悪役令嬢との友情ルート
今回の令嬢は大体こんな性格です
「貴女、よくも私のドレスの裾を踏んでくれましたわね? 覚悟はよろしくって?」
「ひぃっ!? ど、どうかお許しを!」
「いいえ、決して許しませんわ! 貴女には死よりも恐ろしい罰を与えます!」
ビシッ(デコピンした音)
「え?」
「ふん……次はこの程度では済みませんわよ?」
「むしろこの程度で済んだことが驚き」
「い、いくら罰するためとはいえ、私はなんて恐ろしいことを……! 後で侍女に頼んで塗り薬を送った方が良いかしら?」
大体こんな感じです。
前世の名前や家族の顔は憶えていない。ただ、前世の自分は二ホンという国のジョシコーセーという学生だったらしく、ゲームなる娯楽を好んでいたという事だけ憶えていた。プレイしたタイトルの数は数知れず、様々なジャンルに手を出していたが、オトメゲーというジャンルにだけは手を出さなかった。
オトメゲーが悪いという訳では決してないが、個人的に気取った男が苦手で同好の男が好みだった彼女は、貴公子然とした美男子や俺様系美男子を攻略する事の多いゲームには食指が動かなかったというだけの事。
そして極めつけが、そんな彼女が友人に勧められてプレイした唯一のオトメゲー、《プリンシパルの花》。通称プリ花。中世風異世界を舞台にした王道的なオトメゲーだったのだが、ストーリーが賛否両論が激しいにも関わらず、攻略対象全員が人気声優で非常に萌えると、プレイヤーからは大絶賛。声優の力は実に偉大である。
だが、しかし。彼女の食指は動かなかった。人気声優による美男子キャラのやり取りや甘い言葉を聞いても「ふーん」というリアクション位ですましいた。これはこれで需要がある事は大いに認めるが、やはり個人的にはアクションやバトルが欲しいところ。プレイ当初は何とも思わなかったのだが、あるキャラの登場により彼女はそのキャラだけに注目した。
悪役令嬢、ウルティア・ベルモンド。
ストーリーの評価を真っ二つに裂いた原因で、主人公であるルミア・カーティアの障害であり、メインヒーローの第一王子の婚約者である公爵家令嬢。性格は高飛車で厭味ったらしく、事あるごとに貴族としての常識を平民だった(ルミアは男爵の庶子で、母の死と共に男爵家に引き取られる)を説く口うるさいキャラという設定だが、友人含めた多くのプレイヤーは彼女を擁護していた。
プレイして初めてわかるのだが、ウルティアは貴族としての誇りを胸に秘め、健気に婚約者の事を想い、未来の国母に相応しい淑女になるべく陰で努力し、それを表に微塵も出さない女の子だった。しかしそんな気丈な態度が、婚約者を含めた周りから見れば感情の起伏が乏しく、権力欲の強い卑しい女に映ったらしい。嫌味にしても、貴族という立場からすれば彼女の言っていることはもっともだし、おかしいのはヒロインや攻略対象の方だ。
攻略対象たちの眼は腐ってるんじゃないかと本気で思った。しかもそんなウルティアの最後は嫉妬に駆られてヒロインを苛め、それを断罪される形で婚約破棄、勘当、国外追放、野垂れ死にという悲惨なもの。
「悪役令嬢、全然悪役じゃないじゃん!? むしろすごく可哀想な子だし!」
想い人である婚約者に見向きもされないどころか堂々と浮気され、両親からは政略の道具扱い。なまじ優秀であったために公爵家の嫡子である兄からは嫉妬され、弟は姉の醜聞を信じ込んで勝手に疎まれ、周囲の人間からの評価も最悪。必死に人の気を引こうと努力を重ねてきたにも拘らず、全く報われない悲劇の悪役。もはやストーリーを詰ればいいのか、声優を楽しめばいいのか訳が分からないゲームと化してしまった。
そんなゲームをプレイし終わった時には、彼女は完全にウルティアに萌えていた。
