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【完結】地味でも大冒険!『古の森の黒ドラちゃん』  作者: 古森 遊
6章☆願いを込めて、選ぶんだ!の巻
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11-みんなの想い

それは一瞬ただの白い布に見えました。

これまで見てきた作品と比べると、とても平凡な品物に見えます。


けれど、近づいて見てみると、ただの布ではないことに気付くのです。

黒ドラちゃんが思わず「ふわ~っ」と言ってしまうだけの“何か”がありました。


それは、布と言うにはふんわりとしていて、さらに白一色ながら一面に模様が織り込まれています。

ほのかに輝いていて、良い香りがしてきます。

明らかに何かの魔力が込められている品でした。


黒ドラちゃんが布の前から動けなくなっていると、反対回りをしてきたドンちゃんと食いしん坊さんがやってきました。


「黒ドラちゃん、どれもステキで迷っちゃうよね?」

ドンちゃんはそう言いながら黒ドラちゃんの横に並びましたが、すぐに「マグノラさん!?」と叫びました。

それを聞いて黒ドラちゃんもようやく気が付きました。

この布はマグノラさんの魔力を含んでいます。

マグノラの花をモチーフにした、美しい模様で織られていました。


この布を作ったのは、おにいさんとおじさんの中間くらいの男の人でした。



「この布は、妻との間にようやく授かった子どものためのおくるみです」


男の人は、恥ずかしそうに、そして誇らしそうに語りました。


おじさんと奥さんは、とても若い頃に結婚したそうです。

でも、奥さんは体があまり丈夫では無くて、二人はなかなか子どもに恵まれませんでした。

それが、とうとう赤ちゃんが出来たのです。

しかも、なんとお腹の中の赤ちゃんは双子でした。


「私は毎朝、日の出前に家を出て、華竜様の森へお願いをしに行きました」


「子どもたちが無事に産まれますように、妻がお産に耐えられますように、と」


「華竜様の森には花園があって、そこの花は安産のお守りだと聞いていました」


「はじめ、森の中には入れませんでした。入口が見つからなくて」

男の人がちょっと困ったような顔をしながら話します。


「でも、2、3日すると、とてもわかりやすい一本道が見えるようになったんです」

男の人は、その時のことを思い出したのでしょう、とても嬉しそうな顔をしました。


「森の中を進むと、聞いていた通りに花園がありました。そして、そこで華竜様とお会いすることができたのです」


マグノラさんは男の人に言ったそうです。

この森に、自力でお参りに来ることができるくらいじゃないと、双子のお産は難しいだろう、と。

奥さんは、その頃ひどいつわりに苦しんでいて、ほとんど寝たきりのような生活になっていました。


でも、マグノラさんの言葉を聞いても、男の人はあきらめませんでした。


マグノラさんの花園の花を毎日毎日持ちかえり、奥さんの枕元に飾ったのです。

仕事が忙しくて前の日に遅かった朝も、雨の朝も、風が強い朝も、一日も欠かすことなくマグノラさんから花をもらいました。


そして、奥さんはだんだんと元気を取り戻していきました。

そして、ついにお城で舞踏会が開かれる日に、夫婦でマグノラさんの森へと出かけることが出来たのです。


二人はその日、マグノラさんから一粒の種をもらいました。

「それを育てなさい、そしてそこから取れる綿で布を織りなさい」と言われたそうです。

持ちかえった種を庭に植えると、すぐに芽が出て花が咲き、やがてふわふわの綿が取れました。

しかも不思議なことに、次から次へと芽が出るのです。

庭中が綿でいっぱいになりました。


男の人は、それを摘んで赤ちゃんのための布を織ることにしました。

自分がこれまで修行して身につけてきたすべてを込めるつもりで織りました。

色は染めずに、白いままで、守りの象徴としてマグノラの花を模様に、黙々と織り込んでいきました。


やがて織りあがると、不思議なことに布は白く光り輝くようになりました。

マグノラの花のほのかな香りも。


そして、一見平凡そうなこの布は、見る人の心を捉え、品評会で優秀賞に選ばれることになったのです。


「奥さんと赤ちゃんはどこにいるの?」

黒ドラちゃんがキョロキョロしながらたずねると、男の人は落ちつか無げに答えました。


「妻は、今、いつ赤ん坊が生まれてもおかしくない状態なので、お城には来ていないのです」

「えっ!そばにいなくて大丈夫なの?」

ドンちゃんが心配そうに聞きます。


「もちろん、そばについていたいのですが……」

男の人が言葉を濁します。


そうでした。

作品が選ばれるということは、その人の所属する工房も栄誉を受けるという意味を持つんだって聞きました。



「綿を紡ぐ作業は時間も手間もかかります。工房の兄弟子も弟弟子も、寝る間を惜しんで紡いでくれました」

男の人は思い出しながらゆっくりと語り続けます。


「うちは小さい工房で、余裕なんて無かったけれど、夜遅くまでの作業にかかる灯りの燃料も食事の準備も、親方とおかみさんが黙って出してくれました」

「あいつも……妻も時々ですが手伝いに来たりして……」


この一枚の布には、みんなの想いが込められています。


ここで最後まで、この一枚の布の評価を見届けること。

それをしないという選択は、男の人には考えられなかったのです。


男の人が愛おしそうに白い布を撫でました。

「妻と二人で育て、工房の皆で紡ぎました。順位には関係なく、私にはかけがえのないものです」

白い布はほのかに輝きながら、優しい花の香りを漂わせます。




ちょうどその時、昼の鐘が辺りに鳴り響きました。


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