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ダメ息子の軌跡~しかたのないおとこ~自ら、5回点滅。カネカエセのサイン~ドタキャンの王様へ~

作者: ムラカワアオイ

俺の名は、高岡純。奴の名は大塩新之助。今世紀最大のダメ息子。彼との出会いはバス停だった。

「あ、あの煙草、わわけてくれませんか。ぼ僕、お金なないんです」。しゃあない奴。「わかばだったらあるけど」。「あ、火、貸してください」。「はいはい」この身なりはきれいだが、目がトローンとしている男は笑いながら続けるのである。「ど、どこへ行かれるんですか」。「いや、ちょっと仕事でな」「ああそうですか」その時、悪夢の始まり、携帯が鳴った。着信、村上博之。『おう、純、最近どうしてる。たまには連絡寄こせよ』『すまん、すまん。最近、コンテストが忙しくてな。絵、ばっかり描いてるよ。相変わらず。今からアトリエ。師匠から仕事、頼まれてな。』『そうか。たまには、店に顔出せよ』『おう、また、行くわ』。電話を切ったと同時にしゃあない奴に聞かれた。「が、画家さん、な、なんですか」「まあな」。ああ面倒くさい。「ぼ、僕、大塩新之助といいます。が、画家さん、お、お名前は」「えっ」「で、ですから、お名前と電話番号、交換してほ、欲しいんです。ぼ、僕のお、お父さんも絵が好きで」ああ、これが最大の悪夢の始まりだった。俺はその男、大塩にアドレスと電話番号を教えてしまった。「よ、よろしく、おお願いします」。と彼は意味ありげに微笑む。頼りなさそうな奴だな。いかにも、あほぼんと顔に書いてある。「さ、先程の電話の主はと友達さんですか」「そうだよ。それが何か」。「お店って、ど、どんなお店で、は働いてらっしゃるんですか」。「家電屋」俺は煙草に火をまた、点ける。「た、高岡さん。な仲良くお、お願いします。ぼ、僕、パソコンがほ、欲しいんです。そ、その家電屋さんの友達に、や安くう、売ってもらえませんか」なんじゃ、こいつ。仕方のない男だな。まあ、俺も村上に世話になってるから、話、持っていくか。『度々、すまん。村上。パソコンが欲しいって奴がいてな。社員価格で安いのあるか』『おう、純。わかった。上と掛け合ってみるわ』『悪いな』『いいって。師匠によろしくな。お前、中山三星堂で、絵の個展するんだろう』『そうだな。来週、8月5日からだ。観に来いよ』。『行く行く。それじゃ、パソコン、探してみるわ』大塩とバスに乗る。言われてしまった。「あの、こ今度、い家に遊びに行ってもいいですか」はぁ。ま、いいけど。めんどくさくならなきゃいいが。「少しだけだよ」「あ、ありがとう、ご、ございます。た、高岡さんは年齢はお、おいくつ、な、なのですか」「来年、40」「ぼ、僕、昨日、38になりました」「ああ、それはおめでとう」

「お、お父さんがけ、ケーキをか、買ってくれました」「良かったね」バスの中では静かにしようよ。ね。大塩君。ああマルボロ吸いたい。俺は貧乏画家。親父もお袋ももう、10年前に、交通事故で他界した。俺の仕事は、スーパーでの商品の陳列係。どこに何をやるか。もう、この仕事を始めて15年になるが、手取り14万5千円也。家は、駅裏のマンション。村上とは幼馴染。幼稚園、小学校、中学校と分かりやすいほどの同じクラス。俺は幼い頃から、絵ばかり、描いていた。登校拒否。好きなもの、F1。アイルトンセナの絵ばかりを描いていた。そして、18歳のとき、師匠である画家、飯永一郎先生に弟子入りした。給料のほとんどは絵に使う。油絵、クレパス画、キャンバス。出品料。絵は金食い虫だ。終点のバス停、東山に着くまで、大塩は一方的に話していた。バスを降りるやいなや、「パ、パソコン、お、お願いし、します」と言うだけ行って、また、俺の煙草にたかる。「た、高岡さんって、元ヤンキーで、ですか。彼女とか、い、いるんですか」こいつ、甘やかされて育ったんだろうな。モラル、ルール、マナーがなっていないような気がした。ダメ息子だあ。「俺。一応、太いズボンは履いてたけどね」「か、カッコいいですね。ぼ、僕、軟弱、な、なんで」そう言い残し大塩はここから見えるコンビニへとスタスタ歩いていった。

