物語は続かない
第四章 物語は続かない
長い梅雨が終わり、入道雲が空に掛かる季節になった。
そうなると僕は、四年前の夏休みの出来事を思い出す。
あれがあったせいで、僕は霊が見えるようになったのだ。
僕はその日、晴人と由香さんと一緒に志手山にハイキングをした。この山は、小高いだけの山だが、毎年のように行方不明者が居る。だから、一年生の僕達に付いて行くように由香さんがやって来たのだ。
もちろん、志手山は危険なだけではない。学校でも毎年秋に遠足で行っていて、頂上の景色や、そこで食べるへ弁当はとても良いものなのだ。
それを夏休みもやりたいと、晴人が言った為、僕達はこうして山に登る事になった。
そして、頂上に付いた。夏の志手山は緑の草木で覆われ、学校の遠足の時人は違う顔を見せている。
秋に行く時はそこが彼岸花で覆われ、真っ赤な海のようになる。それを見ると僕は、死者が冥土を渡る時に見る景色はこんなものなのかと思うのだ。
そして帰ろうとした時、突然周囲が霧で包まれてしまった。
「晴人、由香さん!」
だが、僕の声は二人には届いて居ないようだった。諦めた僕はそのまま一人で山を降りて行く事にした。
side由香
「瞬君!」
私は晴人君と一緒にその名を呼んだが、彼は現れそうに無かった。
「瞬は、迷子になってしまったのか?」
私はカバンから懐中電灯を取り出して左手に持ち、右手で晴人君の手を掴んだ。
「霧が深くなる前に帰ろう、このままじゃ私達も帰れなくなる。」
「でも瞬が…、」
私は晴人君をいやいや引きずって、山を降りて行った。
side瞬
場所の感覚も、時間の感覚も、もう僕には分からない。
もう丸一日経ったような気もするし、まだ数時間のような気もする。疲れたら休んで、水があったらそれを飲んでいるが、足の痛みは増すばかりだった。
それでも僕はなんとしてでも、山を降りて帰らなければいけない。
霧は晴れそうにない。志手山はこんなに大きかっただろうか?見知っているはずの山で迷子になるなんて、僕は思わなかった。
side由香
瞬君が山から消えてからもう一週間が経った。警察の捜査も始まってはいるが、霧の影響もあって中々進んでいない。
私達も探そうとはしたが、やっぱり瞬君は居ない。
瞬君、何がなんでも無事に帰って来て…。
side瞬
志手山の中腹には、神社があって、そこにお初という江戸時代の女性が祀られている話を何処かで聞いた事がある。
お初は、志手山の近くの新田で村と隔離暮らして居たが、妖怪に食われ死に、遺体も残らなかった。
そして、魂は粉々に砕かれてこの地のあらゆる所に残されているらしい。
早死したお初の未練と妖怪を恐れ、村人達は神社を造って祀ったのだ。
その神社に今、僕は居る。行ったというより連れて行かれたと言った方が正しいのだろうか、はっと目が覚めるとここに来ていた。
だが、起き上がろうとしても、起き上がれない。上を見るとそこには、赤い目をした女の人が僕を見下ろしていた。
僕はその人から目を逸らそうとしたが、金縛りに遭ったようにそこから少しも動く事が出来なかった。
そして、僕はまた気を失っていた。
再び目を覚ますと女の人は消えていて、代わりに晴人や由香さん、そして両親や警察の人が僕を囲んでいた。
「瞬、大丈夫か?」
「うん、なんとか。」
僕はやっとの事で起き上がって、そっちに行った。
「瞬君、十日間も居なくなって居たんだよ。」
十日間と聞いて、僕は驚いた。全くそんな感覚が無かったからだ。
「瞬、もうそろそろ行こうか。」
晴人が頃合いを見て行こうとしたその時、大勢の人々が山を登って行くのが見えた。
「ちょっと待って、誰かが山を登って行ってる。」
晴人は、僕が指差した方を見て、首を振った。
「それじゃあ、由香さんは…、」
由香さんも晴人と同じ態度だった。
だが、誰かが通って来たのは本当なのだ。
「どうして僕だけが…、」
山を降りても、僕にだけ見える人が沢山居た。
…ひょっとしてあの時の事があって、僕は霊が見えるようになってしまったのだろうか。どうせ一時的なものだとたかをくくっていたが、ずっとそれは変わらない。
そんな日々が続く中で僕は、霊が町に紛れ込み、時々人が死に誘われる、これが『死出山町』の本当の姿なんだと思った。
あれからずっと、霊が見えるのは変わらない。後で友也と晴人、由香さんと真海さんにはその事を明かした。由香さんと千香さんみたいに強い繋がりがある人の霊が見える話はあるが、僕みたいに無条件に霊が見える人は居ないそうだ。
あの時は、永遠だと思っていた幼き日々、それがいつまでも続かないと知ったのは、一体いつなのだろう。そして、今生きている日々が、いつか終わりを迎えると知ったのは、この地の宿命だろうか。
僕は今日も、晴人と一緒に帰っていた。その時、僕の横をベビーカーが横切って行った。
その中には友也よりも小さい子が乗っていた。
僕はその子のその先の日々が僕よりも幸せであるように、願わずには居られなかった。
そして、晴人と別れて家に入ろうとしたその時、背後から人の気配を感じた。
「………君が、瞬君だね?」
背筋を逆撫でするような冷たく低い声だった。僕はその声の主を見るため、恐る恐る後ろを振り向いた。