1-2
この街は新しい。
駅にして三区間ほど、元は山を切り開いた工業地帯だった。
そこが隣の県庁所在地のベッドタウンとして再設計され、やがてオフィス街が広がり始める。
するとそれらに同調するように、教育施設や最新福祉施設が並び始め、人の移住と共に住宅街が姿を現す。
人が増加すると、学校等の保護区域からぎりぎり離れた場所に、享楽を提供するための歓楽街が展開され、多大な思念と組織と資金が流れ始める。
それが大体三十年程前のことだ。
現在は教育方面にも力を入れ始め、数校の教育施設が次々と設立されたことによって、学問都市として
も知られるようになった。
その知性を鍛えるはずの、とある高等学校の一室から、一片の知性すら感じさせない低いうめき声が小さく響く。
「……うぅぇえっぷ」
「おいこら。食事中に出す音じゃないぞ、リク」
リッパーズ・ストリート区画内に存在する学校の一つ、陽光学園の一室。
いくつかのグループがまばらに散った昼休みの教室は、雨交じりの曇天が災いして、昼間だというのに随分と薄暗かった。
その中で一番後ろの窓側から、暗さを消し飛ばすような非難の声が飛ぶ。
リクと呼ばれた明るい茶色の髪をした少年が、教室の一番後ろの窓から身を乗り出して喉を抑える。
一八〇センチ超えの長身を屈めてしかめた三白眼の右目には、眉毛とまぶたに垂直にかけらるように傷が、さらに左目の眉毛上には二つのピアスが光る。
それだけでも凶悪な顔を象っているのに、ダメ押しとばかりに両耳に二つずつ、唇の下に一つのピアスをつけている姿は、一見カタギの高校生とは思えないほどだ。
一方で、その背中を冷たい目で見ているのは、年頃の女性ならば二度見してもおかしくはない、整った顔の少年である。
量販店向け服飾関係広告のモデルアルバイトを行う彼は、老若男女問わず爽やかな印象を抱かせる様相をしている。
『類は友を呼ぶ』という言葉を使う国語教師泣かせの二人に、一瞬クラスの目が集まる。
そして、「あぁまた始まった」とばかりに、慣れた感じで目をそらした。
「おい、ミズキ。マジで切り裂き魔、出たのかよ?」
平均以上の背を持つリクが、机に手をついて責め寄るように眉をひそめる。
その様子は、彼の性格が単なる男子高校生以上に子供じみたものだと知らない連中が見たら、まるで責め虐めているようにすら見えるものだ。
「出た出た」
リクの様子に慣れているミズキが、携帯端末を指で操作しながら答える。
「俺はお前が知らなかったことに驚いてるよ。掲示板でもその話題で盛り上がってるのに」
「けーじばん? どっかのサイトの? 俺、携帯でネットとかしねぇからな」
ミズキの手元の画面をリクが覗きこむために身を乗り出すと、胸元の二枚のドッグタグが擦れて揺れる。
そこには学園非公式の掲示板が表示されていた。
掲示板の話題は[Ripperはマジだった!]と記されている。
「やっぱり、ただの脅しじゃなかったんだな。皆言ってるけど」
掲示板に書かれた文字を追いながら、ミズキがつぶやく。
「脅し? って何が? というかこの『Ripper』って何? どういうこと? 切り裂き魔?」
「お前……本当にこういうの疎いよな」
一つ一つの疑問に対して丁寧に首を傾げるリクに、呆れた声が返ってくる。
背格好の割に幼さが残る表情や言い草がどこかチグハグだった。
「この『Ripper』とかいうのが、今回出てきた切り裂き魔なのか?」
「そうじゃないかって話。こいつがさ、ネイビスのプレイヤーを脅迫してるんだよ」
「ふーむふむ、何を言ってるのか全然分からんぞ」
新しく出てきた単語を、リクの頭脳が間髪入れずに拒絶する。
「ネイビスだよ、ネイビス。コードハントで今一番熱いセクション!
……コードハントは知ってるよな?」
「あぁ、それなら知ってる。陽光で流行ってる暗号ゲームだろ?