さて、今日も描きますか。アトリエに着く。師匠に一礼し、キャンバスに向かう。そうだな、久しぶりにアイルトンセナの絵を描こう。筆がきれいに踊る。


「高岡君。今日は、疲れてそうだから、少し、家で休んでみては、どうかな」

師匠に言われる。確かに画家にはメンタル面がタフじゃないとやってはいけない。今日の絵にも我ながら疲れが見える。師匠に答える。

「はい。師匠。今日はあがります」

「そうしなさい。個展も控えてるんだからね」

「ありがとうございます。勉強させていただきました」


自宅のマンションの鍵を開ける。疲れた。メロンソーダをごくりと飲んだ。明日からまた、スーパーの陳列。アイデアを浮かべないと。煙草に手をやると、同時に、携帯が鳴った。大塩。

『た、高岡さん。パ、パソコンの件、ど、どうなりましたか。い、今どこですか。い、家にい、いるのなら、あ遊びに行っていい、で、ですか』

ああ、面倒くさい。仕方のない男だ。礼儀を知れ、ダメ息子。バカ息子。あほぼんよ。

『だから、今日、言って、すぐにパソコン、用意できるわけないだろう』

「す、すみません。ぼ、僕、わ、わかりました。で、でも、家に行っていいですか。た、確か駅裏に住んでるって言ってましたよね」

「はいはい。来て来て。南口まで迎えに行くわ」

すると雨が降り出した。メールあり。西岡百合子。俺の元カノだ。百合子とは今、良い関係。良い仲間の一人だ。

『お疲れ様。今日は描けたかな。個展、観に行くね。楽しみです』

と癒しのメール。すると、また、着信、大塩。

『み、南口まで、お、お父さんに送っても、もらいました。き、来てください。た、高岡さん』

チャリンコに跨り、大塩を探しに南口までとばした。

大塩がいた。ああ。溜め息一つ。

「ぼ、僕、か、傘を持ってな、ないんで、そこのコンビニで買ってもらっていいですか。ぼ、僕、お、お金ないんです」

「いや、それはダメだよ。俺も金ないしさ」

「わ、わかりました」

雨の中、大塩と自転車、二人乗り。嫌な感覚。ずぶぬれだ。


「ま、狭いけど、少しだけならゆっくりしていきなよ」

「あ、は、はい」

コーヒーを沸かす。大塩にコーヒーを入れる。すぐさま、大塩がこう言った。

「ぼ、僕、眠いんで、ね、寝ていいですか」

はあ、なんやねん、こいつ。王様かよ。ああ、また、煙草の量が増える。しゃあない。

「30分だけだよ」

大塩は眠りに就いた。このトローンとしたぼけてる男。俺はパソコンを開き、動画を見る。ゴッホの特集動画。食い入るように観てしまう。俺も画家は画家だ。デッサンを始める。部屋に転がっている、マグカップをデッサンした。大塩。お前、何者だ。すると、着信、村上。

