7-5
「え?」
クーガの機械音は、それにふさわしい平坦な声を出して畑山の狂気を遮る。
「裁くのは法律じゃない。
貴方を裁くのは、貴方自身の言葉だ」
「何を言っているの?
意味が……」
もはやクーガからは軽い口調が消えていた。
クーガが畳み掛けるように畑山に告げる。
「『忘れ物は忘れた場所に』。
三年前、貴方は全てのカメラを回収した。
唯一この場所以外の、カメラは」
「そ、それがなんだって言うのよ!」
カラオケボックス、校舎裏、公園、女子トイレ、倉庫。
三年前、女子高生たちを支配するために仕掛けたカメラの中で唯一例外だったのが、この倉庫に仕掛けたカメラだった。
「そのカメラこそが、三年前の事件を克明に記録していた『忘れ物』だった」
「!」
図星だったのか、畑山が言葉を飲む。
「三年前、貴方が奈々さんを刺した事件の直後、動揺した貴方はここのカメラを回収することを忘れた。
本当はすぐにでも回収したかったのでしょう?
だってここのカメラは、他の場所とは違ったからね」
畑山は唇を噛んで三年前を思い出す。
あの事件で最大の失態。
そしてその失態があったからこそ、今現在この場所に来ることになってしまった。
「三年前の貴方は、いつも陽光学園でカメラを操作して映像を取り出していた。
この倉庫以外の場所はカメラの電波が届く場所だったから、そのまま映像をチェックしたり処分したりできたけど、この倉庫は距離があり過ぎて電波が届かず、カメラの遠隔操作が不可能だった。
だからここのカメラだけは本体にセットされたメモリに映像を残していたんだよね。
貴方はあの事件の後、それを思い出してメモリを回収しようとしたんだろうけど、現場検証や貴方自身への事情聴取が入ってしまって、やっと回収できた頃には既にメモリを誰かに回収されていた。
それがネイビスのディーラーの言う、『忘れ物』」
「だから、それが!」
クーガの言っていることは真実のようだ。
だがその意図が分からないのか、畑山は苛立ったように先を促す。
クーガは冷静に先を続ける。
「貴方は今回も同じことをしたんでしょ?
いつかこの倉庫がコードサーチの問題の答えになると思った貴方は、この場所にも三年前と同じようにカメラを仕掛けたでしょ?
三年前と同じように、同じ場所に、同じタイプのカメラを。
でも三年前と同じように、この倉庫の映像をリアルタイムで取り出すことが出来なかった。
……だから貴方は、知らない」
「なっ……っ!!」
一体何を知らないのかと畑山がそう口にするより先に、スクリーン代わりの壁の空いている右側に強い光が当たる。
別の場所に仕掛けられたプロジェクターが作動したようだ。
そこに映しだされていたのは、とあるWEBサイトだった。
インターネットを使用した人ならばほとんどが知っている、有名な動画サイト。
コメントをリアルタイムで書き込んで反映されるため、若者を中心にして人気が高いものだ。
「……なに?」
壁に映されたその動画サイトでは、とある映像が既に再生されている。
いくつかのコメントが書き込まれているのも見て分かった。
一見すると薄暗くて、一体何が映されているのか分からない。
再生されている動画によく目を凝らすと、暗い部屋が斜め上の方から映されているのが分かった。
映っているのは部屋の中央に一人、そして端の方に一人。
目の前のプロジェクターの光が当たり、中央の一人の顔が明らかになっている。
「なによ、これ」
畑山が喋ると、中央の人物も同じように口を開いた。
息を切らして目を見開き、ナイフを握る人物。
それは他ならぬ、今現在の畑山の姿だった。
「なによ、これ、なんなのよ!」
歩を進めると、それに合わせてカメラが動き、畑山の姿をピックアップする。
辺りを見回す彼女の頭上に、クーガの声がかかる。
「貴方は知らない。
貴方が仕掛けたカメラが、取り換えられていることに。
勿論、私がやったんだけどね。
だってせっかくだから全国各地の皆さんに、リアルタイムで貴方の姿をお届けしたかったんだもの。
貴方が入ってきて色々と喋ってくれたところも、ぜぇんぶ、撮って流してあるからね」
動画の投稿者が映像を生中継したり、閲覧者と話したりするための機能。
リアルアイム配信だった。
「な……に?」
リアルタイムで映像を流している?
この、今この状況を?
誰に? みんなに?
顔も全部映っているのに?
名前も呼ばれたのに?
待って。
だって私。
一体、何を、喋ったっけ?
混乱する畑山の頭の中をクーガの機械音が通り抜け、代わりに彼女自身の息遣いがやけに大きく聞こえた。
興奮していた頭が、懸命にクーガの言葉を理解しようとする。
だが、それを頭のどこかで拒む。
理解してしまったら、クーガの言葉が本当ならば。
その先にあるのは、地獄だ。
「あぁ、そうそう。
コードハントの掲示板にも、このサイトのアドレス書いてきたの。
プレイヤーのみんなも、色々と知りたがってたからね。
私は探偵だから、みんなに真実を教えるのがお仕事なの」
配信されている映像には、既に幾つものコメントが書き込まれていた。
[え、やばくない、これ? マジなやつ?]
[ネイビス掲示板から来ました。リアルタイム配信? どこよここ]
[あの女、マジで人刺してるの? 自供?]
