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新人冒険者、娶る-6(完)




 もうすぐ夜が明けるからと寝直すのはやめにして、茶と煙草を楽しみながらリーミヤは先程の発言を説明させられていた。


「なるほど、その『きまえらぞく』とかと結婚する『しょくぎょうもち』がそうやって寿命を伸ばすのか・・・」

「うん。ただ、本気で愛し合ってないと婚姻が成立しないんだよ。成立したら、1ポイントで取得できるけどね」


 言いながら、リーミヤは虚空を見上げて小刻みに眼球を動かしている。


「・・・何してんだ、リーミヤ?」

「んー。網膜ディスプレイ見てる。レベルが上がったからねえ。経験値20のムームーが3匹で60でしょ。ガルーは50もあったから逆算してるの」

「説明されてもわからん・・・」

「レベル11になってるから、9匹のガルーを倒したみたい。スキルポイントが7もあるから、何を取るか悩むなあ」

「リーミヤちゃん、嘘がわかるの以外にも『すきる』ってのはあるのかい?」

「あるよー。【検品】とか武器を修理するのとか、離れている人間と話せるのとか。ああ、剣の使い方が上手くなるのとかもあるよ」


 ダラスが茶葉を一掴み足したポットのお茶が配られる。

 それを飲みながら、リーミヤは唸っていた。


「何をそんなに悩んでいるのですか、リーミヤ?」

「なんで敬語!?」

「お姉ちゃん気取りで世話を焼いてたが、弟役が心の中に野獣を飼っている戦士だと気づいた。それでリーミヤは一人前の男なんだと考えを改めたんだろうさ」

「ふーん。ねえ、俺が村で生きてくのに必要な技能ってある?」

「特にねえな。あの村は特殊だ。こないだ話したように、俺は軍務省から客人に関する判断のすべてを任されているだろ。ダラスやセレスも同じだ。そして村人も客人に関わらせても大丈夫だと判断された人員を、自給自足可能な数と質で揃えてる。まあ月に1度はキャラバンが来るし、門番だけはその時に交代するけどな」

「じゃ、好きにしていいって事かー」

「リーミヤ。離れている人間と話せるスキルというのは、どんな感じなのですか?」


 セレスが身を乗り出すようにして敬語で尋ねる。

 リーミヤは少しだけその口調を寂しく思ったが、男として意識してくれたならばいいかと自分に都合のいい判断をした。「ふむ」などと言って腕を組んでみせるが、視線は身を乗り出す事で形を変えたセレスの胸に固定されている。


「俺が持ってるのは【パーティー無線】ってスキル。猟兵っていうのは兵種だからね、戦闘中に声を出さずに仲間と話せるスキルだよ」

「私達とも話せるのですか?」

「・・・どうなんだろ。名前もHPバーも見えてないからなあ。まあそれでもパーティー編成画面を呼び出し、リストには・・・あるね。村長さんの名前ってギャールさん?」

「なんでわかったんだ!?」

「パーティー。あれ、パーティーって言葉はこっちにもあるんだね」

「ああ。冒険者は集団でこそモンスターと戦えるからな。狩場に合わせて効率のいい人数とクラスを集める」

「なるほど。そのパーティーを組むリストが網膜ディスプレイにあるんだけど、そこにおっちゃん達3人とギャールさんって名前があるからさ。ある程度の顔見知りなら、パーティーは組めるみたいだね」

