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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
三章【王都編:悪魔の心】
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初めての癇癪

「いけません!」


少年の小さな手が降り下ろした刃は直前で止められた。それは、カリダが犯人達を庇うように翼を広げたからだ。術が解かれたのか、純白の翼が翻りその白鳥のような優美な全体があらわになる。


少年が操る刃物は、巨大な刃の塊のような物だった。効果的に肉体を裂き傷付ける事が出来るように波のように歪んだ刃。それはまるで取っ手を外した斧のような形状をしており、大きさは少年の身長と同じくらいある。魔術で操っているのか、少年が両手を動かすと、呼応するように空中に浮いて空を舞う。


もしカリダの翼に当たれば、彼の見事な翼は根元から切り離されただろう。まるで雛鳥を守るようなその動作を見て、蜻蛉のような羽根で滑空しながら上から襲い掛かった少年は、瞳の色を険しくさせて剣を下げる。


「!?」

「まさか!」


カリダの行動から少年の襲撃に気付いた誘拐犯達は、直ぐさま構える。構えながら動揺する二人を無視して、剣を下げながら木の枝の上に降り立つ少年。細い枝だが、小さな少年が乗った程度では僅かにしなる程度である。


「ぶほ!?」


一方カリダは、少年を見て吹き出した。何故かと言うと、少年の顔がゴルゴっぽくなっていたからだ。


相変わらず美しいのは変わらないが、何故か眉毛が太くビシィッとなっていて、口は一文字に結ばれて顎には皺が数本ある。顔には劇画調の影が掛かっているし、眉間には深い皺が刻まれている。その顔はまさに最強のスナイパー【ゴルゴ13】であった。なんだか、後ろから【ゴゴゴゴ】と太文字で効果音が聞こえてきそうである。


目付きはまるで人殺しのように殺気に満ち、鋭く隙がないが、他の部位がシリアスさを相殺している。笑って良いのか悪いのか……。笑っているような困惑しているような微妙な顔のカリダ。


これは少年のマジ顔で、戦闘モードになるとこうなるのだ。ちなみに、当時の開発者達が何を考えていたのかは分からない。


木上にて猿のように体をたわめて此方を見てくる少年。彼は両手を動かしながら何事かを唱え始める。すると、まるで舞台のヴェールのように魔法陣が幾つも現れ始めた。


「くっそ!」

「あいつらやられたのか……」

「え!?突っ込みなしでございますか!?」


まさに突っ込み所満載の少年を無視して、シリアスを続行する誘拐犯達。確かに彼等にとっては突っ込みどころではないだろうが、何か理不尽な物を感じてしまう。まさか、これは普通の事なのか?彼の中にはマスターの知識があるが、それに照らしあわせても普通ではない。まさか、マスターの知識と世間の常識に巨大な差異が!?などと悩むカリダを無視して、冷や汗を流す二人。


二人の担当はカリダの保護だった。残った者の中で足が早い二人がカリダを保護し、他の隊員が少年を捕らえる手筈だった。彼等は僅か四人だったが、隊員達は魔術に対抗するスキルを持っていたし、対魔術用の魔道具を持っていた。今まで少年は敵対行動をとった事も、その凶暴性を剥き出しにすることもなく、基本的に隊員の言うことに従順だったので、正直言って警戒心は軽かったが、まさか手練れ四人が無効化されるとは。


小さな体から放たれる殺気に戦慄する誘拐犯達。それは彼等の隊長が戦場で発する物と同じ程の威圧感だった。圧倒的な殺気は、まるで自分達が小さな虫になってしまったかのような感覚に陥らせる。


そこには、フォルテスに怒鳴られながら暗殺を企てる、何処かコミカルな少年はいない。この時、彼等は少年が最強の男を殺すために作られた存在だと身をもって理解した。


ヤバイ!殺られる!


「どうする?」

「わ……わわわ私に任せな!おいチビ!これを見ろ」


動揺するイケメンにカリダを羽交い締めにさせると、その正面に立つ少女。モフモフな羽毛にイケメンの顔が埋まって、邪魔くさそうだが気にしない。戸惑うカリダの前に移動した少女は、ワキワキと厭らしく両手を動かした。


「大人しく城に帰りなチビ!じゃなったら、このお兄さんにセクハラするよ!物凄いエグいやつ!」

「なんですとぉ!?」

「はぁ!?」


驚愕するカリダだが、テンパる少女は気にしない。ゲスな笑いを浮かべると、カリダの上着の裾を掴みガバアアと捲り、程よく腹筋がついた白い腹を剥き出しにする。


「フヒヒヒ……このお兄さんに、出歩けなくなるようなトラウマを植え付けたくなかったら、私達の言うことを聞くんだねぇ」


見せ付けるようにカリダの腹を触る少女に対して、少年の反応は……。


「?」


理解していなかった。


相変わらずゴルゴみたいな顔付きだが、ゴル?と小首を傾げて理解不能である事を表現していた。まあ、外見六歳程度の兵器の少年に理解しろというのが無理な話だ。それを見て焦る少女、彼女は拳を握って力説する。