攻略対象とかヒロインとかどうでも良いから、ウルティアを主人公にした続編を出せ! というのが彼女の総合的な感想だった。これはもうウルティアを主人公にした二次創作を書くしかないと勝手に気意気込んでいた下校中、彼女は車に刎ねられ死亡。
「やば。これプリ花の世界だ」
気が付くと異世界に転生し、カーティア男爵家に引き取られ、自分がヒロインであるルミアに転生したのだと気が付いた時、彼女……ルミアは途方に暮れた。折角ならドラゴンとか剣とか魔法とか出るバトル物の世界に転生したかったと項垂れていたが、生きているだけでも儲けもの。気を取り直した時には、彼女のやるべきことをきまってきた。
すなわち、ウルティア救済計画。
善は急げ。ウルティアに会う機会があるとすれば舞台である貴族学院入学後。それまで原作知識を引っ張り出し、計画を練り続けて挑んだ学院生活。
「やっば! ウルティア様マジで麗し過ぎるんだけど!? やっば!」
初めて生のウルティアを見た日の夜、ルミアは寮の自室のベッドの上で悶えていた。
派手だが人形のように整い過ぎた美貌は交友関係を表すかのような憂い顔。風にそよぐ煌びやかな銀髪は腰まで届いているし、服の上からでも分かる完成されたプロポーション。茶髪で童顔、よく言えば小柄、悪く言えば幼児体型のルミアとはえらい違いだ。
「なーんで王子はあんな美人が婚約者なのに靡かないんだろ? ロリコンなのかな?」
さりげなく自分自身を酷評するが、彼女は意に介さない。
翌日、彼女は早速行動に移す。ヒーローとのフラグは全て叩き折り、ウルティアとのフラグを構築する方法を考え辿り着いたのは実に簡単なものだった。
「貴女、ハンカチを落としましたわよ?」
(よっしゃキターーー!)
作戦その1、目の前でハンカチを落として声を掛けてもらう。少々ワザとらしくなったかもしれないが、下位貴族……それも貧乏な男爵は高位貴族においそれと声を掛けられない。なのでウルティアの方から声を掛けてもらい、フラグを立てる必要があるのだ。……もっとも、原作のルミアはそこら辺出来てない子だったが。
「え? ウ、ウルティア様!? わ、ありがとうございます! まさかウルティア様自ら私のハンカチを拾ってくださるなんて」
ルミアは畳みかけるように話題を広げる。
「あら? 私の事を知っているのかしら?」
「はい、一方的にですけど。入学式で一目見た時から、ずっと憧れてて……ウルティア様はすごく気品に溢れてて美人でしたから」
「そ、そう」
顔を赤くしながらそっと目を逸らすウルティア。原作通りなら素直で真っすぐな称賛に慣れていないだろうと思っていたが、ここまでチョロい反応をされると心配になってくる。だがルミアはそれを気にせず話題を広げていき、さらに畳みかける。
「私、ウルティア様みたいになりたくて作法の先生の所に通い詰めているんですけど、なかなか上手くいかなくて……」
「ふ、ふぅん…………な、なら私が教えてあげても構いませんわよ?」
上からの物言い。反骨心のある者なら跳ね除けそうなものだが、ウルティアとの接点を作りたいルミアからすればまさに天啓に等しい。人との交友に飢えているウルティアならそう来るだろうとルミアは計算していたのだ。
「え!? ウ、ウルティア様自ら!? 本当ですか!?」
「え、えぇ。貴女、カーティア男爵の庶子なのでしょう? 貴族の作法など身についてないのではなくて? そのような無作法な方に学院に居られてはそこに在籍する私や殿下の品位まで下がりますもの。で、ですので、あ、貴方がどうしてもというのなら、貴族として相応しい作法を教えて差し上げなくもないですわ」
「や、やったぁ! 感激ですっ! ウルティア様自ら御教授してくださるなんて!」
思わず憎まれ口をたたいてしまい、後悔と申し訳なさがウルティアの瞳に宿るが、手放しで喜ぶとホッとしたような表情を浮かべる。こうしてウルティアとの接点を得たルミアは彼女との友好を深めると同時に作戦を推し進めていった。
