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7-4

 切り裂き事件を起こしてまで隠したかった事件とは。


 『Ripper』と『BlueButterfly』。

 二人の切り裂き魔は、姿の見えぬ探偵の次の言葉をじりじりと待つ。


 スクリーン代わりの壁がふっと一瞬暗くなり、別の映像が映し出される。


---------------------------------------------------------------------------

ネイビス:第一問

 [?]に入る値を求めよ

 1/3 = 4

 3/4 = -[?]

---------------------------------------------------------------------------


 文字で書かれていたのは、ネイビスの記念すべき一問目だった。

 問題にクーガが解説を加える。


「第一問、答えは『3』。

 前に付いているマイナスと合わせて、三年前の事件ということを示しています」


 クーガの言葉が終わると映像が切り替わる。


--------------------------------------------------------------------------

ネイビス:第六問

以下の?に入る正しいコードを答えよ。


【例題】[CoCK  = 26518]

【問題】[NaHHB = ?????]

---------------------------------------------------------------------------


「第六問、答えは『10004』。

 意味は『ミレニアムナイト』。

 先程の答えだった三年前に活動していた、陽光の女子高生が中心になっていた売春組織のグループ名前ですね」


「そんなの……いきなり何の話よ」


 第六問目の解説に畑山が言葉を挟むと、淡々としたクーガの声が応える。


「大切なお話ですよ。

 だって貴方こそが、『ミレニアムナイト』のリーダーだったのですから」


「な、にを……」


 淡々と畑山の過去を暴いていくクーガに、彼女は言葉を詰まらせながらも反論しようとする。

 しかしその前に、クーガの声がスピーカーから響く。


「確認は取れてますよ。

 貴方のグループは売春からドラッグまで、なんでもアリだったみたいね。

 実際のところは、ドラッグほしさに売春を強要していたってところでしょうけど。

 そうやって裏社会の人間と手を組んで、グループの女の子たちを食い物にしていたんでしょう?」


 畑山の喉から息を呑む音がした。

 彼女が黙ったのを感じたのか、クーガは続ける。


 続いて壁に写されたのは、コードサーチの答えとなった計五ヶ所の写真。


「コードサーチで使われた場所、覚えてますか?

 第三問のカラオケボックス。

 第四問の校舎裏。

 第七問の公園トイレ裏。

 第八問の一階女子トイレ。

 そして、第十問のこの倉庫。

 畑山先生なら、これらがどんな場所か覚えてますよね?」


「………」


 畑山は何も答えない。


 壁の映像と畑山を視線だけで確認しながら、武井崎は隣にいる女の正体を掴みかねていた。


 学園で生徒よりも生徒みたいに笑う女。

 年上風を吹かせて、冗談交じりにお説教をする女。

 明るく優秀な教育実習生という評判は武井崎でも聞いていた。

 

 それが、この女か?

 目をひくりと引き攣らせながら、壁の写真を睨みつけている女と同一人物?


 武井崎はその得体のしれない二面性に、恐怖すら覚えた。


 言葉を発しない畑山に、探偵は少しつまらなそうに「んー」とぼやき声を入れて続ける。


「もう先生ったら知ってるくせに、意地悪ですねぇ。

 このコードサーチの場所は、ドラッグの取引場所だったんでしょう?

 普通のコードハントで使われるコードサーチは学園内がほとんどだったのに、ネイビスだけは学園の外にまで範囲が広がった。

 それは貴方たちミレニアムナイトの取引場所が、学園外にまで広がっていたから。

 人を隠すのに最適な場所を、貴方たちは取引場所に選んだのよね」


 言葉をなくし、獰猛とも言える目つきで目の前の壁を睨む畑山に構わず、クーガは続ける。


 再び写真が切り替わる。

 その写真を見た誰もが文字通り首を傾げる羽目になった、第九問目の映像。


「第九問、油を逆さまにした画像。

 あれって日付でしょ?

