記憶
「……美味しい!」
「でしょ?ここのコックやシェフの腕は世界一だと思えるよ」
「えっと……こっく?しぇふ?」
荏田村には『学び場』や『お店』のような施設がなかったから、本当に一部の言葉しか、生活に必要ではなかった。それなのに何故ナルシストを知っていたかというと……私よりも三つか四つ年上の女性が東京から田舎に引っ越してきた時があり、都会のことをよく教えてくれた。
その時の流行っている言葉の中にあったのだ。
「ごめんなさい、言葉の意味がわからなくて……」
「あぁ、こちらこそごめんね!料理を作っている人がコック。総管理をしているのがシェフみたいな感じかな」
「へー……そんな難しい言葉があるんですね!それにこれ、こんなに美味しい料理は本当に初めて!でも……」
「ん?」
美味しい。美味しいんだけど……何かが足りないと思った。温かい食べ物、温かいスープ……なのに冷め切ったような感じだった。
「お味はいかがですかな?」
「お、噂をすればだね」
ここの料理を作っているであろう一人の男性が、私たちの座るテーブルの方へ歩み寄ってきた。
「紹介するよ、ここのシェフの松島だ」
「初めまして、お嬢さん」
「は……初めまして」
一目見て、その人間とは程遠い巨体と威圧感で驚きを隠せなかった。身長190cmはあるであろう松島さんは、私を見て不思議そうな顔をして言った。
「旦那様、このお客さんは?」
「ああ、痘奔煎のぉ……なんだろうな」
苦笑いで私に向き直ると、小声で聞いてきた。
「痘奔煎の、何?」
「いや、そんなこと聞かれても……」
そのうち、考えるのも面倒になったのか、首を傾げながら再び松島さんに言う。
「まあ、お客さんだ」
「そうですか。どうぞごゆっくりなさっていって下さいね」
松島さんは一礼して部屋を出て行った。私はスープを全て飲んで、手を合わせてご馳走様をした。
「ところで、この後のご予定は?何か痘奔煎から言われなかったかい?」
「いえ、何も……気付いたらあの状態だったので……って、あれ?」
「ん、どうしたの?」
私はついさっきあったであろう出来事を思い出そうとした。でも思い出せない。
何故?何が起こっているのかわからなかった。
「えっとー……」
「えっ。あっ、すみません。何もないです」
「そう?顔色が悪いよ。あまり無理してはいけないよ」
「本当に大丈夫ですから、ははは」
私は苦笑いで紛らわして、下を向いた。
(どう……なってるの?)