5-11
【お知らせ:ゲーム進行調整のため、一時的に回答受付と問題送信を停止します】
リクがコードハント:ネイビス専用のページにアクセスすると、ヘッダにそんな一文が表示されていた。
プレイヤーたちが、タイムラグ、と呼ぶ現象だ。
ディーラーの特権であるが、優勢プレイヤーから反感を買いやすいため、それを行使する者は少ない。
続けてランキングのページに飛ぶ。
直前の問題を解く前は、『Ripper』、『Quga』、『Luis』が同着一位だった。
それが最新のランキングを見ると、『Ripper』、『Luis』が同着一位、『Quga』が第七問で三位だった。
『Ripper』と『Luis』の二人だけが、第八問目を解いたことになる。
ラストスパートで、リクは切り裂き魔と一騎打ちの形となった。
ランキングを見ながら歩を進めていたリクだったが、前を行く同行者が足を止めたのを見て端末を自分のポケットに詰め込む。
同行者が止まったのは、目的地に着いたからだけではない。
リクは顔を上げて、それに気付いた。
「うはぁ……。
何すか、このでっけぇ屋敷」
「知らね。俺もここに連れて来い、としか言われてねぇし」
リクが第八問目の事情を伝えようとハルに連絡を入れたところ、降谷家のガレージまで来いと言われ、その言葉に従って赴いた先で待っていたのは、以前ハルが座っていたソファに仏頂面で胡座をかいたライカだった。
「指定する場所に弟を連れてこい」、という伝言係として置いていかれたらしい。
その待遇にぶちぶちと不満を漏らす彼とともに、リクはその指定場所に足を運んだのだった。
着いた先は、リッパーズ・ストリートの北東、新しく成り立った街の中で、唯一昔から変わらぬ地域。
変わらぬ、というよりも変えられなかった、と言ったほうが良いだろう。
元々郊外であった静かな土地に、資産家の面々が住居を構えたのが始まりであり、リッパーズ・ストリートが街として機能する以前から裕福層が家を連ねている。
どれほど街の中心部の開発が進もうと、誰がその場所を支配しようと、彼らには表面上ほとんど影響はなかった。
無論、その裏では様々な思惑が絡まり合っているだろうが。
その一つ、重苦しい圧倒感を持つ築地塀に四方を囲まれた典型的な日本家屋の門の前で、リクとライカが立ち尽くしていた。
「先輩、本当にここですか?」
「間違いねぇって。
お前のクソ兄貴が言ってた通り、表札にも『月宮』って書いてあるし。
さぁ、八柄弟。
インターホンを押すんだ」
渡されたメモと表札を見比べながら、ライカが不安そうなリクに顎で指示を出す。
「えぇ? 嫌っすよ!
和服着込んだ頑固親父とか出てきそうじゃないっすか!
こういうのは先輩の仕事でしょー」
「あぁ!?
てめぇ後輩のクセに口答えすんじゃねぇ!
俺はヤだからな!」
数少ない下手に出なくて良い相手であるリクには強気なライカが、そっぽを向いて手を後ろに組む。
その様子をリクはげんなりした顔で見ながら、
「あーはいはい、分かりましたよ。
……あとで兄貴に言ってやる」
ぼそりと、しかしはっきり聞こえるようにリク言うと、はっとライカが顔を青くする。
「げっ!
てめぇ、ちょっと待て! やっぱり俺が押す!
俺先輩だし、な!」
「いや、いいっすよ、もう」
「いくねぇよ! やだよ俺!
またアイツに色々潰されるじゃねぇか!」
「はーい押しちゃいます。押しちゃいましたー」
「あぁてめぇ!