『よう、純。パソコン、社員価格で売れることになったわ。上と掛け合ったら、さっそく、用意できた。一番安いのでいいんだろう』

『そうか、助かるわ。ありがとな』

『近いうち、来れるか』

『おう、行くわ。助かる。サンキューな』

『2万ジャストでいいわ』

『助かるよ。ほんと、ありがとな』

大塩を起こす。本当にあほそうな男だ。顔も身なりもそこそこきれいなのに、見た感じ一発で馬鹿者。あほぼん、ダメ息子。

「あのさ、パソコン、用意できたから、近いうちに、駅北口のヤマシタ電化に俺と一緒に行ってくれ」

「あ、は、はい。あ。ありがとうございます。ぼ、僕しんどいんで寝ていいですか」

「だから、それは出来ないよ」

「わ、わかりました。ぼ、僕、お、お父さんに迎えに来ても、もらいます」


個展初日。俺の絵が28枚。堂々と飾られてある。かなりの緊張感が俺を襲う。着信、大塩。またかよ。おい。

『あ、あの、パ、パソコン、もう、いいです。おと、お父さんに買ってもらいました』

なんやねん。こいつ。お前なぁ。俺はただの捨て駒かよ。お坊ちゃま。

『こっち、用意出来てんだよ。それぐらいはわかるよな』

『ぼ、僕、しんどいんで』

『しんどいのは、皆、しんどいの。じゃあ、聞くけど、お前には元気な時はあるの』

『最近、あ、ありません。そ、それにた、高岡さんにお、怒られる、ひ、必要はあ、ありません』

『あるの』

嗚呼ああ。村上に合わす顔がない。村上は元ボクサーだから、怒らすと怖いぞ。


そうこうしていると、百合子が来てくれた。百合子とはアトリエで知り合った仲。元妹弟子にあたる。

今は、三人の子持ち。旦那さんとも挨拶を交わした仲だ。

「純君、凄いじゃん、このF1の絵。こりゃ、凄いよ。他もやっぱりきれいに描いてるね。やるじゃん」

「あ、ありがとな。百合子、聞いてくれよ。もう、最悪だよ」


大塩の話になった。絶対に狂ってるよ。大塩のあほぼん。百合子とその後、ファミレスでランチを囲む。「その人、病んでるんじゃないの。話聞いてると、ただのボンクラだね」

「俺も、そう思う。絶対、狂ってるよ」

また、着信、大塩。百合子に言われた。

「出ないほうがいいかもよ。縁、切ったほうがいいと思う。私ならそうするなぁ」

「そうだな。せっかくの飯がまずくなる」

鳴り続ける着信音。うるさいガキだなぁ。仕方のない男よ。百合子がまたまた、言った。

「やっぱり、出たほうがいいかもよ。ガツンと言っちゃえ」

「そうするか」

『も、もしもし。きょ、今日、家に行ってもいいですか』

『お前さ、おかしいんじゃないか。パソコン、きっちり、買えよ』

『そ、それは、で、出来ません。おと、おと、お父さんに、ぼ、僕、怒られてしまいます』

『あ、そう。もういいわ。お前みたいな自分勝手な奴は、家で寝とけば』

強引に電話を切った、俺。百合子が苦笑い。ああ、情けない世になったもんだ。こんな馬鹿が増えたような気がする。ああ、ドリンクバー。コーラを注ぐと、何だよ。大塩がそこに立っていた。もう、軽いトラウマだ。笑っちまおう。

「た、高岡さん、す、すみません、で、でした」

「だったら、俺の家電屋のツレに謝れ。それに何で、お前、ここにいるんだよ」

「た、高岡さんと僕の、偶然な運命ですよ。こ、これは」

「わけわからないこと言うんじゃないよ。お前、俺をつけてきたろ。なあ」

「は、はい。ド、ドライブに、い、今から、い、行きませんか」

「はあ、お前何様のつもりだよ」


大塩の運転する車に俺と百合子は乗った。そしたら、いきなり、大塩が言い出す。

「お、おきれいな、か、かたですね。た、高岡さんのお、お嫁さんですか」

百合子が続ける。本当に百合子はイイ女。

「ちょっと、コンビニに寄ってくれる」

「いえ、僕、今、しんどいんで」

百合子が怒った。出た、百合子の説教美学、『モラル上』。

「あなたね、モラル上、間違ってるよ。しんどい、しんどいって、純君も、私も、総理大臣もしんどいの。皆、しんどいの。モラル上、あなた、間違ってるよ」

「じゃ、じゃあ僕の立場にな、なってください。しんどいんです」

百合子がとうとう、キレた。

「おい、おっさん。停めろ。車を今すぐ、停めろ。正々堂々と、私と勝負しなさい」

俺の恐れていたことがついに起こってしまった。ゆ、百合子。大塩は、身震い。

「ぼ、僕、お父さんに言いますよ。こ、怖いじゃないですか」

「いいから、おっさん、車を停めて、降りろ」

百合子は正義感が強いからなぁ。大塩、お前、終わりだな。俺は、煙草に火を点けた。車から降りた大塩は泣き出した。百合子は元柔道部。俺は元卓球部。大塩。お前のような情けない日本人に未来はない。百合子が大塩に背負い投げを決めた。「お父さん、お父さん。た、助けて」と涙に暮れる大塩。やはり、神様は大塩に罰を与えた。俺も言うことは言わなくては。