ウルティアは自分に厳しいように他人にも厳しい。彼女の淑女教育は苛烈を極めたが、ルミアが弱音一つは数にものにしていく度にウルティアの隠された一面が明らかになっていく。
「ル、ルミア!? ち、違いますのよ!? こ、これはその……そう! 飲んでいた牛乳を落としてしまっただけです!」
腹を空かせてか細い鳴き声を上げる野良猫の親子にわざわざ皿と子猫用のミルクを用意して飲ませて、猫なで声で「元気に育ちゅんでちゅよぉ」と言いながら子猫を撫でているところをルミアに目撃され、慌てて弁明しようとしたり。
「転んだくらいで泣いてどうしますの? 貴方も王国男子なら強くおなりなさい!」
街で転んで泣いている男の子を立たせ自ら応急処置をし、厳しくも凛々しい気品溢れる叱咤激励を送ったり。
「な、なんですの!? その生温かい眼は!? い、いいじゃありませんの! 亡き御婆様が私に送ってくれた誕生日プレゼンを大事にしても! うぅ……! ……は、恥ずかしいから他言しないでくださいまし」
唯一自分に優しくしてくれたという祖母から貰ったテディベアに「アリス」という名前まで付けて寮まで持ってきて、話しかけるところをルミアに目撃され、顔を真っ赤にして他言しないでほしいと頼んだり。
「はぁ……ユーグリッド様はどうして私を邪険になさるのかしら……理由を聞いても睨むばかりで話してくださらないし、お父様やお母様に相談できないし、お兄様やテッドに相談しても睨まれたし……ぐすっ」
婚約者や兄弟に邪険にされても表情一つ変えなかったのに、陰で(ルミアはバレないようにハァハァと息を荒くしながら観察していたが)泣きながら一人愚痴を溢していたり。
「わ、私は別に怖くなどありませんわよ? た、ただ、貴女は恐ろし手くて夜も眠れないと思ったから、公爵令嬢である私の部屋に貴方を招いて、共に寝て差し上げようと思っただけで……」
「あ、窓に人の顔みたいなのが」
「っっ!?」
実は幽霊の類が大の苦手で、幽霊騒動が起きた時は怖くて眠れないから理由をつけてルミアと一緒に寝ようとしたり。しかもその時にちょっと驚かしただけで震えながら抱きついてきた。
ゲームや表面上の付き合いでは見られなかったギャップ萌えとでも言うべきか。決して人前では弱音を零さない高貴で高圧的な態度と次期王妃に相応しい教養と見識の高さの裏には可愛らしい少女性と優しさがあった。
「これは他の皆と共有すべきだよね」
前世では二次創作にしようとしていたくらいだ。周りから煙たがられているウルティアの良さを広めようと、ルミアはウルティアのギャップ……本人からは恥ずかしいから秘密にしてほしいと言うものも含め、女性を中心にコッソリとリークし始めた。
気品に溢れ極めて優秀かつ努力家、その上容姿端麗なウルティアはそのキツい性格と婚約者からも疎まれる交友関係も相まって近づこうとする者は一人もいなかった。しかしのその素の性格がただの可愛いツンデレだと知った時、彼女たちの見る目が変わった。
家族からも婚約者からも煙たがられる悲劇の才媛は女性の同情を煽り、表面に隠されたギャップで恐ろしい鉄の女を見る目を意地っ張りな妹を見る生温かい目に変える。
容姿に反して男っ気が無く、愛する婚約者に無碍にされながらも健気に想うという点もポイントが高かった。ルミアの手によってウルティアの評価が書き替えられ始めた時、ちょくちょくウルティアと接点を持とうとした令嬢たちが、ウルティアが以前の取っ付きにくい性格ではなく新しい評判通りの性格だと知り、それが人から人へと伝わり王妃の耳にまで届く。
