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3-1

挿絵(By みてみん)





 ハルが『Furiya』、つまりカイに任せた仕事の一つは、ネットを使って『Ripper』を炙り出すこと。

 コンピュータならばハード系もソフト系も得意分野である彼は、まずは掲示板に表示される『Ripper』のIDを辿ってIPアドレスを突きとめようとしていた。

 だが目的のIPアドレスはころころと変わり、簡単ではなかった。

 粘れば『Ripper』まで辿り着けるというカイを止めたのはハル本人だ。

 途中で『Ripper』ないしサイト運営者等の第三者にバレる可能性がほんの少しでもあるならば、そのリスクは犯すべきではない、と。

 ハルにとって現状考えうる限り最悪の自体は、『Ripper』に逃げられることである。

 特定されたことが相手に悟られて逃げられた場合、次にどの姿でどんな手を使ってくるか分からない。

 それは避けたかった。


 次にハルが考えたのは、実際に『Ripper』の被害者となることだ。

 幸か不幸か、陽光学園内では『降谷』という名前は一際有名である。

 その知名度を使ってプレイヤーの問題解読速度と士気を上げるため、そしてプレイヤーがゲームを辞めないように不特定多数の人間を支援する。

 リサやクリスも巻き込んで、サクラのようなこともやらせた。

 『Ripper』、そして彼を優勝させたい『BlueButterfly』にとっては、さぞ邪魔な存在だったのだろう。

 カイ、つまり『Furiya』には数回『Ripper』本人から、サポートを止めろという警告があった。

 だが彼はそれをあざ笑うかのように、チャットから彼を蹴り出しては、何度も掲示板に姿を現してプレイヤーの支援を行った。


 その結果が、数十分前に陽光学園校舎裏で起こったことである。





「……おい、これは一体どういう状況だ」


 降谷家のガレージの中に不機嫌な声が響く。

 数十分前にハルに恐喝返しを食らい、アキによって連行されてきたライカが、噛み付きそうな顔で目の前にいる三人の人物睨む。

 彼はタイヤを背中に背負うようにして縛り付けられているせいで、座ったままの格好から体を動かすことはできないようだ。

 あれから懲りずに何度か暴れたのか、彼の新しい傷と痣が出来ている。


 暗く無機質なガレージの空気の中で、スクリーンの明るさと、それを写すためのプロジェクターの音が響いていた。

 三人のうち、カイはスクリーン横に置かれたドラム缶の上のパソコンをいじり、ハルがそれを覗き込み、アキが立ちふさがるようにしてライカの目の前に立っている。


「本名、来夏要一。陽光学園二年、誕生日は八月七日。A型。

 家族構成は父、母、歳の離れた姉が二人、うち一人は嫁いでおり家を出て姓が変わっている。

 父親は単身赴任。現在は母と次女との3人暮らし」

「おい」


 カイがスラスラとライカの個人情報を読み上げる。

 途中で何度か本人の制止する声が入るが、全く耳には入っていないようだ。


「成績は中の下。部活動や生徒会活動はしてない。

 喧嘩で補導歴はあるけれど、特定のチームにも入ってない。

 視力は両目1.2以上。

 虫歯治療の経歴はなし。大きな怪我や病気による入院歴もなし。

 極めて健康状態は良好」

「なるほど、確かに活きはいいな」


 段々とプライベートに踏み込んだプロフィール紹介に、ハルが鼻で笑う。


「なぁプライバシーって知ってるか、お前ら」


 無視されながらも、ライカは諦めず睨みつける。

 そんな反応を見て、カイは更にずかずかと土足でプライベートに踏み込もうとする。


「ちなみに恋人いない歴イコール年齢」

「待てこら! 何でそんなことまで知ってんだよ!」


 ついにライカが顔を真赤にして怒鳴りつける。