 『油』は英語の大文字で『OIL』。

 あとは画像通り『OIL』を逆から見るだけ。

 すると『710』という数字に変わる。


 『710』、つまり七月十日。

 だから三年前の七月十日、ミレニアムナイト関係で起こった切り裂き事件を調べたの。

 そうしたら一つの切り裂き事件が出てきたわ。


 ミレニアムナイトというグループに所属する、『櫻谷奈々』という女子高生が廃倉庫で切り裂き魔に襲われて重傷。

 ……彼女は、未だ意識不明みたいですねぇ」


 『三年前』『七月十日』『ミレニアムナイト』のグループ内で起こった切り裂き魔事件。

 それが今回の事件の発端だった。


 クーガは少し感心したような声を出す。


「貴方のやり方は、実に卑劣で……良く言えば効率が良かった。

 ただ彼女たちをドラッグで縛るのではなく、取引場所に隠しカメラを設置していたんでしょう? 

 そしてその映像を見せ、逃げようとする彼女たちを脅して従わせた。

 違うかしら?」


「なんでそんなこと、アンタに分かるのよ」


 振り絞るような声で、畑山がどこともしれないクーガに向かって言う。


「だって貴方、三年前と同じことを今回もしていたでしょ?

 三年前に貴方が使っていた幾つかのカメラの中で、女子トイレに設置したものは運悪く発見されちゃったのよね。

 だけど不幸中の幸いってやつなのかしら。

 その責任は無関係の用務員に押し付けられ、彼は何の罪もないのに学園から追い出された」


 壁の映像にはコードサーチの対象となったカラオケボックス、校舎裏、女子トイレ、公園に設置された隠しカメラが映される。


「そして今回、貴方はコードサーチの場所が自分たちの取引場所だということを悟り、三年前と同じようにその場所に訪れるプレイヤーを監視し続けた。

 あわよくば自分の犯罪を告発しようとしている、ネイビスのディーラーが訪れてカメラに映ることを願ってね」


 布擦れと息遣いしか聞こえない倉庫の中で、機械音は続ける。


「『Ripper』の三人目の被害者。

 彼女は、三年前に貴方が仕掛けた隠しカメラの責任を着せられて学園を追われた職員の娘だった。

 あまりない苗字だったから、おそらく貴方はずっとゲーム関係なしに警戒していたのでしょうね。

 そしてその彼女が、コードサーチの場所に現れた。

 もしかしたら貴方は、彼女が何か勘付いてこのゲームを仕組んだと思ったのかなー?


 だからすぐに『Ripper』に連絡をして、彼女を襲うように仕向けた。

 挙句、父親が追い出されたことをネタに彼女を脅して、事件について誰にも話させないようにした。

 彼が追い出されたのは、貴方のせいなのにね。

 違いますか?」


「私がカメラを仕掛けたって証拠なんて、ないじゃない」


 無理やり余裕を出しているのか、笑いが含まれた声で畑山が反論する。


「カメラの場所は全部分かってます。

 今から回収して出処を調べれば、それが貴方のものだって分かっちゃいますよ。

 それに、ほら」


 壁に映されたのは、今度は動画だった。

 カラオケボックスのとある一室にある監視カメラの映像だ。


 電気を付けない暗いカラオケボックスの中に、人目を忍んでフードを被った小柄な人物が入ってくる。

 ソファ間の目立たない場所にバッグから取り出した何かを、懸命に指を使って押し込んでいる。

 隠しカメラを仕掛けている、ちょうどその瞬間を映したカラオケボックスの監視カメラの映像だった。

 細かい操作のためか、その動作は素手で行われているのが見て取れる。


「これ、貴方じゃないですか?

 ということは、このカメラには他ならぬ貴方の指紋が付いちゃってるかもですねー?」


「わ、私は。

 私は生徒たちが危ないことをしないようにカメラを仕掛けただけよ!

 何かあった時に決定的な証拠になるかもしれないでしょ。

 『BlueButterfly』なんて知らない!」


 畑山の反論に、クーガは軽い口調でさらに被せる。


「あらー、そうですか。

 そういえば『Ripper』が三人目の彼女を襲った後、先生はネイビスのプレイヤーに『ゲームを辞めろ』って直接助言していたみたいですねぇ? 