クソ! 覚えてろよ、弟!」
体格の良いリクがキャンキャンと喚く先輩を押しのけて、古めかしい、だが綺麗に使われているインターホンを押す。
キュイと、インターフォンに内蔵されたカメラが二人を覗き込む。
リクは人差し指を引っ込めながら、それに目を合わせて歪な笑顔を向けてみる。
「……大丈夫かなぁ」
「知らねぇぞ。知らねぇからな。
怒られたら、お前が謝れよ」
不安そうな二人が小声で言い合う。
そうしているうちに、門の向こう側の空間でカラカラと玄関の引き戸が開く音が、続いて門へと続く庭をざりざりと歩く音がする。
リクは自身で言った、着物を着込んだ頑固親父がこちらに向かってくる様子を頭に思い描く。
が、門を開けたのは、その想像とは真逆の人物であった。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
彼らとそう変わらぬ歳の少女が、二人を見て静かに笑みを浮かべている。
この家屋に似合う、日本人形のようにつるりとした白い肌と腰まである黒く長い髪。
日本人形のような姿、だがその服装はどう見ても日本のそれとは違う。
柔らかな白い生地は首元や手首にまでフリルがあしらわれ、黒いビスチェにより腰の辺りで絞られる。
そこからふんわりと、やはりフリルと編み込みのリボンで彩られた黒い長めのスカートが僅かに膨らむ。
首元の黒いジャボから足先のヒールまで、一切の隙が無い。
リクの脳裏に、ゴシックロリータという言葉が一瞬浮かんだ。
確かに一見華美な装いだが、少女のすっきりとした顔立ちや仕草、そして澄んだ上品な雰囲気が、まるで趣味の良いアンティークのドレスを着こなしているように見えた。
人形のように整った顔。
ふとリクは自分の兄を思い浮かべたが、両者には決定的な違いが在るように見えた。
例えるならば、この少女は人形のような人間であり、ハルは人間のような人形のようだ、と。
落ち着きながらも二人に対して浮かべる表情には、明らかに血が通った温かみがあった。
同じ年頃の少女たちとはかけ離れた雰囲気を持つ彼女の立ち姿に、二人が思わず頬を赤くして言葉をなくす。
「あ、あの、えっと」
声をかけようとして、思わずどもったリクに、少女は柔らかく笑いかける。
さらりとした黒い髪には、白いバラとレースで縁取られたのカチューシャがよく似合っていた。
「ハル様の弟様、でございますね?
お会いするのは初めてですね。
覚えておいででしょうか? クリスタルでございます」
少女がレースが重なったスカートの両端を軽く摘んで上げ、身を低くして挨拶をする。
少なくとも自分たちの周りでは決して見ることのない、現実離れした動作さえ、彼女がすると何の違和感も感じられない。
クリスタルという名前を聞いて、二人が思い出す。
たしかハルのソファに座った喋る白兎のぬいぐるみが、そう名乗っていた。
なるほど、この少女のことだったのか。
そう思い至り、納得したようにうんうん、とリクが頷く。
「兎の人!」
「えぇ、兎の人です」
不躾なリクの言葉にも、クリスはにっこりと答える。
整った爪の白い指を頬に添えて答える涼しげな声にも、聞き覚えがあった。
そして、彼女はリクの隣のライカに目を向ける、
「そちらは……えっとポチさん、でしたっけ」
「ライカ」
「あら、申し訳ありません。
お三方から『犬』としか聞いていなかったので」
「あの野郎……!」
ハルと降谷兄弟の偏った情報で恥をかかされたライカが、クリスに聞こえないように毒づく。
「どうぞお入りください。
ハル様達がお待ちになっておりますわ」
「お、おじゃまします」
そう言ってクリスは、玄関の方を白い手で指し示す。
入口を隔てて空気さえ異なるその空間に、二人は目を合わせてから指の方向に歩き出す。
手入れの施された玄関までの庭を抜けると、瓦葺きの屋根を持つ日本家屋が姿を現す。
古い木の匂いが、玄関先にいてもほのかに鼻腔をくすぐった。
クリスに促されて玄関を上がり、そして家の中を通される。
まるで世界遺産にでも足を踏み入れたかのように、リクとライカが口を開けて辺りを物珍しそうに見回しながら、音も立てずに先を行くクリスに案内されるがままに廊下を進む。
途中で何枚ものふすまと障子を通り過ぎる。
一体いくつの部屋があるのだろうか。
長い木の廊下を何度か曲がった後に示されたのは、一つの和室だった。
ふすまの前でクリスが立ち止まり、
