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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
プロローグ
9/64

満月の深夜。


月が一番輝く時間帯に商人はやって来る。


扉の前に蜂蜜を垂らしたミルクを置いてベルを三回鳴らす。すると何処からともなく商人は訪れる。


沢山の荷物がのった荷車をひいた驢馬が、幌に付けられたベルをカランカラン鳴らしながら険しい山道を上がってくる。驢馬を従えながらスキップしてこちらに向かって来るのは、美しい現実味のない女性だ。


長い髪は赤らんだ茶髪で、複雑に結い上げられ、極彩色の花が飾られている。大きなイヤリングが、跳びはねる度に揺れている。身に纏うは鮮やかな赤色のチャイナ服。深いスリットのあるスカートの下にはハーレムパンツを穿いている。


そこには、まるで妖精のような、可憐で小柄な女性がいた。


女性は楽しそうに目の前に来ると、私が用意したミルクをグビーと飲んだ。


「プハー!相変わらず良いミルクネ!御呼び頂いてありがとネ。おじゃましますヨ!」

「いらっしゃいませでございますリンリン様」


相変わらず、チャイナ服に身を包んだ豊満な体はボンッキュッバンッだ。


ええ乳してまんなぁ。


動くたびに揺れ動く巨乳。おそらくEカップだと思う!


ブルンブルン

ブルンブルン


……おえ。酔った。


リンリンさんは毎月食材や日用品を売りに来てくれる方だ。ロリ巨乳という最強属性のお姉様だが、普通の人間かどうかは疑問だ。


どうやってこんな山の中に大量の荷物を運んでいるのか?とか、何故ミルクを置かないと来ないのか?とかイロイロ不審な人物だ。


この間、マスターが「相変わらず三十年前と変わらんのぉ」と呟いていたし…。本当に人間か?


だがしかし、そんな事が気にならない位、品揃えが良くて安い。マスターが私を作った機具もリンリンさんが売ってくれたらしい。


時々、とんでもない物をとんでもない金額で売ってくれて慌てたが、めっちゃ笑顔で「大丈夫ネ!昔、旦那サンに罠から助けてもらたから恩返しネ!危うく皮剥がされるところだたヨ!」と言っていた。


……本当に人間か?狸か狐じゃねーのか?驚かせたら尻尾とか出るんじゃないの?


「何買うカ?」

「えーと、いつもの品物を一通りと…あの、餅米と小豆って有るでございますか?」


もしかしてと思って聞いてみる。この大陸の食文化では和菓子のような物はなく、菓子はバターも砂糖もたっぷりな物ばかりだ。


美味しいは美味しいけど…何だか胸がいっぱいです。ウプ


和菓子食べたい!アンコと餅食べたい!食いしん坊な私は和菓子マンセーなの!前世では、好きな時に好きな物を食べたいから自分で作るようになった私。


こんなに食べてないのは初めてだ。


以前、遠心分離機みたいなゴツイ機械も持ってきたリンリンさんなら持ってるかもしれない。駄目でもともとと聞いてみたら…。


「有りますヨー」

「マジで!?すげーでございます!」


幌の中からリンリンさんがズルリと取り出したのは、米袋のような袋に入った小豆と餅米!!


やったぁぁぁ!これでオハギや羊羹やドラ焼きが作れる!嬉しくて小豆に頬擦りしていると、ハッ!と思い出した。


「そう言えばリンリン様!(わたくし)マスターにお名前を頂いたんでございますよ!」

「そう言えば聞いてなかったヨ。名前なかったカ…。親父さん相変わらず適当ネー。でも良かったネ!名前は大切ヨ!何て言うカ?」


「はい!私の名前はカリダ・アーエルです。カリダとお呼び下さいまし!」


そう、私の名前はカリダ・アーエルだ。流れるような音の響きのこの名前は、私にピッタリ嵌まって違和感がない。


その意味を聞いたが、ツンデレなマスターはムスッとして教えてくれなかった。勝手に調べたら、古代言語で【暖かい雰囲気を持つ人】や【癒しの空気の人】という意味だった。


マスターったら。

んもう!ムフフフ…。


ニヤニヤしていたら、真っ赤な顔をして叱られた。マスター超ツンデレ。愛おしいわー。


ちなみに、竜はセンティーレと名付けられた。意味は【感じる者】だ。


「良い名前ネ!ぴたりヨ!」

「そうでしょう、そうでしょう、そうでございましょう!」


誇らしげに胸を張って自慢していたらーリンリンさんに頭をグワシグワシと撫でられた。


頭がボサボサで、金色毛玉になってしまった。リンリンさんは可憐な外見の割にガサツだ。


時々、商品を壊して驢馬に叱られている。


リンリンさんに御祝いとしてペンダントを貰った。綺麗な金色のこれは、鎖が二重になっていて、透かし彫りがされた先端の金色の球体が割れる仕掛けになっている。


断面は蔦が絡み付くような意匠になっていて、再びくっつける事が出来るようになっている。二つに分解できる、所謂ペアネックレスだ。


「これは?」

「いつか大切な人にあげるが良いヨ」


その言葉に私は微妙な気分になる。私は人工生物で、マスターの世話をする大切な役目があるのだ。恋人ができるとは思えない。


それを伝えると、リンリンさんは悪戯っ子のように笑って私の言葉を否定した。


「カリダちゃん。愛とは誰にでも訪れる理不尽な物ヨ!油断していても【彼】は遠慮なく訪れるネ。時間は動き周りは変化し状況は変わる。その事を忘れていちゃ飲み込まれるヨ」

「何にでございますか?」

「世界ネ。もし飲み込まれたら…どうするネ…?」


いきなりリンリンさんの声色が変わった。不思議に思って見上げると、リンリンさんの緑色の瞳が不思議な物を眺めるような光を宿していた。私を見ているようで別の物を見ているような瞳。リンリンさんの眉が下がる。


「カリダちゃん…もし…もし、世界が望まない形に変化して貴方を飲み込んだら、貴方はどうするヨ?」


唐突な質問。だが、月光に照らされたリンリンさんの瞳にはふざけている色はなかった。


ボンヤリ光るリンリンさんは、まるで巫女のような雰囲気がある。私は真剣に答えないといけないと悟った。過去を思い出しながら答えを出す。


「もしそうなったんなら、私は生きたいです」

「生きたいカ?」

「うーん…苦しんだり傷つけあったり死んだりするのも、自分が選んだ道なら【生きる】事だと思うんでございます」




前世で死んだ瞬間。病と戦い、糞尿を垂れ流して惨めに抗がった果てに死を受け入れた瞬間、私は確かに【生きていた】。


綺麗じゃなくても良い。生に一本柱が真っ直ぐ立ってれば良いと思う。幸せでなくても満足できるだろう。


私の言葉に、リンリンさんは困惑したように瞳を細めた。そりゃそうだ、私も訳が分からない。


しばし考え込んだリンリンさんは力を抜いたように微笑んだ。


「不思議な考え持てるネ。ん…多分、カリダちゃんなら大丈夫ネ」


この時の問答を思い出した五十年後。やっぱりリンリンさんは人間だったのか、改めて不思議に思った。

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