 もっとも、その赤さは怒りだけではないようだが。

 それを見たハルとカイは、一瞬黙って顔を合わせる。

 二人はわざとらしく顔を寄せて口を隠して、聞こえるように内緒話を始める。


「……マジでいなかったみたい、今まで」

「おい、プロフィールに『童貞』って加えとけ」

「おっけー」


 そんな会話がライカの耳にまで届いてくる。

 以前リサに同じようにしてからかわれた経験があるアキは、聞こえないふりをしてそっぽを向いていた。


「お、お、お前らカマかけやがったな!」


 自ら余計な情報を提供してしまったらしいライカが、赤い顔をさらに赤くする。

 ハルはパソコンから離れて、唾を飛ばさんばかりに喚くライカの前にしゃがみ込む。

 まだハルに対して僅かにトラウマが残っているのか、威勢の良かったライカはその動作だけで、ぐっと言葉を飲み込んでわずかに身を引く。


「おいワンコロ」

「犬呼ばわりはやめろ!」

「いいじゃん、犬可愛いじゃん」


 ハルが僅かに口を尖らせて不満そうに言う。

 その姿はどこか歳相応の少年に見えた。


「他にいくらでも呼び方があるだろうが!」


 ライカの言葉に、ハルは何の悪びれも躊躇もなく答える。


「お前の印象から他に思いつく名前といったら……『産業廃棄物』とか?」

「犬っころでいいです、もう」


 犬呼ばわりに決定したライカがうなだれる。


「じゃあ、色々聞かせてもらおうか。

 まず、何でカイを襲った?

 お前は『Ripper』じゃねぇ、そうだろ?」


 ハルが顔をわずかに傾けて尋ねる。

 精巧な人形のように整った顔を間近に持ってこられ、男だと分かっていながらライカは心臓がどきりと鳴るのが分かった。

 そのすぐ後で、さっきまで何をされていたのか、そしてこの裏に隠しているとんでもないものを思い出したため、一瞬でもときめいた自分をぶん殴りたくなっていたが。


「嘘は言わないほうがいい。カイがお前の端末を調べれば分かることだ」


 その言葉にライカは勝ち誇ったようにふん、と鼻で笑う。


「へ、俺のはプライベート部分にロックかけてんだよ。だから……」


 が、それにはカイがライカの携帯端末を軽く振って答える。


「解除なら、もうとっくにした。ハル君が」


 今度はハルが鼻で笑う番だった。


「そういうわけだ」

「……なぁ、お前ら。プライバシーって知ってるか」


 再度同じ言葉を繰り返す。


「知ってるぜ。日本国の人類に適応される法律だ」

「わんわんには必要ねぇよな?」

「……お前ら本当、嫌い」 


 ハルとアキの言い様に、ライカが泣きそうな顔をする。


「大体のことは目安がついてんだよ。

 ごまかさねぇで、お前の言葉で言ってみろ」


 逃げ場なんてとっくに無かったのか。

 ライカは諦めたように、肩を落として首を振る。

 本当のことを言ったところで、もうこれ以上悪くなりはしないだろうと。

 もっともそれが、甘すぎる判断だということに気づくのは、もう少し後の事なのだが。


「分かったよ。つってもどこから話せばいいんだ?」

「ゲームのことはどうでもいい。カイを襲うことになった経緯について」


 口頭試問でももう少しやさしい聞き方をしてくれるのではないか、と思うくらい素っ気のないハル問いかけに、ライカは何かを思い出すかのように少しだけ上を向く。


「あー、そうそう。

 『Ripper』からコンタクトがあったんだよ。チャットで。

 んで、五千円分のコードが書かれてて、これで降谷を襲えって」


 投げやりな口調でライカが答える。


「これか」


 カイがスクリーンにチャット画面のログを映し出す。


【発言者:Ripper】

[降谷を脅せ。ゲームに近づけるな。

 やらなかったら次のターゲットはお前だ。お前が誰だか知っている]


