2-3
リッパーズ・ストリートの繁華街が、午後六時を回る頃。
まるで子供がシールを貼ったかのように不規則に立てられたネオンが、ひとつ、またひとつと灯り始める。
不健康な色の中で、学生と大人が入り交じって歩き、そして群がる。
「最近は黒狼の連中が苛立ってるだろ?
だからさぁ、あんまり騒ぐ雰囲気じゃないっていうかさぁ」
ゲームセンターの機械音とゲーマー達の歓声の中、ハルが座っているゲーム機の横で、同じように座っている黒いシャツを着た学生が苛立ちを吐き出す。
黒いシャツは陽光学園の指定制服の一つであり、男子学生はその他に紺色の学ランを義務付けられているが、この時期に学ランを着るものは少なく、殆どは思い思いのカーディガンや上着を着用している。
この男子学生もその類のようで、黒いシャツの上には灰色のベストを着用していた。
「黒狼? あぁ、幹部がやられたとかってやつか」
ハルも彼と同様に目は画面に向けたまま、指だけを淡々と動かす。
手首がほとんどブレることなく心地良い音を出しながら次々とボタンを押していく様は、まるで楽器でも奏でているかのようだった。
横に座る陽光学生が言っている、黒狼のメンバーが暴行事件にあったという噂はハルも耳にしてた。
彼の言葉に、男子高校生はコクコクと首を縦に振る。
「そうそう、幹部。後藤……なんだっけか、結構有名な奴。
確か黒狼のNo.2の従兄弟だったかなぁ。
しっかし馬鹿だよな。この街で黒狼に手を出すなんてさ。
見つかったら、まずブッ殺されるっての」
人の不幸はなんとやらということなのか、物騒な言葉を吐きながら、隣の学生は面白そうに口の端をあげる。
「この街にいたヤクザやら暴力団やらを一掃した連中だぜ?
しかもボスは、人間っつぅより獣だもんな。そんで部下はその獣の崇拝者。
ここらの店もほとんど奴らの持ち物だし。
ま、こっちとしては、黒狼のおかげで暴力団の抗争がなくなってありがたいってのはあるけどさ、やっぱり怖いもんは怖いよな。
……よし、いけいけ!」
まるで独り言のように続けて言いながら、ボタンを強く連打する。
二人とも体は僅かにしか動いていないのに、画面の中ではキャラクター同士が派手な動きでぶつかり合っていた。
対戦ゲームは対面式でやる場所がほとんどだが、この一角に設置された四つの箱は、どこからでも勝負ができる仕組みらしい。
ハルはゲーム代を払って行きずりの陽光生を隣りに座らせ、対戦をしながら情報収集をしていた。
「なら他に、そういう暴力沙汰とかは聞いてないか? 主に切り裂き魔事件について」
「聞かないな。うちの、陽光学園の事件くらいじゃない?
さっき言ってたコードハント:ネイビスの『Ripper』ってやつ」
二人が左手で軽く下から握ったレバーを動かすたびに、対戦音がゲームの箱に響く。
ハルがちらりと隣の学生を見る。
(こいつも同じか)
それに気づかぬ彼から画面に目を戻し、指の動きを一層早める。
「なるほどね、参考になった。ありがとよ、と」
ぱちん、と弾くようにハルがボタンを押すと、ゲーム機から先ほどより大きな音と勝利ボイスが響く。
「あ、くっそ! やられた!」
どうやら格闘ゲームはハルの勝利で決着が付いたようだ。
隣の学生が、ばんっと両手で操作盤を叩く。
「最近の街の様子が聞きたいって言うから教えてやってんのに、礼儀ってもんがないんじゃないか?」
「あ?」
どうやら得意のゲームだったらしく、負けた因縁をハルに向ける。
高校生としては背丈の低いハルを明らかに自分より弱いと踏んだのか、斜に構えた顔に口をゆがませて睨む。
「こういうときはよぉ、気持よく俺に勝たせてくれるとか……わっ!!」
ハルを睨みつけた学生のすぐ目の前に、突然一本の黒い棒が勢い良く落ちてくる。
両手の真ん中に突き刺さるようにして直立して叩き付けられたそれは、折りたたみ式の警棒だった。
その警棒をたどっていくと、柄頭を抑えた左手が、そして更に辿ると、真っ白な髪の少年が口だけ笑いを浮かべている。
つり上がった目から覗く瞳孔の開いた獰猛な視線が、陽光生を威圧するように覗く。
「悪ぃな、うちのボスは接待が苦手なんだ」
「へ、えぇ? ボス?」
