新人冒険者、娶る-4
ムームーは弓で狩る。
両前足の爪は鉄の鎧すら引き裂くのだから当たり前だ。接近戦など挑んでいたら、ただでさえ高い冒険者の死亡率がさらに跳ね上がる。
「まさか弓を持ってねえとは・・・」
「常識の違いね。弓を使えない軍人などこちらにはいないけど、リーミヤの世界には銃がある。弓など必要ないんでしょう」
「ううっ。消音器は作ってあるけど、スキルポイントがなくて【弾薬作成】を取得できないから、普段の狩りに使ったら弾がもったいないよなあ」
「まあ、銃ってのを試すためにこんな奥まで来たんだ。それに『けいけんち』さえ向こうと同じように入るなら、そのナントカってのも手に入れられるんだろ?」
「たぶんね・・・」
「なら試してみればいいさ。休憩は終わりだ。焚き火を始末して獲物を探すぞ」
「はぁい」
リーミヤが全員分のカップやジャスとダラスが使った灰皿をアイテムボックスに収納し、ジャスが焚き火に土をかけてしっかりと消す。
「荷物を背負わずにこんな森の奥まで狩りに来れるなんて。本当にアイテムボックスは羨ましいわ」
「セレスさん、いつの間にか発音が完璧になってるねえ。おっちゃんとダラスおばちゃんは、銃しか発音できないのに。凄いや」
「ふふっ。ありがとう」
4人が獲物を求めて歩き出す。
先頭は、リーミヤだ。
この森の奥に来るまでに何度か数百メートル先のモンスターをも容易く発見し、安全に迂回までして見せたからだ。マーカーとか感知力とか説明されたが、ちゃんと理解しているのはセレスのみと思われる。
「いた。11時に黄マーカー。距離200。いい感じに射線も取れてるよ」
「んん?」
「あー、正面の少し左にモンスターがいる。まだこっちには気がついてない」
「俺には見えねえな。セレス、どうだ?」
「・・・いた。いい目をしてるわ。これなら弓もすぐに上達するわよ。村に帰ったら、ダッツ爺さんに弓を作ってもらいましょうね」
「ドワーフの名工に弓の依頼とか、俺の所持金で足りるのかな」
「武器を作れるのがダッツ爺さんしかいないんだから、格安で作るに決まってるでしょ。それとも国のお金で、王都の工房にでも注文する?」
セレスが微笑みながら言う。
リーミヤが国から金を受け取るのを頑なに拒否しているからだ。王が不安がっていると魔法省のお偉いさんに念話魔法でずいぶんと愚痴を言われるが、セレスはリーミヤのそんな潔癖さが嫌いではない。
「それはヤダ。じゃ、銃で殺すよ?」
「おう、年甲斐もなく楽しみだぜ。未だ見ぬ世界の武器、か・・・」
「神よ、日々の糧を得るために命を奪う罪深き我々をお許し下さい」
「これが狙撃銃、スナイパーライフルね。母さんが父さんから貰ったのを借りてたんだけど、返せないのが申し訳ないや」
「大きいのね、『すないぱーらいふる』という銃は。他にも種類があるんでしょう?」
ニヤリと笑ったリーミヤがスナイパーライフルを背負い、手の中に小さな銃を出す。かなり小さい。体格のいいジャスやダラスならば、手の中に握り込めるくらいの銃だ。
「これが拳銃、ハンドガン。『けん』は拳って意味。『はんど』は手。『がん』は銃」
「手弓のような物なのね。異世界言語、興味深いわ・・・」
「どうでもいいけど、のんびりしてたらせっかくのムームーが逃げちまうよ?」
「それじゃ撃つね。音は小さくしてあるけど、無音ではないからそのつもりでいて」
返事を聞きながら、リーミヤは膝立ちになってスナイパーライフルを構える。
やがて勝利を確信したのか、ニヤリと笑いながら「撃ちます」と言った。
パシュンッ!
「・・・上手く眼球に命中したけどHPバーがないから死んでるかどう、ああ、経験値が来てるから死んでるや。周囲にマーカーなし、血抜きに行こう」
「あんな音で鉄を飛ばしてムームーが死ぬ、か。誰に話しても信じねえだろうな」
「というか、ムームーを殺せるなら人間なんて簡単に殺せるからねえ。やはり銃ってのは、存在すら秘匿するべきだよ」
「音で鉄を飛ばすのではないようですね。この臭いは・・・」
「セレスさん、推測するのはいいけど誰かに話したりはしないでね。文献に残すのも危ないよ?」
「そうだぞ、セレス。これは、俺達が墓まで持っていく秘密だ」
「・・・わかっています」
ムームーの血抜きと解体は、ジャスがやった。
リーミヤも狩りの経験はあるようで、次はやらせてくれと頼んでいる。
「そんじゃ、収納するね」
「頼む。しかしリーミヤ、狩りの経験はあったんだな」
「うん。俺は大学を出てからしばらくレベリングしてカチューシャの家を継ぐつもりだったけど、学校生活にも【嘘看破】は必要だからね。レベル4にはしてあるんだ」
「何を言ってるかさっぱりわからないよ、あたしゃ」
「それはどんな、す、スキルなの?」
「おお、スキルの発音も完璧になったね。まあ、銃が言えるなら当たり前か。【嘘看破】は、嘘がわかるスキルだよー」
ムームーを収納しながらのその爆弾発言に、こちらの世界の3人は凍りついた。
「・・・それは個人で神託裁判をするって事なのかしら?」
「まず神託裁判がわかんないって、セレスさん」
「そっ、それより、嘘がわかるなら初日の会話とかオメエ!?」