 次のログには、ライカの言っている五千円分のコードと思われる英数字が羅列していた。

 遠慮も憚りもなくプライベート部分をさらけ出されて、ライカはもう苦笑しか出なかった。


「そうそう、それ。

 他にも、『チャットで降谷を脅したけど、全然言うことを聞かない』だの『成功したらお前だけは見逃してやる』だのって。

 たった五千円なんて狡い野郎だと思ったけどよ、まぁあんなオタク野郎、一発脅すだけですぐ逃げるだろうし、それなら割がいいやって思ったんだよ」


 実際は五千円じゃ割にあわないどころか、その数百倍の負債を背負うことになったのだが。


「たったの五千円だってよ、お前の価値」


 アキがパソコンの前にいる兄を見てせせら笑う。


「その計算でいくと……ふむ、お前の価値は二十五円か」


 対するカイは、対して怒りもせずに鼻で笑って返す。


「てめぇ、どんな計算しやがった、おい」

「今までの人生鑑みての計算。

 懇切丁寧に計算式で説明してあげたいが、お前の頭じゃ理解できない」

「あぁ? ざけんなよ、だったらてめぇなんて十五円だ!」

「おっと、お前の価値がゼロ円以下になったな。

 止めたほうがいいぞー、これ以上自分の価値を貶めるのは」


 云々かんぬんと兄弟げんかを始めた降谷兄弟を放っておいて、ハルがライカに向き直る。


「五千円で他人を売るのか。随分と安い行動原理だな」

「誰だって襲われたくなんてねぇだろ。

 三人目の被害者、マジでやべぇって聞いてたし、この事件にマジで『青い蝶』が関わってたら、俺もあんなふうになっちまうかもしれねぇって……」


 ライカもまた、掲示板で三人目の被害者の様子は凄惨だと聞いていた。

 噂は尾ひれを付けはじめ、ついには被害者はボロボロに切り刻まれて四肢を抉られ、現場は血だらけだったといった風になっている。


「俺は別にコードネーム隠してた訳じゃねぇし、『Ripper』だって別に怖くねぇって思ってたぜ。

 一対一なら返り討ちにしてやるってよ。

 ……だけど、相手が『青い蝶』なら話は別だろ。

 アイツの被害者ってさ、体だけじゃなくて頭までおかしくなっちまうって話だし」


 ライカはハルから目線を下に逸らしながら、まるで愚痴るようにそう言う。

 言葉尻に、お前もそうだろと言わんばかりに。

 しかしハルは、そんなライカの言葉にわずかに片目を細めるだけだった。


「他のやつならどうなってもいい、って?」


 温度のない声に、ライカは気まずそうに下を向いたまま舌打ちをする。


「それは……。そういうわけじゃ、ねぇけどさ」


 先程まで言い訳をしていたのに比べると、その言葉には明らかに違う重みがあった。

 それが本当に反省の色であるのか、それとも目の前のハルに対する恐怖のなのかは、ライカ以外その場にいる誰にも判別はできなかったが。


「まぁ、それは二百万で払ってもらうとして」

「だ、だからそんな金は」

「問題は『Ripper』の行動だな。

 最近の行動が明らかに今までとは違う。

 趣旨替えというには、あまりに違和感がある」


 ライカを無視してハルが呟く。


「違和感? どれくらいの?」


 口では勝てない兄弟喧嘩に嫌気が差してきたアキがハルに問うと、彼は視線と短い返事を返す。


「ゴリラから弁護士にジョブチェンジするくらいの違和感」

「そこまで!?」

「なんとか『Ripper』像の先入観を取っ払って、事実だけ見て経過を調べても、やっぱり同一人物とは思えねぇ」


 ライカの前で胡座をかいて、ハルが考え込む。

 あまり彼を目の前にしたくないライカは、どこと無く居心地悪そうにそわそわし始め、そんな彼をまるでいないようにして、三人が会議を始める。


「俺にはよく分からないけどな。

 三人目の被害者から、『Ripper』が変わったってこと?」


 腕を組んで使い慣れない頭をひねるアキ。


「前二人の被害者は、『Ripper』を一八〇センチ超えの男だと証言している。

 だけど三人目はどうだった?

 なぜ一言も犯人について話さないんだ」


 そんなアキに目も向けずに問うと、喋りにくそうに答えが返ってくる。


「話せる状態じゃないんだろ。

 でもハル、それはその……色々事情があるから、仕方ないんじゃないの?」


 強姦未遂という事実を濁してアキが言う。

 男に襲われ、体だけではなく心にも大きな傷を負わされた。


「それがどうした」

「だからっ……だから、それくらいショックだったんだろ!

