新人冒険者、娶る-3
「・・・なるほど。そんな歴史があったんですねー」
「恥ずかしい話だ。この国に生きる者を代表して、心から謝罪させてもらおう」
ジャスが言いながら頭を下げると、ダラスとセレス、それに村長も深々と頭を垂れた。
それを苦笑して見ているリーミヤは、これはもう覚悟を決めるしかないかと心の中で考える。
「いえいえ。そうなるとこっちもお話があります。長くなりますが、いいですか?」
リーミヤの鋭くなった視線に、武人である3人が緊張した。武器など持った事もない村長も身を固くしているようだ。
語られたのは、剣と魔法で戦うのとはまったく違う世界。その話に出て来る銃や大砲、空母や飛行機などの威力を聞いて、全員が顔を青くしている。
「・・・とまあ、ウチの世界はこんな感じです。魔法もありましたが、それを使えるのはごく少数。つまりこちらが魔法で発展してきたのに対し、あちらは科学とスキルで発展した世界なんです。なので、これらの情報は隠したいんですけど」
「そうしてもらえると助かる。もし話が漏れれば、過去の教訓など棄ててリーミヤにあらゆる人間が群がるぞ・・・」
「エルフとドワーフですら飛びつくでしょうね。最悪、大陸中の国がリーミヤを奪い合って戦争になります」
「教会の連中はリーミヤちゃんの命でも狙いそうだねえ。ヒヤマ王の苛烈さをリーミヤちゃんがこちらの世界に持ち込んだら、教会の資金源である寄付は罪になっちまうんだから」
「というか、異国の王子を冒険者にしておくのはマズイんじゃないかのう?」
「だから村長さん、俺は王子じゃないから。商人になる前に好きな勉強してた、ただの学生」
「にゃーん」
鳴き声にリーミヤが振り向く。まるで訓練された兵士のような機敏さだ。だが、その表情はとろけたように緩んでいる。
そんなリーミヤを見ながら、真っ黒な体毛の子猫はテーブルに向かって歩いた。
「やっぱ猫だっ。かわいー、ベルみたいだ。おいで、サハギン缶あるよ」
「にゃぁん?」
子猫が身軽にテーブルに飛び乗り、リーミヤと見詰め合う。
やがて言葉も交わせるはずがないのに1人と1匹は笑顔で頷き合い、子猫はリーミヤの手に頭を寄せた。ぐいぐいと、早く撫でろとでも言うようにだ。
存分に撫で回されて満足そうな子猫を見て、セレスはポカンと口を開けている。
「・・・ウソ、シャルが私以外の人に心を許すなんて!」
「シャルって言うんだね、ちょっと待ってて。・・・じゃーん、サハギン缶~♪」
「リーミヤちゃん、そりゃなんだい?」
「そ、それよりどこから出したんだっ!?」
「なるほど。それが『しょくぎょうもち』の『あいてむぼっくす』、なのね」
「そうだよ。お皿に出してっと、さあ召し上がれー!」
訝しげに皿の上の物体の匂いを嗅いでいた子猫はチロリと舌を出して物体の表面を舐め、ぴたっと一切の動きを止めた。
ハラハラして見守っていたセレスが腕を伸ばして抱きかかえようとすると、極限まで目を細めてなんとも幸せそうに一声鳴いてから、ガツガツとそれを食べ始める。
「気に入ったかな?」
「にゃーん!」
「良かった。俺達はビールとー、婆ちゃん印のサハギンスープでしょ。ええい、お祝いだからロージーママの和食弁当も出しちゃえ!」
それぞれの前に缶が置かれるが、誰1人としてその正体は見当もつかない。
こうだよ、こう。そう言いながら小さな取っ手を引いたリーミヤの真似をしてやっと、どうやらこれは飲み物であるらしいと気がついたようだ。
「じゃ、俺の引っ越しと新生活の始まり。それと過去の客人がくれた素晴らしい出会いに、乾杯!」
ぎこちない乾杯である。
だがそれぞれが缶と缶をぶつけ合ってから恐る恐る飲んでみると、見る間に誰もが笑顔になった。
「これは旨いなっ!」
「上物だねえ、王様だってこれほどのエールは飲ませてもらってないだろう。ありがとよ、リーミヤちゃん」
「いいのいいの。宿屋がないから、俺はギルドの2階でお世話になるんでしょ。このくらいはねっ」
「・・・それなんだけど、リーミヤ。しばらくは働かなくていいくらいのお金は国から支給されるし、貴方が望むならどんな仕事でも紹介するわ。もっと都会で暮らしたいとは思わない?」
「んー。もし俺が都会に住んだとして、誰かを理不尽に傷つける人なんかがいたら銃で撃ち殺すけど、そしたら国としてマズくないの?」
「それは・・・」
「銃ってのを、魔道具だって誤魔化せるならいいんだろうけどねえ」
「魔道具だと言い張るにしても問題だぞ。聞いた限りでは、銃というのは軍が持ったら大陸の統一さえ出来そうな武器だ。そんな物を見た人間が何を考えるか、火を見るよりも明らかだろう」
「リーミヤには申し訳ない事ですが、この村で暮らしてもらうしかありませんか。人間、それもまだ若いリーミヤには退屈すぎるでしょうね・・・」
セレスが気の毒そうに言ってビールの缶を傾ける。
リーミヤは田舎が好きだから気にしないでと言いながら、嬉しそうに大きな缶を開けていた。
「今度はなんじゃ?」
「へっへー。俺の婆ちゃんが作ったサハギンスープ。ハンターズネストの名物土産なんだよ。はい、熱いから気をつけてね」
「・・・『あいてむぼっくす』は温度が変化しないのね」
「うん。いっただっきまーす!」