「あの娘は子供の頃から泣き言一つ言わないし、叱責しても表情一つ変えないものだから正直何を考えてるのか分からなくて。ただ優秀だったから義務として王妃教育を施してきましたけど、まさかこんな可愛らしい一面があっただなんて知りませんでした。こんな事ならもっと心を通わせるべきでしたね」
これまで義務としての付き合いでしかなかった娘の居ない王妃のお気に入りとなるのも時間が掛からなかった。教育の後、お茶に誘われ始めて当の本人は首を傾げていたが。
「王妃様が急にお茶に誘うようになったばかりか、私が猫好きだと知っていたのですが、何故でしょう? 秘密にしていたのに」
「さぁ?」
ウルティアの疑問にルミアは平然と答える。リークしていることはもちろん秘密だ。そんな彼女の策略によって評判がうなぎ登りのウルティアは何時しか女子生徒を中心に頻繁に声を掛けられるようになった。
「御機嫌よう、ウルティア様」
「御機嫌よう」
こんな何気の無い挨拶の後でも、陰でこんな会話が繰り広げられる。
『きゃー! ウルティア様に声を掛けてしまいましたわー!』
『今日も一際麗しいですわぁ』
『あぁ……ウルティアお姉様……私も躾てほしい』
『膝の上に乗せてナデナデしてあげたい』
同級生にはマスコットorアイドル、下級生からはお姉様、上級生からは妹扱いされるようになった悪役令嬢。野良猫の餌やりポイントをリークすれば一斉に覗きに行ったりと、半ば変質者のような者もいるが敢えて無視しておいた。
やがて交友関係が広がり、女子からは淑女の鑑、男子からも高嶺の花と認識されるようになるが、ルミアにはある懸念があった。攻略対象たちの存在と、彼らを取り巻きにする一人の女子生徒である。
2年になって編入してきた男爵令嬢、ハンナ・マクレガー。ウルティアの婚約者であるユーグリッド第一王子を筆頭に身分の高い美男子ばかりと交友を重ねる悪い意味で評判の女子生徒だ。ヒロイン然としたピンク髪の美少女でとんでもなく目立つのだが、前世の記憶にはこのような人物は存在しない。
ルミアというヒロインが機能しなくなって代わりに現れたのか修正力的な存在か、それともただの偶然かどうかは分からない。だが意思や行動を操られている感覚がないので一先ず保留にしておいた。
しかしそれがいけなかったのか、ハンナの取り巻きと化したユーグリッドやウルティアの兄弟であるアルベルトとテッド、騎士団長の息子や宰相の息子は揃って骨抜き。彼らは国の将来を担う有能な若手たちだったが、親から少しずつ任されていた職務を放り出して競うようにハンナにアプローチを繰り返していた。そこに至るまでの所要時間、僅か半年。
なまじ権力があるだけ質が悪く、身分の低い生徒は何も言えないし、身分の高い生徒が何を言っても向こうに王族がいては上から押し黙らされてしまう。彼らの堕落に伴ってウルティアへの当たりも強くなり、彼女が陰で気を落とすことも多くなっていった。
この国は一夫一妻制だ。それは最高権力者である王族であっても同じで、側室や愛妾と言うものは認められていない。ユーグリッドがどう思おうと彼とウルティアの婚姻は国の決定。国王が認めない限り破棄することは出来ない。それどころか悪評を重ねて王族としての地位すら危ういユーグリッドを案じ、ウルティアは何度も諭そうとしたが、ユーグリッドはそれを無碍にするどころか憎々し気にウルティアを罵り出す始末だ。
このまま何事もなく、せめて穏便に婚約が白紙に戻ればいいと思っていたが、現実はそう甘くはなかった。
それは年に1度の学院主催、国王も招かれるダンスパーティーの最中、パシンという頬を打擲する音と共に起きた。
「ウルティア・ベルモンド! 貴様が卑劣にもハンナ・マクレガー男爵令嬢に対して執拗な嫌がらせをしていたことは明白! そのような性根の腐った女を国母にすることなど出来ん! よって未来の国王である第一王子、ユーグリッドの名において、ウルティア・ベルモンドとの婚約を破棄し、新たにハンナ・マクレガーと婚約することを宣言する!」
