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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
三章【王都編:悪魔の心】
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氷菓と兵器

「ありがとうございました、おば様」

「やだよぉ、おば様なんてアタイの柄じゃないよ」


何だかんだでスッキリしたカリダは老婆にお礼を言う。フードで顔は隠れてはいるが、見るからに気品があり美声のカリダにおば様と言われ柄にもなく照れる老婆。ちなみに、少年のおかげでカリダの美声はいつも三分の一程度であるが、それでも耳元で囁かれたら惚れるレベルである。


「何かお礼をしたいのですが」

「そんなの良いよ」

「いえいえ」

「いやいや」


互いに遠慮し合う二人だったが、フードの影から僅かに見える澄んだ碧眼にキラキラと期待するように見つめられ、老婆は白旗をあげた。


「分かったよ。ならば仕事を手伝ってくれるかい?」

「やったー。でございますね!」

「……」


老婆の言葉に無邪気に喜ぶカリダ。彼は単純に誰かに【お礼】をしたいのだ。今まで誰かにお礼をしたことのない彼は、初めて感謝の意を示す事にワクワクしていた。


嬉しそうに両手を胸の前に掲げるカリダ。すると、少年はカリダの前にテコテコと移動して、カリダの手のひらに小さな手のひらをパーンと打ち合わせた。少年は無言だが、何処か満足げに自分の両手とカリダの両手を見て手を握ってきた。


カリダはニギニギーと握り返す。小さくて柔らかい手の感触に、カリダが思わず顔を綻ばせると、フードから覗く赤い唇が弧を描くのを見た少年は、カリダの手のひらをキュッと少し強く握ったのだった。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「じゃあ、これを処分してくれるかい?」

「これでございますか?」


一度店に戻った老婆が持ってきたのは、金属製の容器とボールに入れられた果物だった。容器の蓋を取ると、中には乳白色の物体が詰まっており冷気を発していた。


「ジェルドだよ。旦那が失敗してね。ジェルドは柔らかさとフンワリ感が売りなのに、こんな硬くしてしまってねぇ。売り物にならないんだよ。此方は余った果物さね。これの処分を頼むよ」


ジェルドとは、いわゆる牛乳を使ったジェラードのような氷菓である。アイスクリームとは違って空気を含ませて作り、フワフワとした綿飴のように軽い舌触りが売りである。だから、硬いジェルドは、例え味が良くても客には不評で売れない。


「アタイらみたいな歳になったら、甘い物はこんなに食べられなくて捨てるしかないんだよ。けど、せっかく作った物を捨てるのは、なんだか勿体無くてね。あんたらに食べて貰った方が作り手としては嬉しいんだよ」

「分かりました!責任をもって消費致します!」


嬉しそうに頷くカリダを見て、老婆は「頼むよ」と笑いながら容器と食器を置いて店に帰って行った。残されたカリダ達は、容器の中を覗きこむ。ジェルドを掬う為のスプーンを手にしたカリダは、純白のジェルドにそれを差し込む。


彼は、椅子に登ってその様子を覗きこむ少年に微笑みながら、皿にジェルドをよそって少年の小さな手に渡した。


「はい、どうぞ」

「受けとります」


ズビシッと効果音が付きそうな程勢い良く敬礼した少年は、スプーンをジェルドに突き刺してコンモリと掬い、小ぶりな口で豪快に食べる。カリダはそれを見てニコニコしながら、自分の分のジェルドをよそうと木製のスプーンで掬って氷菓を口にした。


冷たい感触が舌に触れるとトロリと溶けた。良い乳を使っているのか、濃い乳の味がするがしつこくない。固めのジェルドを噛むと、舌の上でスルリと無くなる。それは、カリダが覚えているアイスクリームと良く似た物だった。


「美味しい……」


嬉しそうに呟きながら笑うカリダ。前世の彼はミルク味のアイスが大好物だった。直ぐに食べ終わったカリダは、金属容器を見つめて笑みを深くする。昔からの夢であったアイスクリーム一気食いが出来るのだ。そりゃ嬉しい。


