1-3
「……俺、死ぬのかな」
「と、とりあえず落ち着けよ」
「駄目だ、俺は死ぬんだ!」
「いいから落ち着きなさいって」
「うぅ……」
ミズキと畑山に両側からたしなめられ、リクがうつむく。
放課後、三人以外誰もいない教室で、いつもの窓側の席に集まっている。
がらんとした教室には、運動部の掛け声が校庭から聞こえて響いていた。
「まさかお前が脅迫されるなんてな」
ミズキが机の上に置かれた手紙をとんとん、と指で叩く。
何の変哲もない白い封筒の中には、一枚の手紙と二枚の写真が入っていた。
手紙はA4サイズの紙で、ちょうど真ん中に短い一文が素っ気なくプリントアウトされている。
下校しようとしたリクの下駄箱に、ラブレターよろしく丁寧にも封筒付きで入っていたものだ。
「東山君がさっき説明してくれた、コードハントというゲームの脅迫だったら分かるんだけど、これは……」
ちらりとミズキを見ながら畑山が呟く。
手紙に書かれていたのは、予想とは逆の脅迫内容だった。
「『コードハント:ネイビスを一位でクリアしろ。ゲームを止めたら写真の通りにする。誰にも言うな』か。ひっどいことするなぁ」
僅かに怒りを含ませて言いながら、ミズキが同封されていた二枚の写真を横に並べる。
一枚は下校途中のリクが、もう一枚はモデルのバイトで撮影中のミズキが写っていた。
そして二枚ともカッターのような刃物で枠以外はズタズタに切り裂かれている。
「これも東山くんの言ってた、えっと……『Ripper』ってやつの仕業なの?」
「どうでしょう。
『Ripper』とやらはゲームをやめろって言ってきてるから、そいつの主張とは全く逆なんですよね。
それに今までの脅迫も掲示板を使っていたのに、今回は個人的に脅迫してきてるってことは……」
「別の切り裂き魔?」
「かもしれませんねぇ。それにしてもリク」
脅迫者に対する推理を進めていたミズキが、リクを睨む。
「なんだよ」
「お前、手紙に『誰にも言うな』って書いてあるじゃん!
何で俺たちに言うんだよ。
それでお前が襲われたらどうするわけ?」
「だって、ミズキの写真も入ってたから、ミズキにだって知らせなきゃと思ったし……」
珍しく本気で怒っているミズキに、リクが気圧される。
「俺はともかく、畑山先生は関係ないだろ?
警察とか先生とかってのは、こういう姑息な犯罪者が一番嫌うタイプの人間だろうが」
「畑山先生は、その、なんか先生って感じがしないし、どっちかっていうと生徒っぽいし、いいかなって……」
「どういう意味かな? 八柄君?」
今度は畑山の方が怒気をはらんだ声でリクににじり寄る。
実際、下駄箱で脅迫状を見て固まっていたリクに声を掛けたミズキを教室まで無言で引っ張っていき、その途中で下校の挨拶をかわそうとした畑山も、有無も言わさずリクが連れてきたのである。
「まぁいいわ。
それにしてもコードハントって、以前禁止にならなかったっけ?
お金を賭けるのは良くないってことで」
「あぁ、それは……」
畑山がミズキに振ると、彼はバツが悪そうな顔を浮かべて言葉を濁しながら説明する。
「まぁ、ほら、こういうのって実際は禁止のしようがないっていうか。
先生だって、裏サイトとかそういうの、知ってるでしょ?」
「生徒の間で流行ってるコードハントのサイトでしょ? 私は詳しく知らないけど」
「まぁ、若者の遊びですからね」
「どういう意味かな? 東山くん」
今度は言外に含みをもたせたミズキに、畑山は殺気混じりでにじり寄る。
大げさに目を広げておどけながら、ミズキが携帯端末を操作する。
「や、やだな、先生はオトナって意味ですよぉ。
ほら、こんな感じの暗号が送られてきて、プレイヤーが問題を解くんです」
ミズキが示したのは、先刻リクにも見せた第一問目だった。
「あら、ちょっと面白そうかも? 私、こういう暗号ゲームって結構好きよ」
「でしょでしょ?