「ウ、ウルティア様っ!」
手を振り抜いたユーグリッドと床に倒れるウルティアを見た時、ルミアは礼儀を忘れて走り出した。頬を抑えて呆然とするウルティアの背中を庇うように撫でる。
「ウルティア様? ご無事ですか?」
「……大丈夫……大丈夫ですわよ……」
青い顔で震えるウルティアは傍目から見て大丈夫そうには見えない。ルミアが少し傍を離れた隙の出来事だった。本来なら婚約者をエスコートすべき王子がそれをせず、代わりにハンナをエスコートして現れたのを見た時に嫌な予感がして駆け寄ったが、まさかこんな公の場で婚約破棄するとは思いもしなかった。虚勢を張っているものの、普段の気丈な姿勢も流石に何処かへ行ったしまったようで、未だ身動きが取れそうにない。
「何だお前は? ウルティアの取り巻きか?」
「っ!」
無遠慮に上から話しかけるユーグリッドの声に本気でキレそうになったがそれを抑え、ウルティアを背に庇うように前に出て必死に覚えた最上礼で応える。
「お初にお目にかかります、ユーグリッド第一王子殿下。私、ウルティア・ベルモンド様の友人、ルミア・カーティアと申します」
友人と聞いてユーグリッドは意外そうに眼を見開いたが、すぐに侮蔑と嘲笑を浮かべてルミアを見下す。
「ほう? と言う事は、貴様もハンナを虐げた者の1人と言う事か?」
「虐げた? 何のことでしょう?」
「惚けるな! ウルティアが取り巻きを引き連れ、寄って集ってハンナに酷い暴言を吐き続けたことは知っているのだぞ!?」
「……わたしもウルティア様と四六時中共に居る訳ではありませんので確かな事は言えませんが、少なくともハンナ様に夢中だったあなた方よりもウルティア様という人間を知っているつもりです。そんなウルティア様がハンナ様に仰った暴言とは何でございましょう?」
ルミアは「もしや」と芝居がかった前置きをして更に言葉を繋げる。
「『王子殿下たちと貴女とでは身分が違うのだから弁えなさいませ』、『あの方々にはそれぞれ婚約者がいるのですから適度な距離感を保って欲しい』という、至極当たり前の事でしょうか?」
「当たり前だと!? 我々が誰と付き合おうが文句を言われる筋合いはない!」
「えぇ、あくまでお友達と言うのであれば。しかし事実はどうであれ、周囲から見て貴方がたのそれは学友の範囲を大きく逸脱しております。それをウルティア様が何度も進言なさってもお聞きにならないから、ハンナ様に直談判したにすぎません」
もっとも、それも効果はなかったが。当のハンナはユーグリッドに寄り添いながらどこかワザとらしい泣き顔を浮かべている。
「そ、そんな……わたし、本当に怖かったのに……! ユーグリッド様、私本当にあの人たちに酷いこと沢山言われたんです!」
「あぁ、可哀そうなハンナ。こんなに怯えて。貴様らはこんなにも涙を流しているハンナを見て何とも思わないのか!?」
「こんな冷血な女が私の実の妹だと思うと恥ずかしい。これは次期公爵家当主として、父に言いつけて勘当するほかないな」
「姉上……貴女という人は! 心優しいハンナに嫉妬し、害そうとしたにも拘らず、それを認めようとしないなんてどこまで落ちぶれば気がすむんだ!」
「普段はお茶会だのなんだの無駄な事ばっかりやってるくせに、ハンナだけ除け者にしやがって! お前らには良識っていうものが存在しないのか!?」
「まったく度し難いですね。ハンナの美しさを妬んで虐げようなどと。女性の嫉妬とは実に醜い」
何か攻略対象たちが騒ぎ始めた。強いて言うならイラっと思うが、それは表には出さず冷静さを保つことを心掛ける。
「その物言い……何やら他にもあると言いたげですが?」