容器は高さが二十センチ程度で、横幅が十センチ程度、たて幅が十五センチ程度である。そこにみっちりとジェルドが詰められているので、カリダと少年だけでは少々多い気がするが、容器には冷気保存の魔方陣が描かれているので、溶ける事を気にせずにゆっくり食べる事が出来る。それに、老婆は果物だけではなく様々なソースを置いていってくれた。果物とチョコや果実のソースがあれば、これくらい一時間もあれば食べきる自信はある。


鼻歌を歌いながら嬉しそうに、再びジェルドを皿によそいながら口にするカリダ。そんな彼の前で、少年がジェルドを食べながら、何故かブルブルと玩具のように震えていた。恐らく、沢山食べて体が冷えてしまい頭が痛くなっているのだろう。寒さも感じているようで、一口食べる度にプルプルしていた。


パクパク

「……」

プルプル


パクパク

「……」

プルプル


少年は体の異変に気付いていたが、機械的に手を動かしてジェルドを胃の中に納める。カリダから彼に与えられた、【ジェルドの消費】という任務の達成に貢献する為に口を黙々と動かしていく。


カリダが少年の異変に気付いた時には、少年は真っ青な顔で震えていた。しかも、その震え方は、まるで携帯のバイブのように高速でブブブと震えていた。


「ぼ、坊やの顔色が信じられないくらい青白く!?」

「大丈夫です。生命維持活動になんら支障はないです」

「そんな問題ではないでございます!ほら、手を放すでございます」


微妙に抵抗する少年の口から、慌ててスプーンをもぎ取るカリダ。その両手で少年の頬を挟んでみると、まん丸でプニプニの頬は心なしか冷たい気がした。


「食べ過ぎでございます!」

「問題ありません」

「そんな事言って、明らかに無理をしているでございましょう。物凄く頭が痛そうでございますよ!食べるのお止めなさい!」

「却下です」

「却下を却下するでございます!」


何とかジェルドを食べようと、机にしがみついて抵抗する少年。カリダは彼を引き剥がして抱き上げると、無理矢理自分の膝の上に座らせて左手でホールドしてしまった。しばらくクネクネと回ってカリダの手から逃げ出そうとしていた少年だったが、溜め息をついたカリダに額を撫でられると動きを止めた。


「ほらほら、少し休憩なさいでございます」


カリダの手は柔らかくて温かく、少し乾いているが滑らかである。指が長い手のひらが、少年の額を暖めるように当てられると、そのまま髪を櫛とかしていく。無表情ながら寒そうにプルプルと震えていた少年が、カリダの温かい手のひらに撫でられて次第に体の震えを止めていく。


それどころか、心地良さそうに瞳を細めてクテッと脱力した。


「おやおや、眠いでございますか?お疲れになったんでしょうね。休憩したら、特別なジェルドを作って差し上げるでございます。ですから、お休みなさい坊や」


頭の上からクスクスと柔らかい笑い声が聞こえる。


少年は確かに魔術に特化した能力である。だが、彼は兵器として制作され、体力は他の子供の比ではない。数時間歩き回った程度では疲れもしない。なのに、カリダに頭を撫でられた途端、何故か彼の体から力が抜ける。


力を抜いてカリダにもたれ掛かる小柄な体。それは温かい体に包まれ、背中越しにトクントクンと鼓動の音がした。コクンと少年が頷くと、カリダは体をユラユラと左右に揺らしてまた鼻歌を歌い始めた。


少年の鼻腔を僅かなミルクの香りがくすぐる。彼は首を動かして、カリダの胸板に耳をつける。すると、鼓動が更に大きく聞こえた。


トクントクン


その音は少年の体を弛緩させ、胸の中を温かく柔らかくしていく。他人がいる場所での機能停止とは、兵器としてあってはならない事だ。やろうと思えば、一週間でも起きる事ができる彼だが、今は抗う事はできなかった。


いや、抗う事すらせずに、スルリと眠りの中に入ってしまう。少年が意識が無くなる直前に見たのは、白衣を着た人影ではなく、フードから溢れる金髪を垂らして、碧眼を愛しげに緩めて自分を見るカリダの姿だった。


「お休みなさい坊や」




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