明らかに殺意を秘めた目で見下したアキの形相に、おどおど学生が腰を引く。
同じような年格好であるのに、陽光生はまるで両手で押されたかのような威圧感を感じたのか、たじろぐように一歩下がる。
「やめろ、アキ。せっかく快く情報を提供してくれたんだし、なぁ?」
「お、おう、そうそう!」
ゲーム機に肘をついてフォローするハルに全力で学生が頷く。
「黒狼について、もうちょっと何か知らないか?」
「な、何かって言われたも、これ以上は……いや本当だってば!」
考え込んだ学生の顎を、警棒の先で突いて威嚇するアキ。
それに慌てた学生が両手をブンブン振りながら、隠し事をしていないというアピールをする。
「こ、黒狼って何だかんだで、ツイてるからな。
今回の事件だって、すぐ犯人見つけてシメちゃうんじゃないの?」
彼はアキの目を気にしながら、帰り支度を始める。
その言葉に首を傾げたのはハルだった。
「ツイてる? どういう意味だよ」
「だってそうだろ?
黒狼が出来る前って、暴力団やらやくざが暴れてひどい状態だったじゃん。
死人とか普通に出てたり。
それが急にバッタバッタ共倒れしだしてさぁ。
運よくそれに乗じた新生チームの黒狼が他の組織の人間を追い払って、そのバックまで抑えちゃって、街を支配しちゃって。
……まぁ奴らの頭が怪物だったってのもあるけど」
「ツイてる、の一言で片付けていいかのどうか」
自分の鞄を背負った陽光の学生は、主にアキから距離を取りながら、ハルに若干早口で説明する。
「みんな言ってるぜ?
黒狼の『キング』マガミに、幸運の女神さまが心底惚れ込んじゃったんだって。
気持ちは分かるけどな。
だって男だったらさ、やっぱりあんな風になりてぇじゃん。
強くてデカくてイケメンで、綺麗な女をたくさん侍らせちゃったりして。
俺も遠目でしか見たことないけど、マジヤバかったぜ。
……じゃな、ゲーム代サンキュ」
そこまで言って、彼は軽くハルらに手を上げて出口の方に向かって、早足で歩いて行った。
こちらを一度も振り返らずに。
「……よりにもよって幸運の女神かよ」
黒狼、そしてマガミという名前に、ハルが表情を崩してしかめっ面で首を横に振る。
その横ではアキが警棒を引っ込めて腰に装着し直しながら、友人の様子を窺っていた。
「陽光の切り裂き魔事件を調べてるんじゃないの?
なんでギャングの……黒狼の事を知りたがるんだ?」
「あいつで四人目なんだよ」
「え?」
ゲーム機を背もたれにして、ハルがアキの方を向いて座り直す。
「お前の情報を疑ってるわけじゃないけど、実際にここで四人ゲームの相手をしながら、リッパーズ・ストリートのことを聞いてみたんだ。
で、今の陽光生で四人目なんだけど、四人とも切り裂き魔事件より黒狼のことに関心があるみたいだ。
陽光の切り裂き魔……『Ripper』については完全に学園内の事って感じ」
そこまで言うと、ハルは椅子から腰を上げてさっさと出口の方に向かう。
アキを促す言葉や視線すら無いところを見ると、彼が勝手についてくることは予想済みのようだ。
事実、アキはまるで飼い主についていく犬のようにハルの斜め後ろ一歩引いた場所に着いて、ゲームセンターの喧騒をあとにする。
ハルもそれを当然と思っているのか、振り向きもせず歩きながら続ける。
「『Ripper』や『BlueButterfly』が、陽光学園外部の人間って可能性について考えてみたんだけど、少なくとも陽光生はそう考えていないみたいだな。
理由の一つは、賞金のやり取りが金じゃなくて電子マネー、しかも学園内でしか使えない。
だから外部の人間が賞金を貰ったところで、意味が無いといったところか」
「ハルは違うと思ってるの?」
「陽光生が『Ripper』ないし『BlueButterfly』、という考えについては保留。
でも理由については、若干短絡的過ぎるが可能性は高いんじゃないかとは考えている」
イヤホンコードを人差し指に巻きながらハルが答える。
その先にあるイヤホンは猫の目を象ったもので、明るい黄色が黒い髪の間からちらりと覗く。
「外部の人間……例えばお前が、十五万円分の陽光学園内でしか使えない電子マネーを手に入れたとしよう。
さて、どうする?