「ふん、自らの罪を詳らかにしようとは潔いと言うべきか、愚かと言うべきか。よかろう、貴様とウルティアがハンナにした悪逆の数々をここで明かそう!」
宰相の息子が眼鏡を持ち上げ、何やら資料を取り出すと朗々と読み上げた。
曰く、ハンナの教科書を全て細かく破り捨てた。
曰く、裏庭を歩いていたハンナの頭上から植木鉢を落とした。
曰く、お茶会に参加しようとしたハンナを無碍に追い返した。
曰く、夜会でハンナのドレスに果実水を掛けた。
曰く、階段からハンナを突き落とした。
自信満々に覚えのない罪状を読み上げる彼らは周囲の視線が白い事に気が付いていない。まさに自分たちの世界に閉じこもっている状態だ。
「そもそも貴様は昔から気に食わなかったのだ! 何かにつけては貴族としての礼儀だの、守るべき秩序だのと俺を束縛しようとして! 婚約者などと名前だけで、俺に安らぎを与えるどころか追い立てるだけではないか!」
「父からも母からも比較され、『ウルティアが男だったらよかった』等と陰で言われる私の気持ちが分かるか? 男を立てることも知らない貴様など、愛されなくて当然だな」
「昔から冷血で冷淡だと思っていたが、その上嫉妬深いなどと本当に救いがない。少しはハンナを見習ったらどうですか!?」
「ハンナはお前らと違って下町への炊き出しとか孤児院の訪問とか人の役立つことをやってんだぞ!? ウルティアの友人と言うのは性悪ばかりだな!」
「貴族の常識としがらみに囚われた私たちを、ハンナは救ってくれました。彼女こそ私たちの希望、光です。そんなハンナを虐げるなど許されることではありませんよ?」
遂にはウルティアへの不満をぶちまけ、それに比べてハンナがどれだけ素晴らしい女性かを高らかに叫び始めた。思わずゴミムシを見るような目になりながら聞いてみたが、どれもこれもウルティアに対するコンプレックスを正当化しようとしているだけにしか聞こえない。
それもそのはず、以前のウルティアならばまだしも、ルミアによって評価を書き換えられた彼女に死角はない。カリスマはユーグリッドを超えているし、領地運営はアルベルト以上、総合力はテッドの完全上位互換だし、剣の技量や政治能力は騎士団長の息子や宰相の息子を遥かに凌ぐ。彼ら全員がウルティアに対して強いコンプレックスを抱いているのは割と有名な話だった。
成程、コンプレックスを与えてしまったことは否定できない。だがしかし、それを悪しように罵るなど笑止千万。
彼らの魂胆は見えていた。好きな相手と結ばれたいが、それを約束された地位が邪魔をする。何とか今の婚約者と縁を切りたいが、向こうに非がない以上、こちらからの破棄は難しい。そこで何の罪もない婚約者に冤罪を被せて自分たちは無傷で婚約破棄しようと。
浅はか。実に浅はかだ。そんな浅はかな彼らの言動で、ウルティアは俯きながら震えて涙を零している。これまで彼らの為を思って努力し、疎まれていると知っていながら忠言を繰り返してきた献身の全てを否定されたのだ。人前で決して涙を見せることのなかったウルティアの涙の訳を知った時、ルミアの……否、彼女たちの頭の中で何かが切れる音がした。
『『『言いたいことはそれだけですか?』』』
会場にいる全ての女学生がドスの効いた異口同音で攻略対象たちとハンナに問いかける。流石の彼らも腰が引け、ようやく自分たちが白い眼で見られていることに気が付いたようだ。その証拠に権力を笠に着た言動が取れないでいる。
『先程から黙って聞いていれば随分な物言いですね? ウルティア様がハンナ様を虐げている? 笑わせてくれますね』
『ウルティア様の悪事とやら、それら全てが無実である事なら我々が証明して差し上げますわ』
『ウルティア様の友人は全て性悪などと言っていましたが、それはつまり私たち全員が性悪だとでも?』
