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「あの照明器具とかはちゃんと倒れないようにセットしてあるんだよ。

 それに使わないやつは三脚を一番低くしているはずだ。

 間違って誰かがぶつかったくらいじゃ倒れないようにな」

「だよねだよね。いつもそんな感じ」


 事務室のソファで半身を起こしたミズキが、その様子を思い出すように上を向く。

 シャツを脱いだ彼の右肩には、シップと包帯が巻かれていた。


「こんな事なんて今まで無かったのにな。ミズキ、すまなかった」

「別に大した怪我じゃないし。肩がぶつかったくらいだもの」


 倒れてきたライトはミズキの背とそれほど変わらない大きさのもので、三脚の上の部分がミズキの肩にぶつかり、その重さと衝撃で彼はライトと同じように床に倒れた。

 大きな怪我はなく、肩に薄く青い痣が残る程度だった。


「だが、一歩間違えれば大問題だ。それこそ頭を打ったりなんかしたら、命に関わる事だしな。

 申し訳ないことをした」


 カメラマンが土下座でもしそうな勢いで顔を伏せている。

 逆に申し訳なさそうにミズキが愛想笑いをするが、それでも彼は頭を上げなかった。


「大丈夫ですって。商売道具に傷ついてないし。

 ほら、いつも通りアラン・ドロンとトム・ハンクスと渡辺謙と月光菩薩を足して割ったようなイケメンだろ?」

「系統無茶苦茶過ぎて割り切れねぇよ」


 自分の顎を持って片目をクイクイっと上げたり下げたりするミズキに、ここ一時間ほど謝り倒しだったカメラマンが、ようやく口元に笑いを浮かべる。


「とりあえず今日の撮影は中止にして、病院に行ってこい。領収書忘れるなよ」

「了解っす」


 ぴし、と怪我をしていない方の手で、ミズキが軽い調子で敬礼をする。


「今お前のカバンを持ってくるから、大人しくしてろ、いいな」

「ういっす」


 敬礼のまま、さらにミズキがうむうむと首を上下にふる。

 事務室の扉が閉まる音と同時に、ミズキが大きく息を吐く。


「何か逆に悪いことしちゃったなぁ。軽傷もいいところなのに。な、リク?」


 ソファの傍の床に膝立ちをしたまま、さっきから一言も発しないリクを見ると、彼は一枚の写真に目を落としている。

 その顔に浮かんでいるのは、ミズキが無事だったという安堵の表情ではなく、恐怖と戸惑いで愕然としているように見えた。


「……あんな事故、今まで無かったって」


 絞りだすように、リクが言う。

 それを聞いて、ミズキがふむと頷いて答える。


「だろうね。あの人道具とかちゃんと管理するし。俺も初めてだな」


 当事者のくせに、めったにない経験だとばかりに軽い口調だった。

 しかし対するリクは、写真から目を離さず、独り言のように言う。


「じゃあ、だったら。……だったら、俺のせいだ」

「はぁ?」


 手に力が加わり、写真がくしゃっと折れ曲がる。

 ミズキがその写真を覗きこむと、


「これ、俺か?」


 そこには、あの脅迫状に入っていた写真とは違う、しかしやはり下校途中のミズキが写っていた。


「さっき、鞄の中に入ってたんだ。アイツだよ、あの脅迫状を送った奴、アイツがいたんだ!」


 泣きそうな、しかし怒りを滲ませたリクが、写真を握った拳を床に叩きつける。

 『ゲームをやめるな』と脅迫してきた人物が、ここまで追ってきたのだろう。

 そして、それを告げるためにミズキに怪我をさせ、そしてもう一度脅迫を告げるためにリクのカバンに、この写真を入れた。

 リクが悔しそうにそう説明する。


「り、リク! やめろって!」


 幸い事務室には誰もいなかったが、声が聞こえたら間違いなく何事かと思われるだろう。

 なにより、ミズキ自身がこのようなリクを見るのが初めてだった。

 強面だが表情が豊かで、楽しければ人より笑うし、驚くときは人の倍は驚いた顔をする。

 しかめっ面や国語の教科書の話で泣きそうになってる顔も見たことがある。

 だが、怒りとも悲しみとも恐怖とも取れるような激高などしたことがなかった。


「だって、だって何で俺じゃないんだよ! 