「これはっ! 『びーる』にも驚いたが美味い!」
真っ先にスープを口に運んだジャスが驚いている。
それを見て残る3人もスプーンを持ち上げ、ジャスと同じように驚いてリーミヤを喜ばせた。
「婆ちゃんの料理は美味しいからねー。でも缶詰の凄い所は、味だけじゃないんだよ。これ、アイテムボックスに入れてなくても腐らないんだ」
「はあっ!?」
「バカなっ!」
「信じられません・・・」
「ホントホント。俺の育った街じゃ、これが普通のゴハンと同じくらいの値段で買えたんだよー」
「なんというか、『かがく』というのは恐るべきものですね・・・」
「おい、リーミヤ。この世界でもこれを作れるのか? もし可能なら、我が国は飢える者のいない国になるぞ!」
ジャスは腐らない缶詰を外国に輸出し、その利益で弱者救済を考えているようだ。瞳が、少年のように輝いていた。
それとは対照的に、リーミヤの目つきは険しくなっている。
黙したままジャスを見る目は、モンスターを見る冒険者より鋭い。
「・・・俺、学生だって言ったでしょ?」
「あ、ああ。聞いた」
「学べるだけ過去を学んで、それから滅んだ文明の生活レベルをどうしたら取り戻せるか研究してたんだよ。1、いや、0から人類が隆盛を取り戻せるかどうか」
「それはつまり、『しょくぎょうもち』の『すきる』なしで『かがく』を復活させようという試みなの?」
「セレスさんは頭が良いなあ。その通りだよ」
「可能なのかっ?」
「結論から言えば可能」
「おおっ!」
「その代わり、空と海と大地に深刻なダメージを与える事になるけどね」
「なっ・・・」
ぬか喜びしたジャスが絶句している。
ダラスと村長も興味はありそうだが、口を挟む気はないようだ。
「それは具体的に言うとどんなダメージなの、リーミヤ?」
「そうだなあ。森を伐り尽くし、山を削って更地に変え、平原を掘って草木の生えない谷にする。空と海と大地に毒を撒き散らして、人間か自然のどちらかが滅ぶまでそれを続けるんだ。それでも、やりたい?」
「そんな事を望む訳がないわっ!」
「だな。さすがにそんな世界は望まない」
「・・・良かった。答え次第じゃ村を出る気だったんだ。さて、食べて飲んだし泊めてくれる部屋を教えてもらえますか。10日ぶりのベッドだから楽しみー」
「お、おい、10日って・・・」
「ああ。こっちに来てからの話はしてないんだっけ。この村はすぐに見つけたけど、念の為に10日間は見張ってたんだー」
見知らぬ世界の集落を簡単に信用できないのはわかるし、さっき食べた缶詰があれば飢えないというのもわかる。
だがSランク冒険者でも危険だとされる聖域で10日も野宿していたと聞き、ジャスはリーミヤの正気を疑った。
「ジャスさん、エルフの里の伝承にこうあります。客人のする事にいちいち驚いていたらエルフでもハゲる、と」
「禿のいないエルフがか・・・」
「ええ。ですので、ジャスさんはそろそろ年齢的に危険なんですから」
「失礼だな、おいっ!」
「リーミヤ、ごちそうさまでした。お部屋に案内しますね」
「うんっ」
それから20日、リーミヤはパリッシュの葉を懸命に集めた。
生活費を稼ぎたいというのもあるようだが、金なら国からの補助金を受け取るか、アイテムボックスにある異世界の小物でも売りに出せばよい。
試しに皿としてもカップとしても使え、さらにそのまま焚き火の上に置けば鍋にもなるという、シェラカップという不思議な素材の食器を鍛冶屋のドワーフに見せたところ、それ1つが金貨で売れるとまで言っていた。
リーミヤが懸命なのはパリッシュが辺境としか言いようのない聖域の近辺にしか分布せず、パリッシュはほとんど国内に流通していないと聞いたからだろう。
異世界の、それも顔すら見た事のない女達の小さな喜びのためにと朝からパリッシュを集めるリーミヤは新しい住民、そして国民として少ない村人達にすんなりと受け入れられた。
「どうだ、リーミヤ?」
「ダメ、すっかり花が咲いちゃってる。匂いも昨日までと違うねえ」
「セレスの見立て通りか。ま、来年があるさ」
「うん。あ、ダラスおばちゃんとセレスさんが俺達を探してるみたい」
「俺には見えねえが、リーミヤが言うんならそうなんだろうな。セレスが魔法を使えばすぐ見つかるが。まあ、茶の準備でもしといてくれ」
「りょーかいっ。枝は集めてあるからねー」
「『らいたー』の出番か。まったく、火の魔法なしで焚き火が出来るなんてな。じゃ、2人をここに連れてくらあ」
「はーい、行ってらっしゃいー」
アイテムボックスからドサドサと乾いた枝が出され、ライターでリーミヤが火をつける。
焚き火に突っ込んだシェラカップの水が沸騰してリーミヤが茶葉を入れる前に、完全武装のダラスと普段着のセレスを連れたジャスが到着した。
「お疲れ様ー。どうだった?」
「こんな森の奥まで来たってのに、すべて花が咲いてたよ。残念だけど、今年のパリッシュ採りはお終いだね」
「そっかー。明日からどうしよっかな」
「そう落ち込むな、リーミヤ。明日、いや今日からは俺が狩りを教えてやるからよ」
「ほんとっ、おっちゃん!?」
「ちょいとジャス、まだ早いんじゃないかい」
「いや、コイツなら余裕だ。リーミヤ、弓は使えるよな?」
「ほえっ。つ、使えない・・・」