「大塩、一台のパソコンを用意するのに人がどれだけ、動くか理解できるか」

「て、店員が、う売って、ぼ、僕はきゃ、客です。僕がわ、悪いわけないじゃないですか。ぼ、暴力反対

です。お、お父さんにき来てもらいま、ますよ」

百合子が本気で怒って、大塩の顔に足蹴りを加えた。やっぱり、言った。モラル上。

「あんたね、モラル上、お父さん、お父さんってね、甘えてるんじゃないわよ。お父さんと私の勝負。どちらを応援するの。それから、純君の気持ちもわからないの。パソコン、きちんと買え。けじめ、つけろ。モラル上」

「僕、ぼ僕、しんどいんで」

と大塩がまた、つぶやいては携帯電話にかじりつく。

「お、お父さん。ぼ、僕をた助けにきて」

俺も本気で言った。言っても無駄だろうが。所詮このお坊ちゃまには。

「大塩、お前、お父さんにどうしてもらうつもりだ。この甘えたが。百合子を怒らせて、俺を怒らせて、被害者意識かよ。立派なもんだなぁ。おい」

「ぼ、僕、しんどいんで。お父さんに、あ、あなた方のこと、せ説教し、してもらいます」

本当に仕方のない男だ。そうすると、黄色いタクシーがやってきた。タクシーから降りた偉そうな大柄の男が偉そうに言うのである。

「俺が新之助の親父や。うちの息子になにさらしたんぞ」

ああ、この親父、やくざ映画がいかにも好きそうだ。親子揃ってややこしい。仕方のない親子。百合子が『パソコン事件』を大塩の親父に語る。そうすると親父は意外にこんな行動に出た。息子の腹を蹴ってこう言った。

「兄ちゃん、姉ちゃん、今回はうちらの負けや。いくらやったか」

俺は笑うしかない。百合子も苦笑いを続ける。大塩の親父は財布から、万券を三枚、出して、俺に手渡した。親父はこのだらしのない息子の顔面にグーで一発、パンチをかましては、