 なんでミズキなんだ!? 脅迫されたのば俺なのにっ!」

「いいから落ち着けよ。お前のせいじゃないって。

 どう考えたって、悪いのはその脅迫者の方だろ?

 違うか?」

 

 リクの肩に手を置くと、僅かに震えているのが分かった。

 そんな彼に言い聞かせるようにして、ミズキが諭してみるが、納得しているのかしていないのか、拳は未だ固く握られていた。


「俺がちゃんとゲームを進めなかったから? それとも先生に言ったから、かな?」


 少しだけ落ち着いたリクが、鼻をすすりながら問う。


「どうだろうな。

 どっちの可能性もあるけど、先生と話したのは三日も前のことだから、ゲームを進めなかったことのほうが強いかもしれないな」

「………」


 その言葉に、下を向いたままリクが唇を噛む。

 泣き出すんじゃないかと心配になったのはミズキの方だった。


「でもさ、ゲームをなあなあにしろっていったのは俺と先生なんだから、お前のせいじゃないよ。

 だから……」

「駄目だ」

「え?」


 意外にもはっきりした声がリクから返ってきた。


「前に何かあったら、先生にも相談するって言っただろ?」

「あぁ」


 三日前のことについて言っているのだろう。

 何か問題が起きたら、他の先生なり警察に届けるといったことについて話していた。


「だけど、先生に話して今回みたいなことが起きた可能性も、少なからずあるんだよな? 

 だったら、先生には話せない」

「じゃあ、どうするんだ」


 ゲームを進めなかったことについて、今回脅迫者が動いたのならば、これからはクリアを目指してコードハント:ネイビスにとりかかるしか無い。

 だが、クリアを目指したら『Ripper』に目をつけられる。

 完全に板挟みだが、もはや畑山に相談することも出来ない。


 これからどうするのか、という問いに、リクは窓の外に目を向ける。

 晴れていれば夕焼けが見えるはずの時間なのに、雨雲が掛かった今日は灰色の申し訳程度な光しか入ってこない。


 雨の気配は、リクに一人の人物を思い出させる。

 正しくは、常に頭にあるけれど思い出さないようにしている人物、と言ったほうが良いだろう。



「兄貴……に相談してみる」

「兄貴? お前、兄弟いたんだ」


 窓からミズキに視線を移してリクが言う。

 その目には、僅かに曇りがある。


「うん、一つ上」

「へえ、陽光?」

「星華」

「おぉ、名門進学校の星華かよ! 凄いじゃん、優秀なんだな」


 リクを気遣ってか、いつもより明るい調子でミズキが言うと、ふとリクが口に笑みを浮かべる。


「優秀だよ。頭も運動神経も、ほかも色々と。なんていうのかな、一言で言うと『凄い』んだ」

「ほー」


 お前とは正反対だな、とはさすがに言わなかった。

 そんな様子には気づかずに、リクは何かを思い出すように軽く目をつぶる。


「俺がこの世界で一番尊敬して、信用して、大事な人。

 兄貴なら、今回のこともきっとすぐに解決してくれる」


 まるで確信のようにリクがそう宣言するのを、どこか珍しそうにミズキが眺める。

 知り合うと気持ちのいい性格のためか、友人や知り合いが多いリクだが、その中でも『一番』や『絶対』という存在についてはミズキも聞いたことがなかった。

 一番だと言うリクの姿は、いうなれば『信仰』に近いものが感じられる気がする。


 それなのに、わずかに顔が曇っているように感じるのはどういうことだろうか。



「だから、だからきっともう大丈夫だ、ミズキ」


 だが、そういってミズキに笑いかける顔は、既にいつも通りのリクの姿だった。

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