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新人冒険者、娶る-2




 リーミヤの叫びを聞いて、3人が楽しそうに笑っている。


「ギルド潰れないの、それっ!?」

「ちょっとした裏技でな。まあ、なんとかなってる」

「へー。そんじゃ俺は、この植物を取り放題?」

「そうなるわ。でもね、これが売れるのは花が咲く前に摘み取った葉っぱだけなの。後20日もすれば根雪が溶けて春になるから、それまでしか稼げないわね」

「俺、いい時のいい場所に来たんだねえ・・・」


 その言葉を聞いてジャスはボリボリと頭を掻き、ダラスは立派な腹を揺らして苦笑する。セレスは上品な笑顔を浮かべながら、萎びた植物を手に取ってリーミヤに見えるように葉の根元を捲った。


「いい、こんな風に葉を茎の反対に倒すとキレイに葉だけ採取できるわ。この植物は生命力が強いから、丸裸にしても花を咲かせて種を大地に蒔いてくれるの。出来るだけ、葉だけを採取してちょうだい。それと、村から出るのはリーミヤが来た北門じゃなくて南門から。もしこのパリッシュの花があまり見つけられなくても、村の防壁が見える範囲までしか出歩いちゃダメよ。もしモンスターを見たら、死ぬ気で門まで走って逃げなさい。門番をしている人が助けてくれるわ」

「了解ですっ。じゃ、夕方には戻りますね。ごちそうさまでしたっ!」


 お茶を一気飲みしてから立ち上がって頭を下げ、リーミヤは一目散に出口へ向かう。


「お、おいっ。その腰の剣は使えるんだよなっ?」

「本職じゃないけど、それなりにはっ。行ってきまーす!」

「お腹が空いたら帰っといでよー」

「気をつけて行ってらっしゃい」


 笑顔でまた頭を下げたリーミヤが見えなくなると、ギルドホールに静寂が満ちた。

 誰も、何も言わない。

 ジャスが細身のキセルを取り出す。葉を詰め終えると同時に、ジャスの眼前に小さな火の玉が浮かび上がった。


「ありがとよ、セレス」

「いえ。それで、どうするんですか?」

「どうもこうもない。いい子じゃないか。あたしは一目で気に入ったよ」

「人柄が気に入ったのは同感ですが・・・」


 先ほど閉じたドアがまた開く。

 質問でもあってリーミヤが戻って来たのかと3人が目を向ければ、姿を見せたのは初老の男だった。


「村長、お早いですね」

「やはり気になるか」

「ならぬ訳がない。邪魔するぞ」

「お茶でいいね、さすがに朝から酒は出さないよ」

「飲まねばやってられない気分じゃがのう」


 リーミヤのカップが下げられ、新しく村長のお茶が用意される。

 全員が座ってお茶に口をつけたところで、村長が長く息を吐いた。


「どうなのだ、あの少年?」

「今のところ危険度は0。俺の感覚だけどな」

「同感だね」

「同じく。いい子すぎて怖いくらいです」

「3人がそう感じるなら、とりあえずは大丈夫かのう。それで、打ち明けるのか?」


 ダラス、セレスが手を挙げる。

 ジャスだけは動かない。


「・・・ふむ。理由を聞かせてもらえるかのう、ジャス」

「門番がリーミヤを視認してからの状況は、セレスの魔法でずっと見ていただろ。見張り台の門番はそつなく対応してくれた。リーミヤの道に迷ったとかいう曖昧な説明に本当は客人だろう、なんて言わねえでよ。でも通用口がなあ。まあ、おかげでこっちも気づけたんだが・・・」

「通用口がどうしたんです?」

「あんまりにも長いこと閉めっぱなしだったから、蝶番が錆びてたんだよ。リーミヤは笑顔で門番に礼を言いながら、それに触れて酷く錆びてるのを確認してる。そしてそれを、俺以外に悟らせなかった」

