恐怖
「ん……」
「気がついたか」
重い瞼を震わせながらも開けると、赤い屋根のような物が見えた。背中は軟らかく冷たい感触だった。
私はこの状況をまだ把握できないでいた。
「こっちだ、こっち」
声のする方へ顔を向けた。横に人が居ることは確認できても、顔がわからない。 ただ、私は今仰向けに寝転んでいるということは理解できた。
「誰……」
振り絞って出した声は、自分でも情けなくなるような声だった。
「俺か?誰だと思う?」
男ということはわかったが、からかわれているという事に腹が立って言い返した。
「知らないわよ……貴方の事なんて」
「なら、教えてやろう。俺はこの痘奔国の領主、痘奔煎と言う。お前を招き入れたのは他でもない俺だ」
「領主だか何だか知らないけど……招かれた覚えはひとつもないし、無理やり連れて来られたようなものよ」
なんだか体がだるくて力が入らない。立ち上がろうと試みたが、私はまだ現実味のない感覚で体を自由に動かすことが出来なかった。
「まあ、手荒な持て成しをしたことは謝ろう。部下がそういう奴しかいねぇんだ」
「……貴方たち、何者なの?」
私は質問した。痘奔煎は天井を見上げ、質問に応えた。
「俺たちはもう、人間ではない」
「そうでしょう……ね。あの子供、私に何かしたとは思ったけど……」
「・・・・・・」
長く、沈黙が続いた。最初に沈黙を破ったのは痘奔煎だった。
「お前、荏田村の二十四代目で間違いないよな?」
「ええ」
私はぼそっと返事をした。体の違和感が取れず、少しどうでもよくなっていたから。
(おかしい……もうあれから大分経ってる筈なのに、だるいのが抜けない……)
そんなことを考えていると、それを察したのか痘奔煎は、私を見てにやりと笑った。
「体が動かないだろう?気付く筈もあるまいなぁ痺……れの香を焚いているんだ。女を気持ち良くさせるのに寝所で使うのが流行りなんだぜ」
「馬鹿言わないで……そんなもの……っ!!」
「まあ、そう言うなよ」
痘奔煎はいきなり私の首を舐め始めた。
「やっ……!」
ぞくっと嫌な鳥肌が体中に立った。冷汗が全身から溢れ出てくる感覚もあった。
「……村人がどうなったか知りたくないか?」
「え……?」
突然話を振られ、戸惑った。
「どういう……こと?」
「そのまんまの意味だ。村人は俺が預かっている。まあ、返してやる気はさらさらないがな」
「そん……な!」
私は怒りに満ちていた。今すぐこの男を打ん殴ってやりたい。体が言うことを利かないことが腹立だしい。そう思っている今も、痘奔煎は私の上に被さり、好き勝手しようとしていた。
「ん……あっ!」
痘奔煎が私の胸を触り出した……その時。
≪ヒュッ……≫
痘奔煎と私のほんの少しの間を、何かが勢いよく飛んできた。それは私たちを通り過ぎて、とんっと奥の壁に突き刺さった。
ナイフだ。
「そこまでだ。痘奔煎」
「……誰だ?俺の邪魔をする奴は」
痘奔煎はナイフが飛んできた方向を向いて言った。私も少し首を傾けて横目に扉の方を見る。
「お楽しみ中失礼。早く肝心な目的を、彼女に話したらどうだい?」
扉に背中を凭れ掛けて立つ若い金髪の男が一人。痘奔煎を窘める様に言った。