『むしろあなた方が名誉棄損で訴えられる立場であることを理解しておりますの?』
『よくもお姉様を傷つけてくれましたわね……!』
『そもそもあなた方は何なのです? それぞれ婚約者がいる身でありながら彼女たちを蔑ろにして一人の女子生徒に媚を売るとは』
『周囲の忠告も聞かず、仕事を放り出し、耳触りの良い事だけを言う者を周囲に置く。それがあなた方の言う貴族の在り方ですか?』
『どうやって貶めて上げようかしら?』
『仮にそれらが事実だとしても、原因は殿下ではありませんか。通すべき筋も通さず、確たる証拠もなく一方的にウルティア様を貶めようなど』
『私たち、ウルティア様をお守りするためなら王威にも逆らいますわよ?』
その声は平坦、だからこそ余計に恐ろしい。6人に一斉に問い詰める女子生徒の数は100を超え、それぞれが好き勝手に彼らを責め立てウルティアを擁護する。こうなるともう反論一つできない。これまで見下してきた淑女たちに恐れを抱くなど、彼らには屈辱でしかないとしてもだ。
「み、皆様……!」
一方、ウルティアは感激していた。どんな呪いか因果か、これまで周囲から煙たがられていたにも拘らず、一人の男爵令嬢との出会いを皮切りに一人、また一人と縁を繋ぎ、遂にはこんなにも多くの人が自分を守ろうと立ち上がってくれている。
しかし、いかに彼らに非があろうと彼らは王族を筆頭とした国有数の高位貴族たちなのだ。これ以上彼らと口論させては彼女たちにどんな被害が出るか分からない。最悪、自分一人が全ての罪を被ってでもこの場を治めようとしたその時――――
『そもそもウルティア様が理不尽に人を虐げるなんてするはずないじゃないですか! 打擲と称してデコピンするだけでも後になって罪悪感で落ち込むくらい甘い人なんですから!』
「……え?」
『さっきからハンナ様の可愛さを強調してましたけど、殿下たちはウルティア様の可愛さを知らないからそう言えるんです! この写真を見てください! この子猫を抱き上げて赤ちゃん言葉で話しかけている様子を!』
「ちょ!? み、皆様!? 一体何を言っていますの!?」
『友達いなくてテディベアに『アリス』と名付けて話しかけるくらいボッチだった彼女に、婚約者である殿下やご兄弟であるお2人は何をしていました!?』
「ル、ルミア!? ルミアですわね!? あれほど秘密にしてほしいといったではありませんか!!」
『噂程度の幽霊騒ぎで夜一人じゃ眠れなくなるような方なんですよ!? 恨みを買うなんて幽霊より恐ろしいことできるはずありませんわ!』
「いやぁぁーーー!! もうやめてぇ―――――!!」
これはもう、地球で言うところの『アイドルはトイレなんてしないっ!』という一部の人間の心理と色眼鏡に近い。耳まで赤くした顔を両手で覆い隠して蹲るウルティアを見て、流石のルミアもやり過ぎたと反省した。
「えぇい! 黙れぇ! 俺はこの国の第一王子、次期国王だぞ!? その俺には向かうなど、貴様ら全員打ち首になっても文句はないな!?」
「貴方にそのような権限はありませんよ」
遂に権力を振りかざしてきたユーグリッドを諫める声。令嬢の群れを二つに割り、国の最高権力者である国王と王妃が姿を現した。
「まったく、お前には失望したぞユーグリッド。根拠のない罪で婚約者を責め立てるばかりか、王族という権力を無暗に振り回そうとはな」
「な、何を言うのですか父上! わ、私は確かにこの目で……!」
「戯けっ! お前たちが非のないウルティア嬢を貶めるために行動しておる事を余が知らなかったと思うか!? 不審な動きをしていると監査役に聞いた時から貴様らの目的を調査して判明しておる!」
「な、なっ……!?」
「何処かで自分の過ちに気付くと信じた余がバカであった。まさか栄えある王立学院主催のパーティーの最中にこのような愚行を犯すとは。お前たち全員には追って沙汰を下す。それまで謹慎しておれ。一歩も外に出ることは許さん! そして……」
