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雨は止まない。
細かい水粒はこの街を覆うように注ぎ込み、そして刻まれた幾つもの傷に染み込んでいく。
リッパーズ・ストリート。
いつの頃からか、半ば揶揄するように、ここはそんな名前で呼ばれるようになっていた。
街に集められた学生たちは朝の挨拶と雑談を交わしながら、この物騒な名前のついた道を通って自身の学校へとそれぞれに分かれ、吸い込まれていく。
その景色は初夏の色を感じさせない冷たい六月の風の中、雰囲気もどこか陰気臭い日であっても変わらず繰り返される光景だ。
リッパーズ・ストリート西側住宅街。
じめりとした灰色の空の下、一方通行の道路幅の内側。
人ごみの中で、周りの様子を窺いながら一人の男子学生が歩くペースを落とす。
そして学生の群れが途切れたその時を見計らい、自転車も通り難そうな細い脇道へと静かに歩を進め、民家の壁に沿って直角に伸びている電柱の影にするりと滑りこむ。
そのまま小走りをして、さらに次の電柱の影に潜るように身を潜める。
少しだけ頭を覗かせて今来た通りを伺うが、誰も彼には気づいていないようだ。
それを確かめると、今度は身を預けていた電柱に指を這わせて注意深く調べる。
薄暗い光に目を細めながら、冷たい灰色の石を目で探っていく。
「あった!」
つい、と言った感じで彼の口から小さな歓喜の声が漏れる。
彼の指の先には、ボールペンで書かれたような細い線で、小さく数字が書かれている。
即座に携帯電話を操作して、その数字を打ち込み、そして再びいくつかの操作の後で
「……よし」
安堵したようにほっと彼は息を漏らす。
その時だった。
「ん?」
持っていた携帯電話の画面が一瞬、鋭い光と濃い影を映す。
電柱と携帯電話に集中していて、後ろから忍び寄る人影に気づくのが遅れた。
反射的に彼は振り返る。
その目に映ったのは、鈍い光。
大ぶりのサバイバルナイフの切っ先は、暗い太陽の光を流すように反射させていた。
何で俺が。
どうして俺が。
どうしてこんなところで。
瞬時に彼の頭の中に様々な疑問が浮かぶ。
しかし混乱する頭の隅に、冷静な自分がいるのが分かった。
冷静な彼自身が、諦めたように頭の中で呟く。
(あぁそうだ、ここは)
リッパーズ・ストリート。
そう、切り裂き魔たちの棲家だ。