なんかセクション毎に賞金が用意されて、クイズ出されて宝探してー、みたいな」
相変わらずしかめっ面のリクに、ミズキが少し複雑そうな顔をする。
「まぁ間違っちゃいないけどさ、お前の言い方だとすげぇつまんなく聞こえるなぁ。
簡単に言うと、ディーラー……えっと、それぞれのセクションを仕切っている問題出題者がいるんだ。
そいつからメールで送られてきた暗号とかの問題を解いて、答えを送り返して、正解だったら次の問題がまた送られてきて……ってのを繰り返す。
そんで一番早く最後の問題を解いたプレイヤーが賞金をもらう、っていうのが基本ルール」
「俺も流行った頃にコードネームだけは登録したんだよなぁ。
でもその暗号やら問題を解くってのが俺には合わなくて、やめちゃったけど」
「だろうね。ほらこれ。これがコードハント:ネイビスの第一問目」
馬鹿だもんなお前、とミズキがものすごく納得した顔で頷きながら、再び端末の画面を操作して違う画面を表示させる。
受信メールのようだ。そこには簡単に下記のような式が書かれていた。
----------------------------------------------
[第一問:[?]に入る値を求めよ]
【例題】1/3 = 4
【問題】3/4 = -[?]
----------------------------------------------
数学の問題のような問いかけ方と式に、リクが大げさに頬を引き攣らせる。
「げ、こういうの、俺だいっきらい。
なにこれ? なんで1/3が4なんだよ。1/3は1/3だろ。
馬鹿じゃねぇの?」
「馬鹿はお前だ。
二つある式の上が例題で、下が本題な。
ある法則に従うと、ちゃんと例題は1/3が4になるんだよ。
それと同じ法則で下の問題も解いて、『?』の数字が何か当てろってのが第一問目だ」
「あはは、何いってんのお前。俺に日本語以外で話しかるのやめてくんない?」
「俺は日本語しか喋ってないよ。っていうか帰国子女的に、どうなのそれ」
「色んな国を渡り歩いたせいで、逆にきちんとした外国語を覚えることが出来なかったって、ポジティブに捉えてます」
「それをポジティブと捉えるお前は、脳みその底からポジティブなんだろうなぁ」
いつだったか、リクが自分は半分だけ日本人と言っていたのをミズキが思い出す。
言われてみれば鳶色に近い髪の色や長い手足、高身長はアジア人の特徴ではなかった。
美味しそうにおにぎりを頬張りながら胸を張るリクに、ミズキはこれ以上ゲームの詳細を話すと、本格的にリクが拒絶反応を見せるだろうと危惧して、ため息混じりに件の切り裂き魔の話に移る。
「もういいや。本題本題……えっとどこだ? あ、これこれ」
次にミズキが示したウェブサイトの黒い画面には、いかにも西部劇に出てきそうなウエスタン・ドアが描かれている。
その上の方には『ハンターの酒場』と文字が表示されていた。
「コードハント自体は俺も入学当時に一回だけやったことあるんだよな。
数ヶ月前は何人ものディーラーがいて、結構たくさんセクションが用意されてたんだけど、今ってコードハント自体がマンネリ化しちゃって、下火になってるんだ。
それがまた流行りだしたのが、このコードハント:ネイビスのせいなの。
最近一番流行ってるセクションなんだぜ」
要するに、とリクが簡単に解釈する。
コードハントというのはゲームの総称であり、その中にいくつかの種類があって、セクションと呼ばれるらしい。
その中から、自分がやりたいセクションを選択することで、参加することが可能となる。
ミズキが示した指の先のコードハント:ネイビスも、このようないくつかあるセクションの一つなのだろう。