「このあほが。兄ちゃんと姉ちゃんに詫びろ。お前も大人やろうが。え、こら。兄ちゃん、姉ちゃん、すまんな。こいつ、常識知らんから」

「ぼ、僕、あ謝らないです。ぼ、僕、独りきりです」

俺も言うことにした。ええ加減にしなさい。あほぼんよ。確かに言っても無駄な気がするが。

「だから、モラル、ルール、マナーがあるだろう。お前、すべて、失うぞ。それでいいのかよ」

「ぼ、僕、しんどいんで、か帰らせてくください」

大塩の親父もたばこに火を点けて息子に言うのであった。

「お前、歩いて帰れ。兄ちゃん、姉ちゃん、パソコン、買いに行こか。新之助、罰当たるぞ。そんなんやったら」

「お、お父さん、ぼ僕」

「歩いて帰れ」

大塩の親父は、馬鹿息子をおいてきぼりにして、運転席に座った。俺と百合子は後部座席に陣取る。

「兄ちゃん、うちのガキのことで困らせてすまん。あいつは甘えたやから俺の育て方にも原因はある。その二万のパソコン、兄ちゃんにやるわ」

ラッキー。俺のパソコン、もう買い替え時だと思ってたんだ。大塩の親父の携帯が鳴り続ける。


村上の店に到着。パソコンコーナーで「村上さん、お願いします」とやたらと背が高い女性店員に伝える。すぐさま、村上が嬉しそうにパソコンを抱えて歩いてきた。

「おお純。個展、どうだ。パソコン、これな。百合子ちゃんも元気そうで。子供さん、元気か」

百合子は微笑み言う。天使の微笑みそのものだ。

「元気だよ。ありがとう、村上さん、今度、純君と三人で飲みにいかない。村上さんともゆっくり、話したいしさ」

「お、いいよ。純、清算だけよろしく頼むわ。そうだな、飲みに行くか」

意味ありげに笑う、大塩の親父。そして、ほろ苦く、笑って言った。

「兄ちゃん、画家なんか」

「はい、一応そうです。今、個展やってます」

「へえ、たいしたもんやな。俺、一枚、ダメ息子のお詫びに買うわ」

いいな。お金持ちって。あほぼん。お父さんに感謝しろよ。

すると、携帯が鳴った。着信、大塩。なんだよ。まったく。

『僕、しんどいんで今度、一緒に鹿島神社へ一緒に行ってくれませんか。最近、悪いことばかり続いてて、お祓いしてもらいたいんです。高岡さん。鹿島神社のお祓い、おいくらかかるか、ご、ご存じで、でですか』

『知るわけないだろう。少しは自力本願で行動しろ』

『でも、高岡さん。ぼ、僕、しんどいんで』

困った奴だな。こいつ。俺、どうしよう。義理人情も大事な気がするが、キーワード『僕、しんどいです』わけわからん。一応、『鹿島神社』で検索をかけてみた。『お祓い、一万五千円』そんな大金、あるのかよ。奇跡のあほぼんよ。すぐさま、大塩の親父が鋭い目つきで言った。

「兄ちゃん、あいつを教育してやってくれへんか。兄ちゃんはしっかりしてるし、うちの息子、可愛がってくれや。親として頼む。絵、10万で買ったるから」

仕方のない男よ。お前、これから、どうすんねん。百合子が大塩の親父に言うことは言う。

「あれを教育したって無駄なんじゃないんですか」

「それもせやけど、形の上でな。あれ、すぐ俺に甘えてきよるから、兄ちゃん、姉ちゃん、俺も困っとんねん。親離れの教育、してやってくれへんやろか。あれ、神社にはよく行きよんねん。教育費の金なら積む。俺、一応、金だけはあるんや。新之助のことよろしく頼むわ」

俺と百合子は目を合わせて、村上は笑ってる。そうだよな。笑うしかないよ。笑っちまおう。大塩の親父は今度は、万軒、五枚を俺に手渡した。村上が笑いながら言った。

「よく、事情はわからないけどさ、純、とりあえず、次の客がいるからさ、俺、行かなくちゃ」

「おう、そうか。ようは仕方のない男が一匹いるってことなんだよ」

「まあ、ほどほどにな。絵に影響が出ないようにしてくれよ。純、ポイントカードだけ忘れるなよ」

「ああ、はいよ」

「じゃ、百合子ちゃん、俺、行くわ」

「ほんと、お酒が飲みたいよ。村上さん、飲み会、楽しみにしておくね」

「うん。百合子ちゃんも子育て、頑張って。それじゃお父さん、失礼します」

大塩の親父は、かったるい表情を見せて、自らのももを右手で叩き、村上に深々と頭を下げて独り言。

「あの馬鹿息子が」

後悔しても、もう遅い。とりあえず、俺と百合子を乗せた大塩の親父が運転する、車に乗り、まずは百合子を自宅まで送った。百合子は別れ際、こう言った。

「あんまり振り回されるんじゃないわよ。純君」

「そうだな。確かにそれは言えるよな」

「じゃ、私、行くね。今日はお疲れさま。純君、お父さん」

「姉ちゃん、すまんな。うちのどら息子のために困らせて」

「ま、いいんじゃないすか」

と返す刀でこう言う、百合子は母性愛をたっぷりと見せる笑顔だった。

車の中。他人の親父と俺の微妙な関係性。大塩の親父はロングピースに火を点ける。

「兄ちゃん。俺の教育、間違ってると思うか」

なんじゃ、この質問は。俺にどうせいっちゅうねん。

「少し、甘やかし過ぎなんじゃないですかね」

「やっぱり、そうか。よく、言われるんや」

その後も大塩の親父は「子育てに苦労した」「あれを何とか旅にでも連れてってくれや」「もう、俺も限界や」「兄ちゃん、頼むわ」と繰り返す。大塩と旅行。ありえない。しかし、大塩の親父は、俺に頭を下げた。「兄ちゃん。十万、包むさかいに、新之助に楽しみ方を教えてやってくれ。頼む。一生一度の願いや」金で解決。しかし、十万はでかい。旅か。