 喋れなく、なるくらい」


 畳み掛けるようなハルの言葉に、珍しくアキが反論する。


「ルリみたいに、か」


 パソコンから目を離さず、カイが言う。だが彼は、パソコンの画面は見ていなかった。

 ハルがかつて起こった切り裂き魔事件の被害者というならば、彼らもまた同じように、そして別の切り裂き事件の被害者と言えるだろう。

 彼らの妹は今でこそ歳相応の無邪気な顔で笑っているが、数年前の切り裂き事件に彼女が巻き込まれた当時は、笑うどころか言葉の一言も発することが出来ない状態にまでなってしまった。


 影響があったのはルリだけではない。

 兄であるアキをギャングが危惧するような手の付けられぬ、非行少年ではすまされない暴漢へ。

 もう一人の兄であるカイを、こともあろうに切り裂き魔と化す一歩手前まで追い詰める程だった。

 それを終結させたのがハルであり、以来二人は信奉者のようにして彼に従うようになったが、彼ら兄弟は今でも似たような事件には敏感になる。


 彼ら二人だけではない。

 ハルに協力する人間は、どこかしら切り裂き魔によって人生を狂わされた者がほとんどだった。

 被害者の心情に敏感になるのは仕方のないことであろう。

 

 しかしハルの考えはもう少し先にあった。

 彼は舌打ちをして立ち上がると、暗い顔する降谷兄弟を見る。


「お前らの事件はとっくに終わってんだよ。

 いつまでそんな顔をしてやがる。

 そうやって切り裂き魔に呑まれた人間の結末を、お前らは一番知ってるだろうが。

 そうなりたくなかったら、お前らは『今』の事件に考えを向けろ」


 その言葉にはわずかに怒気が含まれていた。

 ハルの言葉に、降谷兄弟は若干表情を歪ませて黙りこむ。

 言いたいことは、二人共痛いほどに分かっているのだろう。


 彼は続ける。


「私情を挟まずによく考えてみろ。

 誰も彼女に何が起こったのか、詳細を話せなんて言ってない。

 だが彼女は、第三の被害者は、この事件を終わらせる鍵を握っているんだぞ」

「事件を終わらせる、鍵?」


 その言葉にカイが目をゆっくり瞬かせて思考を再開させる。


「なぁカイ。

 この事件は、離れ小島や無人島や吊り橋が落とされた山奥のロッジで起こってるのか?

 違うよな。

 テレビもラジオもインターネットまで完備された、この街で起こっているんだ」

「……あ、そうか。そういうことか」


 その言葉で、簡単にカイはハルの言いたいことを理解する。

 雑念が払拭された彼は、ぽんと軽く手を打つ。


「う、うぇ? 全然分かんないんだけど」


 一方、雑念が払拭されてもアキは目を回しそうな顔をしている。

 そんな弟の姿に、呆れたようなカイが人差し指と共にヒントを向ける。


「簡単なことだよ。愚弟、お前がこの『Ripper』の被害者だったら、どうする?」

「え、普通に相手探し出して、それっぽいの片っ端からブチ殺すけど」

「……はいはいー脳筋に聞いた俺が馬鹿でしたーごめんなさい」


 即答してきた通常の人間と外れたアキの答えに、カイはもう一度呆れたような顔をして、今度は展開についていけなくてブスッとしているライカに指を向ける。


「ライカ」

「え?」

「お前をボコボコにして散々に辱めたハル君が、もし誤って脅迫写真のデータを消してしまったら、どうする?」


 その問いに、ふんと鼻を鳴らしてライカが答える。


「決まってんだろうが。

 この下衆野郎のことを警察にチクってやる。

 あとコイツ星華の優等生だろ? そっちにも知らせて退学させてやんよ」

「ほぅ、いい度胸だ。だがお前はそれは出来ない。

 何でか分かるか?」

「……う」


 得意げに胸を張って答えたライカを括りつけているタイヤに足を載せて、ハルが口を挟む。

 その問いの答えが分かっているからか、口ごもるライカの代わりにハルが代弁する。


「お前にもやましいことがあるもんなぁ。

 『Ripper』に脅迫されて、自分もカイを脅迫したという、な」

「だ、だったら! だったらゲームのこと話してやんよ!