しかしそれを見てもあまりピンとこないらしく、リクが背もたれに寄りかかって気のない質問をする。
「へー。それがなんだってんだ?」
「あら? りっくんは文字も読めないお馬鹿さんなのかな? こちらをご覧ください」
「あ?」
ミズキがにやっと笑いながら軽口を叩き、コードハント:ネイビスと書かれた下方に指を滑らす。
そこには、賞金という文字がある。リクは思わず顔を寄せて凝視する。
「賞金……じゅ、十五万っ!?」
三白眼を見開いて、リクが驚愕の声を上げる。
ガタッ! と立ち上がった瞬間椅子が倒れ、派手な音を立てる。
同じ教室の学生数人が瞬間的にリクとミズキに目を向ける。
「うるせーぞ、八柄ぁ!」
「ちょっとりっくん、ランチくらい大人しくしなよ」
しかしそんなリクの様子に慣れたもので、クラスメイトはリクの様子に口々に言いながら笑いかけ、そして自分たちの話に戻っていく。
その扱いに彼自身もあまり気にせずに頭をかき、軽く「うっせ」といって椅子を直して座る。
向かいでミズキが苦笑いを浮かべている。
「お前なぁ」
「な、なぁ、十五万ってマジなのか?」
リクが強面を更に強張めて詰め寄る。
「そうだよ、本当。
だから今まで以上にプレイヤーが集まったんだけど、そこに現れたのが……」
ミズキが両手を広げて肩をすくめる。
その様子で、リクが先ほどの話に戻ることに気づく。
「『Ripper』って奴?」
若干声を潜めたリクにミズキが軽く頷き、携帯端末を操作しながら説明する。
「つい一週間くらいまえに、ハンター掲示板に投稿されたのがこれ」
ウエスタン・ドアを選択すると、『酒場』『ハンター掲示板』『各コードハントランキング』『おしらせ』と項目が分かれている。
ミズキは『ハンター掲示板』を選択し、そしてログを遡る。
その中の一つ、ミズキが示したかったものを見つけてリクが読み上げる。
「[ゲームを降りろ。降りないプレイヤーは殺す]? 分かりやすいっていうか、頭悪そうな脅迫だな」
「多分、賞金を独り占めしたかったんじゃないかなぁ。
プレイヤーは少なければ少ないほど、自分にチャンスがあるし」
「なるほど。で、この投稿者名が……『Ripper』か」
「はじめはさ、皆相手にしてなかったんだよ。どうせただの脅しだろうって」
ミズキの言う通り後続するコメントには、
――― [はいはい、頑張ってね]
――― [そんなの書いている暇があるなら、一つでもコード解明すれば?]
――― [うわー殺されたー!]
――― [Ripperって切り裂き魔ってこと? ジャック・ザ・リッパーなの? もうちょっと別の名前なかったの、ねぇねぇ? そのまま過ぎて笑えるわ]
……等々、本気にしているプレイヤーはいないようだ。
「だけどその次の日に、二年生が下校途中にナイフで脅されたんだ。
その先輩もネイビスのプレイヤーだったんだけど、みんな偶然だろって。
でも、その日の掲示板に書かれてたのが、これ」
ミズキが掲示板を下にスクロールして、ログを表示させる。
投稿者『Ripper』の下には、こんな文章が表示されていた。
・
・
【投稿者:Ripper】
[脅しじゃないって分かったか、馬鹿ども。次はお前だ]
・
・
「この書き込みまでは、まだみんな疑ってたんだ。
でも今日、ついに二人目のコードハンター切り裂き事件が起こっちゃったってわけ」
『Ripper』の短い書き込みが、リクにはやけにひどく重く感じられた。
思わず二人共眉をしかめる。
「物盗りとかもなかったみたいで、本当に襲うことだけが目的だったみたい。
やっぱり脅しじゃなかったんだって、皆騒いでるよ。
ゲームやめたプレイヤーもいるみたいだ」