あぁ、ちなみにこの電子マネーは一度チャージしたら、現金化するのは卒業時とか非常時に限られていて、ちょっと面倒な手続きをしなければ返ってくることはないそうだ。
もちろん換金場所は陽光内に限られる」
「ふむふむ。つまり、外部の人間は賞金を貰っても、現金にする必要があるのか。
その面倒な手続きをする以外に現金に戻すのは……」
アキが歩きながら腕を組んで考える。
「そうだ! そこら辺の陽光生に一万ずつ十五人に売るとかは?
一万じゃ売れなかったら、一万円分を九千ポイントで売って千円分を相手に儲けさせれば、Win-Winだろ!
どうせこっちも元手はタダだしさ」
名案とばかりに、アキが手を打ちながら言う。
「悪くないが、面倒くさい上に気の長ぇ話だな」
対して、前方から返ってきた答えは、あまり肯定的なものではなかった。
それに対して気を悪くするでもなく、アキが問い返す。
「じゃあハルどうするんだ」
「手っ取り早いのは……そうだな。
そこら辺で一番金持ってそうで意気がってる陽光生を捕まえて、十五万円分そのままそっくり現金に取り替えさせる。
そいつの拒否権はお前に潰させる。
それで終わり。
あとはそいつが十五万円分使おうが、パシリやダチに売ろうが、俺の知ったことじゃねぇな」
「……清々しいまでにゲスい」
自分の手を一切汚してない辺り、およびWin-Winなんて糞食らえと言わんばかりな辺りが特に。
アキが苦い顔を横に向けて呟く。
その言葉が聞こえていないのか気にしていないのか、ハルは同じような口調で続ける。
「他にも色々あるけど、やっぱり一手間分が面倒なんだよな。
それ以外にも、コードサーチだったか?
場所を特定する問題にしても、ネイビス以外のセクションの傾向からすると、陽光学園内というパターンがほとんどだ。
その場合、外部の人間は完全に不利になる。
もっとも今回のコードサーチは学園外という異例だったがな」
「ふーん。外部の人間がやるメリットはあんまりないのか」
「そう、メリット。そこなんだよ」
「どこ?」
初めてハルが軽く振り返る。勿論歩きながらだが。
「だからメリットなんだ。
『外部の人間』とか『陽光生』とか、そういう問題じゃない。
肝心なのはメリット。
それさえあれば、外部の人間が『Ripper』でも問題ないんだ」
「どういうこと?」
既に前を向いているハルに問うが、彼は少しうつむき気味に首を傾げて口の中で何かを呟くだけだった。
こうなったら問いかけても無駄だと知っているアキは、自分も視線を前方に戻して黙ってハルに従う。
しばらくそのままついていったが、ふと気がついた。
「あれ、俺達どこに向かってるんだ?」
繁華街から結構歩いているようで、周りの光はきらびやかなネオンから白一色の街灯に変わっている。
建物も飾り立てたバーや飲み屋から、住宅街へと変化していた。
「どこか分からないのに着いてきたのか?」
問いかけたつもりはなかったのだが、前を歩いていたハルが問い返してくる。
「えー、だってハル、何も言わなかったじゃんか」
感情の読めない音程の問いが、呆れているのかいつも通りなのか分からず、アキは無難な答えを返してみる。
その答えには何も返って来なかった。
それを見て、アキは少しだけ肩を落とす。
(あのクソオタクだったら、ハルが何をしたいのか、もっと分かるのかなぁ)
昨日、アキを役立たず呼ばわりしたカイを思い出す。
アキと逆で頭脳担当のカイは、ハルとツーカーなところがある。
一緒にいる時間はアキの方が長いのに、自分の知らない場所で繋がっているというのは、なんとなくいい気持ちはしなかった。
面倒臭い人間みたいな考えに至ってしまう自分が嫌で、アキは短く一つ息を吐きだす。
「ん? ど、どうしたの?」
考え事をしていたアキの目の下で、急に黒い髪の毛が少し揺れて止まる。
まさか今のため息を反抗心と受け取ったのか、それとも自分の心を読まれたのか、と一瞬どきりとするが、どうやらそうではなく目的地に着いたらしい。