「そう言えばここまで歩いてくるまでの間に、右手の指をじっと見ていましたね」

「17のガキが、そこまで気を回す。普通ならムリだろ」

「何らかの訓練を受けておるのかの?」

「・・・おそらく。奇妙な装飾だが帯剣していたし、それなりの戦士なのかもしれない。そうなると、あの天真爛漫っぷりも偽装か? まあいい。な訳で、リーミヤは北門が日常的に使用されていない事を知っている。なのにそっちから来たリーミヤを、俺達は問い詰めるでもなく冒険者登録を認めた。リーミヤはリーミヤで、必死に心細さを隠しながら俺達を観察してるんだろう」


 ジャスが目頭と目頭を指で揉みほぐしながら意地の悪い事を言う。

 が、その心配も皆にはわかるようだ。


 この国には、極稀に客人が訪れる。

 それは村の北にある聖域とされる森林地帯から現れ、この国に幸も不幸も振り撒いて死んでゆく。


 3度、国が滅びかけた。

 数えきれぬほど、国を救ってもらった。

 リーミヤが4度目の災厄にならないと言い切れる人間はいない。


「今のアィダーヌ王国は昔とは違うんだ。3度の改革で、客人の逆鱗に触れるような制度はなくなってるんだよ。あたしゃきちんと説明して、心からこの国の人間になってもらった方がいいと思うんだがねえ」

「奴隷制度の廃止、貴族王族の横暴の禁止、それに客人を利用しようとする意識の改革。すべて国を滅ぼしかけた大事件だったそうだが、そのすべてがこの国の落ち度で起こってるんだぞ。世界は複数あるらしいが、客人の記録はほとんど王都に残っている。もし同じ世界の人間が、この世界に来て数日で奴隷にされたと知ったらリーミヤはどう思う? 年端もいかぬ娘が王侯貴族の集団に慰み者にされかけたと知ったら?」

「ううむ・・・」


 ジャスがキセルに葉を詰め出すと、村長も釣られたようにキセルを出した。

 しばらくギルドホールには2人の吐く紫煙しか動くものがなかったが、意を決したようにセレスが口を開く。


「心配はわかります。ですがそれでも私達、この国は客人に対して誠実であるべきです。それが出来ないのであれば、いっそ滅びてしまえばいい」

「極端じゃのう・・・」

「よく言ったね、セレス。それでこそ大陸随一の魔法使いであたしの妹分だ。神聖省と魔法省は、客人への詳細な説明が必要だと判断する。軍務省はどうするってんだいっ!?」


 ドンッ、とダラスの拳が振り下ろされ、丈夫なテーブルが悲鳴を上げる。


「・・・別に説明しないって話じゃねえんだ。ただ、少しでも時間を置きたくてな」

「理由をお聞きしても良いですか?」

「ギルドに入ってリーミヤがまず見たのは、俺達3人の武装の有無だ」

「そうだねえ。その後で魔力灯を見て目を輝かせてたよ。まあ、すぐに興味を押し込めてカウンターに向かったけどさ」

「・・・その次に興味を示したのはセレス。それも、顔より胸だ」

「こんっのクソ野郎がっ! セレスに客人を籠絡させようってのかいっ!」


 ダラスが見事なちゃぶ台返しを見せ、大の男が3人がかりでなければ運搬できないはずのテーブルが宙を舞う。

 そのテーブルが額に直撃しても微動だにしないのだから、ジャスもまた並みの軍人ではないのだろう。


「た、助かったぞい、セレス・・・」

「お気になさらず。結界を張るくらいなら、指を動かすよりも簡単ですから」


 ちゃぶ台返しの余波で、丈夫なカップの1つが村長の顔面に向かって飛んでいた。それを跳ね返したのは、セレスの張った結界魔法である。水も漏らさぬそれのおかげで、村長は火傷せずに済んだようだ。


