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「にゃー」

 大祭が終わって、忙しさの和らいだ神殿内にもゆったりとした空気が流れています。

 かといって賢者が処理すべき書簡の山はあまり減らず、テア様の意識は時々天に召されるようです。


 私の忙しさもかなりのものですが、秘書にも勿論のことながら、昼食をとるための休憩があります。

 食堂で、他の秘書たちと談笑しながら食事を済ませ、テア様の仕事部屋である書室へ戻ろうと歩いていると。

 ‥あれ、あの後姿は。


「テア様‥‥?」


 見慣れた後姿を見とめ、私は声をかけるべきか迷いました。

 テア様らしくなく、いつもはちゃんと姿勢よく伸びている背筋は丸められ、きょろきょろとあたりを伺っています。私はつい、角に身を隠してしまいましたが、どうしたのでしょう。こそこそと何か、隠し事でもあるのでしょうか。

 人の隠し事を暴くのは趣味がいいことではありませんが、何せん気になります。いえ、好奇心もかなり、いえ、少しだけありますが、秘書として知っておくべきだと思うのです。言い訳とかではなくて。


 ということで、相変わらずきょろきょろこそこそしながら廊下を歩くテア様を、同じくこそこそしながら尾行します。

 と、テア様の前から、神官長のクレブ様が歩いてこられるのが見えました。クレブ様はテア様を見ると、にこやかに挨拶をしましたが。 

「おや、こんにちは、賢者殿」

「‥あ、ああ、お久しぶりです、クレブ殿」

 大分ぎくしゃくしたテア様の様子を怪訝に思ったようです。

「どうしました、腰でも痛めましたか」

「いや、大事ありません。少し気分が悪いだけで‥」

「ふむ‥」

 クレブ様は一瞬考え込んだかと思うと、またにこりと笑いました。

「では、悪化するようならすぐ言ってくだされ。ドレア神の加護があらんことを」

「ああ、ありがとう‥では」

 テア様はほっと息を吐かれると、また歩き出しました。私も遅れて後を追いますが、テア様を追うということは、当然クレブ様とすれ違うことになるわけで。

 まあ、私は決してやましいことはしていないので、テア様に気付かれないようにしつつもいたって平常心で挨拶をしましたが。

「こんにちは、クレブ様」

「こんにちは、エアル殿‥‥賢者殿は自室に向かったみたいだよ」

 にっこりと微笑まれ、目配せされました。

 クレブ様は、テア様が何を隠しているのか、気付いていらっしゃるみたいです‥まあ、私も大体は想像がついているのですが。

 とにかく何を隠しているにせよ、テア様にはまだ仕事がたんまりあるんです。向かうべきは書室であって、自室に篭っている場合ではありません。テア様が怠ければその分苦労するのは私なんです。テア様には頑張って頂かなくては!


 自室の前にたどり着くと、テア様はほっと息を吐きました。

 とりあえず、あの猫背加減から何かを外套の中に隠していることは分かりました。大方、子猫か何かを拾ってきてしまったのでしょう。そろそろ尾行ごっこをやめて、テア様を仕事に戻さなければいけません。