 コードハントとかってゲームやってたら、『Ripper』ってやつ脅迫されたとか何とか言えば、悪いのは全部そいつだしな!

 おまけにお前にも被害が及んで俺は万々歳だざまぁみフギュウッ!」

「これが模範解答だ」


 ペラペラと喋るライカの顔面に膝を入れたハルが、アキの方を見る。


「……えっと、つまり」

「前の二人の被害者は、ゲームのことを言ったとしても確かに信憑性は薄いかもな。

 ゲームに参加してたら『Ripper』ってやつが現れて、『腕切られました』『殴られました』じゃあ警察は動かないかもしれない。

 この街の無能な警察なら、せいぜい学校に厳重注意が伝えられるくらいか」


 ふんふん、と聞きながら、アキも段々とハルの言いたいことが分かってきたらしい。


「そっか、全部なんていう必要がないのか。

 彼女は、自分がされたことなんて一言の喋らなくてもただ一言、『コードハントというゲームに参加していた』ということを言えば」


 そういうことだ、とハルが頷く。


「『Ripper』は凶悪犯である『青い蝶』と同じやり方で彼女を襲った。

 強姦未遂まで起こした。

 その犯人が『コードハント』というゲームのプレイヤーであり、同じプレイヤーを狙っている。

 警察を動かすには、充分過ぎる程の理由じゃないか?

 もしかしたら、この情報だけで『Ripper』を炙りだして解決出来るかもしれないんだ。

 それは彼女だって分かるだろう?」


 そこまで聞いて納得したアキだが、しかしそこで一番初めの疑問に戻ってしまう。

 ハルが言っていた疑問点だ。


「じゃあハル。

 なぜ彼女はそれすら言わないんだ?」

「だから、言えないんだよ、彼女は」


 答えたハルの言葉に、アキがスッキリしたはずの頭を抱える。


「うぅ……ごめんハル。

 もうだめだ、わけがわからない。

 おれにはむりだぁ……」


 まるで堂々巡りをしているようで、今度こそアキが目を回し始める。


「ケースは違うがリクと同じ。

 言いたいけど、言えない」

「だぁーっ!! うるせぇクソオタク!

 黙ってろよ余計混乱するじゃねぇか畜生!」


 兄の言葉で更に混乱したアキが、ついにキレて吠える。

 彼の低すぎる沸点と豹変したその様子に、慣れていないライカがビクリとする。

 アキの咆哮は続いた。


「なんだよ言いたいけれど言えないって! 意味分かんねぇよ!

 愛の告白かっつぅんだ青春かこの野郎が羨ましい! 

 言いたかったら言えばいいじぇねぇか!

 別に強制されてるわけじゃ……あるまい、し……?

 ………。

 ……あれ?」


 最後の自分の言葉に、アキがはっとしてハルを見る。

 ハルは彼に軽く頷いて返す。


「そういうことだ。

 恐らく彼女は『Ripper』に弱みを握られている。

 だから、ここまでされても何も言えない可能性が高い」

「す、すっげぇ!