 なぜ彼女がネイビス、『Ripper』の被害者だって分かったの?」

 

 畑山は一瞬口をぐっと噤んだが、すぐさま探偵の言葉に反論する。


「私は生徒からネイビスについて相談を受けてたの。

 だから職員会議で女の子が病院に運ばれたって聞いて、また被害者が増えたと思って注意してただけよ」


 その答えに、クーガはからかうように笑う。


「それはおかしいよ、先生。

 職員会議で『女の子が繁華街で襲われて、病院に運ばれた』って聞いたんでしょ? 

 他の教師たちは原因を知らなかったんでしょ?

 でも貴方は、それが『Ripper』の被害者だって知ってた。

 勿論それもおかしいし、仮にどこかで聞いていたとして、なぜそれを他の教師に言わなかったの? 

 生徒を守りたいなら、ゲームの事を他の教師やら警察やらに教えるのが普通じゃない?

 まして彼女の怪我からして、本物のシリアルキラーである『青い蝶』の仕業かもしれないと言われてたなら、尚更じゃないですか?」


「それは、まだ確証がなかったから……」


 額に汗を浮かべながら、畑山が語尾を濁す。

 クーガは追及の手を緩めない。


「あとね、畑山先生。

 先生の机から隠しカメラが出てきたのよ、カラオケボックスの監視カメラと同じやつ。

 あれは女子トイレに設置されていたものよね? 

 先生が慌てて女子トイレから出て行くのを、何人かが目撃しているの。

 普通なら変質者の仕業を疑って、それこそ警察にでも物証として持ち込むべきものよね?

 間違っても教育実習生が持っていていいものじゃない。

 それが貴方の机にあるってことは、他の教員には言えない理由があるから、じゃないかしら?」

「違う、私は……っ!」


 苦しげに畑山が首を振るのを見て、武井崎が焦れたように大きく足を踏み鳴らす。


「てめぇ、まだしらばっくれるのかよ!」


 『BlueButterfly』であることを認めない畑山に、今まで呆然と話を聞いていた武井崎が掴みかからんばかりに怒鳴る。

 それにクーガも便乗する。


「畑山先生、もう無駄ですよぅ。

 今まで不審なアクセスで貴方達に気づかれて逃げられる可能性を心配して遠慮してたけど、もうその必要はないからね。

 コードハントのサイトをハッキングして『BlueButterfly』を突き止めたの。

 貴方が『BlueButterfly』である証拠は、全てネットの中に揃っているよ」


「………」


 相変わらず軽い口調であったが、その言葉は確実に畑山を追い詰めていた。

 もはや言い逃れはできそうにない。

 道を塞がれた切り裂き魔は、完全に逃げ道を塞がれた。


「……ふーん。そうなの」


 そのはずだった。

 しかし、まだ彼女の口元には強がりにも似た笑みが貼りついている。

 その笑みは、写真の中でナイフを握る少女とそっくりだった。


「……でも。

 でもね、私は何もしてないわ。

 私が指示をしてたとしても、プレイヤーを襲ったのは全て『Ripper』じゃない。

 私は関係ない!」


 武井崎に向き直り、そう宣言する。

 その言葉はもはや、自分が『BlueButterfly』だと認めたも当然だった。

 だがその上で、彼女はさらに逃げる道を計算している。


 突如矛先を向けられた武井崎ははっとして怒鳴り返す。


「ふ、ふざけたこと抜かすな!

 てめぇが散々俺に指示したんだろうが!

 アイツを襲えとか、こいつを脅してプレイヤーを襲わせろとか、証拠を消せとかよ!

 なのに、俺一人に責任を押し付けるのかよ!」

「でも事実でしょう!

 私は一人も襲ってない、貴方が一人でやったのよ!」

「このクソ女!」


 武井崎が目の前の畑山に手を伸ばしかけるが、それより先に彼女がスカートのポケットに手を入れて何かを引き抜く。

 ピンっと金属音を立てて、銀色のそれが刃を立てる。

 畑山の拳に鞘が収まる程度の小ぶりのジャックナイフだった。


「全部貴方が一人でやったの。

 でも、それでいいじゃない。

 このことを知っているのは私達だけ、そうでしょ?」

「てめぇ、何する気だ」


 腰を落としてナイフを構える畑山から、武井崎が一歩距離を置く。

 その扱い方は始めてナイフを触る人間の動作ではなかった。


「写真をよこしなさい。

 くだらないゲームは、これで終わり。

 ね、いいでしょ?