「今すぐに、私達をそのパーティーに入れて下さい!」


 セレスがさらに身を乗り出す。

 すると当然、その胸はむにゅっと形を変える。

 若さ故の反応でリーミヤは前屈みになるが、視線を外すという選択肢はないらしい。そしてそうまでして胸ばかり見ていては、鈍感なセレスとてその視線に気が付く。


「こんのっ。火よ!」


 左手で胸を隠しながら傍らの片手杖をリーミヤに向けると、瞬く間にその先端に魔力が集まった。呆れた集束速度だ。


「待って待って、魔法耐性系のスキルなんて持ってないから! 死んじゃうからっ!」

「死ねって言ってんですよ?」

「ちょ、おっちゃん助けてっ!」


 呆れて見ているジャスも、さすがにくだらない事で客人を死なせる気はないらしい。セレスの肩を優しく叩いて、杖は仕舞えとでも言うように顎をしゃくった。


「・・・ちっ。次はありませんよ?」

「了解しましたっ!」

「同情するぜ、リーミヤ・・・」


 ジャスが首を横に振って、煙草の葉が詰まった小袋をリーミヤに放る。


「・・・どういう意味ですか、ジャスさん」

「そのままさ。リーミヤは俺に言った。あの狭い、何の娯楽のない村でひっそりと暮らすと決め、自分がセレスや村の若奥さんに悪さをしそうなら殺してくれと。商売女も呼ばなくていい。恋人、ましてや結婚相手を紹介しようともしないでくれとな。少しの知り合いがいて、人間扱いしてもらえたらそれでいいと」

「なっ・・・」


 驚くセレスは声もないようだ。

 黙って聞いているダラスは、すでに涙ぐんでいる。


「そんなリーミヤに、少し胸を見られたから殺す? 俺は哀しいよ、セレス」

「かわいそうに、リーミヤちゃん。唯一いる年齢の近い異性がこんなんじゃねえ・・・」

「こんなんって何ですか!」

「リーミヤは一生、右手を恋人にすると決めたんだぞ?」

「おっちゃん、言い方を考えよう! 打たれ弱い俺に、ホンの少しだけ配慮をしよう!」

「それがちょっと見とれただけで殺すっていうんだ。揉ませろとまでは言わねえが、なあ、ダラス?」

「だね。心の底からエルフが嫌い。人間やドワーフに言い寄られれば、私を残して死ぬ方に愛は捧げられません、なんて本音混じりで身を躱す。そんなアンタの前に現れた優良物件じゃないのさ。胸でも何でも使って、さっさとツバ付けちまいな!」

「そうだそうだ。2人の子供なら孫みてえなもんなんだから、とっとと俺とダラスに初孫を抱かせやがれ!」


 そこまで聞いて、リーミヤはどう反応するべきかわからなくなってしまった。

 それはセレスも同じらしく、まるで説教でもするような2人の声を聞き流してリーミヤを見る。

 目が合った。

 真っ赤になったリーミヤが顔を逸らす。

 なんだ、かわいいものじゃないか。素直にそう思える。

 戦うリーミヤは戦士の、オスの顔をしていた。ダラスの言う通り、その笑顔を見て自分の中のメスが疼くのを感じた。その感覚は今までの自分とは酷くかけ離れているような気がして、セレスは無意識にその感覚から距離を取った。

 だが、顔を赤らめて視線を逸らしたリーミヤは、初めて会った時と同じく弟のようにかわいらしい。

 つまりは、セレスもリーミヤもまだまだ子供なのだろう。なら、急がなくていいのだ。


「・・・結論が出ました」


 この機会に2人をくっつけてしまおうと、なおも言い募っていたジャスとダラスがセレスを見る。


「どんな結論だってんだい?」

「リーミヤは体は大きいですがまだ子供です」

「しかし、男って生き物はなあ!」


 それはセレスも知識として知っている。

 人間は、欲が深い。食欲、性欲、睡眠欲、どれもエルフであるセレスからすると恐怖すら感じるものだ。リーミヤにも性欲はあるのだろう。だが、エルフは伴侶にしか欲情しない。