[ちょっと、これうちの学校の教育実習生だよ。激似]
閲覧者にはネイビスプレイヤーもいれば、それ以外もいるようだ。
コメントが盛り上がってくると、リアルタイム配信を映している左側に並べられるようにして別の動画が流れる。
同じような角度で映されたそこにいたのは、やはり畑山自身だった。
その畑山は、背の高い男に向かい合って声を荒げている。
『……でも。
でもね、私は何もしてないわ。
私が指示をしてたとしても、プレイヤーを襲ったのは全て『Ripper』じゃない。
私は関係ない!』
動画の中の彼女は、そう叫んでいた。
つい数分前の畑山自身の姿だ。
叫んでいる動画の中の彼女を、リアルタイムのカメラが捉えている。
「やだ、嘘でしょ。……やめて」
まるで水の中に落とされたかのように、酸素を失くした脳が畑山の視界を白くさせる。
空気を求めるようにパクパクと口を開けるが、かすかな言葉がこぼれるだけだった。
頭はガンガンと鈍く打たれるように痛んだ。
ぶらりと力なくぶら下がった彼女の手からは、ナイフが滑り落ちて、地面が金属の音を立てる。
『脅しじゃないわよ。その写真、見たでしょ?
一度も二度も、同じ。
私の言うことを聞かないと、その子と同じことになるの。
女だと思ってなめんじゃないよ。
アタシが何人の人間仕切って、どんな人間とつるんできたと思ってんの。
これくらいできなきゃ、やってらんねぇんだよ!』
映像の中ではナイフを構えた畑山が、男を脅迫するように目を見開きながら怒鳴り散らす。
それを否定するように、リアルタイムの彼女が首を振る。
「やめてよ……やめなさいよ」
止まらない、数分前の自分の姿。
再生され続ける映像に、ふらふらと畑山が足を運ぶ。
どくん、どくんとまるで首を絞められているかのように、血液が流れる音が、心臓の音が、彼女の耳元で響いていた。
しかし、彼女に構わず左の映像が映り変わる。
『私はただ面倒事を増やしたくないだけ。
あと数日馬鹿なガキの面倒を見りゃ、この街ともお別れ。
私にはね、アンタらと違って『輝かしい未来』ってのがあるのよ!』
恍惚として叫ぶ、畑山自身の顔と声。
絶望で見開いた『今』の畑山の瞳に、つい数分前の自分が反射する。
先程までの畑山と、今の畑山。
そのギャップで混乱する彼女に構わずコメントはさらに盛り上がる。
[誰か詳細教えて]
[うっそマジでアユミちゃん? BlueButterflyってアユミちゃんだったの?]
[おい、俺ら馬鹿呼ばわりされてるぞ]
[掲示板にクーガが書いてたアドレスって、こういうことかよ]
[ちょっと、ガチでショックなんだけど。味方だと思ってたのに、Ripperに切り裂き指示してたってことでしょ]
[わくわくしてきた]
陽光学園から、その外まで。
人を支配し、脅し、切り裂いてきた過去と現在。
そしてそれに対する彼女自身の想い。
その全てが、暴かれた。
「ねぇやめて、やめてったら」
興奮して叫ぶ先程までの自分を庇うように、畑山が壁に縋って手を広げて立つ。
だがリアルタイムで流れる動画も止まらない。
[さっきの話がガチなら、色々ヤバいよな。それでも捕まらないの?]
[顔ばっちり映っちゃってるし、捕まらなくてももう駄目じゃね?]
[輝かしい未来(笑)]
[こんなんが先生になるのかよ]
[死んだな、社会的に]
[お父さん、火消し頑張って]
コメントも閲覧数も、どんどん増えていく。
壁に爪を立てるようにして、畑山が過去の自分の姿を体で覆う。
だが、過去からの声だけは抑えることはできなかった。
『当たり前じゃない!
アンタらみたいなクズとは違うんだよ。
生まれた時から、私は特別なの!』
「いや、やめてよ!」
[あーあ、まだ若いのにご愁傷様]
[はたけやま、って呼ばれてた? 顔バレ&本名バレきた?]
[先生なの? こいつ]
[うちの学校の教育実習生]
[マジかよ、歩ちゃん結構好きだったのに。ショックだわ]
[よく分からん。こいつ人殺しなの?]
[三年前に切り裂き事件起こす→もみ消す→バレそうになる→Ripper使ってバレるの阻止するために切り裂き事件起こす(怪我人多数)←イマココ]
[あゆみちゃん見てるー?]
[つーか高校ん時からヤベーわこいつ]
[録画しました]
動画は止まらない。
コメントも止まらない。
みんなが見ている。
知っている人間も知らない人間も。
彼女自身の言葉を、みんなが聞いている。
「あ、……あぁ……あ」
畑山の目の前で、三年前の写真が映される。
得意気に罪を喋る自分が映される。
自分の名前が、声が、姿が、全て映される。
彼女は顔を引き攣らせ、筋の立った首を両手の爪で掻きむしるようにして引っ掻いた。
足元が震え、崩れる。
こんなに苦しいのに。
息ができないくらい、苦しいのに。
数分前の畑山は、映像の中で恍惚とした表情で平然と、赤い口を開いた。
『どうせ誰も、私を裁くことは出来ないんだから!』
「やめてよぉおおおっ!!」
暗い倉庫の中に、一つの狂気じみた悲鳴が響いた。




