新人冒険者はあの日に見上げた背中を覚えている-1
「ほ、本当に可能なのか?」
「わかんないから試すんじゃん」
「パーティーは組めたし、無線も使用可能でした。おそらく大丈夫でしょう」
「出来たら出来たで問題なんだがねえ。リーミヤちゃん、頼むから滅多な事はしないでおくれよ」
「もっちろん。新婚1週間で金のなる木認定とかされるつもりはないよ。じゃ、網膜ディスプレイで作業を始めるねー」
相変わらず4人しかいないギルドホール。
新妻であるセレスは信頼しきった眼差しで夫を見詰め、ジャスとダラスはキセルを使いながらリーミヤの作業とやらが終わるのを待っている。
「・・・あれっ?」
「どうしたっ、リーミヤ!?」
「もしかして、この世界にガンダルって木がある?」
焦って身を乗り出したジャスだが、ガンダルと聞いて安心したように座りなおした。
「あるもなにも、パリッシュはガンダルの雪根開きに生えてんだよ。リーミヤもさんざん見てるはずだ」
「・・・なるほど。となると、【3級武器製作】はこの世界の素材にも対応してるのか」
「それはスキルというシステムが、この世界と神に認められたという証左になりますね」
「・・・おい、ダラス。今セレスの言った事がわかったか?」
「さっぱりだよ。1週間も寝室に閉じこもってたのに、まさかずっと異世界の言葉を勉強してたってんじゃないだろうね」
「そりゃねえさ。昼間だけでもギルドに人がいねえと困るからここにいたが、まー朝でも昼でもガッタンゴットン2階がうるせえのなんの」
顔を真っ赤にしてセレスがうつむく。
だが、ジャスとダラスには見えない位置でリーミヤが手を伸ばし、優しく手を握ると途端に笑顔になった。
「あー、暑い暑い。そんでリーミヤちゃん、どういう事なんだい。あたしらにもわかるように教えておくれ」
「うん。えーっとね、【3級武器製作】は前に説明した網膜ディスプレイで図面を描いて、それをアイテムボックスの中の材料を使って作るんだよ。その図面の材料選択にガンダルの木材ってのがあったんだ」
「つまり、どういうこった?」
リーミヤが苦笑する。
「スキルはこの世界に対応しているんだ。考えられる理由はいくつかあるね。1、スキルは神様とか関係なく元々異世界でも使える能力。2、神、もしくはこの世界そのものがスキルを受け入れた。3、俺という存在を利用してスキルが成長した」
「リーミヤを利用?」
「俺が見た物を材料に出来ると認識して、リストに追加したって事」
「なんか物騒な話に聞こえるんだが・・・」
「ま、これを否定するのは簡単だよ。そうだねえ、ガンダルはリストのここだからなるべく遠いのはー。バルって木はこの辺りにある?」
「ないね。それは雪の降らない暑い地方の木材だよ。大した質じゃないんだが輸送費がかかるんで、この国じゃそこそこの値段がする。この村には、小物の木工細工すらないだろうね」
「なら3はないね。神様の存在はウイママが証明したし、この世界にも神託裁判なんてのがある。2、なのかなあ・・・」
「神様がお認めに、か。信心なんてほとんどねえ俺だが、教会に行ったらお礼を申し上げるつもりで祈りを捧げるか」
リーミヤとセレスが顔を見合わせている。
やがてどちらからともなく頷き合うと、2人は真剣な表情でジャスとダラスに向き直った。
「ジャスさん、ダラスさん」
「お、おう」
「どうしたんだい、改まって」
「俺がセレスと同じ寿命になる方法は、説明しましたよね」
「ああ。婚姻が成立して『すきる』を取るってんだろ?」
「そうです。この1週間、新婚の寝室ごもりの風習に従っていたので報告が遅れましたが、俺とセレスは無事に婚姻関係を結びました。産みの親の墓前にはいつか報告に行きますが、まずは育ての親であるお2人に報告と、心からの感謝を。ここまでセレスを見守っていただき、本当にありがとうございます」
「ありがとうございます。お父さん、お母さん」
深々と頭を下げての真摯な言葉を受け、2人はすぐに言葉を返す事が出来ないようだ。
お母さんと呼ばれたダラスは、こらえきれず落涙している。
「・・・まあ、あれだ、なんだ。結婚したっつっても、おめえらはまだ若えんだ。なんかありゃ迷わず俺達を頼れ。2人はあれだ、ほら、む、息子と娘なんだからよ」
「そうだよ。あたし達ゃ何があっても、たとえこの国を敵に回す事になっても、2人の父親と母親なんだからねっ!」
強面のジャスも涙ぐみ、ダラスなど鼻水まで流して号泣している。
セレスが2人にハンカチを渡すその横で、リーミヤは満面の笑みを浮かべた。
天真爛漫。
その邪気がないゆえの攻撃力を1週間の寝室ごもりでいやというほど体験したセレスは嫌な予感に襲われたが、こんな感動的な状況でなら夫も少しは空気を読むだろうとダラスの背中をさするのに集中した。
「ならさっそく。セレスが職業持ちになって、あるはずがない初期スキルまでもらっちゃったんだけど、どうしよっかー?」
ああ、この人はやっぱりこうなのか。
息をするのも忘れているダラスが椅子から転げ落ちたりしないように支えながら、セレスはすっかり癖になってしまった苦笑いを浮かべる。
「もう少し手加減しましょう、リーミヤ。それじゃ相談じゃなくて、ただの爆弾発言ですよ」
「・・・手加減って」
「寝室で無茶を言うのはまだいいけど、外じゃもう少し常識を考えないと。約束したでしょ」
「無茶なんて言ってないじゃん。あれが普通なんだって。タクミは嘘つかないもん。それに、セレスだってすっごい喜んでたじゃんかー」
「この世界では違うのだと思うわよ。冒険者は野営の時に猥談をしたりするけど、・・・あ、あんなのは小耳にも挟んだ事がないもの」
「でも気に入ってるでしょ?」
「し、知らないっ」
「ふーん。じゃ、夜になったらもっかい聞こうかな。楽しみだ」
「もうっ、バカ・・・」
ドンッ!
