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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
プロローグ
6/64

フンフンフーン


鼻歌を歌いながら柱に背中をつけて直立し、ガリガリとナイフで削る。


どうやらこの体はちゃんと成長するらしい。男の子だから成長が楽しみだ、しっかりと私好みの萌え男子になれよ。


だから私は毎月、柱に傷をつけて成長を確かめているのだ。後ろを通ったマスターにブフッと笑われた。


馬鹿にされたようなので、今日の朝食はマスターが嫌いな野菜たっぷりの【食べるスープ定食】を作ってやった。いい気味。


パンの種を仕込んだ後、洗濯物を干す為に、玄関脇に置いたカートに洗濯物と布団を置いた。


家には当然水道がないので、少し離れた河原に物干し台を作った。


実は私、マスターの知識のお陰で今まで出来なかった事が出来るようになった。


ヨーグルトや味噌や糠づけを自分で作れた時は感動したし、大工の知識があるから日曜大工程度の工作は得意だ。


木製カートをカラカラ押しながら道を行く。


一度マスターに案内されて周りを見たが、ここら周辺は人は住んでいないらしい。洞窟からは小さな石畳の道が伸びているが、人が使っていないせいか雑草が石畳の隙間から好き勝手に生えている。


周りは穏やかな森だ。まるで屋久島のような原生林が広がり、木漏れ日が降り注ぎ何か小さな綿毛みたいな物がフワフワと漂っている。


マスターに聞いたら、それは木の子供である樹児と呼ばれる存在らしい。見えると言ったらマスターはケシケシ笑った。


「そうかそうか。そりゃ良い。見えているのに信じなくて見えない馬鹿が多いからな。お前は賢いんじゃな」

「何故見えないんでございますか?」

「それは、自分の価値観しか認めないからじゃ。自然に対する畏れと感謝を失い、命ではなく資源としか思えなくなる。するとな、その価値観から外れた物は自然と視界に入らなくなる。見えていても気付かなくなる。そこに居るのに、こいつらが苦しむ姿も声も聞こえなくなるのじゃ。昔は皆見えていたのにのぅ」


そう言って樹児を見つめるマスターは寂しそうだった。


掃除していた時に豪華な箱を発掘した。そこに入っていた上質な紙にはこう書かれていた。


【罪人ロドゴフ・グレータ】


マスターは国から生物兵器の開発を命じられ、それを断ったせいで立場が弱くなり、それに付け込んだ者達に陥れられたらしい。罪人になったマスターは二十年間たった一人、この山の中に流刑にされている。


そんなマスターだが恨みとか怒りはない。今まで見た限りでは、マスターからは悲しみしか感じたことはない。


そして、悲しんでいるマスターは私の手を繋ぐ。見上げる瞳は遠くを見つめていた。


「マスター、私はマスターが好きでございますよ」


そう言った私を見下ろしたマスターは嬉しそうに微笑んだ。


多分マスターは私を作った事に罪悪感を持っているようだ。人工生物である私を孤独に堪えられずに作った事を。


気にしなくてもいいのに、一々カンに障るけど優しい爺ちゃんだ。私は幸せなのに。


まあ、回想は終了してお洗濯お洗濯。


「お日様きーらきら、元気いっぱい照らしてね、お天気皆で元気な陽射し、洗濯物カッラカラ」


歌いながら洗濯物を川で洗って、その後物干し竿に干していると太陽がサンサンと降り注ぐ。


歌詞は適当だが、太陽の事を歌いながら洗濯物を干すと、雨の日も一気に晴れて良い天気になるのだ。家に戻ったり作業を終えると元の天候に戻る。


これが歌姫の力だ。私はマスターの助言に従って【豊饒の神】と契約した。


契約は簡単だった。豊饒の契約書に向かって歌を歌えば良かった。気に入って貰えれば、契約書に書かれた神の紋章である神紋が光り輝く。


そして、めでたく神紋は光り輝いた。ファンげっとー!!


「やったー!!」

「当たり前じゃ。豊饒の神は歌姫がまず最初に契約する歌姫好きな神じゃ。手当たり次第じゃから失敗はない」


新しい事実が判明しました!豊饒の神は、いわゆるアイドルマニアらしい。契約の成功率の高さと、天候を操る能力という便利な力故に人気が高いらしい。


だがしかし、何だか神職と聞いていたのに軽いノリで地味だな。もっと絢爛豪華な物だと思ったのに。


愚痴をブチブチ呟きながら干し終わったので、洗濯籠を抱えてトテトテ帰ろうとした時。


キュー


「を?」


キューキュー


「をを?」


何かがドンブラコドンブラコと川から流れてきた。すると、目の前を涙目の小さな竜が通り過ぎた。


「ををを?」

「ぎゅー!!」


それは流木にしがみついた竜だった。竜を乗せた流木は、そのまま目の前の岩場にスコーンと突き刺さると、波に翻弄されて沈みかけていた。


「キュー」(助けてくれー)


ナチュラルに死にかけている竜を目の前にした私は救世主として立ち上がる。


「とーう!!」

「キュゴ!?」(低遅!?)


フヨフヨフヨと移動する私は亀程度の速度でしか動く事が出来ない。しかも三十センチ程度の高さまでしか泳げないから、水面の近くを飛んで危なげないぜ!


この羽は、マスターがサービス程度に着けた物で、性能は悪い。長く飛べないし、凄く疲れる。


ちなみに魔力はあるが魔術は使えねーぜ!歌姫は神に歌を捧げる代わりに、魔術わ使えなくなる。なので、なんとか羽で助けるしかない。


だがしかし、一瞬だけ希望に瞳を輝かせた竜が、私の姿を見ると再び絶望に染まった。失礼な!


「フフフ安心したでございますか愚か者!この羽は目茶苦茶遅いんでございますよフハハハハハ!」

「キュアー!」(嫌ー!)


何となく悪役のような高笑いを響かせながらも、わりと本気で羽を羽ばたかせる。もう少し!と近付いた瞬間。


「キィー!」(死んでたまるかぁぁぁ!)


沈みかけていた流木から竜が見事に私の顔に向かって跳び上がり、私の視界は塞がれた。


頑張ったのは分かった、だがしかし!脆弱な羽で何とか飛んでいた私は、当然バランスを失って、冷たい川の中に墜落した。


「阿呆ぉぉぉぉぉ!」


派手な水しぶきが上がった数分後。


「マスター、今日は竜鍋でございますよ」

「キューキューキュー」(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)

「待て待て!」


む…何故か夕飯の準備を阻止されて、せっかくの新鮮な肉候補を奪われた。

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