国王は手を挙げると、バァンっ! と音を立てて扉が開き、衛兵たちがユーグリッドたち攻略対象を拘束し、ハンナだけ手錠をかけられた。
「いやっ! 何するのっ!? 放しなさいよっ!」
「ハンナっ!?」
「父上! これはどういう事ですか!? なぜハンナだけ罪人のようにっ!?」
「お前たちも貴族令嬢に濡れ衣を着せた時点で罪人なのだが……この娘だけはまた話は別だ」
「ど、どういう事ですか!?」
「言ったであろう。お前たちの目的を調査し、判明したと。マクレガー男爵とその娘ハンナは敵国から金品を受け取り、高位貴族の嫡子を篭絡、権威を失墜させるために送られた売国奴なのだ」
「……え?」
信じられないという目でハンナを見る攻略対象たち。
「ち、違う! 私そんなの知らない! 信じてユーグリッド様! 私はただ、貴方と一緒にいたくてっ!」
「隣国の美男子と随分寝ておるらしいな? 名前は確か、ジャンにエレン、アルミンにライナー……他にも大勢」
涙を浮かべて必死に言い訳を繰り返すが、報酬として要求した男娼の名前まで告げられ、全ての計画が破綻したことを知ったハンナは先程までの庇護欲を誘う愛らしい顔を憤怒に染める。
「何で……何でこうなったのよっ!? あと一歩で逆ハーが達成できたっていうのにっ!!」
「ハ、ハンナ? 一体どうし――――」
「触んじゃないわよ役立たずっ!!」
心配して手を伸ばしたユーグリッドのそれを荒々しく振り払う。
「クソっ! クソクソクソォッ!! 何でよっ!? 何でこうなったのよっ!? ウルティア……ウルティア・ベルモンドォォッ!! あんたが何もしないからこんなことにっ!! 悪役令嬢の癖に設定に逆らって――――」
「聞くに耐えん」
「んぐぅうっ!?」
唾を飛ばしながら騒ぐハンナに猿轡をし、衛兵が牢屋へ連行する。その後ろに続くように会場から出ていく攻略対象たちは一気に老け込んだような虚ろな目だった。本性を現したこと自体が国王の言を真実だと肯定しているようなもの。自分たちに優しい声を掛けてくれ、散々希望だの光だのともてはやした女の性格がハニートラップによる演技だったと気付いた時、彼らは自分たちの浅はかさと愚かさ、犯した過ちに気付き、抜け殻同然となって自室に軟禁されることとなった。
結論から言って、マクレガー男爵家は反逆罪で一族死刑となり、攻略対象たちは全員廃嫡、平民に落とされた。幸い会場に居た者は給仕を除いて全て貴族で緘口令を敷けたが、権威を失墜させた罪は貴い血筋であるからこそ裁かねばならない。
その身一つで追い出されようとした彼らを被害者であるウルティアが周囲を説得し、最低限の金銭だけでも持たせたことで 追い出される彼らはコンプレックスを余計に刺激されたような、申し訳なさそうな、そんな複雑な表情を浮かべて市井に降りた。
それと同時に失恋したウルティアもしばらくの間目に見えて落ち込んでいたが徐々に調子を取り戻し、今は4歳年下である現在14歳の聡明な第二王子の婚約者にと強く推す王族と跡取りがいなくなったので女公爵として家を継いでほしいという両親との間で板挟みになっている。
第二王子がかなり熱心に口説いてきてウルティアがタジタジになっていたり、公爵家は最悪養子を取れば跡取り問題は解決するので、このまま行けば再び王子の婚約者に返り咲くと噂されているが、ここから先の未来はまさに神のみぞが知る、だ。
そして、ウルティアを支え続けてきたルミアは彼女の専属侍女として召し抱えられることになる。身分の差も主従の差も乗り越え、固い友情で結ばれた2人の逸話は、後世の美談として語り継がれることとなった。
皆さんのご意見ご感想、お待ちしております。