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ホースミートガール

 ふわり、ふわりと意識が戻ってくる。


 何かの夢でも見ていたのだろうか、俺は暗闇の中で立ち尽くしていた。


 ただ、突然という訳でもないのに、何故か釈然としない現状。


 ああ、なんだ。


 理解はスグだった。


「ブヒィィィィン(俺、馬レ変ワッタンダナ)」




 静寂に包まれた 厩舎きゅうしゃの中に俺の鳴き声が響き渡る。

 ざわっ、と周囲が反応をみせるも俺は構わず、現状整理を始めていた。


「ブフゥゥン(イツカラナンダロウ)」


 厩舎きゅうしゃに入ってから三日目だが、ここに来るまでの記憶がどうも曖昧である。そもそも、俺が元人間だっただなんて、誰が知ろうか。生前の記憶何てほとんど持ち合わせていないし、ただ漠然と人間だった、という記憶だけが俺が俺であることを教えてくれていた。


 馬レ変ワルなら、何が良い?


 そんな事、これまで考えたこともなければ輪廻転生するなんて全くもって想定外である。俺の魂は一度天国へいったのだろうか? それとも地獄を経由して、なおかつ馬という種族へ魂を放り込まれたのだろうか。神のみぞ知るところであるが、どうやら俺は人だったという漠然とした記憶をこの体で取り戻したみたいである。


 やや狭いが、これから俺の部屋となるこの場所は思いのほか居心地が良かった。


「ブフッ、ブフフン(おい、新入り)」


 そんな考察をしていると、正面から馬面を出した漆黒の馬が話しかけてきた。うん、俺は少し感動しているね。馬ってのは会話が出来るんだな! と。


「ブヒィィィン(俺の事か?)」


 初めての会話に、思わず声が上ずってしまった。ガッ、と隣の壁が蹴られたような音がしたが、気のせいだろう。


「フフフンゥ」


 鼻息の荒い正面の部屋にいる馬は、息を荒げながら尚も話しかけてくる。


「お前、喋れたのかよ」

「ブヒィン(ああ、どうやら喋れるようだな)」

「てかそれだそれ、その一々雄叫び上げながらしゃべるなよ煩い。変なのが入って来たもんだ、最初は一切喋らずまるでクチナシかと思ったぜ」


 ふむ、どうやら先ほどまでのふわふわしていた俺は無感情むくちな奴だったようだ。


「それがどうだ。いきなり雄叫び上げたかと思うと、ブツブツ独り言始めやがって。なんだ? 過去に嫌な事でもあったか? なんなら俺が聞いてやるぞ」

「ハンッ、さっきから聞いてれば何だい兄貴面あにきづらしてさ。それにアンタ、さっきからフンフン鼻息が荒いよ。せっかくの静かな夜が台無しじゃないさ!」


 お、と思わず横を振り向くも、どうやら壁の向こう側の姿は見えずどんな娘が居るのか拝見するには至らなかった。だがしかし、どうしたものだろうか。


「ブフッ(ごめん)」


 何となく謝っておいたが、続けて【美声】が俺を襲う。


「ハンッ、【エンペラーホールド】みたいな弱々しいやつはあたしゃ嫌いだよ! 何事にも動じないアンタに、多少なりとも好意を持った私の気持ちをどうしてくれるのさ!」

「え、えぇ……僕は別に……」


 斜め前から、確かに弱々しそうな声で答える馬が抗議の声をあげているが、初めて名前らしき言葉が飛び交った。


「んだよ、俺とコイツが話してたのに勝手にぺちゃくちゃと」

「何おぅ? 未だに【未勝利】のアンタが偉そうに先輩面するんじゃないわよ」

「ぐっ、言いたい事はそれだけか!? てめぇ、明日俺と走りやがれ」

「ハンッ、望むところよ」


 ふむふむ。なるほど、馬も人とそれ程差のない会話をするもんなんだな。そんな関心をしていると、エンペラーホールドが俺にそっと情報を教えてくれる。


「【テムフライト】は、五戦五勝の期待の牝馬じょせいなんだよ。だから【サクラオッオ】みたいに逆らっちゃダメだからね?」

「ブヒィィィン(へぇ! 益々見てみたくなったよ)」


 俺が興奮してそう答えると、周りはシンと静まり返って返答は何もなくなった。


 ふむ、何か変な事を言ったか? まぁ良い、サクラオッオの兄貴は面倒見がいい感じで、エンペラーホールドの兄貴は色々教えてくれる優男。そしてやや気性が荒そうだが、美声の持ち主のテムフライト姉さんは実力ナンバーワンと。


 思いのほか、俺が居る環境は良いのかもしれない。ブンブン、と尻尾を振っているとギィ、と厩舎の入口が開かれた。月光なんだろうか、厩舎の中が少し明るくなると同時に足音が徐々に近づいてくる。


「+!+@?/(*:」


 ん、人の声? 俺は知っている、人の話す【言葉】だ。だが何故だろう、どこか懐かしい【言葉】は知っている筈にも関わらず、その一切が理解できなかった。


「ブヒヒィィィィィン(ナ、ナンダッテー!?)」

「!@**@!!!?」


 声を荒げて、中の様子を見に来たであろう男性は慌てて外へ駆け出して行ってしまった。ちょ、待てよ、と言おうとするも、俺の静止の声が伝わることはなかった。

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