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作者: 南禅寺春宵

 どうも、はじめまして。私は人間をやっている者です。まあ、お茶でものみながらゆっくり語らいましょう。どうぞ。それではお話に入りましょうか。私の第一希望は植物だったのですが、人間をやっています。あ、人間をやっているという言い方は間違っていますね。正しくは、人間をやらせていただいている、ですね。母親が、痛い思いと、苦しい思いで、この世に産み落としてくれたのですから。本当に感謝していますよ。本当に。この世に人間として、生まれてきたおかげで、愉しいことも、辛いことも体験できたのですから。父親にも心の底から感謝しています。素晴らしい父親の遺伝子を、受け継ぐことができたおかげで、私は様々な体験ができました。父親が、お金持ちだということもあり、私は学びたい学問を不自由なく学ぶことができたのですから。本当の本当に両親には感謝しています。それはそうと、ヒグラシという虫は、ご存知でしょうか。ええ、まあセミの一種なんですけどね。薄暗い場所で、シーシシシシシ、だか、キーキキキキキ、だか鳴くあのセミです。どう、聞き做しを表現したら好いものか、解りませんのでそこはご了承ください。唯私には、シーシシシシシ、キーキキキキキ、と聞こえなくもないというだけなので。そういえば、ヒグラシは、その腹の中に、幾匹もの虫が住み着いているそうで。いや、だからどうということではないのですけどね。唯私は知らなかったんです。半年前ぐらいですかね。偶々、目を通した書物に、そういうことが書かれていただけのことです。でも、ほら、新しいことを知ったら、誰かに伝えたくなりませんか? だから私は今こうしてあなたに話しているんですよ。いや、別に自慢というわけではないですよ。本当です。あ、半年前といえば、あの奇怪な事件も有りましたね。あれは印象的で、まだ覚えていますよ。あれ、知りませんか? あの、複数の少女を誘拐した男が、建物に立てこもって、全員殺して、自分も自殺したあの事件ですよ。凄い意味のないことですよね。犯人は、虫の居所でも悪かったのでしょうか。唯少し羨ましかった。いや、勘違いしないでくださいよ。そんな猟奇的なことに、魅力を感じて羨ましく思っている、とかではないですから。そんな、性癖は持っていませんよ。恐ろしいぐらいですから。無意味に、人の命を奪う人間の気が知れませんね。死ぬことって怖いことでしょう? 少なくとも、私はそう思うのですが。あの時犯人は、躊躇うことなく、自らの命を絶ったのでしょうか。もし、そうだとしたらそれは凄いことだとも思うわけですよ。だって、死ぬことは、痛い、苦しい、辛いことでしょう。あれ、でもそれって私を産み落としてくれた、母親の気持ちと、酷似していますね。矢張り生と死は、紙一重、表裏一体なのですね。あれ、どうしました。グーって、腹の虫が鳴いていますよ。何かお作りしましょうか? ああ、腹痛でしたか。お手洗いなら、此処を出て、突き当たりを右です。右ですよ、右。左の部屋は、両親が眠っていますから。本当に大丈夫ですか? 大分顔色が悪いようですが。お気になさらずに、横になられてくださいよ。今、布団を用意しますから。はい、こちらでお休みください。私のことなど気にせずに、本当に少しお休みになった方がいい。いや、でも本当に貴方が来てくれて嬉しいですよ、私は。両親共々、ずっと寝込んでいて、偶に口を開いたと思えば、あー、とか、うー、としか云わないもんですから、話し相手がいなくて退屈していましたので。いやいや、本当に貴方が来てくれて本当に良かった。まさに、飛んで火にいる夏の虫とは、こういうことを云うんですね――。あ、いえいえ、お気になさらずに。大分と、お疲れのようですね。虫の息だ――。あ、お眠りになってもらって構いませんよ。私も、そのほうが助かりますので。あ、いや、こっちの話ですよ。それにしても、人間をやらせてもらえてよかったですよ。第一希望が植物と云いましたが、植物は虫によく食われる。いえ、両親に教えてもらったんですよ。両親には本当に感謝しています。いえ貴方にも感謝しますよ。本当です。自分で試そうと思ったのですがね。なんといっても私は弱虫なので。あ、もう眠りに疲れたのですね。それではおやすみなさい。本当にありがとうございました。


                       (了)

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