あの悲劇から十日が過ぎた。朝5時に起きてしまった俺は、コーヒーを沸かし、ごくりと飲む。すると、いきなり、インターフォンが鳴った。

「はい」

「あ、あの大塩で、です」

「お前なあ。こんな朝早く、なんなんだよ」

「ぼ、僕、しんどくて、高岡さんの、い、家にき、来たんです」

「意味不明なこと言うな」

「あがってもいいですか」

「断る。帰れ」

「それじゃ、この辺りのホテルをさ、探して、く、くれませんか。家でが、ガス漏れがあって、た、煙草、す、吸うにす、吸えないんです」

俺もどうしたものか。大塩の親父に積んでもらった金の義理人情があるような、ないような。まあ、新しい、パソコンもあるんだから、ここはひとつ検索かけてみるか。駅裏、ホテル、ホテル、ビジネスホテルと検索をかけたら、また、着信大塩。

『なんなんだよ。今、ホテル、探してるから』

『さ、さっき、お、お父さんから、ガ、ガス漏れ、治ったってで、電話では、話したんで、ホ、ホテル、も、もう、いいです。ぼ、僕、か、帰ります』

俺もキレちまったよ。玄関を開けて、大塩の甘ったるい声に激怒した。胸倉を掴んでしまった。

「お前、よう、パソコンにガス漏れに、ホテルに、いったい、どんな人生を送ってるんだよ。大塩よ」

「ぼ、暴力じゃない、で、ですか。110番します」

「呼ぶなら呼べよ。その前にマナーを守れ」

大塩を殴ってしまった。サイレンが鳴り響き、本当に警察官がやってきた。まあ仕方ない。

「えっと、高岡純君と大塩新之助君ね。高岡君、殴ったらだめだよ。何のトラブルでこうなったの」

事情を話すと、警察官はへらへらと笑い出した。ああ、しゃあない。しくじり大塩は警察官に言われてしまった。

「君、逮捕はしないけど、この高岡君に失礼だと思わないの。君、わがまますぎるよ。そりゃ、お巡りさんが高岡君の立場になってもキレると思うわ」

「ぼ、僕、しんどいんで。か、帰ります。お、お巡りさん、ぼ、僕、何もわ、悪いことしてないですよね」

「いや、してる。ちょっと、交番に大塩君、来てもらうよ。高岡君、今回は目を瞑るから、もう、暴力はダメだよ」

「はい。わかってますよ」

大塩は警察官に連れていかれた。俺は、酒が飲みたくなってきた。コンビニで100円の缶チューハイを3本、買う。疲れるやっちゃなぁ。大塩君よ。今度は嬉しい着信、百合子。

『純君さ、例の親父のお金で、私とふたりで旅に出ない。ねえ、行こうよ』

『旦那さんや子供さんを置いてきぼりにしていいの。俺、百合子の旦那さんに怒られちゃうよ。喧嘩はもう、こりごりだよ』

『いいの。旦那の許可はきちんともらってるよ。友人としての旅行。たまにはいいじゃん。ね。行こうよ』


百合子と北の街へと旅に出た。天気は快晴、日本晴れ。海を見渡せる、陸橋でふたり並んで逆立ち。幸せだ。その瞬間だった。着信、大塩。ああトラウマだよ。もう。出てみることにした。

『もしもし、こ個展のせ成功、おめおめでとうございます」

『はあ、ありがとう。それで』

『今、僕、ひ一人で飲んでるんです』

『それが、どうかしたの』

『今度、お、お酒、い一緒にの、飲みませんか』

『断る』

『ぼ、僕、い、今、ウイスキーボンボンをの、飲んでるんです』

『そりゃ、お前のことだろう、ボンボンが』

おあとがよろしいようで。ありがとうございました。永久にさようなら、大塩新之助。ボンボンよ。













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