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【完結】地味でも大冒険!『古の森の黒ドラちゃん』  作者: 古森 遊
8章☆大好きなのって隠してるんだ!?の巻
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15-ホーク伯爵の宝物

「盗まれたにしろ消えたにしろ、それは今はもう……良いのです。それよりも、私は一番大切なことを忘れていました」


伯爵のお話が続きます。


かつてホーク伯爵の領地は、小さな港町はあるものの、これと言って特色のない地味で目立たない場所でした。

先代が早くに亡くなり、ホーク伯爵は若くして領地を継ぐことになりました。

導き手のいない伯爵は、常に試行錯誤でした。

そして、今までの伯爵達に比べて、自分がなんとなく劣っているような気が、常にしていました。

伯爵には弟がいましたが、彼の方が明るく人の気持ちを捉えるのが上手で、幼い頃からいつもたくさんの人に囲まれていました。

逆に伯爵は人に囲まれるのが苦手で、自然や動物、美しい景色の中にいる時に、心の安らぎを感じるタイプでした。

自分がこの領地をまとめる人間で良いのか、伯爵の胸の中には常にその想いがありました。


ある日、伯爵の領地に流れの踊り子がやってきました。

それ自体は特に珍しいことではありません。

けれど、その時は何かが違いました。

伯爵はその踊り子の踊りに胸の奥の何かが、強く揺さぶられたような気がしました。


伯爵は、その踊り子のために小さな舞台のある小屋を建ててやりました。

そこで、彼女は毎日のように踊りを踊り、だんだんと見に来る人が増えていきました。

若さや美しさならば、その踊り子よりもずっと見目の良い芸人はたくさんいました。

しかし、伯爵が感じた通り、その踊り子の踊りには“何か”があったのです。

その“何か”が引き寄せるのか、だんだんと評判になり観客が増え、小屋も大きくなっていきました。

そして、その小屋への出演を望む芸人が多く訪れるようになると、その芸を目当てにまた観客が増えました。

訪れる人間が増えれば、周りに店も増え、また人が増えます。

そうして、いつの間にかホーク伯爵の領地には大小の劇場が建ち観光地が広がり、人々が集まることでナゴーンでも有数の豊かな領地になっていったのです。


ホーク伯爵は、一番初めに自分が小屋を建ててやった踊り子に感謝しました。

けれど、踊り子は伯爵に言いました。

自分の踊りをここまで受け止めてくれた人は貴方だけだった、と。

だからこそ、自分も全身全霊で踊りに打ち込めたのだと。

そして、そういう芸に引き寄せられる芸人たちも、また己の芸を磨くことに真摯でした。


ホーク伯爵の鋭く豊かな感受性が、一人の踊り子に芸の道を極めさせ、それがまたホーク伯爵や周りの人々の人生を花開かせる。

人が人によって変わり人を呼び、領地も栄え物事が良い方へと導かれる。


人と接することが苦手だった伯爵は変わりました。

何より、あの踊り子の言葉で、自分に自信が持てるようになったのです。


美しいものを美しいと感じられる己の目と心を信じよ、外見ではなく人の真を心で見よ。


それが伯爵の信条となりました。

そして、何より自分の元に集まってきてくれた“人”を大切にすること。

そう心に誓って、今までやってきたのです。


「なのに、わたしの目はいつの間にか曇っていたようです」

伯爵が淋しそうに言いました。


領地が豊かになったおかげで、金・銀・銅のニクマーン像を作ることも出来ました。

それなのに、そのニクマーン像が無くなった時、伯爵は真っ先に疑ってしまったのです。

自分の本当の宝であるはずの“人”

それも踊り子を。


「ここが豊かになったのは、芸術を愛する心が重なり合い、積み重なってきたからです」

私はいつの間にそれを忘れたのか……と伯爵はつぶやきました。


「ニクマーン像も、初めのうちは本当に毎日のように可愛がり、撫でて声もかけていました。

それが、数年経つうちに、撫でることもなくなり、声をかけることもしなくなっていました。

そんな私のもとから、像が失われたのは当然なのかもしれません」

伯爵は再び寂しそうに微笑みました。



その姿に、黒ドラちゃんたちは何と言ってあげれば良いのかわかりません。

すると、黙って聞いていたアーマルが、伯爵の前にひざまずきました。

「伯爵様、私はこの街へ来て、伯爵様のおかげで舞台に立てて、本当に幸せです」

それを聞いてラマディーもアーマルの横にひざまずきました。

「俺もです、伯爵様」

「伯爵様、人を大事になさろうと考えるそのお気持ちは、皆にも充分伝わっております」

座長も言葉を添えます。


きっとアーマルやラマディーには恨まれているだろう……

そう考えていた伯爵は、三人の言葉を聞いて涙ぐみました。

「私は、まだ、お前たちの劇場主として認めてもらえるだろうか?」

伯爵がたずねると、三人は笑顔で答えました。

「伯爵様以上に、私たちの芸を愛して下さる方がいるでしょうか」


伯爵が一番最初に小屋を建ててあげたあの踊り子はもういません。

彼女は伯爵よりも年上でした。

数年前に、弟子たちに囲まれ惜しまれながら天へと旅立ちました。

自分はとても幸せだった、感謝の気持ちしかない、と伯爵への言葉を残して。


「――ありがとう」

伯爵が心の底からの想いを言葉にします。


「ありがとう、みんな。私の宝は、まだ手元に残っていたのだな」

伯爵の言葉に、三人が嬉しそうに微笑みました。


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