 俺にも分かった! 俺も分かったよ、ハルぅッ!!」


 自力で回答に結びつけたのが余程嬉しいのか、コロリといつもの態度に戻ったアキがハルに飛びつく。


「さっきから数分かけて説明してるんだがな。

 それに今言ったように、可能性が高い、という範疇だ。

 だがこれが、凄く今の『Ripper』……いや『BlueButterfly』らしいんだ」


 腰に絡みつくアキを放っておいて、ハルは一番話が通じるカイに話を振る。


「やり方に手が込んでいる、ということ?」

「そう。『BlueButterfly』登場以前の『Ripper』は、言ってしまえばやり方が雑だった。

 掲示板で脅迫する、ナイフで脅す。

 小細工や後始末と言ったことを考慮してない。

 なのに急に『青い蝶』と同じやり方で被害者を出した。

 おそらく掲示板でその情報を流して大げさに騒いだのも、『Ripper』か『BlueButterfly』のどちらかが取得した複製アカウントだろう。

 本人が喋らない上に、病院関係者しか知らない情報がそんなに早く垂れ流されるかよ。

 さらに言えば」


 ハルが顎でライカを差す。


「無関係の人間を脅して、自分の手を汚さずに間接的に邪魔者を排除しようとしている。

 いざとなったらトカゲの尻尾切り出来るように、だろうな」


 その尻尾となったライカが下を向いて舌打ちをする。


「ち、どいつもこいつも、クソヤロウだな」

「お前が言うな、お・ま・え・が!」


 ハルから手を離したアキが、ライカを括りつけているタイヤを台詞に合わせて蹴りつける。


「俺に脅迫チャットを送ってきたのも、そうか。

 出来るなら直接ないし間接的にも脅す手間とリスクを省くため、とか」


 実際、手間をかけて間接的にカイを襲ったライカが拉致されたことによって、『Ripper』の情報が第三者に流れるというリスクが発生している。


「恐らくな。

 前の被害者二人には、そういった類のコンタクトは無かったみたいだし、これも『BlueButterfly』系統と捉えていいだろう」

「だがこれで一つ疑問が消えた。

 『Ripper』と『BlueButterfly』の同一人物説」

「そうだな。二人の人物が協力関係して切り裂き事件を起こしている、と考えるのが自然だ。

 コードハント:ネイビス優勝のためにな」


 ハルがさて、と一言言ってから仕切り直しとばかりに軽く手を打つ。


「今回予想以上に収穫が少なかった分を取り戻す。早速仕事にかかる……」

「おいちょっと待てこら!」


 それを遮ったのは、ハルの足元で未だ括りつけられているライカだった。

 見下される形でハルと目が合うと、一瞬口ごもるが、そこは曲がりなりにも不良の意地があるらしく、睨み返すことで恐怖心を抑えこむ。


「ワケ分かんねぇんだけど!

 何で俺はここに連れて来られたんだよ!

 つぅかお前らなんなの?

 切り裂き魔とか『Ripper』のこととか、何でそんなに詳しく調べてるわけ?」


 いきなり見ず知らずの人間に拉致された彼としては、至極もっともな疑問だ。

 全身ボロボロで借金を背負わされ、ついでに午後の授業もサボるはめになった。

 悪いことをした自覚はあるようだが、なにか不穏なことに巻き込まれた気がしてならない。

 彼の疑問に、ハルが返す。


「お前は腹が減ったらどうする?」

「は? なんだよいきなり。飯食うに決まってんだろ」


 質問の意味がわからないが、とりあえず無難にライカが返す。

 ハルは更に続ける。


「眠たくなったら?」

「そりゃ、寝るさ」


 その答えを聞いて、至極当然と言うようにハルが頷く。


「つまりそういうことだ」

「いや分かんねぇよ!

 何一つ分かんねぇよ!?

 どういうことだよ!」


 しかしそれにハルは答えなかった。

 彼に背を向けて降谷兄弟の方を向くと、


「カイ、お前は今後掲示板に姿を現すな。

 あくまで『Ripper』のお前に対する脅しは成功した、という行動を取れ。

 奴らに俺たちの動きを読ませないように努めろ」


 カイにそう指示するが、彼は少し考えるようにして反論する。


「んー、でもそうすると、リクたちの監視ができなくなる」

「それは考えがある。

 今後はしばらく掲示板の監視と資料の分析にあたれ。

 ……それから、アキ」


 次にアキの方を向くと、待ってましたとばかりに、ぱっと顔を上げる。


「はいっ! はいはいっ!

 何すればいい?」


 両手を上げてアピールする彼とは対照的に、静かにハルが親指で下方を差す。


「コイツを加工しろ」

「え?」


 その指の先には、無視されたことに対して変顔をしながら無言の抗議をしていたライカの姿があった。


「……え?」


 ハルの言葉に、はっきりとライカの顔から血の気が失せる。

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