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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
三章【王都編:悪魔の心】
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彼が感情を持つ事は許されない

 フッと音が無くなったと思ったら


「危ないっ」


 ゴウと、まるで小さな爆発が起こったかのような爆風が林の中を乱れ過ぎる。周りの木々が少年を中心にたわみ、枝が折れ木の葉が乱れ飛び、カリダの金色長髪がバサバサと風に弄ばれる。


 何が起こったか分からない。ただ、爆風が止むと同時に、いつの間にか目の前にいたイケメンが倒れた。身に纏うカーキ色の制服は、刃物に刻まれたようにボロボロになっており、イケメン青年の胸から腰にかけて斜めに一際大きな傷があった。青年の体には切り傷はないが、露出した肌の所々が青黒い痣になっていた。


「カハッ」


 青年は肺から絞り出すような息を吐き倒れた。


「テリオス、よくやった!チビごらぁ!いい加減にしろやぁ!」


 少女は傷だらけの青年に一声かけると彼を跨ぎ、ピアスに手をやりながら走り出す。


「Aaaaaaaa!」

「おらぁ!」


 少年が無表情のまま叫ぶ。まるで、空洞を吹き荒れる風が怒ったかのような声だ。彼が叫ぶ度に、不格好な魔法陣が生まれる。それは今まで彼が操っていた物とは違い、歪な円に乱雑な文字が描かれた粗末な物だった。そこから焔でも水でもなく、ただの魔力の塊が噴出して周りを破壊していく。


 キラキラと輝く、宝石のように実体化した魔力の塊。


 人の頭程の大きさの塊が幾つも少女の目前に迫る。少女は舌打ちすると、沢山のピアスで飾られた耳から盾の形をしたピアスを取り一瞬で大きくさせて掲げる。両手で持つような円形の盾を振り回して塊を弾く。盾を振り回した勢いのまま体を翻した少女は、一瞬で盾を小さくして大地を駆け抜ける。


「捕まえた!」


  まるで猫のように攻撃を避けて走りながら体をたわめた少女は、攻撃の隙を突いて飛び掛かり少年を拘束しようとした。彼女の手にはフォルテスの部屋から盗んできた、少年専用の魔道具が握られている。


  まるでクリップのような形のそれを、少年の魔力制御装置でもある羽根に着ける事が出来れば、彼の魔術を疎外出来る。だがしかし、それは失敗に終わった。


 ジュウと嫌な音が林の中に響く。


「ヂイイイ!」


  奇声を発し、手を押さえながら地面を転がり絶叫する少女。少年の肩に触れた右手が焼けただれたのだ。肉が焼ける嫌な匂いが立ち込める。


  それは只の火傷ではなかった。


  泣きながら悶える少女の片手には、次々と魔法陣が浮かび、そこから皮膚に気泡が浮かんで【焼けて】【爛れている】のだ。上品なお嬢様ではあるまいし、多少刺されたり焼かれたりしても平気で戦う少女だったが、流石に剥き出しの肉に薬品をかけられたような痛みは耐えられない。


「大丈夫でございますか!?」

「ぐぅぅ……あれ!?」


  魔道具を放り出して、鼻水や涎を流しながら苦しむ少女にカリダが近付きその腕に触れた。カリダが自分の腕に浮かぶ魔法陣に触れないようにしようと、僅かに抵抗する少女だったが、カリダが無理矢理彼女の腕に触れると間抜けな声を出した。


「良うございました」


  カリダが触れた場所から、魔法陣が消しゴムで消したように消えていき痛みが消えた。少女が腕を見ると、焼けただれた筈の腕が元に戻っていた。


「恐らく先程の症状は、幻覚によるものでしたのでございましょう。呪神様の領分の魔術でしたので、不幸中の幸いでございました」


  彼の【黒旋律の歌姫】という立場故に、闇属性や闇の神の力を借りた魔術は彼の前では塵芥と同じである。彼ならば触るだけでも、どんな闇の魔術をキャンセルできる。少女を覗きこみホッとしたように微笑むカリダ。その翡翠色の瞳が優しく自分を見ている事に、不覚にも一瞬だけときめく。


 彼は少女を抱き上げると、そのまま走り始めた。抱き上げられた少女の瞳に、再び魔方陣を出す少年が映った。


「危ない!」

「大丈夫でございます」


 ノホホンと笑うカリダは体を翻すのと同時に、少年から魔力の塊が噴射された。


 翼がはためく。


 それはまさに天使の飛翔。木々に囲まれ足場も悪く、大量の魔力の塊が飛び交う中、僅かな隙間に体を滑り込ませるように駆ける。


 長い手足を優雅に、素早く、滑らかに。時には翼を広げ、時には翼を折り畳み、その反動を利用して自由自在に体を動かしていく。それは紙一重の回避であるが、カリダの余裕のある表情や躍動感のある動きから、まるで楽しげに舞っているようである。