「ハル様、弟様とお犬様をお連れいたしました」
「……お犬様」
おそらく家の住人であろう少女が、まるで客のハルを主人のように言うのを、リクが不思議そうに聞き、自分を犬と紹介されたライカは下を向いて彼女の言葉を反芻する。
「あぁ。ありがとう」
ふすまの向こうからハルの無機質な声が答える。
それを待って、クリスがふすまに両手をかけてすっと横に引く。
隔たれた空間が目に飛び込んだ瞬間、思わずリクとライカが後ずさる。
「うぇっ!?」
「な、んだこれ」
そこに続く部屋も、同じように純和風な部屋があると思っていた。
確かに床は畳である。
だがそれ以外に、この日本家屋を思わせるような要素が全くない。
視聴覚室のような防音仕様のベージュの壁に、数十台のPC本体。
そして向かいの壁一面に敷き詰められるように設置された、大小様々なディスプレイの列。
さらにアームによって、数台のディスプレイが部屋の中央を見るかのようにして立てつけられている。
十は軽く超えているであろうそれらには、見覚えのある風景、どこかにホームページ、デジタル写真、資料と思しき文字列、見知らぬ屋内、様々なものが映し出されていた。
だが大半を占めていたのは、どこか屋内、マンションのロビーとみられる映像の数々だ。
明かりを暗く落とした部屋の中で、ディスプレイの青白い光だけが煌々と輝いて内部を照らしている。
ドラマで見るような警備の監視室を更に異様に仕立て上げたような空間に、リクとライカが立ちすくんでいると、
「入り口でぼけっと突っ立ってるんじゃない。早く入れ」
そのディスプレイ群を部屋の中央で胡座をかいて眺めていたハルが、背中で言う。
彼の左右には畳に腹ばいに寝っ転がったアキと、正座の上に座布団とノート型PCを置いて操作しているカイがいた。
「はいどうぞ」
カイが二人に座布団を勧める。
未だ呆然としながらも、二人はとりあえず先住民三人の少し後ろに腰を落ち着けた。
背後で軽くふすまが閉まる音がする。
新参二人が振り返ると、静かにクリスがその場で正座をしてニコリと笑い返した。
リクは腰を落ち着けて、改めて兄の小さな背中を見る。
「足を運ばせて悪かった。
こちらの作業で手が、というか目が離せなくてな」
「うん、それはいいんだけど。
あ、ミズキはバイトで来れないって」
「あぁ、知ってる。
アイツには別にやってほしいことがあったから、こっちから指示を出しておいた」
なんとなく正座で姿勢を正しながら、リクが感情のない兄の謝罪に応える。
ついでに友人の現状も伝えるが、すでにその情報は伝わっており、さらに別途指示まで出されているようだ。
立っている者は他人の親でも使え、と言うが、彼の兄は疎遠だった弟の友人でさえ難なく使いこなしているようだ。
と、兄の後ろ姿を見ていたリクが、あることに気付く。
「あれ?
兄貴、パーカーいつものと違う?」
彼がいつも着込んでいる目立たない灰色のものではなく、落ち着いたオレンジ色の、やはりオーバーサイズのパーカーを着用していた。
「……マガミに取られた」
「げっ! だ、大丈夫だったの!?」
城に行ったことに関しては、「マガミから情報は得られなかった。でも色々持って帰って来た」という大雑把な情報しか貰っていない。
そのせいで一体何がどうしたらパーカーを奪われる状況になるのか、リクには理解できなかった。
少し憮然とした口調で、ハルは続ける。
「大丈夫じゃねぇよ。
ポケットに学生証と定期入ってたのに、あの変態クソメガネキング」
冷静でフラットな感情の波は、マガミのこととなると、どこか若干のブレが見られるようだ。
彼が吐き捨てるようにそう言うと、一つため息を付いて話をリクに振る。
「で、どうした」
「へ? え?」
いつもと変わらない口調で問うてきたハルの意図がわからず、リクが大きな体をびくりと揺すって挙動不審になる。
「伝えたいことがあるって言ってただろう。
なんだ?」
第八問目のことらしい。
しかし、未だこの部屋と展開に頭がついていっていないリクはあわあわと周りを見回す。
「その前に、この部屋とか状況を説明してもらえると、大変ありがたいんですが」
「気にするな」
「む、無茶言うなよ!」
すべてのディスプレイの情報を見逃さないようにしているのか、ハルは目の前の壁一面から目を離さない。
そんなハルの代わりに、カイが口を開く。
「クリスは知っているだろ?
