竜の子供
暫くホノボノが続きますよー。
「ほうほう、こりゃ珍しい晶竜じゃな」
「晶竜?」
私から肉候補(竜)を奪ったマスターは、その尻尾を掴んでぶら下げるとしみじみと眺めていた。
この涙目の竜は、私の感覚から言うと西洋の竜ではなく、日本の龍神に近い物に見える。
蛇のような顔と体を持ち、額には角が生えているが、角袋に覆われている。足は小さいながらガッシリしていて、まるで虎のような形をしている。体を覆うのは澄んだ純白の鱗だ。
「おお、珍しい竜でな、この竜は生まれた当初は属性を持たんのじゃ。属性は知っておるな?」
「イエス、マスター。魔術や魔物を語る上に外せない物でございます」
属性とは魔力を持つ者が必ず所有する物だ。
この世界には魔術があるのだが、魔術には属性が【光】【闇】【風】【火】【水】【土】【雷】の七種類ある。
ここで重要なのは魔力だ。魔力とは生命力や精神力等の人間が持つ霊的力の総称で、他の地域では霊力や神力と呼ばれたりする。
この魔力は不思議な物で、魔術を発動して実体化すると必ずこの属性を帯びる。それが魔力の持ち主の属性になる。
例えば魔力で剣を作る魔術だったら、【火】の属性なら火の剣を。【水】の属性だったら水の剣が出来上がる。
【火】の属性でも水の魔術は使用出来るが、そうなると威力が目茶苦茶落ちる。だから、ほとんどの魔術師は自分の属性に合った職に就くのが常だ。
ちなみに、私の属性は特異属性である神属性だ。これは神職のみだけが持つ属性で、属性関係なく力を行使出来る。だが、神職は特定の能力した扱えず、魔術は使えないから意味ない。
この属性を帯びる性質は、魔物も同じだ。魔物は魔力を肉体的上昇に利用しようとする為、人間よりも重要だ。
もし、火属性の魔物が寒冷地に行ってしまうと急速に体力を奪われる。魔力と肉体が一体化している魔物は下手すると、普通の動物より弱る事もある。
「そう、魔物にとって必要不可欠な属性をこ奴らは持っていない。幼い頃は属性を持たずに生まれ、住み着いた場所に添った属性を後天的に習得し、属性による生息地の限定を克服したのじゃ」
「習得?」
尋ねると、マスターは肉候補(竜)をズイと突き付けてきた。
「晶竜は周りの土地が持つ魔力を成長と共に吸い取り、体内を変化させるのじゃ。魔力は鱗に溜められる。鱗を見てみろ。澄んでいて、まるで水晶のようじゃろう?成長すると一枚一枚の鱗の中で、まるで魔力がランタンのように美しく瞬くのじゃ」
なあ?とマスターが竜に聞くと、竜は小さな前足を上げて吊り下げられたまま「キュ!」とこたえた。
「何故たった一人で、こんな場所に居るのでございますか?」
「晶竜は子育てしない種族じゃ。生息地を増やす事に熱心な種族じゃから、卵は様々な土地に産み落とし、そのままの生みっぱなしじゃ」
成る程、だからたった一匹でいたのかと用意しながら納得していたら、マスターが微妙な顔をして私を見た。
「何で大根を持っとるんじゃ?」
その言葉に首を傾げた。
「?マスターもご存知でございましょう。これを使えば飛び散らかさずに鱗を剥がす事が…」
「やっぱり食べるつもりなのか!?やっぱりそうなのか!?さっきから、止めろと言っておろうが!」
「キュー!?」
「しかしながらマスター、大根さんは鱗を剥ぐもよし、肉を大根さんで叩けば肉が柔らかくなる働き者さんです。大根の使用の許可を私に…」
「違う!大根を使うなと言っているんじゃない!」
許可を申請したら何故かマスターに叱られた。
不満な気分を隠さずに表情に出して、凶悪に不細工な顔をしていたら、竜とマスターが抱き合いながら「恐ろしい子!」と恐れ戦いている。
ガタガタ震えないで。楽しくなっちゃうから!
何となく大根と包丁を持ってマスター達に近付くと、二人とも手を取り合って逃げた。
その信じられない物を見るような瞳…。
……………………。
……………………。
……………………。
ニュフ
ニュフフフ
ああ駄目だ!私の中に封印されていたドS心が沸き上がる。
楽しい!
「ウケケケケ!」
「ギャー!笑ったぁぁ!」
「ウギャー!」
暫く包丁を右手に、大根を左手に持つ私が鬼の鬼ごっこが楽しく続いた。マスター…魔術を使うなんて狡いですよ。
悲鳴と凶笑が響く数分後、気が済んだ私がツヤツヤした顔で「冗談です」と言った瞬間、マスターと竜が泣き崩れた。
二人仲良くorzな姿勢をしている姿に、少しジェラシー。仲良くて狡い。
「しかし運が良いのぉ、晶竜は魔術師にとっては素晴らしい相棒じゃ」
気を取り直したマスターが嬉しそうに竜を撫でながら呟いた。
「そうでございますか?」
「そうじゃ、晶竜は幼体の時は他の竜と比べたら脆弱じゃ。だから竜に珍しく庇護者を求めて共生する。庇護者は竜の世話をしながら、竜から鱗等のマテリアルを貰うのじゃ。おい竜、ワシらと暮らすか?」
「キュー?」(えー?)
何だ竜?何故そこで私を見る?私はニッコリ笑いながら大根を手にする。一見するとキラキラ美少年が大根片手に仁王立ちしているだけだが、竜はビクンと震えた。
「キュキュ!」(やりますやります)
「そうかそうか、なら名前をつけなければいけないのぉ」
ちぎれるくらい必死に首を振る竜を見て、マスターは嬉しそうに考え込む。うーん、小型犬程度の大きさの竜に爺ちゃんが見つめ合う姿はホノボノするなー。
ん?名前?
「ああああ!」
「なんじゃ!?」
「マスター!名前!私の名前!」
そういえば名前もらってない!生まれた瞬間に精神が成熟していたから気にしなかったけど、名前がないって結構な大事だ!
多分マスターの事だから忘れてたんだと思うけど、直ちに名前を貰わなければ!
私はマスターの襟首を掴み、駄々をこねるように揺らす。
「マスター名前名前名前名前私の名前ー」
「ふごぉぉぉ待て!首が首がぁぁ!」
「名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前」
マスターの襟首を掴みながらグルグル回る。
グルグルグルグル
あははは!何か楽しーな!
「………」ピクピク
「あれ?マスター?」
我に返って、静かになったマスターを見ると泡をふきながら顔を紫色にして痙攣していた。