新人冒険者、娶る-1
ギルド、という組織がある。
商人ギルド、職人ギルド、芸能ギルド、そして嫌われ者の代名詞である冒険者にもギルドがある。
それらはギルドの構成員と客を繋ぐ窓口であると同時に、構成員を管理する目的で設立された。城壁の外へ出ればモンスターが跋扈するこの世界、死亡率は高い。人頭税はないが人別帳はあるので、生存確認は必要だ。なら死亡率の高い仕事をする連中は目的ごとに管理して、その生存確認は管理する組織にやらせればよい。
そんな風にして、街から街へと移動する必要のある職業の者にはギルド登録が義務付けられた。
「おじゃましますよーっと」
その声に、ギルドホールにいる者達の視線が集まった。とは言っても早朝、それも夜が明けたばかりの冒険者ギルドにそれほど人はいない。冒険者カウンターに夜勤1名、酒場カウンターに夜勤1名、他はそれなりの数があるテーブル席で所在なさ気にジョッキを傾ける冒険者らしき中年の男が1名。男が冒険者ではなくギルド職員だったとしても、ギルド運営規約で定められている最低限の人員しかいない。
そんなギルドホールに足を踏み入れたのは、成人したかしないかの少年だ。
濃い栗色の髪を揺らしながら、カウンターに向かって悠々と歩み寄る。
「おいボウズ、お前みてえのに冒険者はムリだと思うぜ?」
「俺もそう思うよ、おっちゃん。でも、金がねえんだからしゃあねえじゃん」
「あー。親御さん、ボウズが独り立ちするための金を貯めらんなかったか・・・」
「いろいろあってねえ、天涯孤独で一文無しだよ。お姉さーん、登録をお願いしまっす」
髭面の中年男との会話を切り上げ、少年はカウンターの女に声をかけた。
なかなかに整った顔立ちの女だ。それに、少年ほどではないがまだ若い。エルフであることを示す尖った耳には少年より薄い栗色の髪がかけられ、艷やかに伸びるそれは豊かな双丘辺りで毛先が整えられている。
「登録はいいけど成人してるの? 事情もありそうだし、成人して1年も経ってないなら教会でお世話になれるかもしれないわよ?」
「わお。成人って何歳、お姉さん?」
「15よ」
「アウトー。17だよ俺。くぅーっ、おっしいねえ!」
「・・・若く見えるわね、かなり」
「父親も母親も若く見える人だったからね。で、登録は?」
「この用紙に、必要事項を記入してちょうだい。あ、読み書きは出来るかな?」
少年はカウンターに置かれた紙を食い入る様に眺め回し、とびきりの笑顔を浮かべながら勢い良く顔を上げた。
「読めるし書けるっ!」
「そう、良かったわ。一文無しなら飲まず食わずでしょ。お姉さんのオゴリで飲み物とゴハンを頼んできてあげるから、その間に記入しておいてね」
「いいのっ!?」
「ええ。そのかわり君がいつか一人前の冒険者になったら、同じように困ってる新人さんにご馳走してあげてね?」
「それって父さんの言ってたペイフォワード!? もちろんそうさせてもらうよっ!」
「良かった。じゃあ、ペンはこれを使ってね」
そう言い置いて、女はカウンターを出た。
「ありがとうございますっ!」
気にするなというように手を振りながら、女はギルドホールに併設されている酒場のカウンターに向かう。
「良かったなあ、ボウズ」
やりとりを見ていた髭面の男が少年に言う。数枚の硬貨をカウンターから出た女に放った所を見ると、女が食事を奢らなかったなら自分が奢るつもりだったのかもしれない。
「うんっ。ずうっと歩き通しだったから、もうガマンの限界だったんだよねえ、喉もお腹も」
「まだ早朝だから登録が済んだら一仕事するんだろうが、最初は簡単な仕事を回してもらうんだぞ。なあに、金にならなくっても今夜の宿賃ぐれえは出してやる。まずは生き残る事だけを考えろよ?」
「えっ。なに、なんでこの世界の人ってこんな優しいのっ!?」
「・・・世界っておめえ、大げさだなあ。冒険者ってのは命を奪う事も多いし、モンスターや獣の死体を運ぶから臭えって、街の人間から嫌われてるだろ。だから仲間内で助け合うんだよ。そうじゃねえと新人なんてすぐにおっ死んで、ギルドが潰れちまうだろが。ま、そんなんいいから登録用紙に記入しちまえ」
「なるほど。そんじゃ記入すんねー」
「おう」
少年は木炭に布を巻いただけの粗末なペンを取り、何やら呟きながら記入をしている。
「言葉と文字が理解できるのは嬉しいなー。名前はー、リーミヤ・カチューシャ。あ、俺が稀人になったから、カチューシャの名前はタクミが継ぐのかな。じゃ、リーミヤ・ヒヤマ、っと。ヤバイ、父さんのファミリーネーム使えるの嬉しい。タクミに怒られそうだけど、まあ仕方ないよね。あいつの方が商人向きだし、結果オーライじゃん」
ニヤニヤしながら年齢や出身地を書いたリーミヤの動きが止まった。
ペンを置き腕組みまでして悩み出したリーミヤに、カウンターに戻った女がやんちゃな弟の手助けでもしてやるか、とでもいうような表情を浮かべて近づく。
「えーっと、何々。リーミヤ君ね。どうしたのかな?」
「これなんですけど、クラスって何?」