それを聞いて、リクが納得するようにうんうんと頷く。
「だろうな。俺だって怖いし、普通にゲーム降りるほう選ぶわ」
「お前の顔で、たかがゲームが怖いとか言う方がよっぽど怖いけどな」
「さらっと喧嘩売ってんじゃねぇよ。顔で喧嘩するわけじゃねぇんだから」
一瞬ぴくりと顔を引きつらせたリクに、ミズキが軽くあはは、と笑う。
強面を持つリクだが、中身はただの男子高校生だ。
むしろ暗闇やら幽霊やら暴漢やら、人が恐怖を感じるものに関しては、人一倍恐怖を感じる。
もっとも喧嘩を売られた時など、状況を把握しようとして思考がショートすると必然的に黙ってしまい、それが妙な威圧感となって相手が勝手に恐縮してしまう、ということは多々あるのだが。
ふとリクが真顔になる。
「お前もやってるんだよな。そのネイビスってやつ」
「ん? うん、やってるよ」
「二人も怪我人出てるのに、お前はやめないのか?」
真正面からそう問われ、どこか気まずそうにミズキが視線をそらす。
「だってさぁ、十五万だぜ? 十五万円。
さすがに本気で殺す気なんてないだろうし。
黙って引き下がるのも、なんだか悔しいじゃん。気鋭の新人コードハンターとしては」
「そうなの?」
相手は『Ripper』、切り裂き魔を名乗っている。
この街でその名前は、他のどこにもない現実的な重みと意味を持っている。
特にリクにとっては。
切り裂き魔が関わって良いことなんてあるわけがない。
そんな強い拒否反応にも似た感情を彼は抱いていた。
「辞めたほうがいいと思うぜ。
この学校、そういう脅迫を実行しそうなバカばっかりじゃんか。危険だぞ」
「そりゃまぁ、星華や哉生のお利口さん学校とは違うけどさ」
うちの学校に通ってるお前が言うなよ、と言わんばかりの目でリクを見る。
ミズキが言った星華と哉生は両方とも高校の名前である。
リッパーズ・ストリートにある高校のうち、リクたちが通う陽光学園の近くに存在するのが星華高等学校だ。
陽光学園とは平均偏差値が三十を軽く上回る、いわゆる進学校の星華学園である。
もう一つ、哉生学園が存在するが、こちらは入学金の桁から違うという、お金持ち専用高校と言われている。
三校のうち、陽光は常に他の二つと比較される。
つまり、中高一貫のエリート校の星華、金持ち学園の哉生と違って、陽光はいわゆる「馬鹿」と「不良」の溜まり場である、と。
現に暴力沙汰や恐喝程度ならば、噂に疎いリクの耳にさえ週一程度に入ってくる。
街で徘徊するギャングのメンバーも存在するという噂もあるほどだ。
「十五万円あったら、色々出来るぞ? 俺は財布と靴を新調するんだ。お前は?」
ミズキは気分を取り直してニヤリと笑うと、高校生らしく捕らぬ狸の皮算用を始め、リクに話を振る。
「俺? そうだな」
リクもそれに応じて首をひねって考えてみる。
むーん、と数秒間真剣に考えた結果、ぽんと手を打ち、これまた真剣な声色で答える。
「学食でコーラをメロンソーダで割って、ソフトクリームコーンごと突っ込んだ『特性スペシャル炭酸フロート』を作りたい」
「小さいなぁ、お前の願望は……」
どうもリクの発想は他とは多少、主に食欲の方にずれているようだ。
高校生らしいといえば高校生らしいのだが。
「どうせだから、普段できない使い方をするのがミソなんだよ。
あとは、そうだな。
カツカレーじゃなくて、あえてトンカツとカレーを別々に頼んで合体させるとか」
「なんというかお前は……あ、リク」
呆れて頬杖をついたミズキが、リクの背後の小さめな影に気づく。
だが、よだれを垂らさんばかりの妄想中なリクはそれに気づかない。
「いっそ全部デザートとかいいよな! 昼飯が全部デザート!
