17-赤くなった王子様
バルデーシュを訪れたロド王とアズール王子は、まず王宮へ向かいました。
アズール王子の作品を、スズロ王子とカモミラ王女のご結婚祝いとして渡します。
アズール王子の“お忍び技術留学”に尽力してくれたゲルードにも、お礼の品として作品を贈りました。
バルデーシュでは見たことのないその技術と芸術性に、皆が感心し大喜びでした。
次に二人は、王都の工房見学と言う名目でコポル工房をもう一度訪れました。
コポルさんもおかみさんも、ロド王を前にしてカチンコチンに緊張しています。
けれど、工房で製作する織物を褒められた途端に、嬉しそうに顔がほころびました。
アズール王子が国へ戻ることが決まった時に、おくるみを始め工房の織物を餞別として渡してあったのです。
話題が製作に関わることになると、すぐに職人同士で話す感覚になって、ロド王とすっかり打ち解けました。
それから、アズール王子は滞在中のお礼として、ここでも発明品のカラクリ作品を渡しました。
やはりコポルさんもおかみさんもその技術力の高さに感心してくれました。
他にも、小さな歯車もいくつか贈りました。
それは、アズロとしてこの工房に居た時に、何度か交換した織り機の部品でした。
この先、また交換が必要になった時のために、同じ物を数個用意してきたのです。
それを見て、おかみさんは泣きだしました。
決して高価なものではないけれど、それはこの工房で働いている者にしかわからない価値のあるものです。
王子に戻っても、それを忘れずにいてくれたアズールに、おかみさんは何度もありがとうと頭を下げました。
「必要になったら、また送らせるで」
ロド王は帰り際にこそっとささやいて、おかみさんをびっくりさせました。
すぐに断ろうとしましたが、アズール王子が止めました。
「うちの父はドワーフです、しかも頑固さでは国一番です」と。
おかみさんはコポルさんと顔を見合わせて「ロド王のご厚意に感謝します」とだけ口にしました。
そして、みんなに笑顔で見送られて、アズール王子たちはコポル工房を後にしました。
次に訪れたのはテルーコさんのお店でした。
心なしかロド王の表情が固くなっています。
けれど、グラシーナさんに会えることで舞い上がっていた王子は気付きませんでした。
お店ではテルーコさんとグラシーナさんが待ってくれていました。
テルーコさんはこの間のように高価なローブを身につけていました。
一方、なぜかグラシーナさんは普段の作業用のローブでした。
「こんな恰好で申し訳ありません」
恥ずかしがるグラシーナさんに、アズール王子はやっとのことで答えました。
「い、いえ、職人らしくて、とても……好ましい、です」
そのまま二人で俯いて赤くなっています。
この場にモッチがいたら大変なことになっていたでしょう。
そんな二人を眺めながら、テルーコさんがロド王に話しかけます。
「良く似ていますね……」
それだけで、ロド王には誰の話かすぐにわかりました。
「あ、あの、ローザの親代わりだって言うのに、あんたにはこれまでろくに挨拶も出来ねえで」
「いえ、こちらこそ長い間ご挨拶にも伺わず失礼しました」
テルーコさんが深く頭を下げます。
「い、いや、オレは、その……」
いつものロド王らしくない、自信の無さそうな態度です。
「ローザが幸せに暮らしていることは、何度かあの子から貰った手紙で知っていました」
「そ、そうだか」
「疎遠になってしまったのはひとえに私の不徳の致すところ、お許しください」
再びテルーコさんが頭を下げると、ロド王はようやく表情が緩んできました。
「ずっと、謝りたかったんだ。テルーコのオヤジさん、すんません」
ロド王がテルーコさんに頭を下げると、今度はテルーコさんがあわてました。
「お止めください、一国の主がそのような」
「だども……オレは自慢の看板娘を奪っちまって」
「いえ、オヤジと呼んでもらえただけで、もう充分です」
テルーコさんの言葉に、ロド王もようやく顔をあげました。
「もう、ローザのことは良いのです。あの子は幸せだったのですから」
「そう言ってもらえると、ホントにありがてえな」
「でも……」
「でも?」
「あの子は渡しませんよ」
そうきっぱりと言い切ったテルーコさんの目は、アズール王子と向かい合うグラシーナさんを捉えています。
「えっ?」
ロド王がきょとんとしました。
そんな二人のやり取りなど気付かずに、アズール王子がグラシーナさんに小さな木の箱のような物を渡しています。
それは、アズールが発明を活かして造った作品“音色小箱”の一つでした。
グラシーナさんが上蓋を開けると、優しい音色が辺りに響きました。
可愛らしい茶色のコーモリが白い花の周りを飛び始めます。
真ん中では黒髪の乙女が小さな宝石を抱えて座り、ゆっくりと首をかしげます。
花もコーモリも黒髪の乙女も、すべて薄く伸ばした金属を加工して、造られていました。
箱の中には音の出るカラクリが組み込まれて、蓋を開くと音色が始まり人形達が動くのです。
「まあ、ステキ!」
グラシーナさんは喜びに声を上げた後、アズール王子にたずねてきました。
「あの、この真ん中のお人形って……ひょっとして」
「あの、グラシーナさんに似せて造ったつもりだったんですけど……お気に障ったらすみません」
アズール王子が自信さなそうに謝ると、グラシーナさんがぶんぶん首を横に振りました。
「いえ、気に障るだなんて!ステキです。とても気に入りました、ありがとうございます!」
それを聞いたアズール王子は途端に顔を輝かせました。
「あの、もし良かったら、今度ぜひエステンへ遊びに来て下さい」
「喜んで!」
返事はすぐに帰ってきました。
けれど、答えたのはグラシーナさんではありませんでした。
満面の笑みでグラシーナさんを後ろに隠しながらテルーコさんが答えたのです。
「私もぜひ一緒に“技術見学”に伺いますよ」と。
アズール王子はロド王に連れられて、とぼとぼとテルーコさんの店から出てきました。
結局、あの後いつの間にか若い二人の間の熱い雰囲気は消されてしまいました。
代わりに、テルーコさん主導でバルデーシュの職人がエステンへの技術見学に行く、と言う話がすっかりまとまっていました。
でも、なんだか笑顔のテルーコさんの目は笑っていなかった気がします……
アズール王子が落ち込んでいると、ロド王が優しく声をかけてきます。
「恋は障害がある方が盛り上がるもんだべ。がんばれや」
その言葉にアズール王子は真赤になりました。
「いや、その、わたしは、純粋に、職人として、グラシーナさんを……」
もごもご言っているアズール王子の背中をロド王がバンッと叩きます。
「まあ、なるようになるんべ!」
そう言ってガハハと笑ってから言葉を続けます。
「何事も、創意工夫と熱意だど!」
アズール王子は背中をひりひりさせながら、なるほど、と感心して聞いていました。
そして、どうやってあの厳しいお師匠様を納得させられるかについて、熱心に検討し始めました。