兎さんの中の人。
ここは彼女の家で、この場所が彼女の部屋」
アキが「俺たちの第二会議室だよー」と付け加えた。
「この映像は?」
ライカが見覚えのある風景が映った、いくつかのディスプレイを指さす。
「リッパーズ・ストリートの監視カメラの映像」
「監視カメラ!?」
事も無げに答えたカイに思わず二人が聞き返す。
「そう、監視カメラ。
街にある監視カメラをハックしたりジャックしたりその他諸々で、ここに映像を引いてきている」
言うまでもないが、やはり違法である。
後ろでクリスがくすくす、と小さく笑う声がする。
振り向くと、レースが掛かった胸の前で細い指をからませたクリスが、人工的な青白い光を眼に受けて妖しげに笑みを浮かべていた。
「私は『眼』ですわ。
この昏き深淵の世界の『眼』。
混沌の渦の『眼』。
ハル様の世界の『眼』。
あらゆるものを捉えて映す『眼』。
それが私、なのです」
笑みを浮かべたまま、彼女は酔っているかのように滑らかな口調で到底理解不能な言葉を吐き出す。
聞き返そうとして、何を聞けばよいのか分からず、二人はぽかんと口を開ける。
「………………は?」
「私は監視者。
あらゆる事象を受け入れ反射する、クリスタルなのです」
「………………………………う?」
先程までの雰囲気とはガラリと変わり、自分の世界に浸りにっこりと笑うクリスにリクとライカが丸い前をさらに丸くする。
彼女に一体何が起こったのか。
いや元々こんな彼女だったのか。
清楚でおしとやかなお嬢様は、一体どこに行ってしまったのか。
「深く考えちゃ駄目だよ。
そういうモンだと思って納得しなきゃ話進まないから」
「あ、はい」
寝そべっていたアキが、二人にそっとアドバイスを送る。
「……つまり、クリスさんが集めたリッパーズ・ストリートの監視カメラの様子をここ見られる、ということでいいんですか?」
「そう。変な疑問や理由探しは止めたほうが懸命」
「でしょうね」
若干浮世離れしたお嬢様かとリクは思っていたが、さすがはハルの仲間というべきか、一風変わった価値観と類まれかつ違法的な技術を内包した人物らしい。
大切な何かが心の中で壊れた音を聞きながら、リクは相変わらず涼やかな笑みを浮かべるクリスからそっと目を離した。
そうしながら、ふと似たキーワードを思い浮かべた。
それこそ自分が兄に伝えるべき事柄だ。
「って、カメラ……?
そう、カメラ!
カメラなんだよ、兄貴!」
「あ?」
他のメンバーが興味深そうにリクに視線を集める中、相変わらず前を向いたままで、短くハルが応える。
「カメラがあったんだ、第八問目の場所に!」
「第八問目って、コードサーチだったのか。場所は?」
「えっと……じょ、女子トイレ」
口ごもりながらリが告げるのを聞いて、アキが吹き出す。
「お、弟君、もしかして入っちゃったの?
女子トイレに?
ウハハハッ! やだー、弟君のエッチー!」
爆笑しながら、畳の上をコロコロとアキが転がる。
「いや、えっと。
入ったのは俺のクラスメイトなんですが……」
転がるアキを目で追いながら、リクが女子トイレの場所の特定からイオリに捜査を頼んだこと、そしてカメラを見つけて畑山に預けたこと、などなど一連の流れを説明する。
「盗撮かぁ。
そりゃまた、変なことになった。
カメラはどんなもの?」
リクの説明を聞いて、カイが言葉とは裏腹に愉しそうな声を含ませる。
「俺はよく見てないんですが、これくらい……一センチあるかどうかのサイズで。
ちょろっと後ろにコードが付いてるようなヤツですね」
「無線のカメラですわね」
クリスがリクの言葉から推測する。
「本物を見なければどのようなものか判断出来ませんけれど。
後ろに付いていたコードは、おそらくアンテナでしょう。
それを無線が届く範囲内で受信して映像を映す、といった類かと思いますわ」
「へー、ワイヤレスカメラってやつか。
そんなちいせぇモンで撮影できるんだな。
盗撮し放題じゃねぇか」
「ポチ、変なこと考えてんじゃねぇぞ」
「ポチじゃねぇし変なことも考えてねぇよ!」
ライカが噛み付いてくる声を聞きながら、ハルがあぐらをかいた脚に頬杖をつく。
何か考えるような仕草に、アキが転がってハルの顔を覗き込む。
「どうしたの、ハル」
「盗撮……偶然か?