「落ち着いてくれ、ダラス。セレスの美貌で籠絡しようとなどすれば、客人を利用しようとした罪で俺は極刑だぞ」

「今すぐ極刑にしてやろうかって言ってんのさっ!」

「落ち着いて下さい、ダラスさん。たぶん籠絡などではなく、少しでも友好的な交流をしてから歴史を打ち明けるべきだとジャスさんは言っているのだと思います」

「ああ、その通りだ」

「だからその性根が、不誠実だって言ってるんだよっ!」

「見知らぬ世界に招かれ、混乱している時にその国の恥とでも言うような歴史を説明される。それじゃリーミヤだって困惑するとは思わんか?」

「それを判断するのはあの子であって、私達ではないっ!」


 野の雪は陽を浴びて溶け出し、所々に顔を出している土は泥濘む事に喜びを感じているかのように光を照り返す。

 すっかり春の陽気ではあるが、樹木の下にはまだ膝の高さほどの雪が残っていた。だが木々の体温というべき熱で、その根本にはぽっかりと円状に土が顔を出している。

 そこにリーミヤは跪いて、熱心にパリッシュの葉を採取しているようだ。


「雪根開きは宝の山よ~、っと♪ いいねえ、またあった。父さんの『もしも異世界に着の身着のままで放り出されたら1巻』でも、薬草採集の仕事があるならまずそれを受けるべきだって言ってたしなー。念の為に【検品】発動。うん、パリッシュの葉だね。状態も最上、収納っと」


 見ている人間がいれば頭の心配をしてしまうほどに独り言を呟きながら、リーミヤが次の木に向かおうと立ち上がる。


「黄マーカー!?」


 言いながら身を伏せるようにして大木の幹に隠れ、リーミヤはそっと向こう側を覗き込んだ。

 100メートルほど先に、蠢く茶色の物体がある。

 あぐあぐと木の皮を食んでいるのは、草食モンスターであるムームーだ。「むーむー」と鳴きながら木の皮や葉を主食にする温厚なモンスターだが、食事を邪魔すると狂戦士に変貌する。そしてその爪は兵士の鎧すら容易く破る、新人冒険者には危険な存在だ。


「うわー、クリーチャーより動物っぽい。あっちのは基本グロいからなあ。経験値が入るか確かめたいから狙撃したいけど、どうしよう・・・」


 しばらく身を隠しながらムームーを観察していたリーミヤだが、微笑みを浮かべながらゆっくりと下がり始めた。


「ムリはしない。それに、俺には消音スキルなんてないもんね。父さんも『もしも異世界に着の身着のままで放り出されたら1巻』で、銃のない世界なら銃声は人里の近くで立てるべきじゃないって言ってたし。あれ、2巻だっけ?」


 音を立てずに雪の上を移動し、リーミヤは数時間前に潜った南門へと向かう。


「無事だったか、兄ちゃん」

「はいっ。あ、門番さんパリッシュの葉っぱ使います? たくさん採れたんですよー」


 言われた兵士は目を丸くして驚き、それから嬉しそうにリーミヤの肩を叩いた。


「それは兄ちゃんの飯の種だ、おすそ分けなんてしねえでギルドにしっかり収めな。それにパリッシュの葉は、女が月のアレの痛み止めに煎じて飲むもんだぜ?」

「へーっ。それじゃダラスさんとセレスさんに少しあげよっかな。そんじゃ門番さん、またねー」

「お、おう・・・」


 道すがら村人達に挨拶されては律儀に頭を下げるリーミヤは、商店が1つしかない大通りを半ばで折れてギルドへと戻って来た。


「いいなあ、この村。ブロックタウンの畜産区画みたい。田舎って大好きだ。たっだいまー!」


 機嫌よくギルドのドアを開けたリーミヤを迎えたのは、朝に送り出してくれた3人と初老の男。だがギルドホールに満ちる刺々しい空気と、ジャスの頬に張り付いたビンタ痕を見て、リーミヤはこてんと首を傾げながら頭の上に?マークを浮かべた。



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