「誰か一人くらいいるかと思ったんだけど、もう来たのかな。
それともこれからか。まぁいいや」
そこは何の変哲もない、ただのT字路だった。
今歩いてきた民家の塀で挟まれた一車線の道路に対して、同じように民家の塀に沿って直角右方向に道が生えている。
もっともその道は、自転車がやっと一台通れるかどうかという道であるが。
ハルはイヤホンコードを解いた指をすっと立てると、
「ちょっと見張ってろ」
アキに短く命令をし、まるで猫のようにするりとその脇道に入る。
道に入る直前に電柱があるせいで、そのままハルの姿は見えなくなった。
翻った彼のパーカーの裾が影に隠れると、完全にアキ一人が道に取り残された状態になる。
「了解」
(と言っても、何から見張ればいいのか)
アキは考えながら、ハルが消えた方の路地に目をやる。
民家の木の枝が大きく路地に飛び出して作る影も相まって、一層じめりとした暗い空間ができていた。
さらにその数メートル奥にはゴミ置き場だろうか、身長より少し高めの錆びたフェンスで囲まれた簡易な建物があり、それを支えるようにして奥に再び電柱がそびえている。
一つ目の電柱の影を覗いても誰も見えないということは、おそらくハルは奥の電柱影にいるのだろうが、アキ側からは全く見えなかった。
おそらく反対側から見ても、同じように見えにくい場所となっているのだろう。
「ここがどこだか分かったか?」
「え? いや」
影からハルが問いかける。
周りを見渡したが、特に思い当たることはなく、素直に答える。
「ここまで来てまだ分からないのか」
「あう……」
感情の読めない声が逆に冷たく感じる。
いっそ呆れた声で言ってくれればいいのに、と思いながらアキが言葉を詰まらす。
「ネイビス第二問目のコードハントの場所。
そして、『Ripper』による第二の切り裂き事件があった場所だ」
「あ!」
それでやっとアキが思い当たったらしく、ぱっと顔を上げる。
たしかに、カイに見せてもらった第二問目の写真の場所と似ている。
ただあまりにも印象強いものがなく、普通に通りすぎてしまうような場所だったせいで、手元に写真がない今、本当にここがその場所かどうかも、アキにははっきり断定できなかった。
「で、なにか分かったか?」
続けざまにハルが声だけで問うてくる。
「いや、別に……」
本来肉体労働担当のアキが、突然脳ミソを働かせられるはずもなく、この問いにも答えを詰まらせる。
「そ。まぁいい」
「うぅ……」
短く返ってきた答えが、いつも以上に冷たく感じる。
もっともハル側にそんな意図はないのだが。
物陰からは僅かな布擦れの音が漏れるだけで、ほとんど気をつけなければ気配すらしなくなった。
一方のハルはというと、電柱に書かれたコードを見つけ、その場所を手の平より小さくて薄いデジタルカメラに写す。
カイとクリスによって改造されたそのカメラからは、シャッター音一つしない。
数メートル先のアキも、ハルが写真を撮っていることには気づいていないようだ。
続けて反対側に伸びる道、横の壁、頭の上に茂る枝葉、反対側の壁と、辺りの様子を音も立てずに写しこんでいく。
そうしているうちに、ふと、ハルは鼻につく臭いを捉える。
強い、鉄の臭いだ。
ハルが隣のゴミ捨て場かと思い目を向ける。
錆で劣化した鉄枠を見るが、彼の感覚がこの臭いではないと告げる。
彼にとってその臭いは、もっと嗅ぎ慣れた、ずっと付いて回る臭いだった。
ゴミ捨て場の鉄枠に接したブロック塀に目をやる。
立ったハルの目線よりも若干下方に、細かい何かが見えた。
ハルは一度目を瞑って目頭を押さえて、視点を集中させる。
茶色よりも金色に近い糸のようなものが数本埋まるように生えている。
僅か一センチにも満たない、よく見なければ見逃してしまうであろうその糸状のものを、ハルが写真に収める。




