒姫士って事になってるけどね。」
少女は『鬼』が『地獄』を連想というのは何となく納得したが、『この世界』という言葉が引っ掛かった。そして、それよりも気になる事があった。
「黒姫士さんって女の人だったんですか? 」
少女がゲーム中で知る黒鬼士は大型の男性剣士だったのだ。
「バレちゃ仕方ないね。黒姫士こと、奈良明日香、高校二年生。ヨロシク、黒雪姫。」
黒雪姫… そう呼ばれて少女は苦笑した。
「その… 黒雪姫って、やめない? 私は京野都、同じく高校二年生。だから都でいいから。」
「えぇ~っ、その格好なんだし、ずっと黒雪姫って呼んでたんだから今さら、いいじゃん? 」
「あれはアバターであって、私はレイヤーさんじゃなくて、割とありがちなH.N.だし… 」
「つまり、素顔で黒雪姫って呼ばれるのが恥ずかしいんだ? 」
明日香に指摘されて都は間を空けてから頷いた。
「大丈夫だよ。あのゲームはH.N.ダブりNGだし、この世界で黒雪姫の素顔なんて誰も知りゃしないから。」
今一つリアクションの薄い都に明日香は紙袋を渡した。都が袋を覗くと何やら黒いマスクが入っていた。
「アイマスクですか?」
「黒雪姫も、そう呼ぶ? そうとも呼ぶけどアイマスクっていうと昼寝とか機内とかで使いそうじゃん? コロンビアタイプのベネチアンマスクって言って貰えるかな?」
「コ、コロンビアタイプのベネチアンマスク… 」
真っ黒い、ハロウィンなどでも見かける目の周りだけを被うマスクだ。きっと明日香には拘りがあるのだろうと都はその呼び方を受け入れる事にした。
「それで、コロンビアタイプのベネチアンマスクを? 」
「こうすんのさ! 」
そう言うと明日香は都の手からマスクを取り上げ、都の顔に装着した。
「さぁ、これで素顔じゃないんだから。ゲームん時みたいに振る舞ってごらんよ! 」
「我が名は黒雪姫。黒の旅団の団長である! 」