「だから!セクハラするの!スケベな事して恥ずかしい目に合わせるの!例えば●●を●●にぶちこんだり、●●を摘まんだり、●●を晒して縛ったり!●●を塞いで●●したり!」


その言葉を聞いてイケメンとカリダの顔色が青くなる。カリダは振り向いてイケメンに「マジで?」と目線で訴える。澄んだ瞳に見つめられたイケメンは、一瞬猛烈な罪悪感に襲われるが「諦めろ」と首を横に振る。


顔を歪めたカリダはワナワナと震え始めた。そして、少女が少年に痺れを切らして、彼のズボンを脱がそうとしたので堪らず絶叫した。


「嫌ぁぁぁぁ!私、他人がやられるのは是非とも見たいでございますが、自分は嫌でございますぅぅぅ!汚されるぅ私の純潔がぁぁぁぁ!同人誌みたいな事される!同人誌みたいな!」

「へへへ、カマトトぶってんじゃねーよ兄ちゃん。アンタも遊んでんだろ?」

「止めて下さいまし!私には夫と子供が!て!?マジでございますか!!マジでズボンは止めて下さいまし!マジで!」


必死に抵抗するカリダだが、悪ノリした少女にしっかりと乗っているから意外と余裕のようだ。悪漢と囚われた人妻ゴッコをする二人。初対面だが、妙に気が合うようだ。


「おい、悪ふざけが過ぎるぞ!こんなのイケメンがやる事じゃ無い!」


泣きそうなイケメンが抗議するが、とうとうズボンのベルトを取られてしまった。ズボンがずり落ちないように内股になるカリダ。


「ほらほら、どんなことされるか分かったろ?嫌だろ?」


少女の言葉に無言で頷く少年。それを見て説得が成功するかと、顔色を明るくして語りかける二人。先程までのふざけた様子はなく、焦った顔をしている。


「ならば、早く戻るよチビ。勝手な行動をしたら処分されるのを忘れたのかい?」

「そうだぞチビ助、今ならまだ大丈夫。隊長殿も素直に謝れば許してくれる。早く戻ろう」


その言葉に何よりも動揺したのがカリダだった。顔を強張らせると、体を乗り出して少女に尋ねる。


「それは一体?」

「チビは兵器なんだけど、それを隊長が預かっているんだ。もしチビが敵対行動をおこせば、隊長が処分しなければいけないんたよ」


その言葉に、カリダは少年を見た。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


少年にとってブランコは特別な遊具だった。


子連れの者はまず最初にブランコで遊ぶ。彼は影から眺め、永遠と見つめていたりした。毎回、いつもの少女が不審げな顔をしていたが、気にせずにブランコを見ていた。


ブランコを見るたびに、不可解な気分になる。それは恐らく羨ましいという感情なのだが、心のない彼には分からなかった。ただただ、キイキイなるブランコを見つめた。時々乗ってみて、三回転やらブランコからの大ジャンプやらをやらかして子供達からの尊敬を集めていたが、虚しいばかり。なんら慰めにもならなかった。


【蛇足だが、彼に張り合った、とある少女がブランコから転落して頭に巨大なタンコブを拵えて、少年への敵意を積もらせていた】


そんな不可解な遊具ブランコの事を考えながら、少年は頭を噴水の噴出口に突っ込み髪を洗う。彼の頭の中にはブランコの事しかない。それは兵器として作られた少年として異様な事であった。


兵器とは様々な知識を詰め込まれた彼は、理想的な兵器である。可愛いらしい外見で他人を油断させ、感情に左右されずにその場でできる最適な選択をとれる。そんな彼が一つの事に囚われて、判断を誤った。一番執着していり物である【カリダ】の事すら忘れ、ただ早くブランコに乗りたいと考えて行動した。


カリダが居なくなった事に気付いた時にも、彼の頭の中にはブランコの事しかなかった。このように目先の欲望に囚われる事は【子供】ならば仕方ない事である。そう、子供ならば……。


彼は気付かない。自分の変化に、カリダと触れあう事によって生まれ、変わりつつある自分の中の何かに。思考回路の齟齬に。


そして、それは兵器として危険な事態であった。


「帰りましょう坊や」

「ブランコはまた今度に致しましょう」


その言葉に、兵器は突如生まれた感情に飲み込まれた。


「やだぁ!」



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