「あれは俺が嘘をつきやすいように誘導してくれたんだから、嘘としての反応はなかったよ。それに新人冒険者に援助してるのはホントだってわかって、良い世界に来たのかなあと思ったし」
「・・・というか、リーミヤちゃんはずっと村で暮らしてもらうしかないかもしれないねえ。嘘がわかるなんて、街に出たら3日で人間が嫌いになるよ」
「あっちだって職業持ち以外は嘘ばっかりだって。それより次の獲物を探そうよ。まだアイテムボックスには入るからー」
その夜、リーミヤとジャスは2人で焚き火を囲んでいた。
あれからさらに森の奥へと進んで2匹のムームーを狩り、これなら村人全員で宴会が出来るとダラスが太鼓判を押したので、村への帰路での野営である。
「リーミヤは商人になるつもりだったんだよな?」
「うん。家が店をやってたからね」
「こっちでも商人になりたいか?」
「それはないなー。年寄りになるまではあの村で冒険者がいいよ。引退するまでに、お金を貯めなくっちゃね」
「・・・父のように王になりたいとは思わんのか?」
「それだけはない。父さんも、なりたくてなった訳じゃないし」
「そうか・・・」
燠火の崩れる音がする。
季節は春。まだ焚き火がなければ野営にはキツイ季節だが、毛布に包まって寝ているダラスとセレスは心地よい眠りについているようだ。
小声での会話が途切れた事を気にしたのか、リーミヤが小さな箱を出す。それから指より細い棒状の物を抜き取って、1本をジャスに手渡した。
「これは?」
「煙草だよ。葉の見えてない方を咥えるんだ。こう」
「ほう。それにしても、リーミヤも煙草をやるのか。ガラじゃねえ気もするな」
「俺は商人になるのが決まってたのに体が大きくて、冒険者をしてた双子の弟は小柄だったんだ。だから、成長を止めたくて吸い始めたんだよね。あ、葉の見えてない方にあるのは燃えると毒になるから、火がそこまで行かないうちに消してね」
「なるほど、燃えなければ毒ではないと。これも『かがく』、か・・・」
「うん。それに土に還らない材質だから吸ったら地面で揉み消して、俺に渡して。アイテムボックスに入れておく」
「わかった。ふむ、いい味だな・・・」
燃え差しで火を点け、煙を吐きながらジャスが言う。
リーミヤも煙草を楽しみながら、焚き火の側に置いている茶を口に運んだ。
「・・・話は変わるが、セレスの事をどう思う?」
「そうだねえ、この国一番の識者って言われても信じるかな。それに魔法使いとしても凄いんでしょ?」
「違う違う、女としてだ。リーミヤは胸のでけえ女が好みだろ。知ってんだぜ」
「へへっ。父さんは胸より尻って力説してたけど、やっぱおっぱいでしょ。セレスさん、痩せてるのに大っきいからなあ」
「だからよ、好みなんじゃねえのか?」
「・・・そっか。そこまで考えてなかったよ。やっぱまだ子供だなあ、俺」
そう言って、リーミヤは煙を吐きながら苦笑した。
言葉とは裏腹にそんな表情はとても大人びたものだが、どうやら思うところがあるらしい。
「ん?」
「おっちゃん、俺がセレスさんとか村の若奥さんに悪さしそうなら殺していいよ。それにそういう商売をしてる女の人を村に呼んだり、ましてや恋人とか結婚相手も探さなくっていい」
「・・・孤独に生きてくってのか?」
「少しの知り合いがいて、人間として接してもらえるだけで充分」
「・・・あのなあ、リーミヤ。おまえは好きに生きていいんだ。それを邪魔する奴がいたら、俺がぶちのめしてやる。だから、そんな哀しい事を言うんじゃねえ」
リーミヤは驚いているようだ。
顔を伏せて煙草を消すと、ジャスもそれに続く。
それをアイテムボックスに入れようとリーミヤが手を伸ばすと、伏せていた顔から一滴の液体が焚き火の熱で乾いた土の上に落ちた。
何も言わず、ジャスがリーミヤの頭を乱暴に撫でる。
「あーもう、父さんとおんなじ事を言わないでよ。また恥ずかしいトコ見られちゃったじゃん」
「銅貨2枚、20ダルのお茶をチビチビ飲んだ客人か」
「俺、学校の宿舎で寝てる時にこっち来たからさ。武器とお酒と非常食、それに研究に使う金属くらいしかアイテムボックスに入れてなかったんだよ。だから水は、川の水を沸騰させて飲んでたの」
「酒を持ってるならそれでいいじゃねえか」
「ダメだって。お酒じゃ水分を補給できないの。お酒を飲んだら、同じくらいの水を飲まなきゃ脱水症状になっちゃうよ。飲んで起きた朝は喉が渇いてるでしょ、それは体が水分を欲してるんだよ」
「そういや士官学校で、そんな授業があったような気もするな」
泣き止んだリーミヤは苦笑しながら太目の枝を手に取り、おぼつかない手つきで少し崩れた焚き火を調整する。
焚き火に慣れていないのだろう。新人冒険者は狩りの野営で、少しずつ焚き火や野外炊飯に慣れていく。
それを助けるように、ジャスが枝を折って焚き火にくべた。
「ありがと」
「新人冒険者の教育はきちんとしねえとな。もしリーミヤが他の街のギルドに行って仕事をして、焚き火もロクに出来ねえとなったら俺が笑われる」
「せいぜい厳しく、ってなんかいる!」
「気がついたか。野営には付き物の襲撃でな。ガルーってモンスターだ」
「銃は使っていい?」
「まあ、今回だけは許可しよう。起きろ、2人共! ガルーが来たぞ!」