「テア様」


 テア様はびく、と肩を凍らせると、こちらをゆっくり振り向きました。

「な、何だ、エアルか‥何の用だ」

「何の用だじゃなくって、テア様、それはなんでしょうか」

「それとは何だ」

「今まさに、テア様が外套の下に隠しているものです」

「‥‥何のことだ」

「往生際が悪いですよテア様、賢者たる者、嘘をついてはいけません。いくらお好きだからって、中庭ならともかく、神殿内に猫を連れ込んではいけませんよ!」

「猫などおらぬ」

 目を泳がせながら、尚もそらとぼけてみせますが。


「みゃあ」


 可愛らしい声が響き、その場に、痛い沈黙が満ちました。

 ‥‥‥えー。何でしょうか、今の鳴き声。出所は確実に、テア様の外套の中ですよね。

「‥テア様、やっぱり」

「ち、違う」

「何が違うんでしょうか」

「今のは‥」

「今のは?」

 テア様がどんな言い訳を捻り出すのかという期待は膨らみます。少し意地悪かなと思いつつも聞き返してみると。

「‥‥俺が言った」

「‥‥‥‥‥はい?」

 テア様は視線を逸らしながら、意を決した様子で口を開きました。

「‥にゃー」

「‥‥‥‥‥‥」

 なんだかとってもやってしまった感が漂いました。

 いえ、とっても可愛らしいんですが、その、絶対にあり得ないような人の口から、絶対にあり得ないようなことを聞くと、ちょっと、破壊力が‥‥‥‥。いえ、ごめんなさい。馬鹿にしているわけでは無いんです。でも、その‥どうしましょう、笑いをこらえるのがこんなに至難の業だとは。

「‥‥ぐっ‥‥か、かわ‥‥にゃ、にゃーって‥‥!‥‥いえ、すみませ‥!!あれ?テア様?テアさまー!!」

 その後、テア様は半刻ほど、部屋から出てきてくれませんでした。



 ===============-


 

「仕方ないなー、私がもらったげる」

「ありがとう、ミーファちゃん」

 結局、テア様が連れてきた親の見つからない子猫は、ミーファちゃんの家に引き取られることになりました。

「名前はどうするの?」

「これから考えるの。えっとねー」

 ミーファちゃんは、子猫を抱き上げて考えますが、なかなか思いつかないようで、私も一緒になって考え込みます。そこに、テア様が進み出てきました。

「‥‥ヴァンデラータ・トリエッラと名づけるといい」

「バンダラッタ?‥‥やだぁ」

「また訳の分からない長い名前を‥」

 さり気なく考えておいたらしい名前を提案しますが、反対意見多数で取り下げです。

「じゃあ、リーファにする。ミーファとおそろい」

「うん、パンダなんたらよりずっといいです」

「ヴァンデラータ・トリエッラだ」

「そんな覚えにくい名前、猫に迷惑ですよ」

「‥‥」

 テア様が微妙に傷ついているような顔をしていますが、テア様はきっと打たれ強いので大丈夫です。

「いい名前つけてもらってよかったね、リーファ」

 本当に、パンダラッタにならなくてよかったです。

「にゃーお」

 リーファは甘えるように鳴いて、足元に擦りついてきます。‥それでつい、思い出してしまいました。

「‥‥テア様、猫の鳴きまね、もうされないんですか?可愛らしかったですよ」

「え?けんじゃさま、にゃーって言ったの?」

「‥‥‥‥‥‥」

「すみません嘘です忘れます今すぐに!!」

 物凄い勢いでテア様から負の黒い気が立ち上るのが見えた気がしたので、急いで前言撤回。と言っても、勿論忘れられる筈もありません。

 普段見せない表情や仕草、言動というものは、消しがたい破壊力を持って記憶に残るものですね!私、テア様の言ったにゃーは墓場まで持って行きます。

「‥またろくでもない事を考えているだろう」

「ろくでもない事なんて考えたことはないですよ」

「嘘を吐くな」

「嘘ではありません。テア様のにゃーについても、私にとっては大切な‥」

「よし、覚悟はいいようだな」

 テア様、右手に集めたその黒い気はなんですか。間違いなく魔術のような気がするんですが。

「嘘ですいえ嘘じゃありませんけど‥きゃあああ」

 別の神官からの怒声によって、追いかけっこはあっという間に終わりましたが、それから暫くの間、テア様は拗ねてしまって仕事をなかなかしてくれませんでした。まあ、勿論仕事が消えるわけではないので、最終的には渋々やっていましたが。

 ‥もしかして、仕事を怠ける口実ができたなんて思ってはいませんよね、テア様。



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