特大プリンの上に普通プリン乗っけて、その上からソフトクリームをうにうにーって!」
「……紅」
妄想のヒートアップは続き、後ろの影から刺すような殺気混じりの視線と言葉にすら気づかない。
「でもやっぱりご飯も食べたくなるよなぁ。そしたらやっぱり牛丼とか。でもそれじゃ面白くないし」
「……理紅」
「牛丼に似てるもの……すき焼き? うちの学食ってすき焼きあったっけ? なぁミズ……」
「八柄理紅っ!!」
「ひゃいっ!!」
後ろから高く鋭い声でフルネームを呼ばれ、思わずリクが椅子を跳ね飛ばして起立する。
なぜか敬礼付で。
一瞬教室がしん、と静まり返るのが分かった。
「ってなんだ、アユミちゃんかよ」
恐る恐る振り向いたリクの目に入ったのは、ショートカットで白いシャツに膝までの黒いスカートという、いかにも教育実習生な出で立ちの割に、態度に初々しさや緊張感のない女性だった。
薄化粧をした大きな目がきりっとリクを睨む。
「畑山先生といいなさい、八柄君」
「いひゃいれす、はらけやませんせい」
頭ひとつ大きいリクの頬を畑山が左手でひねる。
右手にはプリントの束を持っていた。
「貴方ね、頭のなかお花畑なのは結構だけど、その前に私に提出するものがあったんじゃないかしら?」
「え? なにか忘れてたっけ?」
その言葉に、彼女はどんぐりのような目をぴくりとさせる。
「進路相談用紙、保護者懇談会参加用紙、英語の課題。さてどれでしょうか」
リクが腕を組んでうーん、と唸る。
そしてたっぷり三秒そうした後で、あっと思いついて人差し指を上げる。
「全部だ!」
「その通りっ!」
「痛い!」
得意げに答えたリクに、畑山が手に持っていたプリントの束で彼の頭を叩く。
「アユミちゃん、頭はやめてあげてよ」
「それ以上残念になったら、この学校にさえ残れないんだから」
「傷増えたら、また凶悪ヅラに泊が付いちゃうって」
教室の至るところからナイフを忍ばせたフォローが飛んでくる。
だが、畑山は右手で持っていたプリントの束で、近くの机をおもいっきり叩くと、
「は・た・け・や・ま先生、でしょ?」
「……はい」
口元だけにっこり笑い、生徒たちを黙らせる。
「ゲームだか十万だか五十万だかトンカツだか知らないけど、学生の本分は勉学よ。
そんな事やってる暇があるなら、単語の一つでも覚えたらどうかしら。
ねぇ、八柄君?」
「アユミちゃ……畑山先生がポンポン叩くから、全部鼻から出て行っちゃうんだけど」
「口答えしないの」
「あぅっ!」
もう一度プリントの束が頭を襲う。
さっきよりも僅かに大きい音が響く。
女性なら目を向けられただけで背けたくなる凶悪面も、彼女にとっては気にならないらしい。
「ただでさえ、体罰とか厳しい時代にやるよね。教育実習生」
その様子を引きつった顔で見ていたミズキがぼそりと言う。
「あら、心配はご無用よ、東山瑞樹君?
家はお金持ちだから、先生になれなくてもなんとでもなるの」
これでもお嬢様らしい畑山が、手を頬に当てて、オホホと金持ち笑いをする。
「でもコレ以上はまずいわね。幼児虐待とかで訴えられちゃう」
「俺の精神年齢幼稚園児かよ!?」
さすがに傷ついたらしいリクが涙目になって訴える。
「それが嫌なら高校生のすべきことをしましょうね、八柄理紅?」
プリントを指で弾きながら、彼女はもう一度にっこりと笑みを浮かべた。
「ふぁい……」
肩を落としてリクがしょんぼりと返事をする。
そんな漫才のような一幕に、薄暗さをかき消すような笑い声が教室中に響いた。
結局、コードハント:ネイビスの切り裂き魔『Ripper』の話については、畑山の登場でこの場は終わった。
リク自身、ゲームに参加する気はなかったし、自身の能力からしてプレイヤーの中で勝ち残り、十五万円が貰えるとも思ってはいなかった。
心配事があるといえば、同じくゲームに参加しているというミズキの事だ。
先ほどの言い方からして、かなりのめり込んでいるであろう彼は、おそらくゲームを降りないだろう。
『Ripper』の標的にされる可能性があるとしたら、ミズキの方だ。
だからリクは思いもしなかった。
まさかその日のうちに、リク自身が名指しで切り裂き魔に脅迫される、なんてことは。
それも全く予想外の内容で。