 貴方も私も、明日からいつもと同じように日常に戻るの。

 それが一番、でしょ?」


 切っ先を武井崎に向けて、奇妙な笑みを浮かべて畑山が迫る。


「脅しじゃないわよ。その写真、見たでしょ?

 一度も二度も、同じ。

 私の言うことを聞かないと、その子と同じことになるの。

 女だと思ってなめんじゃないよ。

 アタシが何人の人間仕切って、どんな人間とつるんできたと思ってんの。

 これくらいできなきゃ、やってらんねぇんだよ!」


 武井崎が握った写真に目を落とす。


 畑山の目は、もはや尋常とはいえなかった。

 こういう目をした人間が、爆発的な力を出すことを武井崎は知っている。

 ましてや相手は、高校時代に裏社会の人間と組んで人を支配し、実際に切り裂き事件を起こした人間だ。

 『そういうこと』を平気でできる人間の言葉は、彼女の言う通り脅しではないことは承知している。

 なぜなら、彼自身もそちら側の人間だから。


 彼はここに来るまで、『BlueButterfly』を暴いてぶちのめしてやるつもりだった。

 しかし彼自身の身の危険が迫っているとなると話は別だ。


 武井崎が迷っていると、相も変わらぬ軽い口調の機械音が聞こえた。


「ハローハロー?

 ちょっと、私を無視しないくださるかしらー?


 『Ripper』、畑山先生に騙されちゃ駄目よ。

 確かに今回の事件、先生は手を汚していないけどね。

 彼女の言葉で貴方は犯行に及んだんだから、立派な教唆になるの。

 そしてその証拠となるチャットでのやりとりは、他でもない貴方の端末に残っている」


 その言葉に武井崎がハッとする。


「それに先生、私のこと忘れてないかしら? 

 『Ripper』が承諾しても、私は許さないわよ。

 皆にぜ~んぶばらしちゃうもん。

 証拠も全部、私が持ってるんですからね」


 たしかにその通りだ。

 全てが暴かれるか否かは武井崎ではなく、クーガの胸先三寸である。

 だが、その言葉を馬鹿にするように畑山がナイフを構えたまま鼻で笑う。


「それがどうしたの?