それに、なにか違和感が」
「違和感?」
ハルの脚に顎を乗せてアキが見上げる。
「カイ」
「ん」
振り向きもせずにハルが左手を肩越しに差し出すと、意を得たカイがノート型のパソコンと脇に白いペンが付いた手のひらサイズのペンタブレットを乗せる。
「お前の話だと……」
ハルはそう言ってディスプレイの一つを指さす。
すると、そのディスプレイがどこかのホームページから、イラスト編集モードに切り替わった。
ペンタブレットを使って、リクが説明した女子トイレの個室を上から見た平面見取り図を簡単に書き入れていく。
個室全体を表しているのであろう縦幅が長い長方形が描かれ、その右辺上方にドアの印が書き込まれる。
フリーハンドなのに、その線には少しのブレもなかった。
「一畳に満たない個室の、ドアから入って直角度左側に洋式便器。
そしてその後ろに貯水タンク……だよな」
長方形の内側の下辺から少し浮かして縦長の楕円、おそらく洋式便器が描かれ、その長丸と下辺にくっつく形で小さい横長の長方形、貯水タンクが付け足される。
「うん、そうそう。
だから便器に座ったら右前にドアがあるんだ」
「カメラがあったのは、貯水タンクの蓋の部分。
位置はドア寄り前方のカーブ付近」
図には、貯水タンクを表した長方形の右上に赤い点が置かれる。カメラの位置だろう。
「カメラはどこを向いていた?」
そう問われ、覗きこんだカメラを思い出す。
貯水タンクのカーブから、カメラの目は真っ直ぐ正面を見ていたはずだ。
レンズ全てが見えていたから、傾いてはいなかった。
そう言うと、ハルは赤い点から縦辺に並行となる矢印を書き入れる。
「上下の傾きは?」
「レンズの縁が見えてたから、真っ直ぐだと思うよ」
「つまりカメラは仕掛けられていた場所から、真っ直ぐ前を見ていたのか」
リクとハルの間で視線を行き来させていたアキが、焦れたようにハルの太ももを指でつつく。
「それがどうしたんだよぅ」
「なんか、おかしいような気がする」
「おかしいって?」
「あいにく俺は便所の盗撮は門外漢だからな。
おいポチ、どう思う?」
街の様子が切り替わる監視カメラを興味深そうに見ていたライカに、突然話が振られる。
話半分で聞いていたライカは、ハルのイラストに目を向けて腕を組む。
「そういう話の振られ方すると、まるで俺が便所の盗撮の専門家みたいで嫌なんだが。
……うーん」
後輩のリクでさえネイビスで奮闘しているのだ。
ここは良いところを見せたい。
文句を言いながらライカが画面を眺める。
すると意外にも僅か数秒後に、ぽんっと手を打つ。
「あ、分かったぜ。
これ、盗撮の意味ねぇじゃん」
「あら、どういうことですか?」
クリスが首を傾げると、ライカが得意そうに説明をする。
「八柄弟の話じゃ、カメラがあった貯水タンクって女の肩くらいの高さなんだろ?