他にもコードサーチっていって、送られてきた写真をヒントにコードを探したり」
「へぇ、宝探しみたいね」
自身の予想以上に楽し気な気配を感じたのか、畑山がミズキの失言も忘れて目を輝かせる。
そんな彼女に、ミズキが説明したコードサーチ問題として送信された写真を見せる。
二問目と書かれている写真は、どこにでもありそうな住宅街の路地裏の一角。
三問目と書かれている写真は、カラオケボックスの一室。
四問目と書かれている写真は、陽光学園の校舎裏。
よほど興味があるのか、畑山は端末を手に取り、目を細めてまじまじとその風景を見る。
「……これが、そのコードサーチの写真?」
「はい。ここのどこかに十桁のコードが書かれてて、それを見つけるんです。
……あれ、先生。どこか分かっちゃう?」
「うーん。分か……りそうで、分からないわ。
見たことありそうだけど、違うかも」
「そうそう。コードサーチって簡単そうだけど、意外と見つからないんですよ。
似たような場所っていっぱいありますから」
「そうよねぇ。
暗号解読とコードサーチ。コードハント、ネイビス……。
意外と深いわ」
感慨深そうに畑山が頭を振り、端末をミズキに返す。
彼はそれを机においてネイビスの裏サイトを開くと、話を本題に戻した。
「今回セクション、コードハント:ネイビスが始まるまで、色々あってコードハント自体が廃れてたんですよ。
みんな自然消滅するもんだと思ってたんじゃないかな」
「ふぅん、そうなの」
畑山が頬杖をついて、手持ち無沙汰となった指で手紙を摘んでひらひらとさせる。
当事者であるリクは、そんな二人の様子をちらちらと伺いながら、声をかけるタイミングを伺っていた。
「それでその、俺はどうしたら良いと思う?」
会話が途切れたのを見計らって言ってみると、2人の視線がリクに向く。
「先生はゲームやめたほうがいいと思うな」
「え?」
畑山の言葉に生徒二人が同時に意外そうな声を出す。
「だってこのゲームって、コードネームを使った匿名性でしょ。
八柄君がゲームを止めたかどうかなんて、分からないじゃない。
それに誰にも言うなって言われてるけど、もう私に話しちゃったし」
「でもリク宛に脅迫状が来たってことは、コードネームもバレてる可能性だってありますよ?」
「じゃあ辞めないけどクリアもしないっていうのは?」
「どういうこと?」
リクが言葉をはさむと、畑山が馬鹿にも分かりやすいように言い換えようと、少し考えてから説明をしてくれる。
「よく分からないけど、これを送った人は八柄君にゲーム参加してほしいのよ。
かといってクリアしそうになったら、今度は『Ripper』に狙われる可能性もあるのよね。
だからここは、程々に頑張ってますよーってところを見せておけばいいんじゃないかな。
十五万円の賞金がかかったゲームだもの、相手だってそうそう簡単にクリアできるなんて思わないんじゃない?」
「それで満足しますかね?」
「うーん、でも今のところそれしか考えつかないわね」
「あのさ、警察行くっていうのは、ダメなのか?」
当事者以外が上を向いて唸っているので、リクが今まで考えていたことを口に出してみる。
「そうしたら、少なくともこの脅迫者が誰かっていうのは分かるんじゃないかな」
「だからさ、それやったらお前が危険なんだって。
こいつお前のこと知ってるんだぞ?
どっかで見張ってるかもしれないんだから」
「そうねぇ。警察に行っても、たかがゲームの事だしって言われちゃうかもしれないわね。
なんだか現実味がないもの」
「そう、かぁ……」
確かに高校生がゲームをやっていて、脅迫されたなんて言ったところで信じてもらえないかもしれない。
リクが上を向いて、顎をポリポリとかく。
「とりあえず今は先生の言うとおりにいたほうが良さそうだな」
ミズキが手紙を封筒に閉まってリクに渡す。
「そうね。もしまた何か動きがあったら、その時は警察なり他の先生に相談しましょ?
私も協力するから。いいわね八柄君?」
ミズキの結論に賛成して、畑山が立ち上がる。
どうやらこれで解散ムードのようだ。
色々と引っかかることが多いのだが、それをちゃんと頭のなかで形成して言葉に出すことが出来なかったリクは、渡された封筒に目を落とす。
「そうだな。了解っす」
そう答えるしかなかった。
ふと、リクはある人物を思い浮かべる。
本当はこの封筒を見た瞬間に、誰よりも真っ先に思い浮かべ、そしてその次の瞬間に頭から消した人物。
彼ならば、この手紙を見てなんて言っただろうか。
ミズキと畑山が言った通り、ただのゲーム内での出来事だ。
くだらない、と一瞥すらしてくれないだろうな。
ちくんと胸に走る痛みを堪えるかのように、リクは少しだけ唇を噛んだ。