 アンタの持つ証拠は、私は生徒を守るためにカメラを仕掛けた、それで済むじゃない。

 彼が証言しなければ、教唆の罪にだって問われたりしない。

 私は悪くないわ」


「三年前の事件のことは?」


 顔に勝者の笑みを浮かべる畑山にクーガが問う。


「その映像以外に証拠がないでしょ」

「貴方が人を刺す決定的な場面が映ってるのに、ですか?」


 その問いにも、畑山は肩を揺すって笑う。

 手に持ったナイフを小さく振って余裕すら浮かべる。


「えぇ、そうね。

 でもそれくらい別にどうってことないの。

 そもそも三年前、その映像が無くても私は疑われたわ。

 奈々がグループ抜けたいって言ってたのも誰かが喋っちゃったし、この倉庫に来るまでの目撃証言もあった。

 現場から私の指紋が出ちゃったりね。


 でも私はここにいる。

 なぜか分かる?」


 熱に浮かされたように畑山が上ずった声で喋る。

 対するクーガは、妙に落ち着いた声で答えた。


「貴方のお父さんがもみ消したからでしょう。

 街の議員であり、警察部にも顔が利く。

 この都市の創立にも関わった、権力者中の権力者。

 三年前の女子トイレのカメラの件で何の罪もない用務員に濡れ衣を着せたことも然り、三年前の貴方が起こした切り裂き事件然り。

 そのほかにも色々とイケないことをして、危ない橋を渡ってきたみたいだね。

 そんな貴方の尻拭いをいつもしてきたのは、とっても偉い貴方のお父さん」


 その答えに、畑山が満足気に何度も頷く。

 多くの暴行事件、売春、ドラッグ。

 一介の女子高生が隠し切れなかった幾つかが、強大な父親の力で闇に葬られた。

 この三年前の櫻谷の事件も、彼女にとってはその多くの内の一つに過ぎないのだ。


「そう、そういうこと。

 だからね、その映像を警察に持ち込んでも、なんとでもなるの。

 私はただ面倒事を増やしたくないだけ。

 あと数日馬鹿なガキの面倒を見りゃ、この街ともお別れ。

 私にはね、アンタラと違って『輝かしい未来』ってのがあるのよ!」


 ナイフを振り回すように、スクリーンとなっている壁に切っ先を向けて畑山が怒鳴る。

 しかしスピーカーから聞こえるのは、やはり冷静な声だ。


「そうだね、法的に貴方を裁くことは出来ないかもしれない」


「当たり前じゃない!

 アンタらみたいなクズとは違うんだよ。

 生まれた時から、私は特別なの!

 だから無駄なことはやめなって。

 どうせ誰も、私を裁くことは出来ないんだから!」


 額に汗を浮かべ、ギラギラとした光を放つ目で主張する彼女の姿は、もはや常軌を逸していた。

 ナイフを叩き落す機会を窺っていた武井崎も、その様子にただ唖然としていた。


 唖然としながらも、どこかで違和感を覚えていた。

 

 昨日、クーガは武井崎にこの倉庫を教え、そして『BlueButterfly』と邂逅させた。

 彼に真相を暴かせる機会を与えたのだ。

 そして真相が分かった今だからこそ、この違和感なのだ。


 この展開は全て、クーガの筋書き通りではないか。

 この畑山の狂乱状態でさえも、思い起こせばクーガの誘導だ。


 なぜクーガは、この場所に武井崎を呼んだのか。

 なぜ畑山を裁けないと知っていて、彼女の前で真相を暴いたのか。

 

 これがクーガの筋書きならば、その結末は一体どこに行きつくのか。

 その答えの片鱗を本能で嗅ぎ取り、武井崎はぞくりとする。

 

 クーガが敵ではないと、どうして自分は思い込んでいた?


 『BlueButterfly』の狙いを教えたから?

 第十問目の答えを教えたから?

 それが正解だったから?


 クーガが探偵で、切り裂き魔の正体を暴くことを目的としているならば。

 ……ここにいるのは、危険ではないのか?


 興奮状態の畑山は武井崎のような思惑に気付かず、ただ目に見えぬクーガに食って掛かる。


「分かったら、さっさとこんな茶番やめてとっとと出てきなさいよ!

 ぶん殴るだけじゃ済まさないからな、クソ女!」


 しかし畑山が興奮すればするほど、クーガは冷静に、冷酷に彼女に現実を見せつける。


「そうね、茶番はそろそろ終わりにしなきゃ。

 でも、先生。

 劇を終わらせるには、クライマックスの演出が必要なのよ」


「はぁ?

 何言ってるの? アンタ」


「私は探偵で、貴方は犯人でしょ?

 だったらやっぱり劇の終わりは、悪事がばれて犯人が暴かれて、めでたしめでたし。

 ……じゃないと、格好がつかないよね」


 子供みたいなことを言い出したクーガに、畑山は嘲笑するように鼻で笑う。


「あんたねぇ、私の話聞いてた?

 この程度で私は捕まらないの。

 法律なんかじゃ、私は裁けないのよ」


「貴方こそ、私の話を聞いてますか?

 誰も貴方を捕まえるだなんて言ってませんよ。

 ましてや貴方を法律で裁く、だなんて」


 クーガの声質が変わったことに、流石の畑山も気が付いたようだ。


「……は?」


 軽さや明るさが微塵も感じられない。

 ただ音域を上下するだけの声は、何一つ邪魔することなく心臓に響く。


「それ相応の人間には、それ相応の人間が、それ相応の罰を」


「何、それ、意味わかんないんだけど」


 口では強気なことを言いながらも、畑山は心のどこかで薄気味の悪さを感じていた。

 予感とも言って良いだろう。

 目に見ることが出来ない不確定な薄気味悪さ。

 だがそれは、確実に畑山の手を、足を、逃れられないように磔にしていた。


 はじめとは打って変わった探偵の冷たい声が、切り裂き魔『BlueButterfly』に『罰』を告げる。


「裁くのは法律なんかじゃない」


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