で、そこから真っ直ぐ映したって、ションベンしてるとこなんて見えねぇだろうが」
ライカがハルの持っていたペンタブレットを横から奪うと、新しくイラストが描けるように新規で画面を立ち上げる。
まずは大き目の横長正方形を書き入れる。
トイレの個室全体を表しているようだ。
ハルに比べて大雑把な線が、長方形の内側左辺に沿うようにして縦長の長方形を加え、『タンク』と文字を入れる。
どうやらハルとは違い、横から見た側面図を描いているようだ。
タンクの長方形は上辺と下辺までの距離がいくらか開いている。
さらにタンクの下寄り右側に『便器』と書いた横長丸を加える。
「カメラが設置されていたタンクの蓋ってのが、女の肩の位置だろ?」
便器の前に棒人間を描き足すと、タンクの上辺から矢印を出し、棒人間の肩口に当てる。
「で、便器座るじゃん?」
言いながら、便器に棒人間を座らせる。
そこで、あぁなるほど、といくつかの声が上がった。
「そしたらほら、ほとんど映らねぇよ」
ライカの言う通りカメラ捉える視界には、棒人間の後頭部以外の姿が入っていない。
「便所の中にありゃあ、用を足しているところを写すのだと思うのが普通だが。
なるほどな。
これじゃ肝心のモンが映らねぇってわけだ」
ハルが頷くのを見て、ライカが胸を張る。
「はっはー! どうだ、このライカ様の観察眼は!」
「はいはいスゲェスゲェ。褒めてやる」
珍しくハルが称賛を送ると、ライカが「にひひ」と子供みたいに笑う。
もっとも、
「これからは最大限の敬意を込めて、お前のことを『変態のぞき魔クソ野郎』と呼んでやる」
そう鼻で笑われてハルに掴みかかろうとするまでの笑いであったが。
襲いかかったライカを軽くいなし、頭の上から膝で彼の顔を畳に押し付けながら、ハルがクリスの方を向く。
「実際カメラが映す範囲は直線ではなく、ある程度上下左右に広げられると思う。
だが、欠けた陶器の蓋の裏側から、しかも目立たないように仕掛けるとなると……。
どうだクリス」
「かなり視野が悪くなると思いますわ。
カメラと仕掛け場所の写真が分かれば、正確な最大範囲が割り出せるのですが。
……推測出来る限り最大範囲で映るものとなると、そうですね」
今度はクリスがペンタブレットを貰い受ける。
「まず、ドアから入ってくる姿。
そして便器に向かってくる姿。
ここまでは、平均女子高校生ならば上半身は見えますわね。
そして便器に後ろを向いて立つ姿、これはカメラとの距離を考えますと、おそらく肩口から背中までが限界でしょう。
そして座った姿ならば、見えても後頭部になりますわ、ハル様」
それぞれのシチュエーションで、棒人形を動かして、その範囲を赤で示していく。
それを見ながら、ハルがなるほど、と小さく漏らす。
それを聞いたアキが、青白く照らされたハルの顔を再び見上げた。
「何が『なるほど』なの?」
「考えてみろよ、アキ。
このカメラを仕掛けた人間がやりたかったことを」
「やりたかったこと?
………むむむ。
……はっ! そうか!」
ハルの言葉で何かを思いついたアキが、子供のように目を輝かせてハルの脚の上で上半身を上げる。
そして彼が出した答えを声高に伝える。
「犯人は!」
「うんうん」
まるで幼稚園児の親のような感情で、ハルがアキの回答を待つ。
「『用を足す女子高生の後頭部マニア』だ!」
「………。
……んん?」
ガッツポーズを作って主張するアキ。
予想外のその答えに、ハルは真顔で首を傾げる。
しかしそんな友人にお構いなしに、アキは意気揚々と自分の推理を述べ始める。
「きっとAVとか借りても、こんなにマニアックな趣味のものがなかった。
だから、仕方がないから自分で撮るしかなかったんだよ!」
「………………うん」
「つまり、これはマイナーエロジャンルの需要と供給の差に対する絶望が生み出した、哀しき男のサガにより引き起こされた犯罪なんだ!」
ついに立ち上がってそう主張したアキに、すでにハルの視線は向いていなかった。
視線どころか、彼はアキに背中を向けて、リクやカイの方を向いている。
「おい陽光生ども。ちょっと面貸せ」
自分への興味が失われたことに気付いたアキは、また再び畳の上を転がってハルの太ももをつねってアピールする。
「ちょっとハル!? 俺の推理聞いてよー!」
「はいはい。
後でテキストファイルに書き起こして提出してくれたら、ホームページにでもアップしておいてやるよ」
「ぶーぶー」
渾身の推理を無視されて不満気な声を出しながら詰め寄るアキを片手で制して、ハルは陽光生諸君、つまりカイ、ライカ、リクの三人に指示を出す。
「お前らに探してほしいものがある」
今回の女子盗撮事件で、今までの様々な情報が一つのものを形成しつつあるのだろうか。
ハルは、確信に近い口調で一つの依頼を口にした。