「ああ、それは冒険者としての役割を書くのよ。戦士とか、魔法使いとか、僧侶とかね」
「修理屋とかは?」
「それだと、職人ギルドの人になっちゃうわね」
「そうかー。んー・・・」
「そんなに悩まなくていいわよ、新人なんだし。そうね、将来なりたいのを書くといいわ。魔法は使える?」
「使えない」
「なら、戦士でいいんじゃないかな。変なのを書くと冒険者として認められなくて、ギルドを追い出されちゃうから」
「おおっ、危ない。なら戦士で!」
「はい。ならこの木札を首から下げて」
カウンターに置かれたのは、変色した木の板だった。通してある糸こそ新品のようだが、板は変色して黒ずんでいる。
「これは?」
「ギルドカードっていう身分証が出来るまで貸し出される、仮の身分証よ。今日からお仕事するんでしょ」
「うんっ。登録はこれで終わり?」
「そうよ。3日もすればギルドカードが出来ると思うわ」
「簡単なんだねえ」
「誰にでもなれるけど、兵士よりも死亡率が高いのが冒険者だもの。夕方までに終わりそうな簡単な仕事を探しておくから、まずはゴハンを食べてらっしゃい。そこにたくさんあるテーブルに着けば運んでくれるから」
「ごちそうになりますっ!」
「ふふっ、元気ねえ。さ、行ってらっしゃい」
「はいっ」
木札を首から下げると、待っていたように中年の男が手招きをする。
リーミヤは人懐っこそうな笑顔を浮かべながら、男と同じテーブルに着いた。
「まずは登録おめっとさんだ」
「ありがとう、おっちゃんっ!」
「底抜けに元気だなあ、おい・・・」
「元気があればなんでも出来るっ!」
「それだけじゃダメさ。すぐに死んじまう。いいか、門の外にゃモンスターや肉食の獣がいるんだぞ」
「モンスター? とか肉食獣にやられるのに、元気は関係ないよ。ただの実力不足じゃん」
酒場カウンターで食事の準備をする中年の女をキラキラした瞳で見やりながら、なんでもない事のようにリーミヤは言う。
「ほう。ならボウヤには実力があるってのか?」
「ないよー」
男はあっけらかんとして放たれた言葉に束の間動きを止めたが、すぐに拳を振り上げてそれをリーミヤの頭に落とした。
「いってえ! 口より先に手が出るのも運び屋の爺ちゃんと似てんのかよ、おっちゃん!」
「うっせえよ、今のはボウズがわりい。実力がねえならどうするってんだよ?」
「だからー、実力をつけるのに元気が必要なのっ!」
「元気だけじゃどうしようもねえだろ、毎年かなりの新人冒険者が野山でくたばるんだぞ」
「あのねえ、おっちゃん。人は死にたくないから学ぶの。その努力が足りなかったら死んじゃうから、人は必死で頑張るんだよ」
「ほう・・・」
感心したように男が呟くと、リーミヤが待ちに待っていた朝食が運ばれて来る。
「待たせたね。たんとおあがり」
「ありがとうございます、お姉さんっ!」
「おやおや、見え透いたお世辞だ。ダラスおばちゃんでいいよ。カウンターの女の子はセレス。リーミヤでいいのかい?」
「うんっ」
「たくさん食べて、ほどよく稼いでくるんだよ。欲をかくと、新人なんて初日で死んじまうんだからね」
「はい。セレスさん、ダラスさん、おっちゃん、いただきますっ!」
目の前の2人だけではなくカウンターの向こうでヒラヒラと手を振るセレスにも頭を下げ、リーミヤは大きなパンにかぶりつく。
「うんまーいっ!」
「そりゃ良かった。いいかい、この男、ジャスは腕の良い冒険者だったんだ。アドバイスをお願いして、それをしっかり守って仕事をするんだよ?」
「ふぁいっ!」
「まずは口に物を入れて話さねえ事から始めな、ボウズ」
こくこく頷いて返事をし、リーミヤは素晴らしいスピードで食事を平らげる。
それまで手を伸ばしていなかった木製のカップを持ち上げ、少しだけお茶を口に含んだリーミヤを見ると、ジャスはポケットから8枚の銅貨を出した。
「ダラス。茶のおかわりをくれ、4人分だ。2人も休憩するといい。いいからグイッと飲んじまえよ、ボウズ」
「もしかして俺、貧乏臭かった?」
「ほんの少しな。でもよく見てなきゃ、茶を惜しんだのはバレねえと思うぞ」
「恥ずかしいなあ、もう・・・」
そんなやりとりに笑みを浮かべながら茶を淹れたダラスと、手に小さな木箱を持ったセレスがテーブルに着く。
その箱を受け取ったジャスは、中の物を見てニヤリと笑った。
「山賊笑いまでそっくり・・・」
「なんか言ったかぁ、ボウズ!」
「言ってませんっ」
「まるで親子みたいだねえ」
「ダラスさんも思いました? 私もさっきからそう思ってたんですよ」
「俺にこんなでかいガキがいてたまるか。ボウズ、これを見ろ」
箱に入っているのは、萎びた植物だった。
箱ごと渡されたリーミヤが鼻を近づけながらジャスを窺うと、大丈夫だと言う代わりに頷いて見せている。
「独特の臭いだね、売れるの?」
「そうだ。この季節、春先に芽吹く薬草でな。新人にとっちゃ美味しい収入になるのさ」
「なら、競争が激しそうだね」
「それはないな」
「へっ、なんで?」
「ここが辺境の村で、ボウズしか冒険者がいねえからに決まってるじゃねえか」
「えーっ!」