「此処に居て下さいまし」


 カリダは少年から離れた大木の影に少女を置く。そこには、いつの間にか移動させられたらしいイケメン青年が寝かされていた。


「あっ!ちょっと!」


 少女の制止を無視して、彼女の手から魔道具を奪ったカリダは少年に向かって走り出す。少女は後を追おうとしたが、幻覚と言えども魔術で傷付いた体は言うことを聞かない。足がもつれて倒れ、無様に地面に顔をつっこんだ。


 顔を上げた少女が見たのは、虹色に光る水晶の雨の中、パッと散る白い羽根だった。


 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 ブランコなし嫌

 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

 苦しい苦しい


「ああ!だめだよあぶないよ」


 何?これ分からない

 痛い熱い苦しい

 ブランコブランコブランコ

 嘘つき嘘つき嘘つき


「このこはなけないんだ」


 胸が痛い


 何かが込み上げてくる

 何かが詰まっている

 分からない

 熱い痛い苦しい


 だから叫ぶ叫ぶと少し楽になる


「おちついて」

「だめ!きみはだめ!」

「こわれる」

「こわれちゃうよ」

「おちついて」


 苦しい苦しい苦しい

 凶悪な何かが頭を胸を掻き回す

 だから叫ぶ

 叫ぶと少し楽になるから


「gxkyoooo!」


 子供か感情に左右される生き物だ

 それは獣に近い


 大人のように理性が強くない子供は力を振りかざす

 実の母ですら全力で叩いて怪我をさせる

 実の父ですら物を投げつけて怪我をさせる

 実の姉ですら蹴って怪我をさせる

 実の弟ですらつねって怪我をさせる


 普通の子供でもそうなのだ

 ならば彼なら?


 産まれたばかりの感情

 それは酷く歪な物で

 今までの遅れを取り戻すように激しかった

 喜びは明るく柔らかく

 悲しみは深く辛く

 怒りは激しく凶悪に


「なけ」

「なくんだよ!」

「はやく」

「なかないと!」


 分からない

 泣き方なんて知らない

 泣く代わりに魔力を使う

 涙の代わりに魔力を滴らせる


 悪感情によって昂る心は真っ白で柔らかい

 初めて体を駆け抜ける怒り

 初めて体験する癇癪


 少年は猛り怒る


 彼は感情の消化の方法を知らない

 産まれていない子供は泣かない

 産まれていない子供は感情を持たない

 産まれていない子供には慰めてくれる母はいない

 産まれていない子供には叱ってくれる父はいない


 怖い事すらわからず、少年は猛る

 もう、ブランコとかどうでも良かった

 苦しくて苦しかった


「坊や、落ち着いて」


 だから、彼の声も聞こえない。雨のように襲い掛かる無数の魔力の塊を避けて、少年の前に来た青年。避けきれなかった塊が当たったのか、頬の一部がどす黒い紫色になっていた。


 風のようにフワリと、少年の後ろに降り立ったカリダは少年の羽根に魔道具を着ける。途端に魔力が縮小し、少年の周りをたゆたう魔方陣が消失した。


「坊や、大丈夫でございますか?」


 魔方陣が消失し少年の叫び声が止み安堵した彼が、少年に微笑みかけて両手を伸ばすのと、魔道具が弾けるのは同時だった。


 ■■■■!


 少年は心の何処かで何かを呟いた。魔力が暴れるのを感じる。今、少年という不安定な存在に、心が急速に産まれつつある。


 そこから発生する感情の揺らぎ。


 それは、【膨大な魔力】と【至高の知識】が詰め込まれた革袋に、【感情】と呼ばれる穴が空くことと同じ意味を示す。喜びも怒りも、全ての感情が彼に穴を次々と作っていく。


 再び魔方陣が現れる。それはカリダ前だけではなく、彼等が居る林上空を覆うような大きな物だった。


「あ……」


 それを見たカリダが体を震わせる。彼の頭の中の知識が、それについて告げていた。


 これは駄目だ……。


 それは一国を狂わせる術式だった。


「じゅ、呪神……さ」


 彼はその広大な魔方陣に呆然としながらも、神の名を呼ぼうとした。この系統を司る彼女に助けを乞おうとした。だが、それは熱い体温に押し留められる。


「糞ったれな神の名なんて、呼んじゃ駄目だ兄さん」

「!?」


 現れた逞しい両手は、彼を後ろから抱き締めて引き寄せ、黒い翼がはためき、軍靴を履いた足が振るわれた。小さな体に一撃、二撃。



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