 人間を伴侶としたエルフは性欲が人間並みになる。そんな性教育を思い出して、セレスは少し怖くなった。

 独りでいい。

 子供心にそう決めた。

 有り余るほどの魔力があると知らされ、病弱だった母どころか、年下のエルフすら自分より早く死ぬと気がついたからだ。


「独りでいい・・・」


 その呟きを聞いて、リーミヤが慌てている。


「違うんだ、セレスさん。その、人に迷惑かけるくらいなら1人で生きてくかって思うけど、1人で生きていくなんてムリだからさっ。俺、麦とか育てらんないし!」

「え・・・」


 独りでいい、それはセレスの気持ちだ。なぜリーミヤが慌てる。麦が育てられない? セレスは麦を育てられる。精霊の祝福で穂が垂れるほどの麦を。

 そこまで考えたセレスは、それこそが真実だと判断した。


「・・・大丈夫。セレスは独りでいい」

「はあっ!? 何を言ってんのセレスさん!」

「セレスは麦を育てられる」

「じゃ、じゃあ服は作れるのっ!?」

「・・・大きな葉っぱを育てる」

「それ服じゃないからっ!」

「やれやれ、察しの悪い妹分だねえ・・・」


 ダラスが煙草に火を点けながら言う。


「だな。言ってやれ、ダラス」

「任せときな。セレス、さっきの戦闘中にリーミヤちゃんの笑顔を見た時、キュンとしなかったかい?」

「・・・知らない」

「いいから答えなっ!」


 セレスどころか、隣にいるリーミヤまで思わず姿勢を正したほどの怒声だ。


「・・・・・・」

「答えなって言ってんだよっ!」

「・・・ちょっとだけ」

「それが答えだよ」

「・・・意味がわからない」

「アンタの父とあたしらは長い事パーティーを組んで冒険者をしていた。いつも里にいる嫁と娘の心配をしていたよ。嫁は体が弱いからってね。嫁に何かあれば自分が娘を育てる。だが、自分もいなくなったなら娘を頼むと、あたしとジャスに頭を下げた。奴が死ぬ1年前さ。それから野営の度に、あたし達はエルフの子育てに必要な知識を教わった。キュンとしたかって聞いたら、ちょっとだけしたって言ったね?」


 セレスが頷く。

 リーミヤはというと、なんとなく状況を飲み込みかけていた。


「エルフは伴侶にしか欲情しないって知ってるかい?」


 こくり、とセレスがまた頷く。


「それが、答えだよ」


 慈母の微笑みを向けられ、セレスは首を傾げた。

 おかーさん、セレスわかんなーい。リーミヤはそんな声を聞いた気がした。


「人間の性欲ってのは凄いもんさ。だからこそ、人間のあたしは気がついた。セレス、アンタはあの瞬間、リーミヤちゃんに欲情したんだよ。ここまで言えばわかるね?」

「リーミヤは伴侶?」

「・・・惜しいね。もうちょっと手前から考えようか。リーミヤちゃんに頼むべき事、それはなんだい?」


 リーミヤは自分の乾いた笑いを、他人の声のように聞いていた。


「不満か、リーミヤ?」

「・・・いや、そうじゃないです。でもこの世界に来て1ヶ月も経ってないんですよ? した事といえば薬草採取と、反則技を使っての狩りです」

「ま、これがエルフなんだからしゃあねえだろ。だからこそ、誰もが美しいと思う姿形なんだ」

「驚きの生態ですねえ。『男だけに伝える生き方1巻』、受け入れるしかない状況は存在する、か・・・」

「いい父ちゃんだ」

「いただけるモンは美味しくいただけ、とも言ってましたよ?」

「だからいい父ちゃんだって言ってんのさ。ほれ、姫様の答えが出たらしい」


 セレスはジャスと話すリーミヤの横顔をじっと見ていた。


「あ、えっと・・・」

「リーミヤ、伴侶になって」

「あ、はい。不束者ですが・・・」


 リーミヤのこの世界に来て初めての狩りを祝うはずの宴会は、そのまま2人の結婚披露宴になった。

 さすがは客人だ、初めての狩りで樹国の美姫を仕留めやがったと村人達は笑う。

 こうして、異世界から来た少年はこの世界の住民になった。



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