その音で熱っぽく見詰め合う2人が目を向けると、テーブルの向こうに眦を吊り上げたジャスと呆れた様子のダラスがいた。
どうやら、いつの間にか移動してキス寸前の体勢になっていたのに2人は気付いていなかったらしい。
「こんな時にいちゃついてんじゃねえっ!」
「セレスには後でじっくり話を聞くとして。セレスが『しょくぎょうもち』になったってのは、どういう事なんだい?」
「とりあえず落ち着きましょう。お茶を淹れ直します。リーミヤは【3級武器製作】を試すんでしょう。今のうちにやっておいて」
「了解。解体ナイフがいいかな。こないだの狩りじゃ、おっちゃんのを借りたし」
セレスが席を立って酒場カウンターに向かう。
「おい、ちゃんとお茶が出てくるんだろうな・・・」
「あの子が淹れたお茶だ。少しでも色がついてたら褒めてやればいいさ。にしても、何もない場所を見ながら悩んでるってのも不思議な光景だねえ」
「網膜ディスプレイは本人にしか見えないからねえ。ん、こんなもんかな。【3級武器製作】、発動!」
「ま、眩しっ!」
「こりゃあ光魔法なのかい、リーミヤちゃん!」
「製作スキルの光だよ。失明したりはしないらしいから大丈夫。おお、図面通り。母さんので見慣れてるけど、自分で使うと嬉しいもんだねえ」
リーミヤが小さな斧のようなナイフを鞘から抜いてテーブルに置く。
「重さもバッチリ」
次に抜いたのは奇妙な形状のナイフだ。剣先が海で使う銛のようになっている。
「これもオッケー」
次はどこにでもありそうな中指ほどの長さのナイフ。
「よし、問題なしっと」
「変わった形と材質だな。見せてもらっていいか?」
「もちろん、どうぞどうぞ」
ジャスは3本のナイフをそれぞれじっくり観察し、指の腹を刃に当てて研ぎまで確認してからリーミヤの前に戻した。
そのまま長い溜息を吐き、年寄り臭い仕草で目頭を揉む。
リーミヤはそんなジャスの事はあまり気にせず、ナイフを鞘に戻して留め金まで締めた。
「まいったね、こりゃ・・・」
「何か問題あるのかい? 3種を同じ鞘に入れておけるなら便利そうだから、あたしも欲しいくらいなんだけど」
「鞘は革製だ、縫製や設計が神がかっちゃいるがまだいい。問題は剣身だよ。リーミヤ、こりゃただの鉄じゃねえな?」
「うん、ステンレス製。なんかマズイ?」
「『すてんれす』って言うのか。・・・簡単に言うと、これを売った金で王都に屋敷が買える」
「あれまあ。それほどの業物なのかい、ジャス?」
「ああ。ドワーフも似たような剣を鍛える事があるが、ここまでの出来の物にはお目にかかった事がねえ」
「・・・3級でそれ? ま、持ってる鉄クズが切れたらもう作れないからいっか。ステンレスはあるにはあるんだね。じゃ、問題ないね。昼過ぎにはおっちゃんとダラスさんのも出来るから、良かったら使って」
王都に屋敷を2つ買ってやる。そう言っているのと同じだと、リーミヤはわかっていないらしい。
人数分のお茶をそれぞれの前に置きながら、戻って来たセレスはまた苦笑を見せた。
「うん、ちゃんとお茶の味がするー。腕を上げたねっ、セレス」
「お茶くらいで大げさな。それよりジャスさん、ダラスさん。私の職業について説明したいのですが」
「・・・あ、ああ。そうだったね」
「娘の一大事だ。しっかりと説明してくれ、リーミヤ」
「ほーい。そんじゃ始めよっかー」
リーミヤの説明は、昼過ぎまでかかってやっと終わった。
職業持ちが一般人を愛すると、網膜ディスプレイ上で婚姻申請が可能となる。
婚姻を認めるのはかの世界の神であると言われており、本当に愛し合っていなければ婚姻は結ばれない。
婚姻が結ばれると一般人は、配偶者の職業名の夫、または妻、という職業を与えられる。網膜ディスプレイ、アイテムボックスも自動的に取得。
レベルアップとその際に得たスキルポイントを使用しての新規スキル取得こそ可能だが、生まれながらの職業持ちが持っているそれぞれの職業に関連する初期スキルは持っていない。
なのにセレスはジャンクヤードの猟兵の妻、ではなく固有の職業を得た。もちろん、初期スキル付きで。
これは結婚失敗かと慌てた2人だが、リーミヤが取得可能スキル欄にそれまでなかった【他種族配偶者との寿命同調】を発見して一安心。
そのスキルは種族的特徴で寿命の短い配偶者、つまりリーミヤの成長を種族的特徴で寿命の長い配偶者に合わせる。
そして2人は本当の夫婦になった。
「とまあ、こんな感じー。もう最期のナイフ分のリキャストタイムが終わってるや。3時間も話してたんだねえ。【3級武器製作】、発動っと」
「はぁ、驚きすぎて光ぐれえじゃ動じなくなるとはな・・・」
「人間はエルフとは違って、慣れる生き物です。だから素晴らしいのですよ」
「言うねえ、異世界の広域殲滅美姫サマは」
「ううっ・・・」